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こうして、俺の虹追い人生活はその幕を開けていた

「さて、これからどうするかな……」


 トボトボコソコソと連盟支部を逃げ出し、戻って来たのは昨夜を明かした宿の一室。この部屋で明日のことを語らい、盛り上がっていた昨夜を随分と遠く感じる。


 ……ひとまずは、俺の心色を試してみるか。


 沈んでいるばかりでも仕方がない。時間が経てばあいつらもここに帰ってくるんだし、それまでには何かしらの結論を出しておく必要があるわけで。


 まずは少しでも詳しく把握することからか。


 心に刻まれた心色というやつは、主にふたつの方法で成長していくものらしく、それに応じて、可能なこと――(さい)()と呼ばれる――も増えていくらしい。例えば――剣であれば、切れ味を増す『鋭刃』や強度を増す『硬刃』。離れた場所にあるものを斬りつける『飛刃』といった具合だ。また、近接型の心色には、身体能力そのものを強化する彩技を備えているものも多いとのこと。


 手に入れたばかりの心色でも、ひとつくらいは彩技を備えているものらしいとは聞かされていたが、俺の場合はどうなのやら……


 ……これか?


 そうして心色に意識を向けてやれば、そこには何かがあった。その何かというのは――


 ……いや、これはあんまりだろ。


 大いに脱力を誘われる。虹色泥団子というあんまりな心色が備えていた彩技は『封石』。名前だけではピンと来なかったが、内容に意識を向けて浮かんできたのは、『中に石を仕込む』というもの。


 足を洗ったとはいえ、悪ガキとしてはベテランだったと自負している身の上。泥団子の扱いには慣れているし、中に石を仕込むという所業も散々やって来たこととはいえ……本当に、まったくを持って、あまりにもあんまりな能力だった。


「はぁ……」


 虹色泥団子とやらがどんなシロモノかはさて置くとして、出してみるだけならばここでも大丈夫だろう。……多分。


 ため息をひとつ。それでもどうにか気を取り直す。


 心色が心に刻まれたその時に、出し方も感覚的に理解できていた。


 出てこい!


 広げた手のひらへと意識を向け、念じる。そうすれば現れたのは、やけに馴染む感覚。手触りにせよ重さにせよ、質感は扱いなれた泥団子のそれで。


「なるほど。たしかにコイツは、虹色泥団子と呼ぶに相応しい」


 見たところは、まさしく虹色をした塊。色合いとしては、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫がグラデーションを描き、淡く見えるのは、下地に白が透けているからか。


 雨上がりに浮かぶ虹が雲の白を透かした虹。そんな一部を切り取ったような外見をしていた。泥団子と冠している割には、それなりに綺麗な見た目といってもいいだろう。


 試しにと割ってみれば、表面だけではなく芯までが同じような色合いをしていた。


「あとは、『封石』だったか?」


 消えろと念じてやれば手にあった泥団子は空気に溶けるように掻き消えする。続けて、『封石』が有効になるようにとイメージし、先の要領で具現化した泥団子を割ってみれば、中には指先ほどの白い石。なるほど、これを思い切りぶつけてやれば、割れた泥団子から飛び出した石が追撃となるわけで、相当に痛そうだ。


 まあ、飛び道具としては悪くないのかもしれない、か。


 ともあれ、検証はこんなところか。牽制、目くらまし、こっそりと潜ませる本命など、使い道はそれなりにありそうだ。


 さて、あとは俺の身の振り方か……




 コンコン!


 ドアをノックする音が聞こえたのは、考えに考えて考え抜いて、一応の結論が出た頃に。


 いいタイミングだ。さすがは腐れ縁。


「開いてるぞ」


 だからそう声をかけてやればすぐにドアが開き、見飽きた顔がふたつ、入って来る。


「ったく、門出の日だってのに、なんてシケたツラしてやがるんだかな」


 それぞれのベッドに腰を下ろしたかつての悪ガキ仲間に向けてやるのはそんな嘲笑。誰のせいなんだかとは思わないでもないが、そのあたりはさて置くことにして。


「ま、そこらへんはどうでもいいか。それよりも、この先のことなんだがな……」


 シケた、というのは言いすぎな気もするが、神妙そうな雰囲気だけで、コイツらの心境も理解できた。というか理解できてしまった。本当に、付き合いが長いというのは楽であり、時には厄介なもの。


「お前らは、ふたりでやっていけばいい」


 俺なりに延々考え抜いた結果がそれ。


「どうせお前らのことだ。俺の心色がどうのこうのというあたりはさして気にも留めないことだろう。周りはグダグダと言ってくるかもしれんが、そんな雑音を気にかけるようなツラの皮で悪ガキは務まらねぇよな?」


 虹色泥団子とかいうふざけた心色も案外悪くないと思え始めてきたところだし、コイツらとの連携という点においては、世界中の誰にも負けない自信はある。


「だがそれでもな、俺の感情が、ソレを受け入れられねぇんだ」


 コイツらは俺にとって悪ガキ仲間であると同時に、ライバルでもあったから。それぞれに得手不得手があったことも事実だが。


 それでも、少なくとも、自身の心色に劣等感をかかえたままで共にやっていくのは、何かが違うのだと心が叫ぶ。


「我ながらクソみてぇな見栄だとは思うんだが……。そんなわけなんでな。当面……そのあたりの整理がつくまでは、ひとりでやっていこうと……いや、違うか。ひとりでやっていきたいと思ってる」


 そう言い直す。決めたのは間違いなく俺の意思だから。


「んで、いつか折り合いがついて、その時にまだお前らのチームに俺の入る余地があるのなら、その時にあらためて頼みたい。自分勝手な上に虫のいい話だが、それが俺の結論だ」


 そこまで言い切ると、室内に沈黙が降りる。そして、


「へっ……」


 耐え切れずに吹き出すように、最初に声を上げたのはバート。


「だから言っただろ?アズは妙なところで無駄に意地っ張りだって」

「いや、それは知ってたけどさ……まさかここまでなんてな……」


 ラッツは感心、というよりは呆れ混じりに頷く。これはまるで――


「お前ら、気付いてたのかよ」

「なんとなく、だけどな。無駄に付き合い長いからな、俺たち」

「そうかよ……」


 まあ、俺にコイツらの思考を予想できるくらいだ。逆もまた然り、ということか。


「よっしゃ!賭けは俺の勝ちだな。ラッツ、今度飯おごれよ」

「ちぇ……」

「おいコラお前ら」

「ありがとな、アズ。ここまでお前に感謝するのは初めてだ」


 せっかくしんみりしていたというのに、とんでもないことを抜かしやがる。お前ら、俺の一大決心を賭けのダシにしてやがったのかよ。


 まあ、いいか……


 腹立たしさは無いわけでもなかったが、これもまた俺らの日常だった。だからそこらへんは流してしまうことにする。それに、下手に気遣い気遣われするよりは、この方が俺たちらしいとも言えるんだろう。


「さて……」


 立ち上がる。拍子抜けするようにすんなりとではあったが、話がまとまり、腹が決まった以上、やることがある。


「ちょっくら出かけて来るわ」

「支部に行くのか?」

「ああ。支部長に言われてたんでな」


 覚悟が決まったら来るようにとのお言葉だった。まあ、昨日の今日どころかさっきの今ではあるんだが、まだ陽はそこまで落ちていない。ならばそれくらいの時間はあることだろう。善は急げ、悪はもっと急げ、なんて格言もあるらしいのだから。


「だったらさ、アパートの手続きも済ませて来いよ。支部が運営してる部屋が、ひと月30000ブルグだってよ」

「そりゃ安い」


 手頃な額だ。支部が虹追い人を支援するためにやってるってことか。


「ああ、そうそう」


 出がけに振り返り、


「お前らも、複合型だからってあぐらかいてるんじゃねぇぞ?チンタラやってるようなら、さっさと追い越した挙句に『うわ……まだそんなランクにいるのかよ?情けねぇなぁ』なんて言って、指差して笑ってやるからな」


 軽い売り言葉をかけてやれば、


「へっ!お前こそ。死ぬ気で来ないと、いつまでたっても追いつけないぜ?」


 言い値で買い上げてくれる。


「待たせすぎると、お前の入る枠も無くなっちまうからな」


 そんな気安い憎まれ口に背中を押されつつ、俺は部屋を後にする。




 さて……


 そうしてやって来たのは支部長室の前。支部に入るのは、裏口を(勝手に)使わせてもらったが。腹をくくれたとはいえ、今も正座させられているであろう先達の方々の前を通り過ぎるのは、少しばかりハードルが高かったから。


「アズールだろう?入ってきなよ」


 ノックをする前に声をかけられた。師匠なんかは周囲の存在を気配で把握するという芸当ができる人だったが、支部長もそう言った手合いなのか。


「失礼します」


 しかも俺であることまでお見通しらしい。恐れ入りましたと観念してドアを開ければ、


「へぇ……」


 俺を見るなり、なにかに得心したようにニヤリと笑う。


「いい顔になったじゃないか」

「そうですかね……」


 先ほどこの部屋を出てから、鏡は一度も見ていないのだが……。まあ、そういう問題でもないんだろう。


「ですが、覚悟は決まった……と思います」


 断言できないあたりは多少情けなくもあるんだが……


「当面は、あいつらとは別で、ひとりでやっていくことにしました」

「ま、そこらへんはあんたらが決めることさね」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「正直、来るのなら明日の朝イチかと思ってたんだけどね。いい時間だし、細々した話は明日でいいかい?」


 無理もない。窓から見える空は、いつの間にやら青から橙に変わっていた。


「構いません。それと、支部が運営しているアパートがあるんですよね?俺も使いたいんですけど、可能でしょうか?」

「ああ。部屋もまだまだ余ってるからね。手続きだけなら大した手間でもない。今のうちにやっていくかい?」

「是非に」

「あいよ。……ウチのアホ共と鉢合わせするのもアレだろうし……少し待ってな」


 そう言って支部長は部屋を出ていき、すぐに戻って来る。


「よかった、元気になったみたいですね」


 伴われていたのはセルフィナさんだ。思えば、先ほど別れる時には心配をかけてしまったんだろう。裏口に案内された時に俺がどんな顔をしていたのかまでは、気を回せていなかった。


「さっきはすいませんでした」

「いえ、そこは気にしないでください。ラッツさんたちの心色についてはシアンから聞いていますけど、多分そのあたりが理由、だったんですよね?」

「そんなところですね」


 シアンさんというのは、心色の試し打ちに立ち会った人のことだろうか?


 そして、セルフィナさんの口ぶりからして、自分の心色にショックを受けるというのは、それなりにはあることなんだろう。


「その件については一応解決しましたので、ご心配なく」


 自意識過剰かもしれないが、一応は伝えておく。


「それはよかったです。それで、アパートへの入居希望でしたね。こちらが契約書になります」


 持ってきた紙を見せてくれる。契約はひと月単位だとか、備え付けられている備品類だとか、諸々のルールだとか、そういったことが書かれた紙に目を通し、特に問題が無いことを確認。


「内容に問題が無ければこちらにサインを……。はい、たしかに確認しました。入居はいつからにしますか?」

「明日からでお願いします」


 宿代に関しては、今日の宿泊と晩飯に明日の朝飯分まで支払い済。無駄にするのはもったいない。


「わかりました。はい、これで契約は成立です。アズールさんのお部屋は203号室。こちらが鍵と地図になります」

「どうもです」


 受け取った鍵は慎重に、上着の内ポケットへ。失くしたらドアごと交換で、その費用は全額俺負担になると契約書にあったから。


「ちなみに、あたしやセルフィナ……というか、遠出してる奴以外、ウチの連中は全員がそのアパートに住んでるよ。あたしの部屋は101号で大家も兼ねてるからね。なにかあったら気軽に訪ねて来なよ」

「はい。お世話になります。それと……」


 やっておきたいことは他にもあった。


「俺も心色の試し打ちをやりたいんですけど、明日って大丈夫でしょうか?」


 すでに日暮れが近い。さすがに今からというのもアレだろう。


「明日、かい?たしかシアンは用事があるとか言ってた気がするんだけどねぇ……」

「ええ。近所の方が開いている料理教室に参加するって」


 どうやら間が悪かったらしい。そして、やはりシアンさんというのが試し打ちの担当らしい。


「あ、けど……朝は出勤しますし、8時から9時まででしたら問題無いかと」

「迷惑でなければお願いしたいんですけど」

「そこはご心配なく。では、シアンにも伝えておきますね」

「お願いします。あとは……」


 忘れ物が無いか思い返してみるが、特に見当たることもなく。


「こんなところですかね」

「そうかい。だったら、気を付けて帰りな。明日は早いんだし、夜更かしするんじゃないよ?」

「……努力します」


 なんだかんだで昨夜は遅くまで語り明かしてしまった。そして今日とて早々に床に就けるかと問われたら、断言はできそうもないところ。


「まあいいさ。遅刻してシアンに小言聞かされるのはあたしじゃないんだからね」

「ですよねぇ……」


 シアンさんがどんな人なのかはまだわからないが、初対面で遅刻というのはさすがにマズいだろう。なら、今日は夜更かしは無しだからな?いいな?絶対にだぞ?


 自身に言い聞かせる。


「では、早く寝るためにも、このあたりで失礼します。それと……」


 居住まいを正す。今はここにいるふたりに対してだけだが、この支部でお世話になる全員にやるべきだと考えることがある。


「支部長、セルフィナさん。あらためて、よろしくお願いします!」


 こうして、俺の虹追い人生活はその幕を開けていた。

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