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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
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やっと、言葉に出してくれたな

「また……呼び付けが来たのか?」


 その問いかけに対して俺が望んだのは否定。


『あはは、さっきの今でそんなことあるはず無いってば。君も心配性だよね。まあ仕方ないか。君って、私のことが好きすぎるんだし』


 なんて風にからかわれたなら、どんなによかったことか。


「あはは……。ここ500年くらいはご無沙汰だったけどさ、さっきの今でまたってのは、さすがにあんまりだよ……」


 けれどクーラが返して来たのは力の無い肯定で。


「けどさ、同じ失敗を繰り返すほど私は間抜けじゃない。色源と色脈を備えた『分け身』を作り出す手順は構築済み。だから大丈夫だよ」


 すでに意識は、自分が呼び付けられた後のことへと向かっていたらしいわけだが、


「お前さ、説得力って言葉を知ってるか?」


 俺としてはそんな風に言わざるを得ない。


「大丈夫だってば。本当に心配要らないよ。もしもズビーロクソトカゲが一度に10匹くらい現れたって即座に始末できる。もう二度と、君を危ない目に遭わせたりしないから」


 クーラであれば、力の一部を託した『分け身』であってもそれくらいは可能なんだろう。そこは疑っていない。だってこいつはクーラなんだから。


 とはいえ……


「それ以前に、『クーラ』みたいな『分け身』を作るのはもうやめようって話もしてただろうが」

「それはそうだけどさ……。代案の用意が間に合わなかったわけだし、こればっかりは仕方ないよ」

「それで、帰還したお前がまたさっきみたいなことになるのか?いや、下手をすればさらに酷いことになるかもしれないんだよな?」


 クーラが死を覚悟するレベルの苦痛が反動になっていたのも事実。


「そこは気合でなんとか……」

「気合ねぇ……」


 俺だって精神論を全否定するつもりは無い。


「……人はそれを無策と言うんだがな」


 だが、それもまた事実なわけで。


「付け加えるなら……自分の顔ってのは鏡でも使わなきゃ見れないものらしいが、さすがのお前も例外ではないってことなんだろうな。ほら、よく見てみろよ」


 異世界式収納から出した鏡を向けてやる。そうすればクーラには、今にも泣きだしそうな顔が見えていたことだろう。そんな奴が口にする「大丈夫」にどれだけの説得力があるのやら。


「……うへぇ。我ながら酷い顔してるね」

「そうだな。……自分で言うのも自惚れが過ぎる気はするけど、あえて言わせてもらうぞ?それは、俺と離れ離れになるからなんだろう?」


 『クーラ』の言葉を借りるなら、『アズ君欠乏症』。また『深刻なアズ君不足』。


 あまりにもアホ臭いフレーズではあるが、クーラにとっては恐ろしく重い症状を引き起こすそれ。


 戻って来た直後のクーラが呼び名ひとつでこの世の終わりみたいな取り乱し方をしたのも、それが原因で精神的にすり減っていたからなんだろう。


 精神状態がマトモだったなら、「できれば君には、クーラって呼んでほしいんだけどなぁ」と、肩のひとつもすくめるだけで済みそうな話だったのに。


「そこまでわかった上でそんな顔で大丈夫だなんて言われて、はいそうですかと頷けるほど俺は素直じゃないんだよ」

「……そこまでお見通しかぁ。これも愛の力なのかな?」


 肩をすくめるその様はおどけたようでもあり。


「君の気持ちは理解もできるし嬉しくも思う。けどさ、私からも言わせてもらうよ?じゃあ、他にやりようがあるの?」


 けれど、すぐにその表情は真剣なものへと変わる。


「まず前提として、呼び付けを拒否するのは無理」

「だろうな」


 そこをどうにかできるなら、そもそもが問題にすらなっていない。


「そして、それなりの力を持った『分け身』を作り出すことはできる。ちなみにだけど、君の隣に『分け身』を残すことは確定だよ。異論は認めない、断じて認めないからね。反対するなら、君にだって容赦しない。力尽くでも従わせるから」

「……この2年間だけでも3回は死にかけてたからな。そこは偉そうなことも言えないか」


 我ながら情けないとは思うが、1回目がクソ鯨に食われかけた時。2回目は『超越』の代償として。3回目はついさっきの合計3度、俺は死神に足を掴まれていたわけで。


「そういうこと。そしてそれは、私にとっては何よりも恐ろしいこと。だから君を失わないためだったら私は何だってやるし、何としてでもやるつもり」

「まあ、お前ならそう考えるよな」

「うん。だからさ……今は納得できなくてもいいから、どうにか受け入れてもらえないかな?」


 それでもなお、伝わって来るのは俺を案じる気持ち。


 ……仕方ないか。


 その言葉が――俺を失わせないためならば自分が犠牲になってもいいという舐め腐った思い上がりが、俺にひとつの決断をさせていた。


 ああ、そうだとも。仕方がないんだともさ。


 だから立ち上がり、歩み寄って、


「アズ君?」


 怪訝そうな声は無視。


 手を伸ばして、


 思えば、2年前にもこうしようとしたんだったか。本当に、あれから随分といろいろあって、俺も随分と変わった……いや、『クーラ』に変えられたものだな。


 ふと、そんな感傷を抱く。


 そして、


「あ……」

「あの時には叶わなかったことだが、今度は果たせたらしいな?」


 2年前にはつかみ損ねたクーラの腕を、今度はしっかりと捕まえることができていた。


 腕をつかまれたクーラが最初に見せたのは驚きで、その直後にはほんの一瞬だけの喜色が浮かんだように思えたのは俺の気のせいなのか?


「……自分が何をやってるのか、理解できてるの?」


 けれどそんな雰囲気はすぐに息を潜め、かけて来た声には明確な硬さがこもっていた。


「ああ。俺なりには理解してるつもりだ。お前が呼び付けられる異世界に俺も連れて行けと、そう意思表示をしてるんだよ」


 それが、俺の下した決断。


「……前にも言ったよね?一度呼び付けられたら、戻って来るまでにどれだけの時間がかかるのかわからないって」

「確かに聞いたな。最長記録は150年だったか?」

「そう。もしかしたら数日程度で済むかもしれない。だけど、100年以上の長丁場にならない保証だって無い。そして実際にそんなことになればさ……これまでに縁を結んだ人たちとは、二度と会えなくなっちゃうんだよ?」


 どれだけ生きられるかは人それぞれだろう。けれどエルリーゼの基準で考えたなら、90まで生きられれば大したもの。100回目の誕生日を迎えることができるなんてのは、クーラのような例外を除けばほんのひと握り。


 つまり、今回の呼び付けがそこまで長引いたなら……戻って来た時には、知り合いと呼べる人たちは全員が黄泉路に旅立っているということ。


 それくらい、理屈ではわかっている。


「本当にそれでもいいの?」

「いい訳ないだろうが」


 そしてそれが、俺の正直な気持ちだ。


「それでも構わない、なんて風に言い切れれば格好も付いたんだろうけどな」


 表向きは行方をくらませたことになっている俺ではあるが、未練は山積みだ。


 俺がクソガキだった頃に散々迷惑をかけた身内や故郷の人たちには償いをしたいし、師匠や支部長には一人前になった姿を見せたい。先輩方には少しくらいは恩を返したいし、腐れ縁共がアピスやネメシアを裏切るような真似をしやがった時にはぶん殴ってやりたい。俺を慕ってくれる後輩たちにはもっと先輩らしいことをしてやりたいし、ルカスと交わした約束を果たさせてやりたい。エルナさんやペルーサにだって、時々は会いに来たいと思っている。


 100年以上も異世界から戻れないとなれば、そのあたりのすべてを諦めなきゃならなくなる。さすがにそれは勘弁願いたいところだ。


「……だったらこの手を放して。そうしないとさ、帰還までの時間が長くなればなるほど、君は深く後悔することになる。私としてもそんなのは嫌だから」


 だからそんなクーラの言い分だって、いくらかは正しいんだろう。


「そうだな。お前の言う通りだよ。このままでいた場合、帰還までが長くなるほどに、俺は深く悔やむ。それが間違いないとは、俺だって思うさ」

「……なら、どうして手を放してくれないの?」


 ただ――重要な側面のひとつが抜け落ちているだけであって。


「今回の呼び付けが長引くと仮定した場合、ここで手を離せば確実に、俺が後悔することになる。そう認識しているからだよ」


 それこそがクーラの見落とし。


「……どういうこと?」

「もしかしたら今回の異世界には、サウディさんやレイア姫のようにお前を支えてくれる人が居るのかもしれない。それなら、俺の出る幕はないことだろうさ。だけど、そんな保証はどこにも無いわけだろ?」

「それはそうだけど……」

「さっきのお前は酷い精神状態だったからな。それを知った上でお前を独りで放り出して、平気でいられる自信なんてあるものかよ。つまり、ここで手を放そうが放すまいが、帰還まで長くなればなるほどに深く俺が悔やむことは確定してるんだ。どうせ悔やむなら……多少はマシだと思える方を選びたい」

「多少はマシ、か……」

「ああ。多少はマシだ」

「それを言われると弱いんだよねぇ、私ってさ」

「……前にもあったからな。何の因果か、微妙に構図が似ていなくもないのが地味に笑えるところだが」


 それは月でやり合った時のこと。あの時に選んだ『多少はマシ』は正しかったんだと、今ならば胸を張って言えるところだが。


「それで、お前はどうする?どうせお前がその気になれば、一切の抵抗は無意味なんだ。あの時と同じように、お前の決断に従うよ」

「……はぁ」


 少しの間を置いてクーラが吐き出したのは、どこかゲンナリとしたため息。


「……一度(・・)、手を放してもらえるかな?」

「あいよ」


 その言葉に素直に従ったのは、諦観の色がわかりやすくにじんでいたからで、


「こんなところまであの時と同じで君にいいようにされちゃうのは少しだけ悔しくもあるけどさ、もう心の天秤は傾かされちゃったよ。……でも、ケジメだけは付けさせてもらう」


 手を差し出して来る様は握手を求めるようで、


「私がこれから呼び付けられるのは、どこにあるのかもわからなくて、何が待っているのかもわからない異世界。そして、帰って来れるのがいつになるのかだってわからない。けど……君の無事すらわからないのも!君と言葉を交わせないのも!君を抱きしめられないのも!君のために料理することができないのも!君にお茶を淹れてあげられないのも!君とキスできないのも!全部、もう嫌だよ……」


 ぶちまけて来るのはすべて、さっきまでの呼び付け先で心に溜め込んでいたものだったんだろう。


「知らなければまだ耐えられたとは思う。でも私は……君と居る今を知ってしまった。君と居る今に溺れさせられていた。そんな風に私を変えた責任を取れなんてことは言いたくないけどさ……」


 どこか自嘲的なため息をひとつ。


 俺はこの4年間でクーラと『クーラ』によって心の底まで作り変えられた自覚はあるが、そのあたりはお互い様だったらしい。


「それでも私は、もう君から離れたくない。だから……これまでに縁を結んだすべての人たちと会えなくなるかもしれないけど……その上でお願い!どうか、私を選んで欲しい!私と一緒に来て欲しい!私と一緒に居て欲しい!私の隣で、私の心を寂しさから守ってほしいの!」


 その言葉がクーラの腹の内にあることはわかっていた。


「やっと、言葉に出してくれたな」


 それでも、俺への気遣い(しょうもないこと)を優先して呑み込んでいたんだということも。


「引き出させたのは君なんだけどね」

「それもそうか。ともあれ……」


 この瞬間は俺……いや、俺たちにとってはひとつの分岐点になる。


「お前の頼み、しかと引き受けたよ」


 そんな確信と共に差し出された手を取れば、


「うん!」


 満面の笑みを持って、クーラはしっかりと握り返してくれていた。

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