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いろいろな意味で長かった夜が明ける

「タスクさんにソアムさん!?なんでここに?」

「そりゃもちろん、アズール君たちの力になるために決まってるじゃない」

「間に合ってよかったぜ」


 まさかこの場に現れるとは思っていなかったふたりに問いをかければ、「なに当たり前のこと聞いてるんだ?」とでも言わんばかりに返してくる。


「まあ、なんにしても助かったよ。済まないけど、ラッツ君とネメシアさんを連れて逃げてくれるかい?」


 この状況でも動揺しないあたりはさすがキオスさんか。たしかに、ふたりが護衛をしてくれるなら、ラッツとネメシアさんの心配は必要なくなる。


「おいおい。何寝ぼけたこと言ってんだよ?」


 けれど、タスクさんが返すのはそんな呆れ。まあ、俺もキオスさんも徹夜明けみたいなものだし、眠いのは事実としても。


「かいつまんだ話は、第一支部の新人とセオに聞いてるぜ」

「アレが今回の元凶なんだって?」


 そう言って目を向けるのは、今も膨張を続ける粘性体原初へと。元凶という意味では、第一支部のアホふたりのような気がしないでもないんだけど……


「ウチの新人を随分と痛めつけてくれたみてぇじゃねぇかよ……」

「キッチリとカタはハメてやらきゃねぇ……」

「……うおあっ!?」


 地の底……というか、地獄の底から響くような声。


 俺が情けない声を漏らしてしまったのは、急に気温が下がったように錯覚をしたから。これはいわゆるところの、殺気というやつだ。


 殺気が向けられる先はあのバケモノ。それでも、余波というやつはあるわけで、


「ちょ……なんだよこれ!?」

「ひあっ!?」


 軽く青ざめているあたり、ラッツも同じものを感じていたんだろう。ネメシアさんに至っては、怯えた風でラッツに抱き着いていた。


 ラッツ、バートがやられたことを本気で怒っている、ということなんだろう。


 けど……


「いや……気持ちはわかるんだけどね……。君たちでは相性がよくないだろう?」


 ここはキオスさんの言葉が事実だ。ふたりの心色も実体型。ただの粘性体くらいなら、力押しでもどうにかはできるだろうけど、あのバケモノ粘性体相手ではそうもいかないだろうという話。


「安心しろって。コイツを用意してきたからよ」


 タスクさんが懐から取り出すのは、手のひらに収まるくらいのガラス玉。よく見れば、その中では青い炎らしきものが揺らめいているような……


「……驚いたね。氷魔吠狼(ブリザードハウル)の残渣を使った魔具か……。実物は初めて見たよ」


 魔具。それもキオスさんのリアクションからして、かなり希少なものらしい。


「まあそんなわけだからよ、アレは俺らの獲物にさせてもらうぜ?」

「それじゃあ、お任せしようか」


 そしてキオスさんは俺、ラッツ、ネメシアさんの方へと向き直り、


「と、いうわけだ。粘性体原初(スライム・オリジン)の相手は彼らに任せて、僕らは安全なところまで下がっていようね」


 手のひらクルリ。あっさりと避難指示を出してくる。


「えっと……大丈夫なんです?」

「……多分ね」

「いや、多分て……」


 俺なんぞよりもはるかに格上の御仁たちとはいえ、相性を考えたら、あのバケモノをふたりでどうにかできるとも考えにくいんだけど。こうしている今にもサイズを増しているアレは、目測でもすでに50メートル超え。


「……じゃあ君が彼らを止めるかい?」

「邪魔になっても困りますよね。退避しましょう」


 手のひらの柔軟性では、俺も負けていなかったらしい。やる気(というか殺る気?)に溢れているあのふたりを止めるのは……正直怖い。


「まあ、あのふたりだって引き際はわきまえているさ。首尾よく倒せればそれでよし。多少なりとも弱らせることができたなら、それでも十分。まるで歯が立たないようなら、逃げる時はラッツ君たちを担いでもらう。少しでも粘性体原初の情報を得られれば儲けもの。どの道、悪いようにはならないさ」


 そんなこんなで距離を取ったはいいんだけど、なぜかタスクさんとソアムさんは動く様子が無くて。先手を取る好機にも見えるんだけど。


「なんで仕掛けないんでしょう?」

「完全に出てくるのを待ってるのさ。あの魔具は、心色に一時的な氷の力を宿らせるものなんだよ。効果が非常に強力な反面、持続時間はそう長くない。当然使い捨てだ」


 と、いうことは……


 全身が出てくるのを待つ理由も見えてくる。


「本気で殺し切るつもりなんですね……」

「だね。ところで、アズール君とラッツ君は、あのふたりが戦うところを見たことは?」

「俺は両方見ましたね。昨日、タマ狩り競争に参加することになりまして……」

「はは。それは災難だったね」

「まあ、大いに勉強になりましたけど」


 あの戦いぶりには、心底圧倒された。


「俺は、ソアムさんだけしか見たことないです」

「そうか。せっかくの機会だ。ネメシアさんもよく見ておくといい。あのふたりの連携は、1+1が5にも10にもなるようなシロモノだからね。っと、……完全に這い出してきたみたいだ。始まるよ」


 キオスさんの言葉通りに、その場に留まっていた粘性体原初がゆっくりと移動を始める。大きさは……下手をすれば王城くらいはあるんじゃなかろうか?


「ソアムちゃんのアレに巻き込まれるのはまっぴらごめんだからね。僕らは伏せていようか」

「「了解です」」

「え?あの……」

「いいからネメシアも伏せてろって。すぐにわかるから」


 ソアムさんのアレを知らないネメシアさんは首を傾げるものの、ラッツに言われてその場に伏せる。


「ふぅん……。これだけでっかいとぶっ潰し甲斐がありそう」

「さぁて、始めるか。ヘマするんじゃねぇぞ?」

「そっちこそ。タラタラしてるようなら、まとめてぶちのめすから」

「へっ!ほざいてろ!」


 聞こえてくるのはそんな、なんともあのふたりらしいやり取り。その変わらなさと不敵さは、むしろ頼もしくすらある。


「じゃあ……行くぜ!」


 掛け声とともにタスクさんが駆け出し、


「おうさ!」


 ソアムさんの手に現れる心色。短い棒の先に、小柄とはいえソアムさんの身の丈ほどはある、巨大なんて表現の似合いそうな球が付いた――いわゆる槌。普通にぶん殴るだけでも痛そうではあるんだけど……


「よっ!」


 槌をひと振り。そうすれば、先端の大球だけが外れて飛んで行き――


「それっ!」


 大球を追いかけるようにして、棒――柄の先端から光の紐が伸び、結び付く。


「ええぇぇぇぇっ!?」


 ネメシアさんが驚愕するのも当然だろう。俺だって、初見では大いに魂消た。近いところを挙げるなら、鎖鉄球か。といっても、ソアムさんの心色はそんな穏便なものじゃない。鎖に相当する紐部分は伸縮自在で、鉄球にあたる大球も、ある程度は随意に動かせるんだとか。


「おらあぁぁぁぁっ!」


 小柄かつ可愛らしい容姿には似合わない掛け声と共に、大球をぶん回し始める。


 そして、駆け出したタスクさんも動く。件の魔具を握り潰すと、自身の心色を発現。


 右手と左手に各1本。双細剣がタスクさんの心色だ。剣が白い煙のようなものを帯びているのは、魔具によるものなんだろう。


 イメージ的には逆の方が似合うんじゃないかとは今でも思っているけど、どちらも扱いは熟練そのものだということを、俺は昨日のタマ狩り競争で思い知らされている。


 双細剣の間合いまであと少しといったところで、タスクさんの存在に気付いたらしい粘性体原初の至る所から、粘液の腕らしきもの――ずっと、産み粘性体だと思われていたものだ――をいくつも伸ばしてくる。アレも粘性体の一部。当然、触れただけでも無事では済まないだろうし、通常の粘性体を飛び道具のように飛ばすこともできるんだろう。


「当たるかよ!」


 そんな中をタスクさんは、まるですり抜けるように駆けていく。本当に、あの巨躯でどうやったらあそこまで見事にかわせるものなのか。オマケに――


 空振りに終わった粘液の腕が、次々と凍り付き、崩れ落ちていく。すれ違いざまに浴びせる斬撃は、俺の目でも辛うじて見ることができた。


「切り刻んでやるぜ!」


 そうして本体の至近にたどり着いたタスクさんは、舞うように両手の細剣を振るい、滅多斬り。そのたびに粘性体原初の身体が凍り付いていく。


「そぉらっ、ぶっ壊れろおぉぉぉぉっ!」

「ちょ……!?」


 思わず声を上げてしまったのは、そこに向けてソアムさんが叩きつける大球。たっぷりの遠心力が乗せられているであろうソレは、タスクさんの背中を直撃するコースで。


 だが、そんな心配は杞憂に終わる。タスクさんは、まるでそう来ることをわかっていたように真上に跳躍。しかも、いつの間にか逆手に持ち替えていた右の細剣で斬り上げ、氷のラインを刻みつつで。


 そうなれば、直前までタスクさんが斬りまくり、凍結していた個所に大球が直撃するわけで。硬い音を伴って、粘性体原初の一部分が砕け散る。


 なるほど。タスクさんが凍らせたところに対してであれば、粘性体相手でもソアムさんの心色が有効打になるわけか。


 って待て!?


 そこで別のマズいところに思い至る。タスクさんは斬り上げつつの跳躍で、粘性体原初を飛び越えるくらいにまで至っていた。


 そこは空中。足場が無いとなれば、取れる動きは限られてくる。案の定というべきか、粘性体原初から伸びた無数の腕から放たれた小型の粘性体がタスクさんに殺到する……んだけど。


「嘘でしょ!?」


 今度はネメシアさんが悲鳴じみた叫びをあげる。


 斬り上げ跳躍で刻んだ氷のラインをなぞるように跳ね上がったのは、ソアムさんの大球。タスクさんは空中でその上に足をかけ、さらに跳躍。あっさりと窮地を抜け出し、これまた斬撃を見舞いながら鮮やかな着地を決めていた。


 そこから先も圧巻のひと言。


 ソアムさんが縦横無尽に振り回す大球は、タスクさんが斬撃を浴びせた個所を正確に砕き、時にはタスクさんへと迫る粘液の腕を吹き飛ばしていく。


 タスクさんはタスクさんで、舞うように双細剣を振るいつつ、地面だけでなく大球を足場に、粘性体原初のそこかしこを滅多斬りにしていく。


 そうするうちに、あれほど巨大だった粘性体原初は目に見えて――すでに半分ほどに縮んでいた。


「……なあ。アズ」

「どうした?」

「俺さ、お前らとの連携には、少しは自信あったんだよ……」

「奇遇だな」


 それは俺も同じ。いやまあ、師匠相手には3対1でもコテンパンにやられてたわけだけど……


「……影、踏めると思うか?」

「無茶言うな」


 そんな自信……いや、慢心とでも呼ぶべきソレは、粘性体原初と同じように、現在進行形で粉微塵に粉砕されていく。


 それほどまでに、今目の前で繰り広げられる連携は次元が違っていた。


 アレはパターン化されてるとかじゃない。リアルタイムで相方の行動、思考までもを予測し、立ち回り方を組み立てて、その上での臨機応変。


 砕氷が朝日を受けてキラキラと光る様は幻想的を通り越して神々しくすら思えてくる。


「ま、俺らなんてまだまだってことを再認識できたことを儲けものとでも思っておくか」

「そうだな」


 タスクさんやソアムさんだけじゃない。セオさんやキオスさんだって、今の俺らから見たら雲の上の存在。いずれは追い付きたい。追い越したいという気持ちも沸き起こりはするけど、道のりは険しいにもほどがあるんだろう。


「ソアム!そろそろ時間切れだ!」


 そんなことを思いつつも、目の前の連携を目に焼き付けるうち、タスクさんが声を上げる。


「さすがにあのふたりでも、倒し切るのは無理だったか」


 たしかにキオスさんの言う通り。すでに当初の半分以下にまで砕かれ、動きも鈍ってきた粘性体原初は、まだ死に体には見えない。


 あのふたりの性格からして、魔具の効果が切れるギリギリまで攻め続けることだろう。であれば、それと同時に逃走開始、だろうかな。


 と、俺はそんな算段を立てていたんだけど……


「じゃあ、次で決める!タスク!アレで行くよ!」

「へへ、そう来ねぇとな!」


 当のふたりが交わすのはそんなやり取りで。


「どおりゃあああああああああぁぁぁっ!」


 ソアムさんの動きが変わる。これまでは片手でぶん回していた心色。その棒部分を両手で持ち、身体ごとの大回転を始めて――今までにないほどの遠心力が宿っているであろう一撃を粘性体原初へと。


 呼応するようにタスクさんは粘性体原初から距離を取るように駆け出し、地を蹴って――


「「「「はああああああああっ!?」」」」


 俺だけでなく、ラッツやネメシアさんだけでもなく、キオスさんまでがその挙動の驚愕の声を上げさせられていた。


 だってそうだろう?タスクさんが跳んだのは、猛スピードで向かってくる大球に向かってだったんだから。そんなことをしたら、普通(・・)であればペシャンコにされてしまう。


 けれど……


「見るたびにおかしくなってるな、あのふたりの連携は……」


 キオスさんの声に乗っていた色は、呆れだったのか感嘆だったのか。まあ、タスクさんは普通じゃなかったんだろう。遠心力を利用して大球の側面に、張り付くようにして――あるいは、乗っているかのようにしていたんだから。どっちの表現が適切なのかは……知らん。


 そんな大球はタスクさん諸共に粘性体原初へと直撃コースでぶち当たる。触れたそばから凍り付くのは件の魔具によるもので、凍り付いたそばから大球が粉砕していく。その勢いは止まることなく――最後には粘性体原初の巨体をえぐり抜けていた。


「よっし!いっちょ上がりっと」


 そのまま大球はソアムさんの手元へと戻り、姿を消す。前方を見れば、大きくのけぞるように硬直していた粘性体原初は、ゆっくりと空気に溶けるように、その姿を消していった。


 そして、いつの間にか大球から降りていたタスクさんが何かを拾い上げ、こっちに歩いてくる。距離が近づいて見えたもの。タスクさんが抱えていたのは俺の頭くらいはありそうな鉱石っぽい外見をしたモノ。粘性体原初の残渣だった。


「まあまあってところだな」

「だね。やっぱ実戦で試すと、いろいろと粗も目立っちゃうけど……」

「ま、今日のところは……」

「バート君の仇を取れたことで満足しとこうか」

「「お疲れさん!」」


 小柄なソアムさんがぴょんと跳び上がって、慣れた様子のハイタッチを交わす。


 ほんの十数秒前までは、恐ろしく息の合った連携で、鬼神のごとき乱舞を繰り広げていたふたり。けれど、今目の前にあるのは、支部のロビーで談笑でもしているような雰囲気で。


「今度こそ、助かったんだよな……」


 ラッツも似たようなことを感じたんだろう。身を起して吐き出すのは、どこか気が抜けたようなため息。


「まったく……アズール君もラッツ君も無茶をする方だけど、君たちがやることは滅茶苦茶だよ」

「まあな」

「いや、褒めてないからね?」

「まだ粗削りなのは認めるけどさ、あたしとしては結構いい感じだと思うんだよね」

「……まあ、そのあたりはどうでもいいか」


 キオスさんもまた、まとう空気からは緊張の色が薄れているように見える。


「それはそうと、さっさとレビダに戻るとしようか。セオが回した連盟への連絡を更新しなきゃならないし」


 そんな話もあったか。


 問題の粘性体原初を、タスクさんとソアムさんが仕留めてしまったんだから。まあ、厄介ごとの種が予想外に早く片付いたというのは、喜ぶべきことなんだろう。


「これにてようやく、一件落着ですかね」


 本当に、しみじみと思う。


 王都を出る頃には、地を染めて沈んでいた太陽が再び顔を出し、空の色はだいぶ青に近づいていた。


「まったくだ。ベッドが恋しくてたまらないよ」

「じゃあ、最後のひと頑張りと行きますか」


 俺としても、今すぐにでもベッドにダイブしたいところ。けれど、残念なことに、ベッドは向こうから歩いて来てくれない。だから、こちらから歩いていくしかないわけで。


「ちょ……タスクさん!?」

「きゃ……!?」


 見れば、ラッツはタスクさんの小脇に抱えられ、ネメシアさんはソアムさんに抱きかかえられていて。


「正直、助かりましたかね」

「そうだね。あのふたりのタフさに感謝しようか」


 俺もキオスさんも、少なからず疲れていたところ。レビダまでの道のりを、人ひとりを抱えたままで歩かずに済むのはありがたい。


「おーい!アズール君もキオスも早く早く!」

「モタモタしてたら置いていくぜ!」

「了解」

「今行きます」


 そうして俺も歩き出す。全身が気怠いのも事実。


 それでも――


 ようやく腐れ縁共の無事が確定したからというのもあるんだろう。


 いろいろな意味で長かった夜が明ける。そんな中を行く足取りだけは、不思議と軽く感じられた。

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