お前は……誰なんだ……?
「買い出しのついでに、そのヴェイワーナ産の茶葉とやらも探してみるか」
「あ、もしかしてさ、この後って買い出しに行くところだったの?」
「ああ」
「じゃあさ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「とりあえず、聞くだけは聞くぞ。無理なくやれることならば、引き受けてもいい」
「……そこはさ、『俺にできることなら――』って言うところじゃないの?」
「……昔、それでやり込められたことがあってな」
あれは、師匠に連れられての旅暮らしを始めてから半年後くらいのことだったか。話の流れは忘れたけど、バートの奴に対して『俺にできることなら云々』と口にしてしまったことがあった。
そこに仕掛けてきた返しは『じゃあお前の有り金全部くれよ。可能なことだろ』だった。
たしかに可能なこと。イコール俺にできること、ではあったわけだが。まあバートも本気ではなくて面白半分で言っていたんだろうし、その件で金を巻き上げられることもなかったわけだが。
ともあれ、それ以来俺は『俺にできることなら云々』という発言を迂闊にしてしまわないよう、心掛けているというわけだ。
「なるほどねぇ。じゃあ、君が無理なくやれるようならで構わないからさ、私のお願い、聞いてくれない?」
「あいよ。引き受けるかどうかはまだ未定だけどな」
「うん。あのさ……今、困ってるの。ううん、苦しんでるって言ってもいい。だから、君に助けてほしい」
「急にそう言われてもな」
ついさっきまでは、あれだけご機嫌にパンをパクついていたクーラ。少なくとも、厄介な病を抱えているとかではないだろうし。身内関連で何かあったにしても、俺ごときにどうにかできることなんてほとんどないということがわからないクーラでもあるまいに。
そんなことを思いつつも、続きを待つ。
「私、実はね……………………」
そうたっぷりと間を置いて続けてきたのは、
「暇なの」
という発言。
「……………………はい?」
言葉の意味自体は難しいものじゃなかったはずなんだけど、それでもすぐには理解できず、呆けた声を出してしまう。
「だから暇なんだってば。アルバイトがお休みなのはいいんだけどさ。いざ時間ができちゃったら、何して過ごしたらいいのか思いつかなくて」
なるほど。そういうことか。
「帰ってクソして寝ろ。明日になればアルバイトがお前を待ってるぞ」
だからそう提案してやるんだけど――
「酷っ!?」
クーラはお気に召さない様子。
「そうか?やることが無いならさっさと寝る。休める時に身体を休めるのは大事なことだと俺は思うんだがな」
「いや、それは私も否定しないけどさぁ……」
「ちなみにだが、俺の買い出し……正確には、買い出し兼街の散策なんだが。ともあれ、それに付き合いたいと言うのであれば、拒むつもりはないぞ」
「って、わかってたんじゃないのよ!」
「それはな」
買い出しに行くところなら。そんな前置きを考えたら、言いたいことくらいは見えてくる。
「アズール君の意地悪。……まあいいや。そういうことだったら、君のことなんて私の暇潰しに利用して……ケツの毛までむしって、骨までしゃぶりつくしてやるんだから」
「汚い言葉遣いもする奴め」
というか、どうせ冗談混じりに決まっているだろうけど、若い娘がケツの毛とか言うんじゃねぇよと。
まあ、それはそれとして――
「好きにしたらいいさ」
クーラの受け売りになってしまうが、ひとりよりもふたりがいい、というやつだ。自分のペースでのんびりと街を見て回るのも悪くは無いだろうけど、クーラと他愛も無いことで談笑しつつの方が、どちらかと言えば楽しそうと思えないこともないんだから。
「……ありがとね」
「お、おう……」
そんな風に思うところへ不意打ちが飛んできた。
唐突にしおらしさを見せるのは勘弁願いたい。ただでさえ、身内以外には女性慣れしていない身の上なんだよ俺は。
「腹もこなれたし、さっさと行くぞ」
そんな、照れ隠しでしかない急かしに対してクーラが返してくるのは、
「うん!」
満面の笑みで、
「日暮れまでには戻りたいからな」
なんだか耳が熱い。直撃をもらってしまった俺にできたのは、そんな照れ隠しの上塗りだけだった。
そんなこんなで連れ立っての街歩き。食料の買い出しをすれば荷物が増えるのは確定なので、そっちは日が傾き始めてからに回すことにして、まずはとりあえず目に付いた露店市場へと足を向けて――
「あ!このティーセット素敵だなぁ……っていうか、まさかのラウファルト製?しかもこのエンブレムって……シトロンの作品なんじゃ……。いや、結構偽物も出回ってるって聞くし……でも、この筆使いの癖って。……それにエンブレムの欠けも。……本物だよコレ!?まだ存在してたんだ……」
「驚いたな……。こんなに若い娘さんが気付くなんて……」
「そりゃわかるよ。私、これでフラベルク産のお茶飲むのが夢だったんだ……」
「そうか。こいつはな、先祖代々伝わるものなんだよ。いつか価値のわかる人が現れたら、売るようにって。ただ、娘さんには……」
「……お値段1500万ブルグとか書いてあるんだが」
「うん、無理。まあ、適正価格だとは思うけどさぁ……」
露天商が広げていた食器類(俺には良し悪しはさっぱりだったが)にクーラが目の色を変えたり、
「これって、イヌタマの残渣を使った火起こしですか!?すげぇ……。このサイズなら、背負い袋に入れたら持ち運びできるじゃないですか!野宿でも手軽にあったかい飯が食えるわけですよね?」
「なかなか見る目のある坊主だな。ま、現状では使い物になるかは怪しいけどな。火力も弱いし、寿命も短い上に……」
「お値段90万ブルグだってさ」
「家賃2年半相当かよ……」
「ははは。マルツ大陸で開発中の試作品だからな。作るのに膨大なコストがかかる上に、移送代もあるから今はこんなだが、坊主が一人前になる頃には、広く出回ってるかもな。その時は是非買ってくれよな」
別の大陸から来たという露天商が並べていた魔具に目を奪われたり、
「ヴェイワーナ産……ヴェイワーナ産……。なぁ、クーラ。お前が言ってたのって、これでいいんだよな?」
「そうだね……って、ちょっと待って!この色合い……それにこの香りって……」
「どうかしたのか?」
「うん、ちょっと……。ねえ、おじさん。この茶葉って本当にヴェイワーナ産?センディッド地方のやつみたいな気がするんだけど」
「そんなはずはないだろ。センディッド産はこっちに……ん!?これは……たしかにお嬢ちゃんの言う通りじゃねーか!よく気付いたな……」
「あはは。少しは詳しいつもりだから」
「いや、若いのに大したもんだよ。助かったぜ。この値段でセンディッド産を売りさばいちまったら大赤字になるところだった」
「それはたしかに……。失敗したなぁ。黙ってヴェイワーナ産の値段で買っとけばよかったかも」
「勘弁してくれよ。けど……そうだな。よし!そのセンディッド産はお嬢ちゃんにやるよ。大損を防いでくれた礼代わりだ」
「そういうことならありがたくもらっておくね。ありがと、おじさん」
「こっちこそありがとうよ。ついでだ、兄ちゃんのヴェイワーナ産の方も少しまけておくぜ」
茶葉を専門に取り扱う露店では、思わぬ特技を見せたクーラがホクホク顔で高価とおぼしき茶葉を手に入れ、俺のそのおこぼれにあずかったり、
「甘く煮詰めた豆を入れた焼き菓子、ですか?」
「おうよ。何年か前によ、王都から来たっていう虹追い人のダンナと話が盛り上がってな。試作も手伝ってくれたんだよ。軽い感じの人だったんだけど、料理のことになるとやけに熱の入るダンナでなぁ……。それはそうと、行く先々で売ってるんだけど、案外好評なんだぜ」
「へぇ、面白そうだね。買っていかない?」
「そうだな。ところで、まさかとは思いますけど……その虹追い人って、キオスって名前だったりしません?」
「ひょっとして知り合いか?」
「ええ。同じ支部の先輩なんですよ」
「そうか!王都に来る機会があったら礼を言いたいと思ってたんだよ。んで、あのダンナはどこの支部なんだ?」
「第七ではあるんですけど……今は出払ってて、数日は戻らないと思います」
「それは残念だな。明日にも王都を発たなきゃならんし……。次の機会はいつになるんだかなぁ」
「キオスさんが戻ってきたら、伝えておきましょうか?」
「お、いいのか?」
「ええ」
「じゃあ、頼めるか?マシュウからだって言えば、多分わかるだろうからさ」
「了解です」
「なら、その礼代わりだ。こいつは俺からのオゴリだ。連れの嬢ちゃんも食べてくれよ」
キオスさんのおかげで、ロハで焼き菓子にありつけたり、
「なんというか、さすがは王都ってだけあって活気があるな」
「だよねぇ。しかも各地から行商の人も結構集まってる場所だし。少し熱気に当てられちゃったかも」
あちらこちらに目移りするうちに、そこそこの時間が経っていたらしく、喉も乾いてきた。だから、手近な露店で飲み物を買って近くのベンチへ。
「……美味いなコレ」
俺が選んだのは、リンゴの果汁を入れたミルク。優しい甘さが心地よく、独特の喉越しが面白い。
「こっちもいけるよ」
クーラの手にあるのは、オレンジの果汁入りのミルク。満足げな表情からして、そっちも美味いんだろう。
「……交換する?」
俺の手元を見て、ご丁寧に同じくらいまで自分の手持ちを減らしたクーラが提案してくる。
「お前さえよければ是非に」
「じゃあ、商談成立ってことで」
そして交換。こちらの方は酸味が強めではあったが、その分さっぱりとした印象が際立ち、ミルクの甘さも感じ取ることができた。結論を言ってしまえば、甲乙つけがたいくらいには美味かったということだ。
「それにしても、ずいぶんと茶には詳しいらしいな」
目をやるのはクーラの膝上。そこには、先ほどロハで手に入れた茶葉の袋が。
「まあね」
俺が茶というものに関して持っている知識なんてゼロに等しいわけだが、それでも色と香りだけで産地まで言い当てられるというのは相当ではないだろうかと思う。あの露天商の反応から見ても、そんな芸当ができる者なんてそうそういるわけでもなさそうな話。
しかも、ティーセットにまで詳しかったらしいが。
「せっかくだしさ、帰ったら淹れてあげるよ」
「いいのか?結構高そうな印象があるんだが……」
「たしかに、高いことは高いよ。なにせこの茶葉、耕地面積の割に収穫量が少ないからね」
「だったら……」
味がわかるかどうかも怪しい俺なんぞに出すのはもったいないんじゃないかとも思うわけで。
「私個人としてはかなり好きなお茶なんだけどさ、それは値段とは別の話だから。いくら高くても、好みに合わないお茶だってあるのよ」
「それはあるだろうけど」
美味い不味いと高い安いがかみ合わないなんてのは、いくらでもある話。まして、好みとなればことさらだろうけど。
「それにさ……。ひとりよりもふたりがいい、だよ」
「……そういうことなら、ご相伴に預かるとしようか」
「素直でよろしい。ところでさ、私も気になったんだけど……アズール君って自炊も行ける人なの?」
「ああ」
そのあたりも師匠に仕込まれたことだ。野宿の際には、携帯できるクソマズ食糧が定番だけど、場合によっては蛇やらウサギやら魚にありつけることもある。その際に使う調理スキルとして、ある程度の自炊も覚えさせられた。師匠曰く、台所での調理がそれなりにできれば、野営にも応用が利くんだとかで。
「携帯用火起こし魔具に食いついてたからさ、もしかしたらって思った」
「アレは本気で画期的だと思ったぞ。野外でもたき火をすることはあるわけだが……」
「炎の心色持ちでもないと、調理までやるのは面倒だもんねぇ」
「そういうわけだな。その点では、マルツ大陸の人たちが少し羨ましくはあるんだがな」
開発している大陸と別の大陸。普及が早いのはどちらかと言えば、答えは前者で確定だ。
「マルツ大陸かぁ……。復興真っ最中の時期に、ラウファルト大陸を脱出してきた人たちが合流した結果、魔具開発が盛んになったんだっけ」
「そうなのか?」
「もしかして知らなかった?」
たしか、師匠から叩き込まれた知識の中にそんなものもある。
んだが……
マルツ大陸荒廃の原因となった存在。
海に沈んだラウファルト大陸と、そこで盛んだったこと。
復興を果たし、現在のマルツ大陸で盛んなこと。
どれも知識としては持っていたけど、それらすべては頭の中ではバラバラで。
「知らなかった、というか……個別の話としては知ってたんだが……」
「知識と知識って、結び付いて新しい姿になることもあるからね。その辺は慣れ、経験だと思うよ」
「そういうものか」
またひとつ、勉強になったな。……というか、やけにクーラってあれこれ詳しいような気がするんだが。俺にとっての師匠みたいな、経験豊富な知り合いでも居たんだろうかな。
「まあ、私の知識なんて基本的には聞きかじりなんだけどね。故郷に居た頃にさ、引退した元ベテラン虹追い人が近所に住んでてね。しょっちゅう話をねだってたの」
「なるほどな」
予想通りだったらしい。
「それはそうと、マルツ大陸が復興しなきゃならないような状態になった元凶ってのは……」
「星界の邪竜、だね」
それは、この世界で生きる者ならば、大多数が知っているであろう名前。
1500年ほど前。空の彼方――星の世界からマルツ大陸に舞い降りた、5つの頭と3対の翼を持った巨竜。
人も動物も魔獣も街も山林も、目に付くすべてを見境無しに破壊し、世界中から集まった虹追い人が総力で立ち向かうもまるで相手にならず。3年も間、マルツ大陸が蹂躙され続けたんだとか。
そんなバケモノを退治したのが、当時すでに80を超えていたクラウリアだったと伝えられている。
年代的には、邪竜討伐の20年後くらいにラウファルトが水没したんだったか。
なぜ星界の邪竜が有名なのかと言えばそれは、クラウリアにまつわる最後にして最大のエピソードと言われているからだ。
「100や1000ではきかない、時の虹追い人たちが勝てなかったバケモノを、クラウリアはひとりで倒しちまったんだよな。その功績を称えて新たに白ってランクが作られたわけだが……」
「まあ、クラウリアはそんなものが欲しかったわけでもないんだけどね。実際、昇格の手続きもしてなかったんだしさ」
それも有名な話。手続き上では、クラウリアの最終ランクは紫だったらしい。理由としては今現在の俺が、まだ橙ではなくて赤なのと同じようなところだ。
「たしかにな。クラウリア自身、名声やらには何の興味も無かったらしいからな」
きっと、そんなところもまた、後世の人間を惹き付ける要因だったに違いない。これがもし、物欲権力欲の権化で金の亡者だったなら、いろいろと台無しだ。俺だって憧れていたかどうかは怪しいところになってしまう。
銀翼のカシオン、闇塗りのシザ、灼哮ルゥリ、救い手エルベルート、雷迅リュウド。もしかしたら、歴史に名を遺す虹追い人の中にも、クラウリアに憧れた御仁が居たのかもしれないと、俺は思っている。
「だね。……そういえばさ、星界の邪竜関連だと、クラウリアに関しても諸説あるよね?その……いわゆるところの、生存説死亡説とか」
「ああ」
そのあたりも有名な話。邪竜討伐以降、クラウリアの姿を見た者は居ないんだとか。しかも、当時すでに80過ぎという高齢。そんなわけで、相討ちになったんだとか、その時に負った傷が元で亡くなったんだとか、人知れず余生を送ったんだとか、いろいろと言われている。変わったところとしては、実はクラウリアは不老不死だったとか。酷いところでは、その功績から神の一員として天に迎えられた、なんてのもある。まあ、神が存在するしないも意見が分かれるところではあるんだけど。
「それで……君はどう考えてるのかな、って……」
言いたいことはズケズケと。そんな印象のあるクーラが、やけに聞きづらそうに聞いてくる。
これは、アレだな。
俺も似たような経験はある。灼哮ルゥリについて語り合っていた時だったか、ラッツと俺とで見解が真っ二つに分かれた挙句、殴り合いの一歩手前まで行ってしまったことがあった。多分だが、クーラにもこの話題でそんな経験があるんだろう。
とはいえ……
仮に俺とクーラで意見が真逆だったとしても、そこまでこじれさせないことくらいは、今ならば俺でもできるだろう。
だから、正直なところを話すことにする。
「俺は、生存説支持派だな。星界の邪竜の残渣が発見されなかったってのも根拠ではあるけど……」
語られている通りのバケモノだったなら、さぞや巨大な残渣を残していたことだろうから。それが無いということは、クラウリアが持ち去るなり取り込むなりしたってことだろう。まあ、星の世界から来た邪竜が魔獣と同じように残渣を残すのかという疑問もあるわけだが。
「どちらかと言えば、理屈じゃなくて願望だな」
「願望?」
「ああ。願望だ。お前ごときが何を偉そうに。何様のつもりだ?なんて言われそうな話ではあるんだが。それでもさ、偉大な先人への敬意、手向けとして。穏やかな最期を迎えていてほしいと、俺はそう願ってるよ」
「そっか……」
そう頷くクーラの表情は穏やかで、どことなく嬉しそうで。あるいは、俺と似たような考えをしているのかもしれない。
「じゃあさ……。もうひとつだけ聞かせてくれる?」
「無理なく答えられることならばな」
「あはは、またそれなんだ。それでいいからさ。あのさ……星界の邪竜が現れてからクラウリアが駆け付けるまでに、3年もあったわけだよね?そのこと、君はどう思ってるのかな、って」
「そのことか……」
クーラの問いかけ。それに関しては、心無い意見だって存在はしているし、俺だって考えたことが無かったわけじゃない。
「もっと早くにクラウリアが来ていたら、被害は少なくて済んだんじゃないか。なんて発想はさ、少なくとも、理に適わないものではないと思う」
「うん……」
相槌。その声色は、わかりやすく沈んでいた。
「だけどそれでも、クラウリアが居なかったなら、誰に星界の邪竜を倒せたんだ?って話でもあるんだよな。まあ、今の俺は100%が無関係で無責任な第三者だからな。綺麗事だって好き放題に言えるさ。仮にだが、俺が当時のマルツ大陸に生きていて、クラウリアの到着が身内の死んだ後だったなら、恨み言の100や200は言ってたことだろう」
「うん……」
続く相槌は俯いてで。
「結局はどっちつかずになっちまう。だから、ここも願望を言わせてもらうがな。クラウリアにはどうしようもない理由があったんだと思う。いい歳だったそうだからな。病床に臥せって、それでも放っておけなくて、無理を押して駆け付けたんじゃないか、って思う。いや、思いたい」
「あはは……」
クーラが笑う。
「君はさ……」
顔を上げたクーラと目が合って、
お前は……誰なんだ……?
そんなことを思ってしまうほどに。
明るく陽気で気さくな自称看板娘。俺が勝手にそんな印象を抱いていたクーラがまとう雰囲気が寂しげで哀しげで。
「そんな風に思ってくれるんだね」
潤んでいるようにも見える翡翠色の瞳は、まるで吸い込まれそうなほどに深い色を宿していて、
「伝説だの英雄だの言われてるけどさ……」
お前……本当にクーラなんだよな?
「結局はひとりの人間だったのにね」
愛嬌の影に隠れてわからなかったこと。憂いを帯びると、実は神秘的なまでに整った顔立ちをしていたんだと気付く。すぐ隣に居るはずの自称看板娘が、酷く遠く感じられた。
「……ゴメン。なんか、変な雰囲気にしちゃったね」
すっくと立ち上がって、
「そろそろ行こうか?」
ウィンク混じりに手を差し伸べてくる。
「あんまりのんびりしてたら、日が暮れちゃう」
ここ数時間で聞き慣れた、気安い声。そこにあったのは、やはりここ数時間で見慣れた、明るく気さくな自称看板娘の顔だった。




