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誓って間違っている

 どういうことなんだ?


 キオスさんのランクが実力に対して低すぎるのはシアンさんのせい。そう聞かされても、頭の中には疑問符以外が浮かんでこない。


 俺が知っているのはほんの一面だけなのかもしれない。それでも、シアンさんがキオスさんを陥れるなんてのは考えられない。


「冗談、ですよね?」


 となれば俺の頭で考え付くのはそれくらい。


「いいえ」


 けれどシアンさんは首を横に振る。


「……アズールさんにとっては気分のいい話ではないと思うけれど、昔話に付き合ってもらってもいいかしら?」

「ええ。とことんまで付き合いますとも」


 応じる理由は様々。


 好奇心が無いわけじゃない。吐き出すことで楽になるというのもあるのかもしれない。そしてなによりも、シアンさんがそんな人ではないということを確信したかったから。


「私の生まれは、王都から少し離れたところにある農村だったわ。私は4人兄妹の一番下で。畑仕事の手は足りていたから、私が王都に出稼ぎに来たのが15の頃。幸いにも、読み書きができて計算も得意だった私は、第一支部で事務方として働くことになったの」

「……第一支部、ですか」


 いきなり嫌なワードが出てきた。


「……言いたいことはわかるわ。当時の第一支部も、今とまるで同じだったから。それでも続けることができたのは、キオスが居たからだったんだと思う」

「……つまり、キオスさんも以前は第一支部の所属だった、と?」

「ええ。私が第一支部で働き始めた時にはすでに青で、周囲からも一目置かれる存在だったわ」


 けれど今のキオスさんは黄。たしかに、連盟には降格という仕組みがある。


 これも師匠から聞いた話。犯罪をやらかした虹追い人への処分として、ポイントをマイナスするという仕組みで。基本は抑止としての脅し、だったはずなんだけど……


 それ以前に、犯罪とキオスさんというのも結び付かない。気配を消して隣に現れるとか、いたずら好きな側面はあるのかもしれないけど、悪事に手を染めるような人だとも思えない。


「キオスの心色は単独型。ましてキオス自身が、権力者相手媚びることを嫌う気性だったこともあって、支部の中では疎まれ気味だったわね。それに、当時のキオスは不愛想でぶっきらぼうで。初対面では私も、怖い人だなって思ったわ」


 マジですか……


 前半部分はわかる気がする。けれど、不愛想でぶっきらぼうのキオスさんなんてのは、存在自体が疑わしく思えてしまうんだが……


 いや、けど……


 レビダでのこと。アピスに対して――いや、アピスを苦しめていたであろう第一支部の風潮に対して見せた怒り。あれはもしかしたら、当時のキオスさんだったのかもしれない。


「でも、そんな印象はすぐに変わったわ。私が失敗をして他の虹追い人に怒鳴られて泣きそうになっていた時に、キオスだけがかばってくれた。なんとかして恩返しがしたくて、だけどどう声をかけていいのかもわからなくて困っていたところに向こうから声をかけてくれたのもキオスで。それから少しずつ親しくなっていって。不愛想にしているのは支部の中で舐められないためで、ひとり暮らしを機に始めた料理がいつの間にか趣味になっていたということを知ったのもその頃。私がお休みの日には一緒に出掛けて、食べ過ぎて動けなくなるまで屋台巡りをしたこともあった。気が付けばいつもキオスのことを目で追うようになっていたわ。それが初恋と気付いたのは、出会ってから1年が過ぎた頃だったかしらね」


 本当に、その頃はシアンさんにとって輝いていたんだろう。そう語る表情はとても幸せそうで。


「この気持ちを伝えて、受け入れてもらえたらどんなに嬉しいだろう。でも、断られてしまったら、きっと気まずくなってしまう。だったら、今の幸せで満足するべきなのかもしれない。そんなことを延々悩んだりもしたわ。そうするうちに2年が過ぎて行って、キオスが藍に届きそうになってきた頃に、あの事件が起きたの」


 そこが、転機だったわけか。シアンさんにとっては忌まわしい件だったということだけは、表情の変化から見て取れた。


「あの日もキオスと待ち合わせをしていて、藍昇格のお祝いをどうしようか、なんてことを考えていたわね。そんなところに現れたのがひとりの見知らぬ男。ひと目でわかるほどに酔っていた男はしつこく私に言い寄って来て、断り続けるうちに腹を立てたんでしょうね。街中だっていうのに襲い掛かって来て、服を引き裂かれてしまったの」

「……むしろその阿呆が八つ裂きになっておいた方がよかったんじゃないですか?世のため人のためにも」

「同感ね。それはともかく、キオスが駆け付けてくれたのはその時で……男に殴り掛かって半死半生に。先にも後にも、キオスがあれだけ怒るところは見たことが無いわ。怖い、とすら思ってしまったの」

「そりゃ怒るでしょうよ。むしろ半殺しで済んだことを泣いて感謝するべきですわ、その阿呆は」


 というか、話を聞いた今では俺だってぶん殴りたい。仮にだが、目の前でそんなことをやらかす阿呆が居たなら、俺だってガチギレする自信がある。


「……もしかして、キオスさんが降格を喰らったのってその件での処分ですか?」

「ええ。その結果が、支部からの追放。さらにポイントはすべてはく奪で、白に降格」

「いやいや!やり過ぎたってことで多少の処罰ならわからなくもないですけど、元をたどれば過失割合の9割以上はその阿呆でしょう!」


 藍寸前が白までとか、わけがわからん。


「タチの悪いことに、その男はズビーロ家と近しい家柄だったの。だから第一の支部長はキオスひとりに泥を被せて保身を図ろうとした」


 ため息を吐きながら続けるのはさらに胸糞が悪くなるような内容で。


「……キオスさんはそれを受け入れたんですか?」

「ええ。弁明のひとつも無く、第一支部を去っていったわ」


 本当にいい加減にしろよ第一支部!腐れ縁共の件はまだギリギリ許せるとしても、ネメシアやアピスだけじゃなく、キオスさんにもそんな仕打ちをしてやがったのかよお前らは!


「私にも罰として減給が言い渡されたけど、それは無意味だったわね」

「いや、シアンさんは100%被害者じゃないですか」

「言ったでしょう?無意味だったって。私もキオスが去って以降、第一支部には一度も顔を出したことは無かったから」

「……シアンさんも第一支部を辞めた、と?」

「ええ。支部どころか、その日からずっと、部屋に閉じこもって過ごしていたわ。それだけキオスのことがショックだったんでしょうね。当然のようにクビ。部屋を出たのはひと月後くらいかしら?さすがに食べるものが無くなってしまったから」


 ……第一支部の罪状をさらに追加だなコレは。シアンさんまで苦しめやがってからにあのド腐れ共は。


「思う以上に身体も弱っていたみたいでね。道の真ん中で倒れてしまった私を助けてくれたのもキオスだったわ。あの時は本当に酷い有様だったんでしょうね。真っ青になって私を医者の所へ運んでくれて……。しばらくは泊まり込みで、私の体調が戻るまでお世話をしてくれたの」


 自嘲気味に笑いながら言うけど、相当に壮絶な話だ。


「その間にたくさん話をしたわ。支部長に出会って第七支部に身を寄せたことを。そこで出会った人たちのことを。そして、私の事情を察して支部長に紹介してくれて、私も第七支部で働くようになったの」


 だからなのか……


 第七支部の人たちは全員が第一支部をよく思っていない印象ではあったけれど、特に強い嫌悪感を示していたのがシアンさんとキオスさんだった。なるほど、それだけの事情があれば毛嫌いするのも当然だ。


 というかむしろ……その程度で済ませているあたり、シアンさんもキオスさんも聖人か何かなんじゃないかとすら思えてくる。


「第一支部に居た頃は『他の支部は道具として利用するだけの存在だ』なんて言われ続けていたから、最初は馴染めるか不安だったけれど、それは杞憂だったわ。当時からのメンバーで今も残っているのは、キオス以外ではセオさんとガドさんに支部長とセラの4人だけ。それ以外の、今は他へ行ってしまった人たちもみんな私に良くしてくれて。特にセラには随分と救われたわ。もっとも、私だけが知っていたはずのキオスの素顔をみんなにも知られてしまったのは少しだけ悔しくもあったけれど。そして……タスクさんとソアムさんが来てますますにぎやかになって、その頃には私も素直に笑えるようになっていたんだと思う。これが、私の過去」


 かつては藍が目前だったキオスさんが今は黄だというのは事実なんだろう。


 今話してくれた事件が無ければ、キオスさんは今頃は藍。もしかしたら紫に届いていたのかもしれない。それも事実なんだろう。


「……キオスさんの降格は自分のせいだって。だから自分にはその資格が無いって、シアンさんはそう思ってるんですか?」


 それは違うと思う。落ち度があったとすればそれは、シアンさんに乱暴をした阿呆だ。まして、そのことで自責することをキオスさんが望むとも思えない。


「ええ。それに私は、あの日私を助けてくれたキオスに対して怖いと感じてしまったもの。そんな私がキオスと友人でいることができる。それだけでも、過ぎた幸せよ」

「けど……」

「私が自責することをキオスは望まない、かしら?」

「……はい」


 俺が思うようなことはお見通しだったらしい。


「きっとそれは正しいわ。だけど……理屈ではわかっていても、心が納得してくれない。キオスの気持ちまではわからないけれど、もしもキオスが私を想っていてくれたとしても、受け入れることを私自身が許せないの」




「どうしたらいいんだかなぁ……」


 シアンさんと別れて部屋に戻って来て、俺にできるのは頭を抱えてため息を吐くことばかりだった。


 去り際にシアンさんは『これまで誰にも話したことは無かったけれど、心が軽くなった気がするわ。ありがとう、嫌な話に付き合ってくれて』なんて言ってくれた。実際に話すことで少しは楽になったのかもしれないけど、このままでいいとは思えない。


 一方的に乱暴されたシアンさんが、何年も過ぎた今にまで罪悪感を引きずっているなんてのは、誓って間違っている。せめて報われてほしい。


 とはいえ、なぁ……


 この件を解決できるのは、最終的にはキオスさんしか居ないような気がする。


 だからと言って、さっき聞いた話を俺がキオスさんに伝えるなんてのはマズいだろう。そうなったらそうなったで、キオスさんは罪悪感からシアンさんに寄り添おうとするんじゃないだろうか?そのことにシアンさんが気付いてしまったら、ロクでもない結末を迎えそうに思える。


 さすがにこういうことは師匠も教えてくれなかったからなぁ……


 さらにため息。


 少し発想を変えてみるか……


 キオスさんは、過去の件をどう考えているんだろう?


 思うのは、もうひとりの当事者に関して。


 さっき聞いた話と、このひと月で俺が実際に見聞きしたもの。それらを統合するに、シアンさんに対して好意を抱いていることに疑いの余地は無いだろう。その質が、セルフィナさんがガドさんに向けるようなものなのか、セルフィナさんがシアンさんに向けるようなものなのかまではわからないけど。


 キオスさんがシアンさんに恋愛感情を抱いていて、それを告げて、上手いことシアンさんの罪悪感をぶっ壊してくれたら話は早いんだろうけどなぁ……


 いっそキオスさんに探りを入れてみるか?


 キオスさんが女性の中ではシアンさんだけを呼び捨てにしているのは事実。そのあたりを聞くくらいなら、不自然ではないはずだ。


 問題はそこからどうやって本心を聞き出すかだけど……あまり露骨にやれば逆に気取られそうだし……


 俺自身、あまり口の上手い方でもないからなぁ……


 あれこれ考えるうちに日が暮れてきた。


 とりあえず、今はこれくらいにして晩飯の支度でもするか。


 コンコン。


 そんなことを考えた矢先に、ドアをノックする音が。


「どちら様でしょうか?」

「キオスだけど、今時間は平気かな?」


 来訪者は、今まさに考えていたキオスさん当人で。


「ええ。大丈夫ですよ」

「済まないね」


 だからドアを開ければ、そこにあったのは、申告通りにキオスさんの姿。


「いえ、お気になさらず。それで、俺に何か御用で?」

「うん。ちょっと聞きたいんだけど、アズール君は、今夜は何か予定はあるかな?」

「特に無いですよ」


 それでも挙げるなら、飯食って風呂入って寝るということくらい。


「じゃあ、夕食の準備はもう始めちゃったかな?」

「いえ、これから始めようかとしていたところです……けど」


 なんでそんなことを聞くのやら?


「それはよかった」

「と、言いますと?」

「急な話で申し訳ないんだけど、君に相談に乗ってほしいことがあってね」


 そうして言われたのは、ちょうど1日前にも聞いたような話。


「相談、ですか?」

「うん。君さえよければ夕食を食べながらと思ってね。もちろんおごらせてもらうよ」


 はてさて……?このあたりも覚えのある話の流れなんだが……


 と、そんなことも思いはしたんだけれど、


「俺で役に立てるのなら」


 受けることにしたのは、シアンさんの件で突破口になるものが見つかるかもしれないと思ったから。もちろん、キオスさんにだって日頃からお世話になっている身。俺で役に立てるなら、力になりたいというのも本心ではあるんだけど。


「ありがとう。それじゃあ、また後で迎えに来るよ」

「わかりました」

「……ああ、そうだ」


 そして去って行こうとするところで思い出したように振り返り、


「ちなみに、アズール君は苦手なものとかはあるのかな?」


 問うてくる内容は、なんともキオスさんらしいものだった。

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