本当にもういい加減にしろよ第一支部のアホ共は!
「ただいま」
「おや、なんだか賑やかですね」
噂をすればなんとやら。入り口のドアが開き、やって来たのは、さっきまで話題になっていたキオスさんと、今話題になっているセオさんだった。
こうしている今も、穏やかな表情を浮かべているセオさん。他の先輩たちにしても、新人の俺らを見下すようなことは無かったけど、セオさんに至っては、ひと際丁寧な物腰で接してくれていた。まさか藍だったなんてなぁ……
「私の顔に何か付いていますか?」
っと、ついセオさんをガン見してしまってたらしい。
「すいません。今、セオさんが藍だって聞いてたところだったんで……」
「バレてしまいましたか。ひけらかすのは好きではないので黙っていたんですけどね」
そう言って苦笑気味に取り出して見せる連盟印証の色は、たしかに藍。粘性体原初から逃げる際のこと。この街の支部員に伝えるのはセオさんの方が好都合とのことだったけど、それはコレが理由だったわけだ。同じ非常事態を告げるにせよ、発言者のランクが高い方が話は通りやすい。多分それが現実だ。
ならつまり、キオスさんは青ってことだな。一人前の基準が緑という話だけど、キオスさんはただの一人前程度とは全く思えない。
「これでも、支部長に次ぐ古株ですからね」
「そんなわけでね、セオは第一支部対策のいい魔除けになるのよ」
「なるほど。それでランクの話題になってたわけだ」
ソアムさんがそんな風にまとめ、キオスさんはそこに至る流れに気付く。セオさんはと言えば、苦笑混じりに肩をすくめてはいるものの、不快そうではなくて。不承不承ではあるとしても、受け入れてるってことなんだろう。
今更ながらに思うこと。本当に先輩たちは仲がいい。おかげで支部の雰囲気もギスギスしていないのは、俺としてもありがたいこと。
「察するに、第一支部やズビーロの連中がネメシアさんたちにちょっかいかけてこないか?なんて話をしていたんだろう?」
「ええ」
「第一支部の連中に関してはソアムちゃんの言った通りだし、ズビーロの方も大丈夫。そっちは、もっと怖い人が動いてるはずだから」
「……まさか、支部長ですか?」
もっと怖い人。思いつくのは、消去法でそうなるんだけど。
「正解」
当たっていたらしい。
「連盟の支部長って、宰相相手でも発言力があるものなんですか?」
そこまでとは思っていなかった。
「いや。いくらなんでもあそこの連中に釘刺しができるのは、ウチの支部長くらいだろうね。なにせあの人、王都でもただひとりの紫だし」
「さすがに王都でもひとりしか……って、紫ぃっ!?」
あまりにもサラっと言ってくるものだから、俺も軽く返しかけて、言葉の途中でその意味を理解し、仰天する。
「マジ……なんですよね?」
「大マジだよ」
「そりゃまた……」
紫と言えば、事実上の最高位なわけで。まさか普通に会話してた支部長がそれほどの御仁だったとは……。まあ、師匠にしても紫に次ぐ藍で、昔は組んでいたとのことだけど。
「まあ支部長にしても、畏まられるのは好きじゃないみたいだし、接し方は今まで通りでいいと思うよ」
「それは助かります」
たしかに、知る限りでのひととなりでも、偉ぶった様子は全く無かったし、そもそもが威張りたいのなら最初に言ってくるはず。
俺だって、堅苦しいのは好きじゃない。それでいいというのなら、そうさせてもらおう。もちろん礼節は忘れないつもりだが
「ところでよ、例の地下洞窟だっけか?そこの様子はどんなだったんだ?」
この話はこれで終わり、とばかりに、タスクさんが振るのはそんな話題で……って!?
「まさかあの洞窟に行ってきたんですか?」
「そうだよ」
「気になることもありましたからね」
キオスさんもセオさんも平然と肯定してくる。出かけていたのはそのためだったらしいけど……。往復の時間を考えたら、昼前には向かっていたと考えるのが妥当。なんというか、タフな人たちだなぁ。まあ、俺がヘッポコすぎるだけなのかもしれんけどさ。
「まず皆が一番気にしている点だと思うけど、粘性体の類は一切見つからなかった。通常の粘性体、産み粘性体、粘性体原初のいずれもね。本体とでも呼ぶべき粘性体原初が倒されたことで、新たに産み出されることもなくなったんだろう」
「そりゃよかったぜ。さすがにあんなのが複数居たらかなわねぇよ」
まったくもってタスクさんの言う通りだった。本当にひと安心だ。これでもし、第二第三の粘性体原初が、なんて話になっていたらと思うとゾッとする。
「だよね。ところでさ、セオが落ち込んでないってことは、アレも無事だったってことでいいの?」
「ええ。本当に運が良かったです」
「あの……アレっていうのは?」
俺が思いつく範囲では、無事であってほしかった存在なんて、ラッツとネメシアさん以外には見当たらない。それ以前に、ソアムさんがあのふたりをアレ呼ばわりするはずもない以上、他のなにかしらであることは間違いないんだろうけど。ラッツかネメシアさんの落とし物あたりか?
「おや?アズールさんも見ていたはずですが?」
「俺も見てた……ですか?」
そう言われても何が何やら……
「まあたしかにアズール君の視界に入っていた可能性は高いだろうけど、誰も彼もがセオみたいな思考をしてるわけじゃないからね」
「えーと……」
やっぱりわからない。
「これのことですよ」
と、背負い袋から小さな袋を取り出してテーブルの上に。その口が開かれて姿を見せるのは――
「……何かの草、ですか?」
そうとしか表現できないもの。生えていた場所ごと採取してきたんだろう。こうしている今も、一緒に出てきた岩に根を張っているようで、瑞々しさを見て取れる。
「……なんかコレ、光ってないか?」
「……言われてみればたしかに」
ここが明るい室内なせいでわかりにくくはあるけど、薄っすらと発光しているような気がする。
「ええ。間違いありませんよ。その証拠に――」
これまた背負い袋から取り出した布で照明を遮る。そうすれば、たしかに緑色の光を発していた。
「これは、あの地底湖……というか、粘性体原初のほとりに生えていたものです」
「……なるほど」
たしかにあの時、セオさんは妙な挙動を取っていた気がするけど、この植物を見ていたわけだ。無事でよかったというのは、この草が粘性体原初に潰されずに済んだことを言っていたんだな。
うん。そんなの気付けるわけがない。それはそれとして……
「もしかしてセオさんって、調薬のスキルなんかもあるんですか?」
考えてみれば、先日は湿布薬をもらい、レビドア湿原に自生するハーブがどうのこうのとも言っていた。
「調薬は副産物ですね。昔から植物が好きだったので、様々な植物に触れてみたい、そのために都合がいいということで、虹追い人になった身の上なんですよ」
「……そうですかぁ」
いやはや、お恥ずかしい。そんな風に締めくくるセオさん。多分だが、険しい山とか深い森とか魔獣生息域の奥地とかに生える植物目当てで自分を鍛えてきた結果が藍なんだろう。
穏やかそうな物腰に見えて、実は情熱も備えた人ということなのかもしれない。
「ちなみに、本人は副産物なんて言ってるけど、王都どころか、大陸中の薬師から一目置かれてたりもするからね、セオは」
そうキオスさんが補足するのも、多分事実なんだろう。熟練の虹追い人であるだけではなく、趣味の方でも名を知られているというのはキオスさんにも言えることなんだが。
なんともまあ、多芸な方々だった。
「まあ、セオの趣味は置いておくとしてさ……。粘性体関連は落ち着いたって考えてよさそうなんだよね?」
「だろうね」
「じゃあ、あたしとタスクは明日の朝イチで王都に戻るね」
「ああ。まだ本調子じゃないガドひとりじゃあ、人手も足りないだろうし」
そういえばそうだった。まあ、支部長あたりは受け手が居なかったら赤や白の依頼でも平気でこなしてそうなイメージはあるけど。
「アズール君はどうするんだい?このままここに残ってもいいし、明日になったら一緒に帰っても構わないけど」
「そうですね……」
それどころじゃなかったってのが大きいんだろうけど、そのあたりはまったく考えてなかった。
「ちなみにですけど……。まず、ラッツさんとネメシアさんは残ってもらいます。数日は療養するべきでしょう」
「……心色の使い過ぎ、ですか?」
「ええ」
先日の俺とどっちがマシなのかはわからない。それでも、死ぬか生きるかなんて状況に置かれていたんだ。色脈に傷が付く程度には無理をしていたと考えるのが妥当だろう。
ネメシアさんに関しては、第一支部のことを考えたら、王都に戻るのは少し間を置いた方がいいというのもありそうか。
「バートさんにも、しばらくはここに残ってもらいます」
それもわかる。王都に帰るにせよ、ある程度は怪我が治ってからにするべきだろう。ネメシアさんの治癒なら……とは一瞬思いかけたけど、今それをやることをセオさんが許すとも思えない。
「アピスさんは、残って看病のお手伝いをしてくれるとのことです」
かばって怪我をした腐れ縁共は気にしていないことだろうけど、それでも責任を感じるというのも理解できる。
気にしないでいいと言われても、「わかりました。それじゃあ気にしません」なんて割り切れるものでもないだろう。
当然ながらネメシアさんが心配というのもあるだろうし、第一支部対策もネメシアさんと同じことが言えるだろう。
「私も残ります。バートさんの治療もありますし、色脈の回復を早める調薬も心得がありますので」
「そんなのまであるんですか?」
俺の時は聞かなかった話だけど、あれは不自然なほどに色脈が無傷だったから、か。
「僕も残るよ。数日はレビドア湿原の見回りもしておいた方がよさそうだし、療養中は食事も普段以上に大切だからね」
これも、前半には素直に同意できる。後半に関しては「自分が作りたいだけなんじゃ……」なんて疑問を抱かないでもないけど。
ともあれ、俺以外の全員は、身の振り方が決まっているわけだ。
なら――
「俺も明日の朝イチで王都に戻ります」
それが、俺の出した結論。セオさんの補助として人手が必要ではあるんだろうけど、そこはアピスさんが引き受けてくれるとのこと。であれば、これ以上頭数が増えても邪魔になりかねない。それなら、さっさと王都に戻って、やれることをやっておくべきだ。
「わかりました。それでは、私たちが戻るまでの間、第七支部をお願いしますね」
「おや?」
「どうしました?」
そうしてあれやこれやと雑談を交わすことしばらく。キオスさんが何かに気付いたような素振りを見せ、客室に続く通路へと目をやる。
「どうやらラッツ君とネメシアさんも目を覚ましたようだね」
その言葉通りに、直後に顔を見せたのはラッツとネメシアさんで。
「ほら!こっちこっち!」
俺の時と同じように、ソアムさんが手招き。ラッツもネメシアさんも顔色が悪くなかったことに俺はひと安心したんだけれども……
「夕食の前でよかったですよ」
セオさんが穏やかに言い、
「さっそくですが、色脈の検査をしてもいいでしょうか?」
「……………………うえっ!?」
続いた言葉。その意味を理解したラッツの顔色は、みるみるうちに青ざめていた。
「どうしたの?なんか、急に顔色が悪くなったみたいだけど」
ラッツの顔色変化には、隣に居たネメシアさんも気付いたらしい。
「あの、色脈ってなんですか?」
そして、流れから原因とあたりを付けたであろうフレーズを聞いてくる。
「色脈というのはですね――」
「――というわけです」
「そんな技術があったんですね。全然知りませんでした」
俺が先日まで知らなかったその知識は、ネメシアさんにとっても未知だったらしい。
「まあ、あまり知られているものではありませんからね。それで、できればネメシアさんにも受けてほしいんです。色脈の状態が分かれば、それに合った調薬ができますから。もちろん、無理強いはしませんけど」
「私にもやってくれるんですか?」
「ええ」
「それなら、ぜひお願いします!ラッツもやってもらうんでしょ?」
セオさんの説明は、俺が先日受けたものとほぼ同じ。昨夜の一件でセオさんに対しても信頼を抱き始めていたであろうネメシアさんがそう考えるのも道理ではあったんだろう。まして、セオさんは善意100%で言っているんだろうし。
「ちょ……!?」
それに泡を食ったのがラッツだ。気持ちはよくわかる。俺が受けているところを見ていたわけで。どうにかして回避せねばと思っているんだろう。結果的には、ネメシアさんに逃げ道を塞がれた形になる。
「いや……その……。ほら、セオさんも疲れてるだろうし……」
「いえ、私としては大した負担にはなりませんから」
セオさんの追撃。
「こう言ってくれてるんだしさ。先のことを考えたらお願いするべきでしょ?」
さらにネメシアさんも追い討ち。
というか……
そういえばお前、俺があの検査を受けた時もきっちり押さえ付けてくれやがったよなぁ?
あの時を思い出したら、少し腹が立ってきた。小さな器と笑わば笑えだ。
「たしかに、アレは俺もキツかったわ」
だから、俺からも、助け舟を出すことにしよう。
「ア、アズ……」
すがるような目を向けてくるラッツ。心配するな。俺は味方だからさ。
「大丈夫。お前は強い男だ」
笑顔で、サムズアップ付きで言ってやる。そう。ここは当然、味方であるセオさんに助け船を出すところだろう。
あの時の恩(というか怨)は忘れてないからな?(実はさっきまで忘れてたけど)
アズてめぇ……。覚えてやがれよ……
言葉にしなくても、伝わる気持ちというのがあることを俺は知っていた。
それからおよそ10分後。ラッツたちの客室に場所を移して、
「大丈夫?なんか、本気で死にそうなんだけど……」
ネメシアさんが心配している通りの有様を、ラッツはさらしていた。当然ながら、俺も押さえ付けには参加した。人手が必要だったからであって『いつぞの意趣返しだ。思い知るがいい』なんて考えは(少ししか)なかった。
まあそれはさて置くとして……
「ああ……。何とか生きてるよ……。けど……なんでお前は平気そうなんだ?」
ラッツの次に同じ検査を受けたはずのネメシアさんは、なぜかケロリとしていた。
「多分それはネメシアさんが女性だからですね。この検査、男性よりも女性の方が、負担は少なく済むらしいんです」
それは俺も初めて聞いた。
「そういえば、あたしの時も割と平気だったね。せいぜいが、30秒息を止めたくらいの苦しさだったかな。ネメシアちゃんもそんな感じ?」
「はい。そんな感じでした」
「マジですか……」
女性であるソアムさんも苦痛は軽く済んでいたらしく、
「……俺の時は本気で死を覚悟するレベルだったぞ」
「同じく。あれ以来、無茶はするまいと心に誓ったよ」
男性であるタスクさんとキオスさんは俺と同じ苦しみを味わってきたらしい。
「男女で差がある原因は不明ですが、最近発表された仮説によれば、女性は男性と比べて痛みに強いことが理由ではないかと言われていますね。出産という女性だけに許された役割は、男性であれば発狂死するほどの苦しみを伴うのではないか。ならばそれに耐えられるということは。とのことです」
「ふーん。そうなんだ」
「知りませんでした」
女性ふたりは軽い感じで頷いていたが、きっとこの時、セオさんを除いた男全員の考えは同じだったことだろう。女性が羨ましい、と。
その後は待ちかねた晩飯を済ませ、情報の共有。さすがにまだ起き上がるのは辛いということで、場所はバートたちの客室に。
まあ共有と言っても、大部分を聞く機会があった俺としては確認の意味合いが強かったんだけど。
「はぁ……」
それでも、ため息を吐かされる内容もあったわけで。
唯一俺が知らなかったのは、地下に落ちたラッツ&ネメシアさんと合流するまでのこと。そこに何があったのかと言えば――
足元が崩れた時、運良く傾斜部分の真上にいたラッツとネメシアさんは上手く転がり落ちることができていた。その際、ラッツがネメシアさんを守るように抱きしめていたこともあってか、ネメシアさんはほぼ無傷。ラッツにしても、打撲を数か所程度で済んでいたらしい。
治癒が使えるネメシアさんの無事を確保するべき、なんて打算があったわけではなくて、無意識の行動だったとのことだが。その点については、あまり無茶はするなとも言いたくもある。このあたりは、バートに対しても同じことを思ったんだったか。
なおその際にユージュ・ズビーロとかいう他一名もいたわけだが、そっちは落ち方が悪く、気付いた時には……。ということだったらしい。
そのあたりは心底どうでもいいとして、自力での脱出は不可能と判断したラッツはその場で助けを待つべきと判断。ネメシアさんもそれに同意した。
それからしばらくしてやって来たのがマヌイとかいう阿呆だったわけだが……
その阿呆はロープを下すわけでもなく、勢いよく飛び降りてきて足を骨折。そのままユージュ・ズビーロの死骸に這い寄って、泣きわめくだけだったんだとか。
ちなみにだが、
『そんな……せっかく次期宰相に取り入ることができたというのに……。これも全部第七の奴らのせいだ。あれだけの複合持ちが第七なんかに居たからこんなことに……』
というのが遺言だったらしい。
なんというか、散々見損なっていたつもりでいたのに、さらに見損ない直したとでも言えばいいのか。
この期に及んで人のせい。ユージュ・ズビーロを止めなかったことを反省する様子すら無いそのクズっぷりは、いっそ清々しくすらある。
その後、突然現れた産み粘性体(正確には粘性体原初の一部)に襲われ、クズふたりは飲み込まれてお終い。ラッツとネメシアさんは応戦したものの、徐々に追い立てられるようにして最深部へ。限界も近いといったところで、どうにか合流できたというわけだ。
何度も何度も思ってきたことだけど、あらためて言いたかった。
本当にもういい加減にしろよ第一支部のアホ共は!




