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悪ガキとして全盛期だった頃の俺でも

 無事に早起きすることができた虹追い人生活二日目の朝。俺は昨日も訪れた支部の前に立っていた。すでに朝飯は済ませてあり、二度寝するというラッツたちとは別れて。今の時刻は8時まであと少しといったところ。これならば遅刻にはならないだろう。


 いざ……


 腹の中で気合を入れ、連盟のシンボルでもあるリーフィア――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の計7枚の花弁を持った、架空の花――の看板がある建物のドアを開ければ、


「あ!おっはよー!」


 そんな元気のいい高音がやって来る。聞こえた方向に目をやれば、椅子に座っていたのだろう。勢い良く立ち上がったシルエットが、これまた勢いよく駆けてきて、


「っと」


 反射的に身構えてしまったのは、苦い記憶があったからか。


 その姿には見覚えがあった。


 上着をマントのように羽織り、スカートの下にはズボンにロングブーツといういでだちで、俺の肩あたりまでの背丈をした小柄な女性。


 たしか名はソアムさんだったか。昨日、その声量で俺を気絶させてくれたお方だった。


「昨日はホント、ごめんなさい!」


 トテテテッ!そんな表現が似合いそうな――先達に対して失礼ではあるんだろうけど――小動物感に溢れた彼女は目の前に来るやいなや、深々と頭を下げて来る。


 何のことかは考えるまでもない。だが、俺自身はすでに気にしていないし、聞いたところでは支部長にも絞られたのだとか。まして、本人が反省している様子とくれば、どうのこうのと言う筋などありはしないだろう。


「お気になさらず。あれはお互いに不幸な事故だったということで」

「うん……。ありがとね」


 だから、素直に思うところを伝えれば、彼女も表情を明るくして返してくれる。まだ15年しか生きていない俺が言うのは生意気なんだろうけど、庇護欲をそそられてしまう。


 多分に子供っぽい印象のある人だが、連盟への加入も心色の取得も15歳からと定められている以上、彼女も例外ではないはずだ。


「それはそうと……」


 ならば、年下に見えるとはいえ、実際には同い年と考えるのが妥当。それでも、先達であることに変わりはなく、『真っ当な相手には老若男女問わず一定の敬意は払っておけ。その方がいろいろと得だからな。クズにヘコヘコするかどうかは時と場合によるが』という師匠の教えもある。まあ、この教えには師匠の照れ隠しが混じっているのだと思ってるけど。だから俺は『虹追い人たるもの、礼儀が肝心』と解釈している。


「昨日を持って、この支部の虹追い人になった、アズールです。よろしくお願いします!」


 そう頭を下げれば、


「うわ……いい子すぎるんだけど……」


 なぜかそんなリアクションを返される。特に変わったことをした覚えも無いんだけどなぁ……


「っと、こっちも返さないとね。あたしはソアム。君と同じくこの支部所属の虹追い人だよ。よろしくね、アズール君」

「はい。よろしくお願いします、ソアムさん」

「それでさ、昨日の今日ってことはさ、アズール君は依頼を受けに来たんだよね?案内してあげるよ」

「あ、いえ……そうじゃなくて……」


 たしかに、依頼を受けるつもりでもいたのだが、


「他にもやることがありまして……」


 そう言って受付の方に目をやると、俺に気付いていたらしいセルフィナさんが笑顔で手を振ってくれる。


「そっか……」

「あ、けど……」


 しょんぼりと項垂れるソアムさん。俺には理解できないが、よほど案内をしたかったんだろうか?ともあれ、その様が気の毒に思えたので、がっくりと落ち込んだ肩に声をかける。


「バートたち……他の新人ふたりもしばらくしたら来ると思いますし、そいつらの案内をお願いできないでしょうか?」

「うん、そうするよ。じゃあね、アズール君」


 そうして気を取り直したソアムさんを見送り、受付へと足を向ける。


「おはようございます」

「おはようございます。アズールさん、昨夜はよく眠れましたか?」

「ええ。おかげさまで」


 寝坊するわけには行かないというのは俺の事情。だから、盛り上がるバートたちをよそに、毛布を頭からかぶって、そのまま朝までぐっすりだった。まあ、事情を話したこともあり、アイツらもしつこく付きまとってくることは無かったんだけど。


「それはよかった。……コホン。それで、今日はどう言ったご用件でしょうか?」


 咳払いひとつで雰囲気が変わる。さしずめ、お仕事モードというやつか。このあたりの切り替えもさすがだと思う。


「はい。心色の試し打ちをしたいのですが」

「それでしたら、こちらのシアンが担当になります」


 そう言って示すのは、セルフィナさん自身のすぐ隣。そこにはもうひとり、受付とおぼしき人がいた。


 この人も覚えのある顔だった。昨日――初めてここに来た時に、心色を得たいという旨を伝えたのはこの人に対してだったはず。


「話は聞いています。心色の試し打ちを担当します、シアンです」

「アズールです。お忙しいところ申し訳ありません。それと、よろしくお願いします」


 セルフィナさんを『ほんわか』と評するなら、この人――シアンさんは『キリリ』だろうか。多分制服なんだろう、セルフィナさんと同じ服装をキッチリと着こなし、薄青い髪を肩のあたりで切りそろえたその様は、クールビューティなんて言葉が違和感なく似合いそう。


「そのあたりはお気になさらず」


 口調は淡々としているが、棘は感じない。少なくとも、悪い印象を抱かれているということはなさそうか。


「ですが、あまり時間が無いのも事実ですし、さっそく行きましょう。セラ、あなたは――」

「ええ。支部長に伝えて来るわ」


 セラ、というのはセルフィナさんの愛称か。仲のいいふたりなんだろうなと、直感的にそう感じた。


「アズールさんはこちらに」

「はい」


 そのまま歩き出すシアンさんについて行くこと数十秒。裏口とも正面入り口とも違うドアをくぐると、そこには開けた場所があった。広さとしては、マラソンをするにはやや手狭だが、駆けまわるには十分といったところ。


「ここが訓練場です。今回は心色の試し打ちですが、トレーニングに使うこともできますので、必要であれば申請してください」

「わかりました」


 たしかに、少し歩けばいくらでも広い場所があった田舎とは違ってここは大都市の中。世話になる機会もあるだろう。


「待たせたかい?」


 そんなことを思っていると、支部長がやって来る。


「おはようございます、支部長」

「ああ、おはようさん。ちゃんと時間通りに来たみたいだね?」

「ええ。寝坊はしないで済みました」

「そうかい。じゃあ、頼むよ、シアン」

「はい。では、まず試し打ち用の的を用意します」


 そう言って少し離れたところへ歩いて行ったシアンさんは、しゃがみ込むと地面に手を当て、


「おおう……」


 間の抜けた声を出してしまったのは、そうして起きたことに対して。みるみる土が盛り上がって、あっという間に俺と同程度の大きさをした人型ができあがる。


「これも心色ですか?」

「はい。地の心色です。もっとも、私は白のままですが」


 白、というのは虹追い人ランクの一番下で、今の俺もそこに入っている。


 このあたりは少々ややこしい事情があるんだが、登録する都合から、心色を得る時には、同時に――半ば強制的にとも言う――虹追い人になることが確定している。そして、心色を得る費用は決して法外なものではないこともあり、護身用などを目的に心色を得て、虹追い人としての活動は一切やらない人も少なくないのだとか。


 その一方で、対価が決して安い額ではないこともあり、心色を得ることなく虹追い人になる、というケースも珍しくはない。そういった人たちも、額が溜まり次第心色を得るとのこと。


 ちなみにだが、虹追い人として十分な金を稼いでいるのも関わらず、あえて心色を得ずにやっているという人もいないわけじゃない。希少ではあるんだろうが、俺の知り合いにもひとり、存在している。


「セラ――セルフィナも同じくですね。彼女の心色は治癒なので、怪我をしたときは頼りにしてあげてください」


 それはいいことを聞いた。治癒、というのは文字通り。怪我を治す効果のある光のようなものを生み出す心色のことで、それ自体に戦う力は無いんだが、そのことを差し引いても、かなり重宝されるらしい。偏見ではあるが、セルフィナさんの雰囲気によく似合う心色だとも思う。もっとも――


「わかりました。できればそんな機会は発生させたくないものですが」

「たしかに。医者と衛兵は暇な方がいい、というのが一般的に言われていることですからね。病人も怪我人も事件も、発生しないのが一番です」

「ええ。それに、セルフィナさんの手を煩わせてしまうことになりますし、こんな俺でも一応は知り合い。怪我をしたとあっては、セルフィナさんもいい気分はしないでしょうね」


 そんな、ごく当たり前のことを口にしたら、


「……ふふ。本当にセラが言っていた通りなのね」


 シアンさんがフッと笑う。セルフィナさんとは違う大人の笑みというのか。少し、顔が熱くなった気がした。


「さて、あまりのんびりもしていられませんし、そろそろ始めましょう。アズールさん。この人形は土で作られたもの。どれだけ壊しても大丈夫ですよ」

「は、はい」


 シアンさんの雰囲気が一瞬で凛としたそれに戻り、少し遅れて俺も気を引き締める。いかんいかん、浮ついてる場合じゃないからな、俺。


「ちなみにですけど、シアンさんにダメージが行くとかはないんですよね?」

「ええ。その点はご心配なく」

「それを聞いて安心しました。では……」


 右手に意識を向ければ、虹色の塊が現れる。


「これが虹色泥団子かい?」

「泥団子、と言う割には綺麗ですね……」


 支部長、シアンさんからはそんなリアクション。そういえば、結局昨夜もアイツらに見せることは無かったし、誰かに見せるのはこれが初めてになるわけか。


「まあ、見た目はこんなですけど、質感は間違いなく泥団子のソレですよ」

「……ちょっと貸してもらってもいいかい?」

「どうぞどうぞ」


 興味ありげに見ていたのはシアンさんもだったので、左手にも追加でひとつ出し、それぞれを渡す。


「なるほど、たしかにこれは泥団子さね……」

「見た目と手触りのギャップが凄い……。あ、中まで虹色なんですね……」


 おふたりの感想は、昨日の俺と似たり寄ったり。


「じゃあ、投げてみますね」

「あいよ」


 本題に入る。ここ数年はご無沙汰だったが、それでも身体が覚えていたのか。手の中で崩さないように、なおかつ可能なだけの勢いを乗せて。的の土人形めがけて投げつけ、


 ベチャッ!


「ぐあ……」


 ヘッドショットが決まったのはいいんだが、その音は俺にも精神的なダメージを叩きつけて来る。


『よっしゃ!命中ぅ~。へへっ、すげーだろ!』


 そんな、どうしようもないほどにロクでもないクソガキの声までもが脳裏に響き渡る。本当に、過去へ戻ることができるなら、そのツラを殴り倒してやりたい。


「アズールさん?どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。続けていきますね」


 気を取り直す。償いはしなきゃならんよな。今のところは仕送りくらいしか思いつかないけど、頑張ろう……


「よっ!ほっ!そりゃ!せいっ!よいしょっ!」

「いいコントロールしてるねぇ」


 そんな俺の葛藤はさて置き、支部長のお言葉通りに、投げた6発は顔、右肩、左肩、左胸、右ひざ、左ひざを的確に捉えていた。


「どうもです。さて、威力のほどは……」


 褒められるのも複雑だが、そのあたりの葛藤も飲み込んでおく。各種染料を浴びせられたような姿に向けて「消えろ」と念じればすぐに俺がぶつけたモノは消え、ところどころがへこんだ土人形が残る。


「普通だね」

「普通ですね」


 支部長と俺の見立ては同じ。普通に作った泥団子を普通にぶつけてやれば、これくらいは普通にへこむだろうと、そんな具合だった。


「次は彩技を試してみますね。『封石』っていうんですけど」

「……何となく名前から想像は付くんだけど、どんなものなんだい?」

「多分その通りかと。中に石を仕込む、だそうです。どうぞ」


 封石を有効にして生み出した泥団子をふたつ、先と同じように、支部長とシアンさんに渡す。割られたその中には、指先大の白い小石。


「なるほど、たしかに『封石』だねぇ」

「ですねぇ。さて!」

「あ、その前に的を作り直しますね。……どうぞ」

「ありがとうございます。では!」


 投げようとしたところにそう申し出てくれたシアンさんに礼を言い、再び投擲。


 所詮は小石を仕込んだだけというべきか、生まれたくぼみはさして変わらず。


 むしろ気にかかったのは、結果が先と同じに全弾命中だったということ。


「なんでだ……?」

「どうしたんだい?」

「ここまで狙い通りに当たるのが少し解せないんです」


 悪ガキとして全盛期だった頃の俺でも、まず無理だろうという精度。


「ああ、そのことかい」


 そんな疑問に対して、支部長はすでに答えを持っていたらしい。


「心色ってのは、使い手の心の一部だからね。自ずと使いやすい形になるのさ。弓なんかが顕著だけど、初めて使ったのにそこそこ(・・・・)当てられる、なんてのもよく聞く話さ」

「なるほど」


 弓というのは、狙ったところに矢を射ることができるようになるまでにはかなりの訓練が必要らしいとは、聞いたことがある。


 そういうことなら、この命中率も偶然じゃないってことか。高い精度で当てられるってのは飛び道具を使う上で大きなアドバンテージになるわけで、俺としては好都合というもの。


「あとはなにかあるかい?」

「いえ、今のところ俺の心色はこれくらいですね」


 補助的な飛び道具としてはそれなりに有用。その事実を把握できたのは収穫と……


「っと、そうだ。もうひとつ試したいことがあるんですけど、いいでしょうか?心色じゃなくてコレなんですけど……」


 上着の内側から抜き放つのは、それなりに使い込んだ得物。およそ40センチほどの鉄棒。師匠の指示で、取り扱いもいくらかは身に着けているもの。


 師匠曰く『お前らがどんな心色を得るのかは知らんが、ソレだったら丸被りしない限りは使い道もあるだろうさ』とのことだった。


「心色と比べてどれくらい差があるのか、と思いまして。ただ、心色の試し打ちからは外れてしまうわけでして……」

「そんなことでしたら、気にすることはありません。そうですよね、支部長」

「ああ。けど、アンタはそろそろ時間じゃないのかい?」

「まだ大丈夫です。まあ、あまり時間が無いのも事実ですけど。と、言うわけなので、すぐにお願いしますね」


 そう言って、すぐさま新しい土人形を作り出してくれる。


「ありがとうございます。では……」


 俺もすぐに行動に入る。鉄棒を握るのは右の手に。師匠に叩きこまれた中では、俺が一番得意だと思える型。


「せいっ!」


 駆け寄り、気持ち遠目の間合いからで踏み込みながらの払い上げ。棒の先端が顎に当たるように振るわれた一撃は、土人形の顎をザックリとえぐり取っていた。


「へぇ……。中々いい動きをするじゃないか」

「ありがとうございます。これでも、師匠からは散々仕込まれてたんで」


 お褒めの言葉。こっちは素直に受け入れることができた。


「アンタの師匠ってのは、中々に教え上手だったのかね」

「どうですかね?なにせ基準というのを知らないので」


 俺は師匠のことを本気で尊敬しているが、世の中における師匠という存在を他に知らないのもまた事実。


「それもそうか。たしかアンタの出身はハディオ村だったね?その師匠と――」

「お話の途中申し訳ありません。支部長、アズールさん、私はそろそろ時間なので」

「ああ、そういえばそうだったよ。悪かったね」

「それでは。私はこれで失礼します。アズールさん、頑張ってくださいね」

「はい。シアンさんも、お忙しい中ありがとうございました!」

「…………さて。アンタにはまだ聞きたいことと伝えることがあるんだけど、このあともう少し、時間をもらえるかい?」


 シアンさんの姿が見えなくなると、支部長がそんなことを言ってくる。


「ええ」


 聞きたいことの方はともかく、伝えることというのは、多分俺にとっても意味のあることだろう。であれば、俺に否はあるはずもなかった。

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