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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
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ただいま

「なあ、クーラ。気になってたことがあるんだけど……」


 クソズビーロ関連のあれやこれやはひと段落。けれど、俺としては疑問に感じることが残ってもいた。


 あれを異界に捨てたのは別にいい。


 生への諦観を封じたというのも、自殺という逃げ道を塞ぐという意味合いがあったんだろう。


 けれど奴のその後を考えるに、そう遠くないうちに死ぬのではなかろうかというのが俺の考え。


「奴に『時剥がし』を使ったことにはどんな意味があったんだ?」


 だから聞いてみるも、


「もちろん、あのゴミ虫を未来永劫苦しめ続けるためだけど?寿命を救済にしてやるつもりは無いからさ」


 そんな返答がやって来る。


 恐ろしいことをサラリと言っているのはさて置くとしても、俺の疑問が解消されることにはならなかった。


「……その前に飢えと渇きで死ぬんじゃないのか?」


 奴を閉じ込めた異界には他の何も存在しないと、クーラはそう言っていた。それはつまり、水も食い物も無いということ。


 水くらいであれば、『魔獣喰らい』でどうにかできるのかもしれない。だがそれを差し引いても食い物が無ければ、目一杯長く見ても半月と持たない計算になるはず。


「ああ、そういうことね。そこは大丈夫、ちゃんと餌は用意しておいたからさ」

「そうなのか?」

「うん」

「けど、量はたかが知れてるだろ」


 さっきクーラが創った異界の広さは直径で1.5メートルほどと言っていたはず。それは足を伸ばして寝ることもできないほどの狭さなわけで、詰め込める食い物の量だって、1年分にも満たないだろう。


 と、俺はそう考えるわけだが、


「……パンが無いなら肉を食べればいいじゃない、ってね」

「……まさか」


 おどけるように肩をすくめて口にするのは、どこかで聞いたことがあるような言葉。それを起点とするように頭の中であれこれが結び付き、形成された結論に背筋が凍る。


 容赦無さすぎだろお前……


 それならば『時剝がし』も恐ろしいまでの意味を持ってしまう。


 そして、たしかにそれはクーラが考えた最低最悪の地獄と言うに相応しいシロモノだとも納得できてしまう。


「つまりこういうことか?」


 クーラが異界を創ったのは、牢獄という意味合いが大きいんだろう。であれば、そう簡単には出て来れない……というか、出入りなんてまず不可能なはず。


「奴は永遠に異界に閉じ込められたままで――」


 クーラが用意した餌というのは奴自身。


 そして奴には再生能力があり、それは色源を消耗して行うものと考えるのが妥当。


 色源は自然に回復するという性質がある以上、奴にとっての餌は決して尽きないということ。


 今にして思えば――過去にクソ次男にやったように――奴の色脈を破壊することだってクーラにはできたはず。けれどそれをやらずに麻痺させるにとどめたのは、そういう理由からだったんだろう。


 しかも奴は生への諦観を封じられている。


 直接的な自殺だけではなく、絶食という間接的な自殺もできなくしたと、クーラはそう言っていた。


「腹を満たすためには、自分の身体を食わずにいることはできず――」


 異界に存在しているのは奴だけ。言い換えるならそれは、奴を終わらせることができる他者が存在しないということ。


 そして『時剝がし』により、寿命に絞め殺されることも無くなった。


「それが永遠に続く、と?」

「正解。まあ私はあの自称神様を神様らしくしてあげたわけだし、きっと感謝され続けることだろうね。いいことすると気分がいいよ」


 クーラが浮かべるのは、実に機嫌のいい晴れ晴れとした笑顔で。


 奴を始末できたのは世間的には結構なこと。それは間違いない。


 それに、俺個人としても恨み重なる対象だった。


 だから俺としても、それならいいかと思えてしまう。


「まあ、終わったことはもうどうでもいいでしょ。それより、早く『私』と会いたいんだけど……」

「っと、そうだった!」


 クーラが来てくれたことで俺の方は気が抜けていた部分もあったが、こうしている今も『クーラ』は大急ぎでこっちに向かっているはずなんだ。それも、間違いなく俺を心配しつつ。


「……たしか、合図を出したからここに向かってるはずって、君はそう言ってたよね?」

「ああ」


 と言っても、俺には正確な現在位置はまだつかめないんだが。


「えーと……見つけた」


 それでも、クーラにかかればすんなりだったらしい。


「……ホントに手のひらサイズなんだね。一緒に居るのは……ネメシアちゃん、随分雰囲気が大人びた感じだね」

「そうなのか?旅に出る前はちょくちょく会ってたけど、よくわからなかったんだが……」

「まあ、頻繁に会ってればそういうこともあるか。それともうひとりは……うわ……」

「もうひとりって言うとトキアさんだろうけど、どうかしたのか?」

「金色の髪したすっごい美人さんなんだけど……」

「たしかに奇麗な人ではあるけど」

「いや、あんなに奇麗な人だなんて聞いてないよ……」

「まあ、そこまでは言ってなかったからな」


 この2年間で起きたことは――トキアさんが俺らの事情を知っているということまで含めて――それなりに伝えたわけだが、その容姿に関しては特に重要だとは思わなかったからだ。


「……まさかとは思うけどさ、あの人に対して妙な考えとか起こしてないよね?」

「アホかお前は」


 何でそうなるのやら。


「だって、聞いた限りでは君もトキアさんに好意を抱いてる感じだったし……」

「先達のひとりとして尊敬してるのは事実だし、同じ支部の一員としては仲良くやれてたつもりだよ。けどそれだけだ。俺がトキアさんに抱いてる好意ってのは、師匠や支部長に対するそれと同じだよ。これでも俺は、お前と『お前』ひと筋なつもりだぞ。それに、仮に俺がトキアさんをそういう目で見てたとして、『お前』が気付かないと思うか?」

「……それはたしかに」

「バレたなら、即座に『ささやき』で人形にされてたと思うぞ」

「ごもっともで」

「それよりも、早いところ『クーラ』たちに無事を知らせてやらないと。今はどのあたりに居るかわかるか?」

「えーとね……少し前に海上に出た感じかな?」

「……そうなのか?」

「うん。位置と速度からして……3分前くらいだと思うけど」

「そうなのかぁ……」


 海上に出てから3分ということは、ここに到着するにはまだかなりの時間を要するということ。


 つまりは、『クーラ』の到着まで時間を稼ぐという俺の作戦は最初から無理があったということなんだろう。


 もっとも、ギリギリのところでクーラが間に合ったことを思えば、俺が必死で稼ぎ続けた時間にも、結果的には意味があったという話になるんだが。


「急に現れたらびっくりさせちゃうだろうし、まずは『私』に『念話』で伝えようと思うんだけど、いいかな?」

「構わないぞ。というか、むしろ頼みたい」

「承知。…………………………………………それじゃあ、今から『転移』するね」


 静かに目を閉じたクーラは、ほどなくして目を開く。


「ああ」


 クーラが『クーラ』と『念話』をできるのは、別段驚くようなことでもない。すでに話は付いたということなんだろう。


 続いてやって来るのは『転移』に特有の――随分と久しぶりでもある軽い浮遊感。


 次の瞬間に目に映ったのは港町の灯りであり、飛槌の上で安堵の表情を浮かべるトキアさんとネメシアであり、


「多分いろいろとあったんだろうけどさ……それでも、ふたりが無事でホントに良かったよ。……おかえりなさい」


 ネメシアの懐から顔を出した『クーラ』が俺とクーラを迎えてくれる。


 『クーラ』におかえりと言われるのは、ここ2年の間に数えるのも馬鹿らしいほどに繰り返してきたこと。


 だから意図するよりも先に条件反射的に俺は返事をして、


「「ただいま」」


 クーラの特徴的な声質によるものなのか、


 とっくに声変りを終えている俺の声と、涼やかに透き通ったクーラの声。


 そのふたつは見事なまでに、奇麗に重なり合っていた。

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