『二代目看板娘ペルーサ』
ペルーサが残してくれた記録にあったのは第七支部の人たちに関することだけではなくて、ディウス支部長やドナ支部長、クーパーさんやパウスさんといった、そこまで深い縁があったわけではない人たちについても触れられていて。
そして当然のように、俺の身内に関する記述もあった。
誰かさんの再来の出身地ということもあり、あれ以来結構な数の虹追い人がハディオ村を訪れるようになっていたらしい。
とはいえ、それであの村が大きく変わることはなかったようで。
親父とお袋も兄弟姉妹も、ハディオ村で穏やかに生涯を終えたとのことだった。
あとは、ペルーサの兄であるルカスに関してだが、
ルカスが深凍藍翼の残渣の加工を成功させていたというのはペルーサの口からも聞いたことだが、そこまでの経緯に関しては聞くこともできなかったわけで。
俺がクーラと共にエルリーゼを離れた時点では、拠点には深凍藍翼の残渣と、ルカスに宛てた書きかけの手紙と、俺の連盟員証が置きっぱなし。
最初にそれを見たトキアさんは事実を正確に読み取り、ルカスに渡すのは手紙と、自前で用意した剛鬼の残渣にするのが無難だと考えたらしい。
騙すという行為ではあるものの、それ自体は妥当なところだったとも思う。深凍藍翼の残渣を加工するなんてのは、魔具職人として最高位の力量が無ければ無理な話なんだから。
さすがに子供の目標には重過ぎるというものだ。
けれど当のルカスが自分なりに顔を上げようとしている様を見て、騙すような真似はしたくないとも思えて来たそうで。
そこでルカスにとっては魔具職人としての師匠でもある父親に相談したところ、
「……それくらいデカい目標があった方がいいかもしれねぇなぁ。親バカ呼ばわりされそうだが、あいつにはとんでもねぇ才能がある。それにあいつは簡単に潰れるほどヤワじゃねぇし、俺も可能な限りのフォローはするからよ」
という話になって。
実際にそれで奮起したルカスはメキメキと腕を上げ、30台で加工に成功。その腕を見込まれて魔具研究の本場とも言われるマルツ大陸に招かれたんだとか。
そこでルカスが特に力を注いだのは照明用魔具の改良で、片手で持てるサイズにまで小型化することに成功。
さらに改良を重ねた結果、光量の調整なんかも自由にできるようになったそれは、多少値が張るのは難点だが、高位の虹追い人の中には常に携帯している人も多いんだとか。
なお、本人の弁によれば着想のきっかけとなったのは、過去に俺が『発光』泥団子と木剣で作った虹剣モドキだったんだそうな。
ペルーサは「才能があったらしい」と軽く流していたが実際にはそれどころの話ではないらしかった。
ちなみにだが、ルカスが俺に作ってくれた深凍藍翼の魔具には、ペルーサが残してくれた記録を書き写すことにした。
俺も同じものを持っていたかったからというのがその理由。
まあ量が量だけにすべてを書き写すのはかなり大変だったわけだし、数えるのも馬鹿らしいほどの回数を読み返して来たこともあり、今では完全に内容を暗記できていたりもするんだが。
また、当然ながら記録にはエルナさんのこともあり、ペルーサ自身についても書かれていた。
ペルーサ的には自分のことを書き残すのは恥ずかしくもあったらしいが、そこは大好きなクーラおねえちゃんのために我慢することにしたんだとか。
エルナさんに関してだが――パン職人でもある夫と共に経営していたあの店は、数年後にはひとりの弟子を迎えていたとのこと。
極度の人見知りだったエルナさんの夫が弟子を?
なんて風にも思ったんだが、その弟子は幼い頃から知っていた甥っ子で、さすがに身内相手には平気だったということなんだろう。
また、同じ頃にペルーサはクーラへの憧れもあってか、エルナさんの店で働き始めたそうで。
だからふたつ名を付けるとしたら、
『二代目看板娘ペルーサ』
といったところになるのか。
まあ、そこまではよかったんだが……
ペルーサとその弟子は比較的年が近く、当然ながら接する機会も多く、そんなふたりは互いに惹かれ合っていったとのこと。
過去にお世話になった店員さんはペルーサのお孫さんだったわけだが、孫がいるというのは必要となる前提があるわけで。
お姉ちゃん分としては複雑でもあったんだろう。そこらへんを読んだ時のクーラが何とも言えない顔をしていたのが印象的だった。
それでも、彼はエルナさんからの評価も高かったとのことだし、きっと真っ当な人だったんだろう。
やがてエルナさんとその夫が引退する時には、ペルーサと彼が店を託されたんだそうな。
そんなペルーサとは、あの後でもう一度だけ会う機会があった。
呼び付け先の異世界から帰還できたのがあれからひと月後で、真っ先に向かってみればペルーサは息を引き取る直前であり、言葉を交わすこともできなかったが。
それでも最期を看取ることができたのは幸運だったんだろうと、俺はそう思っている。
また、お孫さんから聞いたところでは、長年の悲願を果たすことができたと満足そうにしていたとのことで、実際にその死に顔は穏やかなものだった。
あとは俺のこと――正確には、俺が初めての異世界に行った後で、この世界ではどんな風に言われていたのかも記録の中にはあったか。
簡単に言ってしまえば、俺は自身の命と引き換えに星界の邪竜を討伐したということになっていた。
なぜそうなったのかといえばそれは、ある程度の真実を知るトキアさんたちがそう証言したから、ではなくて――
まず最初に、あの日に空から星界の邪竜が落ちて来た時の光景自体はクラウリアの時代に起き、語り継がれているものとそっくりだった。
また、被害こそ出なかったものの、ズビーロクソトカゲが吐き散らしまくった破壊の光の汚らしい色合いもまた言い伝えのあるそれと同じもので。
さらには、あの巨体を目にしていた人はそれなりに多かったらしい。まあ、山ほどもあるサイズを考えたなら、視認自体はかなりの遠距離からでも可能だったということなんだろう。
さすがに顔つきや尻尾の先といった細部まで視認できた人はいなかったそうだし、クラウリアが討伐した個体との差異――首が7つだとか、空を飛んでいるとか――もあったが特徴的には共通点も多かったことから、あれは世間的にも星界の邪竜と認識された模様。
その一方で、俺がクーラへの救援要請として発動させた虹色の光もまた、多くの人が目にしていたとのこと。
そしてガナレーメでやった広域治癒の件もあり、
虹色の光=虹色泥団子のアズール
なんて図式が出来上がっていたそうで。
結果として――グラバスク島を消し飛ばした星界の邪竜は、激闘の末に命と引き換えに俺が討伐した。
という説が有力になっていたとのことだった。
まあ、死にかけたところをクーラに救われたという点を除けば、そこまで事実とかけ離れてもいないわけだが。
そこまではまだいいとして……
語られる俺の最期はクラウリアとも微妙に重なるもので、俺自身もその再来などと言われてしまっていた身の上。しかもクラウリアと同じく白ランク認定されていたという事実なんかが結実したせいで、俺はクラウリアと並び称される存在になってしまったんだとか。
そんなわけで現在における世間様的な格付けとしては、
クラウリア、俺>トキアさん、カシオン、ルゥリ、シザ、エルベルート、リュウド>タスクさん、ソアムさん、ネメシア、アピス、ウィジャスさん>フローラ元支部長、マシュウさん、トニクス>ガドさん、ルカス
といった感じになっているらしい。
まさかそんなことになるとは夢にも思わなかった。
ちなみにだが、俺とクーラの首にぶら下がる連盟員証は、今ではどちらも白色。
そのきっかけとなったのは100……いや、120年くらい前のことだったか。
5年ぶりに異世界から帰ってみればエデルト大陸では大規模な反乱が起きており、すでに南部の半分以上が反乱軍の勢力下という状況で。
それ自体は俺やクーラにとっても望ましくない事態だが、介入するつもりはなかった。
なぜかと言えば、俺たちの力はエルリーゼの常識を凌駕していたから。
言い換えるならそれは、加担した側の勝利を確定させてしまうということ。
だから魔獣や災害相手ならともかく、人同士の争いには手を出さない。俺と出会う前のクーラはずっとそうしており、俺も倣うつもりだったんだが……
反乱軍のトップは歴史上でも数人しか確認されていない7種複合持ちであり――ちなみにクラウリアは唯一の8種複合――20台にして紫にまで到達するほどの実力者でもあったとのことでその強さを慕う者も多かったとのこと。
ただ、その首謀者はひとつだけ致命的な間違いを犯していた。
それは、
アズールはクラウリアの末裔であり、自分はアズールの末裔。そしてトキアの末裔でもある。トキアと本当に愛し合っていたのはアズールだったが、時の愚王の強権で無理矢理にウィジャスと結婚させられた。ウィジャスとの間に愛情などというものは無く、子を成せなかったのが何よりの証拠。けれどアズールとの間には子を設けており、アズールが行方をくらませたのは愚王から子を守るためだった。
なんて風に吹聴していたということ。
その時点ではクラウリアの末裔に該当する存在はまだ産まれていなかったわけだし、当然ながら俺がその末裔であるはずがない。それに、俺の末裔に関しても同じことが言える。
とはいえ、そこらへんは些末なことだろう。俺自身がそうなってしまっているのは複雑ではあるが、歴史上の人物に尾ひれ背びれが付くのは別に珍しい話でもない。
問題なのは、その内容がトキアさんに対する侮辱だったということ。たしかにウィジャスさんとの間に子が産まれなかったのは事実だろうが、その理由は年齢的なもの。また、ペルーサの記録によれば、もっと早くにこうなれていればと後悔していたとのことだった。人間という生き物が子を成せる期間は限られているんだから。
当然ながら、これにはクーラがブチギレた。というかガチギレた。
あの時は昼飯を調達するために別行動で屋台の行列に並んでいたんだが、その際にクーラがそんな話を聞いてしまったそうで。
その結果、俺がお目当ての物を買うまでの3分間で反乱は収束させられていた。
所要時間の内訳としては、
『転移』で首謀者のところに乗り込んでわからせるのに1分。
加担していた連中すべてを行動不能に追い込むのに10秒。
首謀者を持って王宮に『転移』し、トキアさんに対するふざけた話はデタラメだと王の名で宣言するように交渉するのに1分50秒ほどだったらしい。
あまりにもあまりな超絶スピード解決だが、そこはクーラだから仕方がない。
おかげで俺の方は、首謀者のふざけた自称に憤る暇すら無かったくらいだ。
その際にクーラは俺とクラウリアの連盟員証を取り返していて――どんな経緯で手に入れたのかは知らないが、首謀者が持っていたらしい。多分、自分が俺やクラウリアの末裔だと強調するために手に入れたんだろう――せっかくだからということで白ランクへの昇格手続きを行っていた。
ちなみにだが、その手続きは正規の手順ではなく、クーラにしか使えない方法。
『羊にゃーにゃー可愛いな、今日も元気だニシンが辛く、馬が歌えばスズメが美味い、明日はトマトを盗み食い。生きててよかったコケコッコー』
という、前にも聞いたことのある暗号で行った。
アホ臭いとしか思えないそのフレーズは、連盟にあるすべての情報に触れられる上に好きなように書き換えることすらできるというヤバいシロモノでもあったわけだが。
だから俺とクーラが正式に白ランクになったというのは俺たち以外の誰も知らないこと――クーラに言わせれば、ふたりだけの秘密というやつか。
ああ、そう言えば……
何となくで懐から取り出した連盟員証を眺めていて、脳裏をよぎるもの。
それは俺の人生で2度目の転機。あの時も俺の首にぶら下がっていた連盟員証は今と同じ色をしていた。
クーラと出会い、クーラに目を付けられて、
互いに心を囚われてしまったあの日と、そこから始まったふたりでの旅路はすでに500年近くで。
「本当に、いろいろあったよなぁ……」
けれど口をつく独り言はそんな、何とも月並みでありきたりなものだった。




