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本当に、いろいろとあったよ……

更新再開します。ここから完結まで、毎日20時の更新を予定しています。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 あれから――クーラに同行する形で俺にとって初めてとなる異世界で足を踏み出してから、すでに結構な年月が流れていた。


 その世界もこれまでの例に漏れず、滅びの危機に瀕していたとのことで、救う過程ではかなりいろいろとありはしたんだが、ふたりとも無事でエルリーゼに帰って来れたのは幸いなことだったんだろう。


 まずはクーラのご家族が眠る地に報告をして、同様に俺の身内にも報告を済ませて、


「なんて言うかさ……帰って来たんだなぁ、って気がするよ」

「同感だ」


 クーラと並んで見上げるのはストゥーラ王国の王都ストゥリオン――俺が虹追い人として、クーラがパン屋の看板娘として、かつて暮らしていた街の外壁。


 思えば初仕事に出る時もこうして、しみじみと見上げたんだったか。


 本当に、いろいろとあったよ……


 クラウリア(クーラ)と出会ったのはその翌日のこと。まさかこんな今を迎えることになろうとは、あの日の俺は夢にも思っていなかった。




「さて、そろそろ行こうか?」

「そうだな」


 そうして感傷に浸ることしばらく。気持ちに区切りが付いたところで、王都への入口――俺にとって馴染みの深かった西門へと足を向ければ、


「ようこそストゥリオンへ。君らはこの街に来るのは初めてかな?」


 多分、門兵さんなんだろう。門の前に立っていた30過ぎくらいの男性が気さくな感じで声をかけて来る。


「えっと、何でそう思ったんです?」


 流れでそう問い返してみれば、


「君ら、さっきから外壁を見上げてただろう?俺も田舎から出て来たばかりの時は同じように呆気に取られてたからね。経験則ってやつさ」


 感傷に浸っていた姿は、傍目にはそんな風に見えていたらしい。


 そして、それはそれでありそうな話だった。


「はは、バレてましたか」


 ともあれ、ここは話を合わせることにする。


 実際には4年ほどをこの街で暮らしていたとはいえ、離れてから結構な年月が過ぎていたのも事実。


 であれば、知らないことも多いだろうから。


「これでも、毎日ここでたくさんの人を見てるからな。目には少し自信があるんだよ。それはそうと……年齢からして、君らも『旅立つ虹』が目的なのかい?」

「「『旅立つ虹』?」」


 唐突に出て来た謎フレーズに俺とクーラのオウム返しが重なってしまう。


「何です、それ?」

「……いや、名前くらい聞いたことはあるだろう?」

「いえ、まったくの初耳ですけど……」

「私もです」

「驚いたな……。俺もこの仕事を始めて5年になるけど、『旅立つ虹』の名前を知らない人は初めてだよ」


 つまるところ――


 俺とクーラがこの街で暮らしていた頃には影も形も無かったけれど、今では誰もが知っている。


 『旅立つ虹』というのはそんな存在らしい。


「その『旅立つ虹』とやらについてお聞きしても?」

「もちろん構わないよ。設立自体は今から80年以上前って話なんだが――」

「あの、ちょっといいでしょうか?」


 門兵さんが説明してくれようとした矢先、かけられる声があった。


 目をやればそこに居たのは、見た目年齢的には俺より少し下と思しき男女がひと組。


「俺たち、今日初めて王都に来たんです。それで、『旅立つ虹』への道を聞きたいんですけど……」


 そしてどうやら彼らは、たった今話題になっていた『旅立つ虹』とやらに用があったらしい。


「それは構わないけど……」


 困ったように、俺たちと彼らを交互に見る。


 俺たちへの接し方からも見えていたが、何だかんだでこの門兵さんはお人好しなんだろう。あちらのふたりを放置するわけにもいかないが、俺らを放置するのも気が引けるといったところか。


「俺らのことはご心配なく。目的の場所がどこにあるのかは聞いていますから」


 だから、そう助け船を出す。まったくの初めてだと言う彼らと比べたら、長いブランクを差し引いても俺たちの方が土地勘はあるはずだ。


「そうか?悪いな、話の途中で」

「いえいえ、お気になさらず」

「じゃあ、気を付けてな。それと、騒ぎは起こさないでくれよ?そうなったら、俺が君らを捕縛しなきゃならなくなるかもしれないからな」

「ええ。気を付けますよ」

「いろいろとご親切にありがとうございました」




 そうして門兵さんと別れて西門を抜けて足を向ける先は第七支部。


 しばらくぶりとはいえ、かつては数えるのも馬鹿らしいほどに歩いた道。だから向かおうと意識すれば、特に考えなくても足が勝手に動いてくれる。


 その途中では、当時は虹追い人向けの各種小道具を扱っていた武骨な店が今では小洒落た装飾品の店になっていたりだとか、クーラとふたりで行ったことのある食堂が店じまいをしていたりだとか、差異はそれなりにあった。


 とはいえ、街並み自体は大きく変わっていなかったということもあり、露店市場なんかは当時の雰囲気そのままだったりもした。


 そんな中を歩き、ほどなくして目的の場所に来ることはできたわけだが……


「……なぁ、クーラ。ここで合ってるはずだよな?」

「うん。そのはずだけど……」


 俺たちが困惑させられていたのは、その一帯が記憶から大きく様変わりしていたから。


 昔は第七支部があった場所を含めて、かなりの高範囲が壁で囲まれていたからだった。


 とはいえ、それはお屋敷とか豪邸といった雰囲気ではなく。


 壁の高さは2メートル程とそこそこ高く、なかなかに頑丈そうで内側の様子はわからない。その向こうからは何やら元気のいい声が聞こえているようではあるんだが。


「とりあえずさ、あそこに行ってみない?」


 そうクーラが指差すのは壁の一画。見ればそこには門らしきものが。


 そこへ足を向ければ、


「……ここのことだったのか」




 虹追い人養成所『旅立つ虹』 本校




 立派な門の脇には聞き覚えのあるフレーズが刻み込まれていた。


 特に閉ざされている様子の無い門の先を覗いてみれば、広大な敷地の奥には大きな建物がいくつか。そして手前側のスペースは石畳ではなく土の地面で、そこには15歳前後に見える男女の集団が複数。


 ある一団は敷地の外周を走り、ある一団は中央部でスクワットを。他にも木剣の素振りを繰り返す一団や徒手での模擬戦を行う一団もあった。


 そしてそれぞれの集団に付いている年配の人は指導役か。何気ない身のこなしから手練れ具合が見て取れるあたり、一線を退いたベテランの虹追い人あたりなんだろう。何せこの場所は養成所の名を冠しているんだから。


 また、奥にある建物の窓からは、机に向かう姿も見える。身体的なことだけではなく、知識面もカバーしているらしい。


「……何と言うか、腐れ縁共と一緒に師匠に鍛えられてた頃を思い出すな」


 俺が抱くのはそんな印象。


「年齢からしても新人さんって感じだからね。でも、早い段階で基本的な部分をきっちりと固めるのは良いことだと思うよ」

「何事も基本が肝心、か」

「そういうこと。まあこれだけの規模でやるのは、私が知る限りではエルリーゼで初めてだけど」


 王都の一画にこれだけの敷地を確保し、あれだけの施設を用意する。果たしてどれだけの金がかかるのやら……


 そんな下世話なことを考えていると門の一部に付いていたドアが開き、40過ぎと思しきがっしりとした体格の男性がこっちにやって来る。


「よう、カイナ村からやって来た入校希望者ってのは君たちかい?」

「いいえ、違いますけど……」

「ありゃ、早合点だったか……。そろそろ来るって聞いてたから、てっきり君たちのことかと思ったんだが」


 口ぶりからして、この人は『旅立つ虹』の関係者――守衛さんあたりなんだろう。何気ない身のこなしから、この人もかなりの腕前だと見て取れる。


 そして腰のあたりを中心に、重心にはかすかな違和感がある。


 察するに……腰を痛めて一線を退いた虹追い人といったところか。


「このあたりに来るのは初めてでして、何だろうかと気になって眺めてたんですよ。ご迷惑でしたか?」

「いや、騒ぎを起こさなきゃ問題無いさ。まあ、あまりジロジロと見られると中の連中が集中力を欠いちまうかもしれないが」

「そこは気を付けますよ。ところで……この『旅立つ虹』って、どういう場所なんです?そこには虹追い人養成所ってありますけど」

「文字通り、虹追い人を育てる場所だぞ。具体的なところとしては……新人を対象にして1年かけて、虹追い人としての基本的な知識や技術、気構えなんかを実践込みで叩き込む。そういうところだな」

「1年、ですか。結構長いんですね」


 俺は15になる前に数年かけて、師匠からそういった内容を叩き込まれた身の上。


 けれど新人という時期を考えたら、1年というのは決して短い時間ではないわけで。


「まあ、そこをどう受け取るかは個人の判断だな。ここで学ぶことは別に強制されてるわけでもないし、授業料だって決して安いものでもないんだから」

「……当然ながらロハってわけにも行かないですよね」


 これだけの施設となれば維持するのだって相応の金がかかるはずだし、指導に当たっている人たちへの給料だって発生するだろう。


 まあ俺の場合は師匠に授業料なんて1ブルグだって払うことはなく、むしろ心色取得費用の30万ブルグを出してもらったくらい。一応は旅先で稼いだバイト代は師匠の懐に入っていたようだが、それだって心色取得費用に届くほどではなかっただろうし。


 そんな師匠から学んだことが役に立つ機会も多かったわけで、本当に俺は恵まれていたという話になるんだろう。


「ああ。諸々を込みで、30万ブルグぴったり。心色取得にかかるのと同額だな」

「……それって、新人には重すぎません?」


 心色取得代は俺の頃から変わっていないらしい。また、ここに来るまでに前を通った市場を見た限りでも、各種相場が大きく変わった様子も無かった。


 となれば、30万なんて額を出せる新人がそうそう居るとも思えない。それに同じ30万を出すなら、心色の取得を優先する人の方が多いようにも思える。そしてそれだけの額を稼ぎ切る頃には、すでに虹追い人としてある程度の経験を積んでいるということにもなりそうな話なんだが……


「そこらへんは問題無い。何せ授業料は後払いOKで、無利子無期限の催促無しだからな」

「いや、それはそれで問題しかないんじゃ……」


 新人的にはありがたい話なんだろうが、そんなことにしたら支払いを踏み倒す輩が大量発生しそうなところ。


「まあ、普通はそう思うよな。けど、そこは創始者が上手いやり方を考えてくれたおかげで、今でも問題無く回ってるのさ」

「上手いやり方と言いますと?」

「その性質上、『旅立つ虹』は連盟とも密接に関わってるんだが、そこらへんはわかるか?」

「ええ」


 虹追い人というのは全員が連盟に所属することになるんだから。


「だったら話は速い。授業料の支払いそのものはいつでも構わないが、払い終えるまでの間はランクの上限が橙になるんだよ」


 それは言い換えるなら、借金を抱えているうちは黄になれないということ。そして黄というのは、虹追い人としては半人前という扱い。


 つまりは、


「借りた金も返せないような奴は半人前を名乗る資格も無い、ってことです?」

「そういうことだな。わざわざここで学ぶような奴ってのは、基本的には本気でこの稼業を続けて行こうと考えてるような連中ばかりだ。結果、授業料の回収率は高い水準が保たれてるってわけだ」

「……ここの創始者ってのはよっぽどの御仁だったんですね」


 理に適ってはいるが、先立つものを考えれば実行に移すのは容易なことではなかったことだろう。


 それにこの世界では前例の無い試みとなれば、当然ながら失敗のリスクだってあったはずなのに。


「ああ。今では世界中に名を知られてるくらいだからな。『旅立つ虹』を立ち上げた功績がすげぇってのもあるんだが、若い頃には世界規模でのヤバい事態を解決するのに助力したこともあったらしい」

「ってことは、虹追い人としても手練れだったんです?」

「だろうな。その時にはあの『クラウリアの再来』と肩を並べたって話もあるくらいだ」

「「ぶはっ!?」」


 完全に気を抜いていたというのもあったんだろうが、唐突に出て来たフレーズが俺とクーラに吐き出させたのは、ボディブローを喰らったような声で。


「どうかしたのか?」

「いえ、何でも無いです」

「急にクラウリアの名前が出てびっくりしただけですから」

「……なるほど」


 そんな俺らに、守衛さんは得心した様子でうなずく。


 まあ、俺らの正体に気付いたなんてことは無いだろうけど。


「察するに、君らはクラウリア派ってことだな?」

「「クラウリア派?」」


 そしてまた、妙なフレーズが出て来る。


「何です、それ?」

「文字通りの意味だが?ひょっとして知らないのか?」

「ええ。というか、クラウリア派なんて言うくらいですし、他の派閥もあるってことなんですよね?」

「そりゃそうだろ。ある意味では当然なんだろうけど、もうひとつはアズール派だな」

「「ぶはっ!?」」


 今度の唐突かつ奇妙極まりないフレーズはまったくもって理解できないシロモノで、精神的な意味でまたしても腹部を殴打された気がした。


「……また妙なリアクションだな。君ら、クラウリアとかアズールに思うところでもあるのかい?」


 そして俺らの素性を知るはずもない守衛さんが怪訝そうにするのは当然のことなんだろうけど……


「その、知り合いに同じ名前の人が居たから……」

「ああ、あやかろうとして自分の子供に英雄と同じ名前を付けたって話か。俺も息子にアズールって名付けようとしたことがあったっけか……。もっとも、俺の時は女房の猛反対で断念したんだが」

「えぇ……」


 俺が英雄呼ばわりされるのは不本意。とはいえ、カシオンとかルゥリあたりであればその考え自体も理解できないことはないんだが……


 というか、この人のお子さんが俺にあやかって子供にアズールなんて名付けられることがなくて本当によかった。


 名前も顔も知らないが、それを阻止してくれたこの人の奥さんこそが英雄と呼ぶに相応しいとすら思う。


「あの、ちょっといいでしょうか?」


 そんなところへ、おずおずとかけられる声。


 あれ?このふたりって……


 西門でも似たようなことがあったと思いながら目をやれば、そこに居たのは見覚えのあるふたり組。


 西門で門兵さんと話していたところへ声をかけて来た人たちで。


 ああ、そういうことか。


 そして理解できた。


 西門でチラッと聞いた話では、このふたりの目的地はここ。


 つまり、さっき守衛さんが口にしていたカイナ村からの入校希望者というのはこのふたりのことだったんだろう。


「どうかしたのかい?」

「俺たち、カイナ村から来た入校希望者なんですけど……」


 予想は的中。


「ああ、君らがそうだったのか。それだったら話は聞いてるよ。すぐに案内しよう。ってわけで、話の途中なんだが……」


 守衛さんは申し訳なさそうな顔を向けて来るんだが、そこに文句を言うつもりなんて皆無。


 通りすがりの人間との雑談と、ここで働く者としての本分。


 俺もクーラも、それらの優先順位もわからないほどの阿呆ではないつもり。


「いえいえ。むしろ、お忙しい中でいろいろと教えてくれてありがとうございました」


 だから守衛さんに礼を告げて。


 見送る新人ふたりの背中からはほんの少しの不安と、それを大きく上回る期待を見て取れるようで。


 そのことが、なんだか羨ましかった。

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