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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
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2年前にも目の前で起きたこと

「じゃあ、やるね?」

「うん。……ただいま、クーラ」

「おかえりなさい、『クーラ』」


 クーラの腕の中に居た『クーラ』が消える。


 夜闇に細かな光の粒が弾け、キラキラと瞬きながら消えていく。


「奇麗……」

「クーラさんからの餞別なのかもしれませんね」


 ネメシアやトキアさんがそんな風に思ったのは、感傷だけが理由というわけでもなかったんだろう。それくらい、儚くも美しい光景だった。


「……え?」


 そんな中で不意に漏れ出た声はクーラの口からで、


「ちょっと待って!?これって……嘘でしょ!?」

「クーラ?」

「ぐ……うぁぁぁぁぁぁぁっ……!?」


 動揺は苦悶へと変わり、


「クーラ!?」

「クーラさん!?」


 ネメシアとトキアさんの顔にも焦りが浮かぶ。


 額を抑えて膝を付くクーラ。苦し気に歪められたその顔には脂汗が。


「大丈夫か?」

「……あんまり大丈夫じゃないかも」


 声をかければ返って来たのはクーラらしからぬ弱音で、


「ひょっとして、『クーラ』との同化が上手く行かなかったのか?」


 タイミングを考えれば、真っ先に浮かぶのはそんな理由。


「いや、そういうわけじゃなくてさ……むしろ逆かも……づ、うあぁ……!?」

「そうだ!治癒くらいなら俺にも……」

「いや、それには及ばないよ。もう落ち着いて来たからさ」


 その自己申告通りに、ほどなくして苦し気な色は薄くなっていた。


「ゴメン。心配かけちゃってさ」

「それは別にいいんだが。それよりもお前の具合だよ。もう平気なのか?」

「正直なところ、1000年以上ぶりに死ぬかと思ったけど……そっちはもう大丈夫。原因はさ、2年分の記憶と想いが一気に流れ込んで来てたからなの」

「なるほど」


 俺には想像するしかできない。だが、頭にかなりの負担がかかりそうだとは、察することができた。そして、あのクーラが死ぬかと思うなんて言うくらいだ。どれほどすさまじい苦痛だったのやら。


「けど、今はもう完全に馴染んだから」

「そうらしいけど……」


 たしかに今のクーラからは苦しそうな雰囲気は見て取れない。


「まあ、元から共有してた記憶がすんなりと馴染んでたのは不幸中の幸いだったのかもしれないしさ」

「……そうだな」


 2年分であれだけ苦しむのなら、『クーラ』が持っていた記憶のすべて――約1600年分が一度に押し寄せて来たなら、単純計算でさっきの800倍は苦しんでいたという話になるんだから。


 それこそ、下手をすれば狂い死にかねないとすら思えるくらいに。


「なあ、クーラ。『クーラ』みたいな『分け身』を作るのは、もう止めた方がいいんじゃないか?」

「……その方が良さそうだね。代わりの手段は考えなきゃだけど。ともあれさ、この2年間で君がかけてくれた言葉も向けてくれた気持ちも、今は全部私の中にあるから。ホント、私って君に愛されてたんだね」

「……だから人前でそういうことをサラリと言うんじゃねえよと」


 否定しようとは思わないが、それでも気恥ずかしさが先に立ってしまう。ましてや、この場にはトキアさんやネメシアも居るんだから。


 そんなことを思いつつ当のふたりを見やれば、俺に向けられる視線はやけに生暖かいもので、


「……クーラさんが明け透けすぎるのか、アズールさんが照れ屋すぎるのか、どっちなんでしょうね?」

「両方じゃないですか?」


 どこか呆れ気味にそんな会話を交わされてしまう始末。


 まあ、そんな風に言える余裕があるのはクーラが大事に至らなかったからなんだろうけど。


「じゃあ、ふたりきりの時だったらいいんだよね?」


 そしてクーラはクーラで、平然とそんなことを言いやがる。


「……それよりも、アピスやペルーサも心配してるだろうし、さっさと無事を伝えてやらないか?」


 この流れは俺に分が悪そう。だからそんな話題逸らしをかけてやれば、


「それもそうだね」


 幸いなことに……いや、違うか。なんだかんだで引き際を正確に見極めるスキルもあるクーラはすんなりと乗ってくれた。


「ってわけで、今からアピスちゃんのところに『転移』しようと思うんですけど、トキアさんとネメシアちゃんもそれでいいですか?」

「『転移』、ですか。話には聞いていましたが、まさか実際に体験できる日が来るなんて……」

「同感です」


 それでも、ふたりとも異論は無いらしく、


「もちろんアズ君も来るよね?」

「ああ」


 トキアさん、ネメシア、アピス、ペルーサの4人に対してであれば隠し立ても不要。それに、あれこれ説明するにしても、俺が居た方が好都合だろう。


「じゃあ早速……」


 そうしてクーラが『転移』を発動。


 軽い浮遊感のあとにほんの一瞬で、目の前の景色は夜の海上から、落ち着いた雰囲気の室内へと切り替わり、


 心配で眠れていなかったのか。そこにあったのは、並んでベッドに腰かけるアピスとペルーサの姿。


「……何事!?」

「ひゃうっ!?」


 どちらも目の前に唐突に現れた存在への驚きを隠せずに、


「ペルーサは私の後ろに……って!?ネメシアにトキアさん!?それにアズールと……クーラ?」


 それでも、即座にペルーサをかばおうとするあたり、さすがはアピスと言うべきか。


「……待って!今のって、『転移』なんじゃ……。それにクーラのその姿は……。もしかして、帰って来たの?」


 そしてアピスはあっさりと、その事実に到達してくれていた。


「……クーラおねえちゃん、おっきくなってる?」


 少し遅れてクーラを認識したペルーサが不思議そうに首を傾げるも、


「ただいま、ペルーサちゃん」

「クーラおねえちゃん!」


 クーラが優しく微笑めば、すぐさまにその胸へと飛び込んでいった。




 その後はペルーサが落ち着くまで待つことしばらく。事情を説明するために6人でテーブルを囲むことに。


 ちなみにだが、当然のようにクーラは俺の隣に座り、これまた当然のようにペルーサはクーラの隣に座っていたわけだが。


「まず最初に確認させてください。アズールさんとクーラさんの様子から察することはできているつもりですが、当面の脅威は無いと考えていいんでしょうか?」


 そして、最初にそう切り出して来るのはトキアさん。


「ええ。そこは間違いなく。いろいろとありましたけど、最終的にはクーラがサクっと片付けてくれましたから」


 そこは断言できた。


「では、いろいろとあったという部分の詳細をお聞きしてもいいでしょうか?空から落ちて来たあの巨大な火の玉は星界の邪竜を連想させるものでしたし、破壊の光を思わせる色も何度か目にしていました」


 まあ、星界の邪竜に関しては割と広く知られていることでもある以上、トキアさんがそう考えるのもおかしなことではないだろう。


「そして、先ほどは「クソズビーロ」という単語を発していましたよね?」

「ええ」


 たしかに口走ってしまった記憶がある。そこを見落とさないというのは、むしろトキアさんらしいとすら思うところ。


「ズビーロというのはあのズビーロなんでしょうけど、まだ生き残りが居たということなんでしょうか?もしかして、オビアの胴体が消えたこととも関係が?」

「さすがトキアさんだよねぇ」


 クーラが感心するように、やはりトキアさんは鋭い人だった。ただひとつの口走りから、かなり真相に近いところを突いていたんだから。


「話はガナレーメで俺がビクトとやり合ったところにまでさかのぼるんです。ちょいと長くなるんですけど……」

「あ、ちょっと待ってもらえるかな?」


 と、そこで何かを思い出したような口ぶりでクーラが制止をかけて来る。


「どうかしたのか?」

「うん。君が言ったように長い話になりそうだからさ、お茶でもどうかなって。私としても、久しぶりに君に淹れてあげたいし」

「そうだな。俺としても久しぶりに……いや……」


 たしかにそれはそれで魅力的な提案ではある。けれど、流されるままに返事をしかけたところでふと思いついた意趣返しがあった。


「お前の茶も悪くないんだが、いいものがあったんだよ」

「いいもの?」

「ああ」


 異世界式収納から取り出したガラス皿をテーブルに置く。


「これって、ミグフィスで買ったやつだよね?」

「そうだな」


 透き通った中に幾筋もの青色が走る、中々に奇麗な一枚。暑い時期にトマトなんかを並べたら涼しそうだなんてことを話しながら選んだ記憶がある一品だ。


「それで、ここに何を乗せるつもりなの?」


 けれどその上には何も無く。となれば、クーラがそんなことを聞いて来るのも自然な流れ。


「これだよ」


 だから皿の上へと、同じように異世界式収納から出したそれを乗せてやれば、


「これって……」


 それが何なのかを知るクーラは驚きで大きく目を見開き、


「きれい……」


 ペルーサは素直に見たままの印象を口にして、


「これもガラス細工なの?でも、あんまりガラスっぽくないような気もするけど……」

「というかそもそも、この流れでアズールがガラス細工を出す理由が無いわ」


 ネメシアとアピスはそんな風に考えたらしく、


「ええ。この光沢はガラスのそれとは違います」


 トキアさんはそう断言。まあ、実際にこれはガラス細工ではないわけだが。


「それと、よく似た色合いを見たことがあるんですけど。もっとも、それは一輪の花でしたが」

「緋晶花、ですか?」

「ええ」


 あちこちの大陸を渡り歩いてきたトキアさんは緋晶花の実物を見たことがあったらしい。


「たしかに色合いはそっくりですよね」

「ええ……って、ちょっと待ってください!?」


 何かに気付いたような声と共に、トキアさんの顔が引きつっていく。


「たしかアズールさんって、高度8000メートルまで飛槌モドキを飛ばすことができるんですよね?まさかとは思いますけど……緋晶花と同じ場所にあったとか……言いませんよね?」


 その問いかけには、外れて居て欲しいという願いが込められているような気がした。


「ホントに鋭いですよね、トキアさんって。ちなみに、私たちは緋晶ブドウって呼んでます」


 けれど残念なことに、クーラが間接的に肯定するように、トキアさんの考えは的中していたわけで。


「ちょっと待って!?緋晶花に関しては私も本で読んだことがあるけど、あれってルデニオンの山頂にしか咲かないはずよね?つまりアズールは、ルデニオンを踏破したってこと!?」

「まあ、一応は」


 もっとも俺の場合は真面目に登山をするのではなく、飛槌モドキで山頂に直行していたわけだが。


「……知らなかったわ。私が思う以上に、アズールはクーラ化していたのね……」


 そしてアピスは天井を仰いで失礼なことをほざいてくれやがる。


「……仕方ないよ。だってアズールなんだから」

「失礼な奴らめ」

「ねえ、アズールおにいちゃん。すごくきれいだけど、これって食べられるの?」


 お前らも少しはペルーサの素直さを見習えと言いたい。


「ああ。滅多に実を付けないのが残念だけど、すごく美味いぞ。何しろ……」

「どうかしたの……あ!」


 目線を向けてやれば、それだけで俺の意図に気付いたんだろう。クーラが顔を引きつらせる。


「前にクーラとふたりで食おうと思って採って来たことがあったんだけど、俺が少し目を離した隙にこいつがひとりで食い尽くしちまうくらいだからなぁ」

「それは……その……出来心というか魔が差したというか……」


 そのうろたえ振りで、俺の言葉が事実だと察したんだろう。


「「クーラ……」」「クーラさん……」


 アピスネメシアとトキアさんの視線が温度を下げる。


「えーと……そう!あれは『クーラ』が勝手にやったことだから……」


 今度は『クーラ』に責任を被せようとするも、


「俺がそんな言い訳を許すと思うか?」


 今のクーラは『クーラ』でもあるんだから。そんなムシのいい話が通るはずも……いや、俺が通すはずもなく。


「クーラおねえちゃん。そういうときはなかよくわけないとダメなんだからね」

「……はい。ゴメンナサイ」


 ペルーサにまでそう言われてしまえば、クーラには白旗以外の選択肢は無かったということなんだろう。


 まあ、これくらいにしておいてやるか。


 一応は意趣返しをしたわけだが、実際にはそこまで気にしてもいなかったんだし。


「それよりもさ、アズ君も言ってたけどすごく美味しいんだよ。ほら、食べさせてあげるね。はい、あーんして?」


 露骨に話を逸らそうとするのも見逃してやることにする。


 そして、なんだかんだ言ったところでペルーサはクーラのことが大好きなわけで。


「あーん」


 だから言われるままに嬉しそうに大きく開いたペルーサの口へと、房からもいだブドウのひと粒をクーラが運んで、


「……え?」


 その途中で不意に手の動きがピタリと止まり、ブドウが転がり落ちる。


「クーラ?」


 どうかしたのかと顔をのぞいてみれば、そこに浮かんでいたのは大きく目を見開いた驚愕の表情で、


「うそ、でしょ……。なんでこんな時に……」


 震える唇からこぼれるのも表情と同じく、信じられないといったつぶやきで、


「何かあったのか?」

「クーラおねえちゃん?」

「駄目っ!私から離れて!」


 さらに続くのは拒絶で、そのまま椅子を蹴倒すように後ずさり。


「クーラおねえちゃん……」


 あんな風にクーラから拒まれたのは初めてだったのか、ペルーサが見せるのは傷ついた顔。


 そしてそれは、クーラにとっても辛いものだったんだろう。


「あ……。ごめんなさい……」


 そう謝るクーラの顔も苦しげなもので。


「けど、近くに居たら巻き込まれちゃうから……」


 ってまさか!?


 唐突な拒絶。巻き込まれるという発言。


 このふたつから想起されるものがあった。


 それは――2年前にも目の前で起きたこと。


「また……呼び付けが来たのか?」


 頼むから外れていてくれ!


 そう願いつつも問いかける声は、自分でもはっきりとわかるほどに震えたもので、


「あはは……」


 力のこもらない、乾いた笑いが返される。


「ここ500年くらいはご無沙汰だったけどさ、さっきの今でまたってのは、さすがにあんまりだよ……」


 そして外れていて欲しいという心の底から願った予想は、見事に的中してくれやがっていた。

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