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虹を捕まえ連れ立って

「本当に、いろいろあったよなぁ……」


 それは誰に向けたものでもなく、ただの独り言。


「まあ、それが在り続けるってことなんだろうけどね」


 けれどそこに返されたのは雪解け水のように涼やかに透き通った耳に心地のいい声で、その主は俺の膝に頭を乗せたままに翡翠色の瞳で見上げて来る。


「起こしちまったか?」

「うん。と言っても、起こされたのは君にじゃないんだけどね。……もうすぐでしょ?」

「ああ」


 ほんの十数秒前までは気持ち良さそうに寝息を立てていたクーラだが、把握することはキッチリ把握していたらしかった。


 というかこいつのことだから、それでも俺以上に正確に把握してるんだろうけど。


「まあそれはそれとして、気分はどうだ?」

「相変わらず君の膝枕は最高の寝心地だったよ」

「そういう話じゃないんだが……。まあいいや。何かあったらすぐに言ってくれよ。それと、くれぐれも無理は――」

「――しないってば。というかさ、今日だけでも5回目だし、ここ最近は1日平均で14回以上言ってるよね?」

「それはそうかもしれんけど……」


 たしかに、ここ最近はことあるごとに言っている気がするのも事実だが……


「それでも心配なんだから仕方ないだろうが」

「まあ、その気持ちもわからないではないけどね。私の身体は昔からずっと君のモノだったけど、今は君たち3()()のモノなんだし」

「……そこはせめて私たち4()()と言っておけ」

「あはは、それもそうか」


 そう機嫌よく笑うクーラの腹部は大きくポッコリと膨らんでいた。


 と言ってもそれは食べ過ぎたからとかではなくそういうことで、当然ながら相手は俺。というか、もしも俺以外の誰かだったら狂う自信がある。




 『時剥がし』の影響なのか、クーラの生理周期は数百年単位になっていたようで、それが直近でやって来たのは前回の異世界に呼び付けられていた最中だったんだが……


 その際に目をギラつかせたクーラの手でベッドに引きずり込まれて……いや、あの日のことは語るまい。むしろ思い出したくない。それでも、あと60年くらいは忘れられないだろうけど。


 ともあれ、クーラが身籠ったと判明した時には最初はまず驚いて、戸惑って、


 そして、ふたりで抱き合っての嬉し泣きだった。


 その後はあれやこれやと備えをするうちにだんだんとクーラの腹が大きくなり、男女の双子だということが判明して。


 ちなみにだが、俺とクーラが『時剥がし』により身体的な意味では成長していないにもかかわらず、双子はどちらも赤ん坊としては標準的なペースで育っていた。


 現時点では他に例は無いわけだが……『時剝がし』というやつは、100%の確率で遺伝する性質のモノではないということなんだろう。


 そうこうするうちに産み月になって、名前も決まって。


 そんな折にまたしても性懲りなく、異世界への呼び付けがやって来てくれやがっていた。


 その時はふたり揃って、


「「空気読みやがれクソバカ野郎!」」


 なんて風に叫んでしまったが、俺たちに非は無いはずだ。


 不幸中の幸いなのは、今回の異世界は元凶を始末すればいいだけというシンプルな状況だったということ。


 そして俺自身が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()強くなれていたということ。


 だから今回は俺がカタを付けるつもりでいる。もちろん、ヤバそうならば即座にクーラを頼るつもりでもいるけれど。




「それはそうと……」


 身を起こしたクーラが睨むような眼差しを向けるのは、赤色の点という形で視認できる距離までやって来た『敵』へと。


「……結構強いね、あれ。多分だけど、これまでに私がやり合って来た連中と比べても断トツでぶっちぎりだよ」

「そうなのか?」

「うん」

「前回の呼び付け先でやり合った奴の方がヤバそうな気がしなくもないんだが」




 前回――1年ほど前に呼び付けられた異世界を危機に追いやっていたのは、『森羅閉ざす者(しんらとざすもの)』という『名』を持つひとりの老人。


 その能力はクーラをして、


「閉ざされちゃったら私でも完全に無力化されちゃうね、あれ」


 と言わしめるほどで。


 もっとも……


「まあ、それまでには1時間くらいかかりそうな感じだし、その前に片付けちゃえば問題無さそうだけど」


 とも言っていた。そして実際にそいつがクーラを前に立っていられたのはわずか3秒だったわけだが。


 それでも、1時間だけどうにかできればクーラに勝てるという時点で十分すぎるほどに常軌を逸しているとも言えるわけで。




 とまあそんな理由から、前回の奴の方がヤバいんじゃないかと俺は思ったわけだが、


「あっちはあっちでシャレになってない部分もあったけど、トータルで見るとね。例えるなら……前回の奴は相手の強さを一瞬でマイナス10万できる。今回のは1億の強さがある力押しオンリー。とでも言えばいいのかな?」

「なるほど」


 そう言われればわかりやすい。


 そして、今回は今回で思った以上にとんでもない存在だったらしい。


「なら、好都合と言えるのか」


 それでも、俺の口元には笑みが浮かんでいたことだろう。


「好都合?……ああ、そういうことか」


 そしてクーラすぐにその意味を察してくれる。


 クーラがそこまで言う存在を相手に危なげなく勝てたならば、それは俺にとって差し当たっての求める先――クーラのみを例外として、あらゆる存在を圧倒できる境地に至ることができたと言ってもいいことだろうから。


「そういうことだな。このタイミングでってのは、中々に気が利いてるとも言えそうだ」


 正直なところ、ほとんど諦めていたことでもあった。


 なぜかと言えば――




 前回の異世界でも元凶に抗おうとする人が居なかったわけではなく、最高位の使い手を集めて戦いを挑んだこともあったらしい。


 けれど結果は成すすべの無い惨敗で、その精鋭たちは身体から抜き出された精神をガラス球の中に閉ざされていたそうで。


 どんな形でも構わないから開放してやってほしいという願いと共に、俺たちはそのガラス玉と、抜け殻になった身体を預けられていた。


 だからふたりであれやこれやと試行錯誤を重ね、解放の目途が立ったのは数か月が過ぎた頃で、その過程で見つかったのが思わぬ副産物。


 閉ざすという概念を利用することで『時剥がし』と、過去にクーラがクソ邪神から受けた呪いを無力化する方法だった。


 つまりは、クーラの旅路を終わらせることが可能になったという話。


 それはかつてのクーラが渇望し続けて来たこと。けれどその時点ではすでに、終われないということは苦痛ではなくなっていたわけで。


 だからとりあえずは手段だけは確保して保留にしようという話になった矢先にクーラの妊娠が判明し、胎に居る子供たちは普通に成長しているとわかって。


 そうなれば決断にためらいは無かった。


 子供たちと共に歳を取って行きたいと、俺たちはごく自然にそう思えていたから。


 念のためということで、実行するのは出産を終え、状況が落ち着いてからの予定。




 と、そんな経緯で確定したのが、俺たちの旅路は長くとも寿命が尽きる頃――あと60年前後で終わりを迎えるということ。


 すでに俺が目指す境地に届いたというクーラのお墨付きはあったし、この手のことでクーラは嘘を吐かないということも知っていた。おだてられて調子に乗ったせいで、なんて話は珍しくもないんだから。


 けれど俺としては、差し当たっての求める先にたどり着けたという明確な実感が得られずに不完全燃焼感があったのも事実。


 そしてその実感を得るには、これまでにクーラがやり合って来た何者よりも強大な存在を圧倒するくらいしか方法がなく、そんな存在がホイホイ居るとも思えない。


 だから俺は、()()()()()()()()()()半ば諦めていたわけだが……


 今この時に、そんな都合のいい存在が居たというわけだ。


 彼方へと目をやればさっきは点にしか見えなかった『敵』が指先くらいの大きさになり、形状もはっきりと認識できるようになっていた。


 その姿はシンプルに言い表すならば――赤い目玉。


 サイズは直径にしておよそ13000キロ。クーラに言わせればエルリーゼと同じくらいなんだとか。


 この世界の星の世界(ウチュウと呼ばれているらしい)の果てにある時突然現れたその超巨大赤目玉は自身の周囲30万キロに灼熱を纏い、いくつも存在するエルリーゼのような場所(こちらはワクセイと呼ばれているんだとか)も、そこに暮らす人たちも、何もかもを蒸発させて来たそうで。


 この世界の人たちも対抗しようとはしたものの、まるで歯が立たず。赤目玉のせいで人口の9割が失われ、残されたワクセイはひとつだけ。


 俺たちがこの世界に呼び付けられたのは、この世界の人たちにとってはそんな絶望的な状況だった。


 ……同じ呼び付けるなら、もっと早い段階でならば被害も減っただろうにとは思うんだが、クーラに言わせればそれは毎度のことらしい。


 多分だが、本当にどうにもならなくなった時にだけ、呼び付けが発生するということなんだろう。


 まあとりあえずは、これ以上被害が出ないうちに終わらせてしまおう。


「さて……やるか!」

「かっこいいところ、期待してるよ」

「見栄えするかは怪しいところだが……」


 クーラの声援を受けて立ち上がり、


「一撃で決めてやるよ!」


 右手に泥団子を発現させる。


 片手に収まるサイズをしたカラフルな泥団子は、見た目だけならば俺が心色を取得したあの日――腐れ縁共への劣等感の中で初めて発現させた時からまるで変わっていない。


 もちろんのこと、中身は全くの別物だ。


 この500年ほどずっとクーラに鍛えられ続けて来たことで心色だけでなく各種異世界技術の扱いも格段に上達していた俺が試行錯誤を重ね、その果てに編み出したものがこれ。


 発想自体はクーラの木端微塵斬り(こっぱみじんぎり)と同じで、これまでに身に着けたあれこれを可能な限りに結実させたもの。


 遠い昔――ズビーロクソトカゲとやり合った際には、超絶劣化版の木端微塵斬りを繰り出したこともあったが、泥団子をベースにした方がやりやすいと気付けたのは300年くらい前のことだったか。


 思えばオリジナルの木端微塵斬りにしても、クーラが最初に手にした力である虹剣を軸としていた。


 ならば俺にとっては泥団子を軸とした方がやりやすいというのは道理だったんだろう。


 ……まあ、そこに気付くまでに200年もかかったというのは間抜けな話でもあるわけだが。


「その名も――」


 そして一応、これには名前が付けられていた。


 俺としてはどうでもよかったんだが「せっかくだからお揃いにしようよ」と、クーラが嬉々として勝手に決めてしまった名前が。


 わざわざ声に出す必要があるのかは怪しいところだが、どうせ大した負担でもなし。それでクーラが喜ぶのなら安いものだ。


「必殺――」


 とはいえ、これが今の俺に出せる最大瞬間破壊力――必殺技であることにも間違いはないわけで。


 今この瞬間までに歩いてきた中で俺に備わったすべてを可能な限りに込め、結実させたもの。


 気取った言い回しをするならばそれは――俺自身の集大成。


木端微塵投げ(こっぱみじんなげ)!」


 そう叫ぶと同時に、右手の泥団子を彼方の赤目玉へと投げ付ける。


 手を離れた泥団子は瞬時に音速を超えて光速に至り、灼熱の空間へと突入。


 あらゆるものを一瞬で蒸発させて来たとはいえ、それは桁外れの熱量にものを言わせてのこと。突き詰めれば結局はただの熱でしかない。


 ならば、熱を遮断できるように調整した泥壁を多重展開して防げばいいだけ。


 赤目玉が発する熱が焼き砕く泥壁の枚数と俺が展開する泥壁の枚数を単位時間あたりで競い合う。そんな単純な力比べは――俺の勝ち。


 泥団子がぶち当たる瞬間、赤目玉の瞳孔が大きく見開かれたのは驚愕からだろうか?


 そのまま泥団子が赤目玉を抉り、奥深くにまで突き刺さったところで、


 爆ぜろ!


 限界まで数を増やした『分裂』を発動すると同時に、クーラ直伝の各種異世界技術を結実させた『爆裂付与』を発動させてやれば、


「お見事」


 拍手と共にクーラが微笑む。その言葉通りに、一瞬だけ視界を埋め尽くした虹色の光が晴れた時には、赤目玉の姿は跡形も無く消え失せていた。


 と、そこまではいいんだが……


「……釈然としないって顔してるね」


 思っていたことが顔にも出ていたんだろう。クーラはきっちりと読み取って来る。


「私には仕留め切れたように見えたけど、手応えが無かったとか?」

「いや、そういう話じゃないんだ」


 俺としても、トドメを刺せたという感覚はあった。そして俺だけでなくクーラもそう言う以上、仕損じたということもないんだろう。


「なら、どういう話なの?」

「一応はここ500年くらいの目標だったはずなんだが……」

「なんだが?」

「……自分でも不思議なくらいに、ちっとも気分が躍らなくてな」


 それが戸惑いの理由。


 差し当たっての求める先とはいえ……いや、だからなのか。


「所詮は、差し当たっての目標だったんだ。なら、果たせたとしてもこんなものなんだろう……っと、こいつは」

「無事にこの世界を救えたみたいだね」


 不意にやって来たのは、異世界からエルリーゼに戻る時に特有の感覚。何度も経験していれば、俺にだってわかる。この感じだと……あと3分ほどでこの世界ともお別れか。


 とはいえ、この世界との付き合いはわずか半日であり、感傷も皆無なんだが。


「お疲れ様」

「そう言われても、大して疲れてもいないんだがな。それよりも本当に大変なのはこれからだろ。帰ったらお前には大仕事が待ってるんだから」

「うん。……サポートはこれまでに何度か経験あるけど、私も自分が経験するのは初めてだからね。不安もちょっと……いや、かなりあるんだけどさ……。そこは君が支えてくれるんでしょ?」


 俺たちの意識はすでに、エルリーゼに戻った後のことへと向けられていた。あるいは、目標達成に何も感じなかったのはそれが理由だったのかもしれないか。


 優先順位で言えば、クーラの出産の方が遥かに上だ。


「当たり前だろうが。できる限りのフォローはするつもりだよ。……正直なところ、それくらいしかしてやれないってのは歯がゆいところだがな」


 出産というのは女性だけに許された行為であり、男の俺としては補助くらいしかできない。世の中というやつは、そういう風にできているんだから。


「それにしても……」


 クーラの腹にそっと手を当てる。


「この中に俺たちの子供が、か……」


 頭ではそう理解していても、何とも不思議な気分だ。


「まさか、俺が父親になる日が来るなんてなぁ……」

「それは私も同じだよ。自分が母親になる日がやって来るなんてさ、君と出会うまでは夢にも思ってなかった」

「そのあたりもお互い様なんだろうな」


 師匠と出会う前はどうしようもないクズだった俺。だからきっと生涯を独り身で終えることになるんだろうと思っていた。それどころか、クーラに想われていると知るまでは、誰かと恋仲になるなんてことすら夢にも思っていなかったくらい。


「この子たちはどんな旅路を歩いて、どんな出会いをするんだろうね?」

「俺としては、平穏な生き方をしてほしいところなんだが……」

「……その望みは叶わないような気がするんだよね。君も私も、平穏からは程遠い生き方をして来たわけだし」

「……否定できないのが本気で切ないぞ」


 運命係数が遺伝するのかは知らないが、俺もそんな予感はしている。


「だったらせめて……波乱まみれであろうとも、機嫌よく笑って生き抜いてほしいところだな。もちろん、そのために俺にできることはするつもりだが」

「それは私も同じだよ。けどまあ今は、早くこの子たちを抱きたいかな」

「そうだな」


 やがてエルリーゼに戻る瞬間がやって来て、


「……出て来る日を心待ちにしてるぞ。アズリア、クラール」


 クーラの手を握り、そう遠くないうちに出会えるであろう存在の名を残してこの世界を後に。




 そんなこんなで終わりが見えたとはいえ、まだまだ俺の旅路は続いていく。


 クーラ――俺の最愛の、




 虹を捕まえ連れ立って。

これにてアズとクーラの物語は幕引きとなります。ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。

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