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約束もしてただろ?

「そっかぁ……。つまり君は、先輩たちにギッタギタのボッコボコのケチョンケチョンのコテンパンのドチャクソにやられちゃったわけだ。大変だったね、ご苦労様。あとついでに可哀そうにね」

「……労いたいのかこき下ろしたいのかどっちなんだよお前は」


 新人戦の話を聞かされた翌朝。セオさんの薬湯が効いたのか、疲れを引きずることもなく、気分のいい目覚めを迎えた俺はいつものように、クーラとの馬鹿話に興じていた。休みの予定が明日に移ったこともあり、今日もクーラは看板娘見習い稼業に精を出しているというわけだ。


「まあ、それはアズ君のご想像にお任せってことで。君の中にあるものが、きっと君だけの真実なんだよ。どうか君だけは、それを信じてあげて」

「何を綺麗にそれらしくまとめてやがるんだか……。別にいいけどよ……」


 むしろコイツ相手なら、下手に気遣われた方が調子が狂うというものではあるんだが。


「けど、私としては少し残念かも」

「……俺が見事なまでになすすべも無く、ギッタギタのボッコボコのケチョンケチョンのコテンパンのドチャクソに封殺されるところを見れなかったことが、だろ?」

「いや、そこまで私は悪趣味じゃないつもりなんだけどなぁ」


 さっきの言い回しを返してやれば、クーラは軽くため息。


「そうじゃなくてさ、大会で君の雄姿を見たかったなって」

「そう言われてもなぁ……」


 一応は短鉄棒を使った近接戦も仕込まれてはいるが、心色を考えたら、俺のやり口は基本的には遠隔型になる。それも、泥団子を投げ続けるというもの。『追尾』や『分裂』はそれなりに見栄えするのかもしれないけど(さすがに対人の試合で『爆裂付与』を使いたいとは思わない)。


 なにはともあれ……


「アレはどこをどう見たって雄姿と呼べるようなシロモノじゃないぞ」


 そんな現実を突きつけてやれば、そりゃ残念とばかりにクーラは肩をすくめるものの、


「それでも、ネメシアちゃんたちが出るわけだし、決勝戦は絶対応援に行くからね」


 友人の応援には駆け付けるつもりでいるらしい。


 とはいえ……


「そもそも決勝に残れるかどうかも不明なんだが……」


 治癒込みの複合に、3種複合がふたりに、4種複合。心色の質だけを見れば、たしかにあいつらは相当なものだろうけど、それだけで勝てるほどに甘いとも思えない。少なくとも、ラッツとバートは虹追い人歴ひと月程度で、さらにラッツとネメシアは本調子に戻っていない病み上がりのようなものなんだから。


 というか……


「都合よく決勝の日に休みが来てるのか?」

「そうじゃないよ。エルナさんは店長と一緒に毎年決勝を見に行くのが恒例になってるんだって。だからその日はお店自体がお休みってわけ。当然私もね」

「なるほどな」

「そうだ!ちょうどいいしさ、明日はコロシアムの下見に行かない?さっきエルナさんから聞いたんだけど、フェニンっていう歌姫のステージがあるんだって」

「その歌姫の名は聞いたこと無いけど、面白そうだな」

「じゃあ決まりだね」


 コロシアムの場所自体は知っていた。少し前にレビダから戻って来た日、南区を通った時に建物を目にしていたから。もっとも、その時は中に入ることは無かったわけだが。まあ、明日の行く先を決める口実としてはちょうどいいか。


「っと、時間か」


 そうこうする内に鐘が鳴り、


「残念。……いらっしゃいませ」


 クーラは即座にお仕事モードへと切り替わっていた。




「ありがとうございました」


 看板娘見習いに見送られてパン屋を出る。


 今日の予定はすでに決まっていた。昨日の帰り際、シアンさんに相談を持ち掛けられており、午後の2時頃にとのことだったから。往復の時間を考慮し、多少余裕を持って間に合わせるのであれば、タマ狩りに行くのが妥当なところだろう。


 せっかくだし、先輩たちが助言してくれた部分を意識して立ち回ってみようか。


 昨日のことを思い返す。前衛のバートやアピスを援護していたところで懐に飛び込まれ、そのままあっさりと転がされる。なんて流れを、タスクさんやキオスさんには何度も決められていた。


 後衛タイプと思われれば、強引にでも距離を潰しに来るのは定石。けれどそんな状況で近接もこなせるのであれば、それは有効な返しになる。幸いにも、短鉄棒の扱いには多少の心得もあるんだから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。


「あ!アズールおにいちゃ……じゃない、アズールのダンナ!」


 西門方面に足を向けようとしたそんな矢先、名を呼ばれる。


「よう、ルカス。というか……その呼び方はなんなんだよ?」


 振り返る先に居たのは魔具屋の息子ことルカス。少し前までは俺のことを「アズールおにいちゃん」などと呼んでいたこの子が、何故か妙な呼び方をしてくる。


「おれも魔具職人の端くれだからな。いつまでも子供じゃないんだよ」

「なるほど……」


 合点がいった。父親から魔具作りを学び始めることになり、それと合わせるように口調も変えた、ということだろう。まあ、背伸びをしたい年頃とでもいうやつなのか。


「それよりも、ちょうどよかったぜ。実はダンナに見てほしいものがあるんだよ。今、時間って大丈夫?」

「ああ。構わないぞ」


 タマ狩りを予定していたとはいえ、それは消極的な理由から。であれば、固執するようなことでもないだろう。


「それで、何を見せてくれるんだ?」

「へへっ、そいつは見てのお楽しみだぜ」

「あいよ」


 そうして店の中に連れ込まれ、多分俺と同じような苦笑を浮かべる店主さんに迎えられる。


「見てくれ!こいつがおれの作品だ!」


 そこへ得意気に持ってきたのは、1メートルほどの木の棒、というか木剣だった。


 どうやらルカスが作ったものらしいが。


「魔具職人ってのはな、まず最初に木剣作りを学ぶんだよ。加工における基礎の基礎としてな。俺も昔はそうだったよ」

「そういうものなんですね」


 店主さんがそう補足してくれる。つまり、これがルカスの初仕事というわけだ。


「見た目はそれっぽくできてるな」

「だろ?せっかくだし、使ってみてよ」

「いいですか?」


 問いかけるのは店主さんへと。


「ああ。できれば、少し相手をしてくれると助かる」

「心得ました。じゃあ、少し借りるぞ」


 受け取った木剣を軽く振ってみる。


 これは……。どう答えたものかな……


「どうだい?ダンナ」

「……正直に言ってくれて構わないぞ」

「そうですか」


 嬉々として感想を聞いてくるルカスと、複雑そうな顔の店主さん。


 やはり年季の差なのか、店主さんはすでに気付いていたらしい。


「悪くはないんだけど……」


 俺も師匠のもとに居た頃は、何度か木剣を握っている。外見だけなら、違いは見当たらないんだけど、その時の印象、感覚と比較すると――


「握りに違和感があるというか、手に馴染まないというか……。俺自身も未熟な身、偉そうなことを言う資格があるとも思えないんだが、何かが違う気がするんだ」

「そんなぁ……」


 俺が口にしたのは、どちらかといえば悪い評価。当然ながら、いい気分なはずはなく、上機嫌だったルカスはがっくりと肩を落とす。


「さて、ルカス。お前への次の課題だ。その木剣のどこがダメだったのかを考え、改善するんだ。それができないうちは次には進ませられない。そして、俺から答えを教えることは絶対に無い」

「はぁい……」


 沈んだ返事で、うなだれたままに去っていく。まだ10歳前後の小さな後ろ姿は、さらに小さく見えた気がした。


「……悪かったな。嫌な役やらせちまってよ」

「魔具職人ってのは、妥協が許されない稼業なんですよね」


 これも師匠から学んだこと。日常生活に使う火起こしの魔具だって、欠陥があれば火事につながりかねない。まして戦闘で使うようなものであれば、些細な不具合が死に直結してしまう。


「知ってたのか?」

「ええ。だからこそ、真っ当な職人へは敬意を忘れるな。師匠……引退した虹追い人からそう教わりました」

「立派な師匠じゃねぇか。緑以上でも俺らを見下す連中は居るってのによ。まあ、真っ当じゃない自称職人も居ないわけじゃないあたり、俺も偉そうなことは言えないんだけどな」

「そうですか」


 まあ、そのあたりはどんな世界でも個人差があるんだろう。


「それはそうと、もしよかったら、ルカスを元気付けてもらえないか?もちろん、無理にとは言えないんだが」

「役に立てるかどうか怪しい話ではありますけど、それは構いませんよ。けど、父親であり師匠でもある店主さんの方が適任なのでは?」

「たしかに、俺の役目なんだろうけどなぁ……」


 困ったように頭をかく。


「情けない話だが、落ち込んでるアイツを見て揺らいじまった。どうしても、息子には甘くなっちまうからな。ついうっかりで、答えを教えちまうかもしれないんだよ」


 今のルカスはさしずめ、壁にぶち当たっているところ。それを自分の力で乗り越えてこその成長というのもあるんだろう。


「俺も昔は木剣作りで散々悩んだものさ。けど、その頃に悩みぬいた記憶が今の核になっているってのも実感してるんだ」

「そういうことでしたら引き受けましょう。約束もありますし」

「約束?」

「ええ。ルカスが一人前になったら、俺が用意した残渣で魔具を作ってもらう、と」

「はは、そういえばそんな話をしてたな」


 証人というわけでもないけど、あの時あの場所には店主さんも居たはずだ。


 そういえば……


 ふと思い出す。珍しくもない話だが、ルカスもまた、クラウリアに憧れていたんだったか。


 手元を見ればそこにあるのは、握りっぱなしだった木剣。


「ちょっとコレを使わせてもらってもいいですか?」

「それはいいんだが、元に戻せないような形で手を加えるのは……」

「ご心配なく。そこは心得ていますから」


 失敗作というのは、言い換えるならば改善ネタの宝庫でもある。さすがにそれを台無しにするのはどうかという話。


「ならいいんだが。それで、何をするつもり――」

「あ!アズールおにいちゃんだ!」


 不意に、元気な声で駆け寄ってくる小さな姿。


「よう、ペルーサ」


 そこに居たのはルカスの妹。


「そういえば、この子も魔具職人を志すんですかね?」

「さあな?本人が望むなら指導はする。望まないのならばそれでもいいと思ってるが」

「なんのおはなししてるの?」

「大した話じゃないさ」

「そうなの?」

「ああ」

「そっか。それよりも、おにいちゃんがおかしいの!」


 悪意は無いんだろうけど、何気に酷い言い方をする。


「ルカスがどうかしたのか?」

「うん。こうぼうでいじけてるの。さっきはげんきだったのに……」


 やはりそれなりには堪えたらしい。


「よし。そういうことなら、ルカスに面白いものを見せてやるか。ペルーサも手伝ってくれるか?」

「なになに?」

「坊主、なにをやろうってんだ?」

「それはですね――」




「邪魔するぞ」


 そうして、ペルーサと店主さんに手伝ってもらいつつ用意したモノを手に工房へ。やはりと言うべきか、うなだれるままのルカスからはどんよりなんて表現の似合いそうな雰囲気が漂っていて。


 重症だな、これは。


 まあ、それだけあの木剣作りに本気を込めてたってことなんだろうかな。あるいは、ようやく魔具職人の入り口に立てて浮かれてたところに水を差されたってのもありそうか。


「なあ、ルカス」

「……なに?」


 声をかけてみるも、返事は振り向くことのないままで。


「実はお前に見せたいものがあるんだけど」

「……あとにしてよ」


 どうやら不貞腐れてもいるらしい。落ち込んでるだけなのとどっちがマシなのかはわからんが。


「それは残念だな。ついさっきな、クラウリアって白髪の女性が虹色に光る剣を貸してくれたんだけどな」


 これはもちろん出まかせ。まあ、世間ではクラウリア不老不死説なんてのもあることはあるんだが。


「ホントなの!?」


 それでも、クラウリアに憧れているルカスには効果があったんだろう。がばりと勢いよく振り返ると、


「すげぇ……。ホンモノだ……」


 俺が手にしているモノを見て目を輝かせる。事情を知らなければ無理もないだろう。なにせそこにあったモノは、刀身に相当する部分が本当に虹色の光を放っていたんだから。


「握ってみるか?」

「うんっ!」


 落ち込みモードもどこへやら。


「振るのは構わないけど、物を壊すようなことはするなよ?」

「うん!」


 そう言ってやれば、はしゃいだ様子で振り始め、


「ありがとう!アズールおにいちゃん!」

「どういたしましてだ」


 ほどなくして、満足げに礼を言ってくる。


「そうだ!クラウリアさんにもお礼言わないと!まだ居るんだよね!」

「それなんだがな……」


 正直なところ、ここまで素直に信じられるとは思っていなかった。とはいえ、そろそろ種明かしをしようか。


 消えろと念じる。そうすればルカスの手にあった虹剣モドキは輝きを失い、残るのは木剣。


「……え?なんで……?」

「こういうことだよ」


 そしてあらためて、今度は右の手のひらに『発光』の彩技を込めた泥団子を出して見せる。


「もしかして……。これってアズールおにいちゃんが?」


 そうすれば、ルカスも気付いてくれたらしい。


 早い話、先日タスクさんが作った虹剣モドキの猿真似だったということだ。まあ、作る過程では思わぬ収穫もあったわけだが。それに、ペルーサにも手伝ってもらいつつ、何やら血が騒いだらしい店主さんの助言を受けつつ苦心した甲斐があってか、かなりそれらしい外見には仕上がっていたと思う。そのせいで時間がかかりすぎてしまったのはアレだが。


「ああ。忘れ物を届けようとしたのはいいんだが、ただ渡すのも芸が無いと思ってな」

「忘れ物?」

「その木剣、お前が作ったものだっただろ?」

「……あ」

「改善を考えるなら、現物があった方がいいってことだな。それに、約束もしてただろ?」

「……約束?」


 おいおい……


 別に腹は立たないけど、そこで心底不思議そうにされるのも複雑だぞ。


「いつかお前が一人前になったら、俺が用意した残渣で魔具を作ってくれるって話だよ」

「……そうだった」


 本気で忘れてたのかよお前は……


「まあ、俺との約束はさて置くとしても……いつかクラウリアみたいな虹追い人に魔具を作るのが夢なんだろう?」

「うん」

「じゃあまずは、俺をあっと言わせるような木剣を作って見せてくれよ。俺ごときの目にすら適わない物しか作れないんじゃあ、クラウリア並みの虹追い人は見向きもしないだろ」

「そう、だよね……」


 また、声のトーンが沈む。


 けれど――


「へっ、燃えてきたぜ」


 その声色には、カラ元気の色もある。それでも、とりあえず顔を上げることはできたということか。


「おれがいちにんまえになって魔具を作ってやるまで、ダンナも無事でいてくれよ」

「おうよ」


 背伸び口調に戻ったルカスと交わすハイタッチ。その音は、なんとも小気味がいいものだった。

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