並んで歩くその姿は、不思議と様になっていた
「さて、全員揃ったことだし……始めるとしようかね!」
集団戦の号令でもかけるように、気のいいお婆さん風の外見からは想像しにくいような芯の通った声を張り上げるのは支部長。
日が暮れてしばらく。扉に『closed』の札がぶら下がった第七支部のロビーには、その言葉通りに所属する全メンバーが集まっていて。
そこかしこのテーブルには、ホカホカと湯気を立ち昇らせるスープやら、見ただけで揚げたてと分かるような魚のフライやら、たまらない香りを振りまく肉の焼き物やら。キオスさんが腕を振るった様々な料理が、空きっ腹へと波状攻撃を仕掛けてくる。
昼を軽めにしていた甲斐はあったんだろうけど、とめどなく口の中に湧いてくる唾液をいちいち飲み込むのも、だんだんと辛くなってくる。というか、唾液で腹は膨れるものなんだろうか?だとしたら、もったいない気がするんだが。
「みんなグラスは持ったね?」
『はいっ!』
全員の手にあるグラス。酒だったり、果実水だったり、果実水で酒を割ったものだったりと、その中身は様々だ。
ちなみにだが、俺を含めた新人5人は全員、果実水で酒を10倍ほどに割ったものを手にしている。この国では飲酒可能年齢に関する法は無いんだけど、20になる前から飲みすぎるとロクでもないことになりかねないとは、一般的に言われていることだったから。
なお、酒と果実水に関しても、キオスさんが王都中を回って、料理に合うものを厳選してきたんだとか。本当に冗談抜きで本気すぎやしませんかねキオスさん。
「今回ウチにやってきた新人たちは、どいつもこいつも早々にいろいろとやらかしてくれたわけだが……」
そんなお言葉は、俺としては耳が痛くもある。多分だが、他の4人も大なり小なりは同じように感じていることだろう。
「それでも、あんたたち全員がこうして無事で居ること、心から嬉しく思うよ」
迷惑かけた身としては、そう言ってもらえるのはありがたい。支部長や先輩たち、セルフィナさんやシアンさんの助けが無かったなら、俺たち全員が今頃は生きていたかどうかすら怪しいところなんだから。
ぐぅ~。
タイミングがいいのか悪いのか、不意に誰かの腹が鳴る。
「やれやれ……誰だか知らないけど、しょうがないねぇ……。まあ、あたしもいい加減腹が減ってきたし、話はこれくらいにしておこうか。それじゃあ……アズール!ラッツ!バート!ネメシア!アピス!あんたたちの前途を祝して……乾杯っ!」
『乾杯!』
そんなこんなで始まった歓迎会。キオスさんの料理はどれも素晴らしく美味くて、酒の果実水割りも実に旨く、ツマミ代わりに交わす思い思いの歓談も心地がよかった……んだけど――
「なぁんか、面白くねぇんだよなぁ……」
「ですよねぇ……」
それなりの時間が過ぎた頃、隣で果実水のグラスを傾けるのは不機嫌顔のタスクさん。相槌を打つ俺もまた、似たような顔をしていたことだろう。
「ったく、どいつもこいつもよぉ……」
「ったく、なんであいつらばっかりが……」
「「はぁ……」」
そんな風に揃って不満とため息を漏らす原因は、周囲の至る所にあった。
まず、いつの間にか姿が消えていたキオスさんは別にいい。あの人のこと、多分厨房でなにやらをやっているんだろう。
静かに酒を酌み交わしている支部長とセオさんもいいだろう。故郷の婚約者を早く安心させるようにだとか言われているあたりも別にいいだろう。
ソアムさんとシアンさんの方も、これと言って気にはならない。こちらは賑やかに話すソアムさんに対してシアンさんが聞きに回っている構図だろうか。まあ、おふたりが楽しそうにしているのは結構なこと。
じゃあ何が問題なのかと言えば――
「ガドったら、また野菜ばっかり食べて。脂っこいのが苦手なのはわかるけど、ちゃんとお肉も食べなきゃだめでしょ」
「いや……こういう時くらいはいいだろ……。せっかくのめでたい席なんだしよ……」
「そんなことばっかり言って……。ねえ……王都を出る前に、私の目が無いからって好き嫌いしないようにって言ったこと、覚えてるわよね?約束したわよね?」
「お、おう……」
「その割には、前よりも肉嫌いが酷くなってるような気がするんだけど?」
「その……あれだ。お前の作る野菜料理が美味すぎるから……」
「へぇ……。つまり私の肉料理は下手だって言いたいのね?」
「いや……セラの作る飯は何だって美味いから……。な?」
「はぁ……。せっかくのアズールさんたちの歓迎会だものね。今日のところは大目に見てあげる」
「さすがセラ。話が分かるな」
「でも、明日からはユアルツ荘に居る時はあなたの食事は全部私が作るから、覚悟しておきなさい。残したりしたらどうなるか……わかってるわよね?」
「うげ……」
「ねぇ、ラッツ。これ、食べてみて、くれないかな?」
「おう。…………これも美味いな」
「よかったぁ……」
「って、なんでお前がホッとしてるんだ?まさか……。ネメシア、これ、お前が作ったのか!?」
「えっと……ソースだけなんだけどね」
「そうだったのか」
「うん。それに、キオスさんに指示通りにやっただけなんだけど……」
「そっか……。ああ。すっげー美味かったよ」
「そ、そう?だったら頑張った甲斐があったかな」
「……私も何か作ればよかったかしら」
「いや、そうは言うけどな……。お前って、料理全然できなかっただろ?家事を覚える暇があったら、体力作りにマキ割りやってたって……」
「それは……そうだけど……。セルフィナさんやネメシア見てたらなんかうらやましくて……。私だって……バートに何か作ってあげたいって思ったの!」
「まあたしかに、俺だってアピスの手料理食いたいとは思ってるけど……。その気持ちだけでも俺は嬉しいぞ」
「私が不満なの!」
「……なら、俺が教えようか?」
「いいの!?」
「ああ。これでも、ある程度の炊事は師匠から仕込まれてるんだぜ」
「じゃあ……お願い!」
「おうよ。俺の指導は厳しいぞ、なんてな」
そんな、方々で繰り広げられる、見てるだけで胸焼けしそうになる光景が、苛立ちのタネだった。
「いやな……ガドに関しては昔からああだし、バートやラッツに恋人ができたんなら、その時は祝ってやりたいって思ってたんだよ、俺は」
「……俺も似たようなこと思ってましたねぇ」
これは見栄でもなんでもなく、間違いなく俺の本心だった。
はずなんだけどなぁ……
実際に目の前であんな光景を見せられると、なぜか助走をつけて殴りたい衝動がこみ上げてくるんだから、世の中というやつは不思議なもの。
俺にとっては唐突な話だったから、なんだろうかなぁ……
思い当たるのはそれくらい。
誰にも悪気は無いんだろうけど、ああもイチャつくところを見せられるのは、独り身としては割とキツいものがあった。
レビダに滞在していた面々が戻ってきたのは10日ほど前なんだけど、再会した早々にラッツは「俺、ネメシアと付き合うことになったんだ」とほざきやがり、示し合わせたようにバートも「アピスと付き合ってるんだわ」などと抜かしてくれやがった。
ラッツ&ネメシアにせよ、バート&アピスにせよ、共に死線を潜り抜けた仲ではあるんだし、そういった男女は恋仲に発展しやすいというのはたまに聞く話。
だが、まさかそれが腐れ縁ふたりに同時に起きるとは、さすがに夢にも思わなかったわけで。
あるいは、第一支部にいた野郎共と比べたら、腐れ縁共の方が数段マシだったというのも一因かもしれないとは思うが。俺自身にしても、在籍中のネメシアとアピスのみを例外にして、第一支部には悪い印象しか持っていないのが現実。
ともあれ、そんなこんなで腐れ縁共のコンビは解消され、ラッツはネメシアと、バートはアピスとチームを組むことにしたんだそうな。
「はぁ……」
思い返してもため息が出る。なんというか、心色を得た時に突き付けられた以上の差を感じてしまうんだがな。
ひがみやっかみ妬み嫉みだと、理屈ではわかっていても、感情の方が付いてこない部分もあるんだろう。
「なあ、アズール。俺にいい考えがあるんだ。聞いてくれるか?」
「なんです?」
「歓迎会の余興ってことで、模擬戦をやらないか?」
そんなモヤモヤを抱えていた俺に、同じような心境に居るであろうタスクさんが持ち掛けてきた提案。
「……俺とタスクさんで、ですか?」
身体を動かして気晴らしでもしようというんだろうか?
「いやいや!それじゃダメだろ。俺とお前で組んで、ガド、ラッツ、バートとやり合うんだよ。そうすりゃ、あの鼻の下伸ばしたツラを堂々と殴れるだろ?」
「なるほど!」
たしかにそれはいい考えだ。ガドさんはタスクさんに任せるとしても……だいたいが、あんな腑抜けた有様で虹追い人が務まるものか。だからこれは弛み切っている新人へと、幼馴染のよしみで教訓を与えてやるだけのこと。何も問題は無いな!
「あ、けど……」
戦力的にはどうだろうか?
「ガドさんはタスクさんが抑えるんですよね?けど、俺ひとりでラッツとバートを相手取れる自信、無いんですけど……」
振り分けはそれ以外に無いと思うんだが……
2対3。この差は結構大きい。
「大丈夫だ」
それでも、タスクさんが見せるのは力強い頷きで。
「いいか?ガドの奴は、まだ双頭恐鬼との戦いで色脈に受けたダメージが抜けきってないんだ。しかも、さっきから結構な勢いで空けてるグラスの中身は酒だ」
「……本調子じゃない上に、酔いも入ってるってことですね?」
「ああ。その点、俺は一滴も酒は飲んでないからな」
そうだった。たしかに、タスクさんはこの席で唯一、果実水だけを口にしていた。まさか、そこまで見越してたのか!?
「だから作戦はこうだ。俺が速攻かけてガドをぶっ飛ばす間だけ、お前はバートとラッツを抑えてくれればいい。あとは、その背後から一発食らわせるから……」
「その隙に俺がトドメ、ってわけですね?」
「おうよ」
すげぇ……この人天才か!
「やれるな?」
「はいともさ!」
「よっし!そうと決まれば……」
「やりますか!」
「……何を馬鹿げたことを言ってるんですか。支部長の雷が落ちますよ?」
そうと決まれば作戦開始と立ち上がろうとした矢先、酷く冷たい呆れ声を向けられた。
「タスクだけならまだしも、アズール君まで……」
そして、どこか痛ましく聞こえる声も。
振り向けばそこに居たのは、シアンさんとソアムさんで。
「ねぇ、アズール君。悪いことは言わないからさ、もうタスクとは関わらない方がいいよ」
ソアムさんはそんな、いつになく優しい目を向けてくる。それなりに飲んでいたからなのか、ほんのりと上気した頬とのアンバランスさに、少し顔が熱くなった。
「タスクなんかと一緒に居たら、アズール君まで頭が馬鹿になっちゃうよ」
「オイコラどういう意味だ?」
「え?そのままの意味だけど?」
優しくも艶っぽい雰囲気が一転。タスクさんへは小馬鹿にしたような顔を見せる。
「だいたいさぁ、あんたがお酒飲んでないのって、単に下戸だからでしょ?それをさも戦術みたいに言っちゃうとか……。これだから図体ばかりデカいくせにケツの穴がちっちゃい男は……」
これはヤバい!?
耳ではなくて、心で聞いたような気がした。ブチリ、と。何かが切れる音を。
俺にだって学習能力はある。だから、そそくさとその場を離れ、
「……ちょうど暴れたい気分だったんだよな。ちょっと付き合えやクソチビ」
「チビ……っ!?上等!あんたのそのクソダッサイ性根、叩き直してやるから!」
「てめぇこそ!たんこぶ作って身長伸ばしてやるよ!泣いて感謝しやがれ!」
あとはいつものこのふたり。ごく自然な雰囲気すら漂わせつつ、訓練場の方へと向かっていった。
なおこの間、他のメンバーも気付いてはいたらしいんだけど、比較的日の浅いアピスとネメシアまでもがスルーしていたあたり、慣れと言うのは恐ろしい。
「さて、ソアムさんも行ってしまいましたし、私の相手をしていただいてもいいでしょうか?」
「ええ。喜んで」
そんなシアンさんの申し出を断る理由なんてあるわけもなし。隣に座るシアンさんからはかすかに酒の香りが漂ってくる。
そして――
やっぱ綺麗な人だよなぁ……
その横顔はソアムさんと同じようにほのかに上気。まとう色気は妖しげですらあって。対女性経験の少ない身には、刺激が強い。
いかんいかん。いつも散々お世話になってるシアンさん相手に妙な気は起こすんじゃないぞ俺。
腹の中で言い聞かせつつ深呼吸。
「緊張しなくてもいいですよ。依頼の報告なんかでいつも話してるじゃないですか」
どうやら深呼吸の理由を誤解されたらしい。
「……そうでしたね」
とはいえ、ここは馬鹿正直に答えるところでもないだろう。だからその誤解に乗っておく。
「それにしても……少し意外でしたね」
「……と、言いますと」
シアンさんが言ってくること。主語が無く、ピンとこないんだけど。
「バートさんやラッツさんに嫉妬していたでしょう?」
「ええ、まあ。見苦しいものを見せてしまいましたか。申し訳ないです」
「ふふ。そんなところはアズールさんらしいですけど……。私が意外だったのは、アズールさんにも嫉妬という感情があったことですよ」
「意外、ですかね?ラッツの身軽さやらバートの腕っぷしなんかには、昔から嫉妬してましたし、あいつらの心色にだってやっかんでましたし、現に今だって。……というか、俺ってむしろ嫉妬深い性格だったんじゃ……?」
実際に言葉にして気付いたようなものではあるんだが。
『自分のことってのは、案外わからないもんだぜ』なんてことは師匠も言っていたっけか。
「なるほど。アズールさんにとって、嫉妬の対象はラッツさんとバートさんだけなんですね」
「……かもしれません」
少なくとも、セルフィナさんと恋仲であるガドさんに対しては、やっかみは感じていない。自重してくれとは思わなくもないけど。
「素直に祝ってやりたいとは思ってるんですけどねぇ……。どうしても、羨ましい、ねたましいって思っちまうんですわ。お恥ずかしい限りですがね」
「その気持ちはわかる気がしますね。やっぱりアズールさんも、恋人がほしいと思うんですか?」
「漠然とは、ですけどね。なにせ俺自身、色恋に関しては経験皆無ですから。というか、そもそもが、色恋ってなんぞや?ってところですし」
楽しい、幸せ、辛い、苦しい。いろいろな側面があるらしいと読み聞きしたことがあるとはいえ、それだけでしかないわけで。
「そうですか……。いつか、想いを寄せる人に出会えたら、その時は届くといいですね」
「ええ。もっとも、俺の場合はそんな誰かと出会うことからですけどね」
「いい人に出会えるといいですね」
「ですねぇ」
んん?
今更ながらにふと思うこと。
そういえば、シアンさんってそういう相手は居るんだろうか、と。
居るという話も、居ないという話も聞いたことが無い。
まあ、興味本位で詮索していいようなことでも――
そんなことを思っていると不意に、視界が黒一色で塗り潰された。
何が起きた!?
「慌てるんじゃないよ!」
反射的に身構え、『発光』に思い至って、出そうとしたところへ支部長の一喝が響き渡る。
「これはあんたの仕業だろう?キオス」
「さすが支部長」
そんな問いかけに返されるのは、いつものように軽い雰囲気をした声。
「とりあえず、みんなじっとしててもらえるかな?」
そして、薄っすらと闇に浮かび上がるような緑光が見えた。
なんだろうかと首を傾げていると、その緑光はゆっくりと移動してきて、やがて動きを止める。
それからほどなくして照明が戻り、緑光があった場所をあらためて見るとそこにあったのは、皿に乗った大ぶりの魚。漂ってくる匂いからすると、焼き物らしいけど。
「まあそんなわけで、これが今日のために用意した新作料理なんだ」
どのあたりが「そんなわけで」なのかは、理解に苦しむところではあるが、さっきの緑光が料理だということだけは俺にもわかった。こうして照明の下でよく見れば、魚料理には緑色をしたソースらしきものがかかっていて、薄っすらと発光しているようで。
「キオス。もしかしてこれは、あのハーブを使っているのでは?」
「正解。見た目にはインパクトあるだろう?」
あのハーブ……?ってことは……
セオさんには心当たりがあるらしい。そして、発光しているということ。合わせて考えて、俺にも思い当たるところが見つかった。それは何かといえば、
「レビドア湿原の洞窟に生えてたっていうやつですか?」
「そういうことだね」
これも正解だったらしい。
「セオから少し分けてもらってね、料理に使えそうな感じだったから、僕も採りに行ってきたのさ」
「そりゃまた……」
恐れ入るほどの行動力だった。
「まあ、そのあたりはともかく、せっかくだから冷めてしまう前にね。切り分けるから並んでもらえるかい?一応、全員分はあるから」
たしかにキオスさんが言うことは至極もっとも。だから他のメンバーが列を作るのを、俺はのんびりと眺めていた。
「並ばないんですか?」
隣に居たシアンさんがそんなことを聞いてくる。
「ええ。列がはけるまで待つことにします。大した時間ではないでしょうし、先か後かってだけの違いですからね。シアンさんもそんな風に考えてたんじゃないですか?」
シアンさんもまた、見に回っていたわけで。
「そうですね。全員に行き渡るよう、切り分けに関しても事前に考えていたでしょうから。こういうことには妥協しないんですよね、キオスって」
「そりゃまた……」
本当に料理に関してはガチなお人だな……
「そろそろ行きますか?」
「ええ」
そんなことを話すうち、列もはけてきたので、キオスさんのところへ向かう。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
そうすればすぐに、キオスさんは俺とシアンさんの分も取り分けてくれる。
「いい匂いですね」
たらふく美味いものを詰め込んでそれなり程度には膨れていた腹だったはずなのに、間近での香りに反応してか、また喉が鳴る。
「そうだろう?味はあまり無いんだけど、なかなか香りのいいハーブでね。自生している場所があそこだけだから、乱獲もできないんだけど、種は採取できたからね。どうにか栽培できないかと、知り合いの農家と試行錯誤してるんだよ。たくさん採れるようになったら、知り合いの料理人たちにも使ってもらいたいところなんだ」
そこまで聞いたわけでもないんだけど、嬉々として話し出す。ここまでくると感心を通り越して畏怖すら覚え始めるんだが……
「そういうところは昔から変わらないのね、キオスは。むしろ、エスカレートしていないかしら?」
「まあ、趣味みたいなものだからね。僕は楽しいし、誰かに迷惑をかけているわけでもない。なら、問題は無いだろう?まあ、昔はシアンに迷惑かけたこともあったけどさ」
「そうね。あの時は口から火が出るかと思ったわ」
昔からってことは……このふたりって、長い付き合いなんだろうか?
どこか楽し気なやり取りを見ていて、そんなことを思った。
考えてみれば――
キオスさんはある程度親しい女性を○○ちゃんと呼び、移籍前のネメシアやアピスのことはさん付けで呼んでいた。そんな中でシアンさんのことだけは呼び捨て。
一方でシアンさんは、基本的には誰に対してもさん付け丁寧口調で話す。特に仲のいいと思われるセルフィナさんは例外なんだろうけど、なぜかキオスさんに対しても、セルフィナさん相手に近い雰囲気になる。
そういえば、第一支部に対してはこの支部の全員が悪印象を持っていることだろうけど、特にそれが強く感じられるのもこのふたりだったか。
……まあ、余計な詮索は止めておくか。
どう見たって険悪とは思えないわけだし、俺があれこれ考えたって余計なお世話以外になるとも思えない。
「ところで、妙に静かだと思ったら、タスクとソアムちゃんが見当たらな……」
ズゥン!
「なるほど……」
どこからともなく……というよりは訓練場から響いて来ているんであろう、重い音。それだけでキオスさんも即時理解してしまう。
「……しょうがない。届けてやるか」
「私も行くわ。ひとりでは持つのも大変でしょうし、それで落としてしまうのはキオスも望まないでしょう?」
「たしかに。じゃあ、お願いしようかな」
「ええ」
「と、言うわけなんでね。アズール君、悪いんだけど、僕らの分を見張っててもらえるかな?」
「了解です」
というかやっぱりこのふたりって、やけに馴染んでるよなぁ……
並んで歩くその姿は、不思議と様になっていた。




