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俺とクーラがとっくに諦めてしまっていたもの

 期待と不安に胸を膨らませて。


 そんな言い回しがよく似合う新人たちを見送って、


「……大丈夫?」


 周囲に誰も居なくなると、クーラが気遣うように声をかけて来る。


「……正直、結構打ちのめされた気分だわ」


 それは俺の名がひとり歩きを始めた挙句、英雄にあやかろうと自分の子に名付けるなどという蛮行が横行していたことに対して。


 あの守衛さんの口ぶりからしても、今では珍しいことでもないんだろう。


 とはいえ……


「それでも、ハディオでの件に比べたらマシではあるんだが」


 数時間前には故郷にも足を運んでいたわけだが、過ぎ去った時間の重さを理解している()()()だったことを差し引いてもなお、打ちのめされ具合ではその時の方がはるかにきつかった。


 それに比べたら、今の俺は膝を付かずにいられる分だけ上等だ。


「……辛いようならいつでも言ってよ?君が苦しんでるのは、私だって辛いんだからさ」

「ああ。そこは素直に頼るさ。……それはそれと、次はお前の方だな」


 ここにやって来たのは、かつてここにあった第七支部が俺にとって思い出深い場所だったから。


 老朽化による建て替えくらいは想定していたが、これはさすがに予想外。


 だがそれでも、無くなったのではなくどこかに移転したと考えるのが妥当ではあるんだが。


 何しろ、今では英雄呼ばわりされているらしいどこかの誰かさんが所属していた支部なんだから。となれば、連盟としては残しておきたいと考える可能性が高い。


「……うん。けど、少し怖くもなって来たかな」


 俺にとって思い出深いのが第七支部なら、クーラにとって思い出深いのはエルナさんの店。


 幼い頃の夢でもあったパン屋の看板娘として、かつてのクーラが働いていた場所だ。


 けれど、連盟という大きな組織が運営していた第七支部とは異なり、あの店はエルナさんとその夫――いわば個人が開いていたもの。


 エルナさんと再会できる可能性はすでにとっくにゼロ。加えて、店自体が無くなっている公算だって決して低くない。


「なら、やめておくか?」


 それならば、知らずにおくというのもひとつの選択肢だと俺は思う。


 灰色のままにしておいた方がマシというのもひとつの考え方だ。


「ううん」


 けれどクーラは首を横に振る。


「それでも、あのお店がどうなったのかは知っておきたいよ。ただ……」


 そっと、俺の手を握る。


「こうしていてもらえる?」

「ああ。それくらいなら喜んで」


 俺としては断る理由なんてどこにもない。少なくとも、抱えている怖さを気休め程度に和らげることくらいはできるだろうから。




 そうしてクーラの元アルバイト先へと足を向け、目の前の角を曲がれば目的地が見えて来るという場所に差し掛かって、


 不意に感じたモノに足が止まる。


「ねえ、これってさ……」

「やっぱりお前もそう思うよな?」


 それを感じ取ったのは嗅覚で。


 あの頃にはこの場所でも嗅ぎ取れた――パンを焼くいい匂いが鼻をくすぐる。


 その事実が意味するのは、この先には今でもパン屋があるということ。


「行こう!」

「ああ!」


 駆け足で角を曲がれば、


「よかったぁ……」


 クーラが安堵の息を吐く。


 老朽化による建て替えでもあったのか、店の外見こそ記憶にあるそれとは大きく様変わりしていて、


 それでも、それなりの歳月を経てもなお。


 あの頃にクーラが看板娘として働いていた場所には、今でも一軒のパン屋が存在していた。


「入ってみよう!」


 テンションの上がったクーラに引きずられるようにして足を踏み入れれば、他の客が見当たらない店内には様々なパンが並べられていて、


「いらっしゃいませ」


 ここの店員さんなんだろう。見た目年齢的には俺やクーラよりもひと回り上くらいの女性が、にこやかに出迎えてくれる。


 あるいは、この人が今の看板娘なのかもしれないな。


「もしかして、『旅立つ虹』の新人さんですか?」


 そんなことを考えていると、今日だけですでに3回目となる誤解がやって来た。


「いえ、違いますけど……」

「そうでしたか。見ない顔でしたし、年齢的にもそんな感じだったからてっきり……。すいません、おかしなこと聞いちゃって。お詫びってわけでもないですけど、少しオマケしますから」

「そこまでしてもらうほどのことでもないと思いますけど……。それよりもこの店って、『旅立つ虹』の関係者が来ることが多いんですか?」


 カイナ村からの新人ふたりが来ることはさっきの守衛さんも知っていたくらい。であれば、この人も同じ情報を持っていた可能性は十分にある。この店と『旅立つ虹』は位置的に近かったということからもそんな推測を立てたわけだが、


「ええ。いつもお昼頃になると、たくさんの人が来てくれるんです」

「それで、その時に新人ふたりの話を聞いた、と?」

「そういうことですね」


 読みは当たっていたらしい。


 昼を大きく過ぎた今でこそ俺とクーラ以外の客は見当たらないが、数時間前には『旅立つ虹』の関係者で大賑わいだったんだろう。


 俺もそのひとりだったわけだが、かつてあの場所にあった第七支部のメンバーにも、この店の常連は多かったくらいなんだし。


 もしかしたら、さっき出会ったふたりの新人も遠くないうちにここの常連になるのかもしれないか。


「それと、第七支部にも常連さんが多いからいろいろな話も聞けるんです。だから私、こう見えても結構な情報通なんですよ」


 おどけて見せる店員さんはどことなく得意そう。


 けれど俺としては、別の部分の方が気になった。


「……近くに第七支部があるんですか?」


 さっきの守衛さんには、現在の第七支部に関して聞く機会は無かったわけだが、


 常連が多い=場所が近い


 というのは、決してあり得ない図式ではないわけで。


「ええ。徒歩1分の距離に」

「そうでしたか」


 実際には、思っていた以上に近かったらしい。


「まあ、第七支部の人たちが来るのは朝の開店直後に集中してるんですけどね」

「……何か理由でもあるんですか?」


 過去の俺はそんな感じだった。とはいえ、あの時間に俺以外の人がやって来ることは多くはなかったはずだが。


「『クラウリアの再来』の影響らしいです」

「「ぶはっ!?」」


 そんなことを考えていたら、またしても例のふたつ名が飛び出して来やがった。


「えーと……それはどういう意味なんです?」


 それでも気を取り直して聞いてみれば、


「『クラウリアの再来』――虹色泥団子のアズールは第七支部の所属で、毎朝この店にパンを買いに来てたっていうのは有名な話なんですよ。そのおかげでいつの間にか第七支部では、そうすることが一種のゲン担ぎになってたみたいで」

「そうですかぁ……」


 まさかあの頃の何気ない習慣がそう繋がるとは、本当に世の中というのは何がきっかけでどうなるのかわからない。


 というか、その元凶(?)としては反応にすら困る。


「……ということは、このお店って彼が活躍してた時代から続いてるってことです?」


 そんな中でクーラが気付いたこと。


「……言われてみればそうなるな」


 理解不能なゲン担ぎはさて置くとしても、店員さんの口ぶりからはそういう話になるわけで。


「そうなりますね。まあ、何度か改築はしたらしいですけど。ちなみに私は19代目なんですけど……初代看板娘はなんとあのアズールの恋人で、2代目はそのふたりに可愛がられてたそうなんです」

「そうなんですかぁ……」


 そう言われてもクーラとしては反応に困るところだろう。何せ、その初代看板娘というのは自分自身のことなんだから。そんな形で語り継がれるとは、それこそ夢にも思わなかったに違いない。


 というか、2代目ってのはまさか……


 当時の俺とクーラが可愛がっていたと聞かされて真っ先に思い浮かんだ顔があったわけだが……


「……何だか妙なリアクションですね。それに……」


 思うところでもあったのか、店員さんはまじまじと俺たちの顔を見つめて来る。


「あの、おかしなことを聞きますけど……もしかしておふたりって、クー――」

「ねえ、ちょっといいかしら?」


 そんな言葉を遮るようにして不意に聞こえて来たのは、しわがれた声。


「お婆ちゃん!?起きて大丈夫なの!?」


 声の主は店員さんのお婆さんらしかった。


 たしかに目をやれば、年齢的にもそんな感じだろうか?


 見たところでは、あの頃のフローラ支部長よりも随分と年上。


 そして、店員さんが驚きの声を上げる理由もよくわかる。


 失礼を承知の上で言うなら――枯れ木のように衰えた、立っていられること自体が不思議に思えるような女性がそこに居たんだから。


「ええ。今日は珍しく調子がいいのよ。それで久しぶりに……あら、お客さんが来て――」


 けれど身体の方はともかくとしても、口調はしっかりとしていた風。その人は俺とクーラに気付き、


「――え?」


 呆けた様子の声を漏らす。


「嘘……」


 大きく目を見開くその様は、信じられない何かを目にしているようで。


「まさか……本当に……」


 その女性は杖を突きながらおぼつかない足取りでこっちにやって来て、


「あぁ……。また、こうして会えるなんて……」


 ポロリポロリと、その瞳から涙が溢れ出す。


 まるでこちらを知っているような口ぶりをする女性だが、俺の記憶にその顔は無い。


「ふふ、こんなお婆ちゃんになってしまったんだもの。わからないのも無理はないかしら」


 けれど困惑する俺たちに女性が見せるのは苦笑で。


「でも、本当に聞いていた通りなのね。ふたりを見送ったあの日から変わらない姿。おかげでひと目でわかったわ」


 歳とともに頭が衰えて現実を認識できなくなったとか、そういった風じゃない。この人は当時の俺とクーラを。そして、俺たちが抱える事情を知っている。


 加えて、見送ったという単語。


 そこに該当するのは4人にまで絞られる。


「「……まさか!?」」


 俺とクーラの叫びが重なったのは、同時に同じ結論に至ったからか。


「たしかに……絶対にあり得ないとまでは言い切れないよね?」

「……ああ」


 この世界の基準では90まで生きられるのはほんのひと握り。


 だから俺もクーラも、あの頃に縁を結んだ誰とも再会は叶わないと諦めてしまっていた。


 けれどごくわずかながら、100歳まで生きられた人が確認されていたのも事実。


 そして年齢的に考えた場合、当時の知り合いの中でもっとも存命の可能性が高いのは――


「その声も変わらないのね。気が付いたのはふたりが行ってしまってからだったけれど、私はクーラおねえちゃんに名前を呼ばれるのも大好きだったわ」


 クーラおねえちゃん。


 その呼び名で確定だった。


 クーラをそう呼ぶのはただひとり。


「ペルーサちゃん……なの?」


 震える声で発する名前。それは当時のクーラが妹のように可愛がっていて、当時のクーラを姉のように慕っていた女の子。


「よかった。私のこと、覚えていてくれたのね。あれから90年も過ぎてしまったし、忘れられていないか不安でもあったのだけれど。……久しぶりね、クーラおねえちゃん、アズールおにいちゃん」


 向けて来るのは懐かしい呼び方で、


「それから……おかえりなさい」


 続くのは帰還を迎える言葉。それは、俺とクーラがとっくに諦めてしまっていたもの。


 にじむ視界の中で彼女が見せる嬉しそうな微笑みに、俺の記憶にあるペルーサの面影が重なった気がした。

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