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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
241/255

散々長く糸を引いてくれやがったズビーロ一族との因縁は、今度という今度こそ本当に終焉

「じゃあ私が、もっとお前を神様らしくしてあげるよ」


 どこまでも冷たい口調でクーラが告げるのは、どうにも意図が読み取れない発言。


「それは……どういう意味だ?」


 対するクソズビーロは困惑顔。


 そしてこんなのと同じというのは不愉快の極みだが、俺としても抱くのは同じく困惑で。


「それは後のお楽しみ。ってわけだから……」


 左手の人差し指を立てれば、その先にはどことなく優しい印象のある、どこかで見たような気がしなくもないような、薄紅色をした小さな光が灯る。


「それっ」


 そして指先をクソズビーロに向ければ、小さな光は指差す方向へと飛んで行く。


 その動きは酷くゆっくりで、クソズビーロの恐怖を煽るためにわざとやっているように俺には思えた。


「やめろ……頼むからやめてくれ!」


 というか、多分クーラはそういうつもりだったんだろう。案の定、青ざめた顔でクソズビーロがそう懇願するも、まともに取り合ってもらえるわけもなく、


「ひいぃぃぃぃぃぃっ!?」


 情けない悲鳴もお構いなしで、額に吸い込まれるようにして光が消えていく。


「……何だ?何とも……ない……のか?」


 けれどそれっきり、クソズビーロに変化が起きた様子は見て取れず。


「いや、今のでお前の在り方は大きく変わったと思うけど?」

「……どういう意味だ?」

「世の中には不老不死って言葉があるけど、少しだけそれに近い感じかな?簡単に言うと、もうお前は老いることはなくなった。そして、寿命に()()()()()()()()()こともね。このあたりは神様の基本でしょ。ただ、不死ってわけじゃなくて、殺せばちゃんと死ぬから。そこは安心していいよ」


 まるで安心できない説明だろそれは。というか……


「馬鹿な……そんなことができるわけが……」

「まあ、信じる信じないはどうでもいいよ。……今のところはね」


 クソズビーロは信じられないといった様子だが、クーラがやったことには心当たりがあった。


 それは、少し前に『クーラ』が俺に対して施した『時剥がし(ときはがし)』。


 思えば、あの時に見えたのも薄紅色の優しい光。だから、見覚えがあるように感じたんだろう。


 だがそれはそれでいいとしても、クソズビーロを長生きさせる理由が無い。


 クーラにとっては歯牙にもかけない程度の格下だとしても、奴の危険性は認識できているはず。


 憂さ晴らしに多少弄るくらいは問題無いだろうが、あれは生かしておいていい存在じゃない。


「なあ、クーラ。今のって、『時剝がし』だよな?」

「そうだけど?」

「大丈夫なのか?あれは――」


 だからそこらへんを問おうとするも、


「大丈夫」


 穏やかに、けれどはっきりと言い切る。


「――君が言いたいことはわかるつもり。だけど、私を信じてほしい。絶対に、悪いようにはしないから」

「まあ、お前がそこまで言うのであれば」

「ありがとね。さて、じゃあ次は……」


 そうして再び指を立てれば、その先に赤い光が現れて、


「ひいっ!?」


 クソズビーロが分かりやすい怯えを見せたのは、その光がまとう雰囲気がさっきの――『時剝がし』のそれとは大きく違っていたからだろう。


 光の大きさは同程度であり、赤系統であるということも共通している。けれど今度の色合いは優しい感じの薄紅色ではなく、禍々しい印象すらある赤黒いもので、


「まさか……それを私に!?」

「へぇ、お前にもそれくらいの知能はあるんだ?」


 さっきと同じように指を振れば、やはりさっきと同じようにゆっくりと光がクソズビーロに近付き、


「やめろ……。金ならいくらでも払ってやる!だから……頼むからやめてくれ!」

「いいから黙って受け取れよクソ虫」


 これまたさっきと同様に、クソズビーロの懇願がクーラの気持ちを動かすわけもなく、


「嫌だ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉっ!」


 必死の拒絶もお構いなしに、赤黒い光はその額へと吸い込まれていく。


「……生きている、のか?」


 けれどその後もこれまたさっきと同じく、クソズビーロに変化が起きた様子は見えない。


「これでお前は、生への諦観を封じられた」

「……生への諦観……だと?」

「そう、生への諦観。もっとかみ砕いて言うなら、お前は直接間接両方の意味で自殺ができなくなったってこと。前者は首吊りとかで、後者は絶食あたりかな?神様が自殺とか、興覚めにもほどがあるからさ」

「馬鹿な……そんなことができるわけがない」

「だから別に信じなくてもいいよ。……むしろその方が面白くなりそうだし」


 少しだけ、クーラの意図が見えた気がした。


 今やったことにも心当たりがある。


 生への諦観を封じるというのは、かつてクーラが受けたという呪い。


 そしてその呪いと『時剝がし』の結実というのが、長い間クーラを苦しめて来たんだ。


 だから、それをクーラが地獄と評するというのはわからなくもない。


 けれど同時に、疑念がますます膨れ上がる。


 今の呪いにせよ『時剝がし』にせよ、どちらも即殺しないことを前提としている部分があるんだから。


 そして認めるのは癪だが、クソズビーロを殺せる者は、クーラを除けばこの世界には存在しない公算が高いと来ている。


「さて、それじゃあ次で最後。……神様だったらさ、世界くらいは支配しないと様にならないよね?だから、お前には世界をひとつ、支配させてやるよ」

「「……どういうことだ?」」


 心底不愉快なことに、クソズビーロとセリフが被ってしまう。


 だがそれくらいに、クーラの言葉はあり得ないものだった。


 この阿呆がエルリーゼを支配する。そんなことをクーラが許すなんてのは絶対に無いと断言できるんだから。


「そのままの意味だけど?ってわけだから……ふんっ!」


 問いかけに明確な答えを返すことなく、左手を固く握りしめたクーラが力むような声を……って待て!?


 今のクーラが発したのは、力を込めるような掛け声。


 それはつまり、それなり以上には気合を入れる必要がある行為を試みているということ。


 エルリーゼを一瞬で消し炭にできるだけの火の玉を出した時や木端微塵斬りを繰り出した時でさえ、そんな様子を見せることの無かったクーラが、だ。


 何をするつもり……


 けれどそんな思考も中断されてしまう。


「……何だ?」


 それは足元に灰色が現れたから。


 最初は握り拳くらいだった灰色はゆっくりと大きさを増し、目測で直径1メートルくらいの円形に。


 状況的にはクーラの仕業で間違いないわけだが……


 あれは灰色の板?……いや、違うな。あれは――


「……あの板は何だ?」

「あれが板に見えるとか……。これだから頭の悪い奴は……」


 思ったままを口にしたであろうクソズビーロに対してクーラが浴びせるのはそんな侮蔑。


 となると……


「なあ、クーラ。俺の目には、穴みたいに見えてるんだが……」

「馬鹿め!空中に穴が開くはずがないだろう」


 たしかに、地面にであれば納得もできる。海面にであっても、まあ納得できないことは無い。けれど、空中に穴が開くわけがない。


 だからクソズビーロが言ったことは、普通であれば常識的と言えるんだろうけれど、


「頭の悪い奴が何かほざいてるみたいだけど……。さすがだね。君の見立てはおおむね正しいよ」


 どうやら当たっていたらしい。


 人格的な意味では(基本的には)常識人なクーラだが、能力的な意味では非常識の極みである存在なんだから。


 そして足元の灰色はよく見れば、ぽっかりと開いた穴の奥に灰色が広がっているといった様子。


「君が言うようにあれは板なんかじゃなくて……イカイへの扉なの」

「イカイへの扉?」

「そう。イカイへの扉」


 俺のオウム返しにクーラが頷く。


 つまりあの穴は、『イカイ』とかいう場所に繋がっているということか。


「それで、『イカイ』っていうのは?」

「簡単に言えば、別の世界。意味合い的には異世界とほとんど同じだね。まあ唯一の違いは、私が創ったばかりってことかな?」

「なるほど」


 たしかに意味は理解できた。つまり『イカイ』というのは、異界ということなんだろう……


「っておい!?」


 いや待て!?今クーラはなんて言った?


 自分が創ったばかりと、そう言わなかったか?


 それはつまり、クーラであれば世界を創り出すことができるということか?


「いくらお前でもさすがにおかしいだろ!?というか、そんな芸当ができるなんて話は『クーラ』からも聞いたこと無いぞ?」

「そりゃそうだよ。だって、今回の呼び付け先で覚えて来た技術なんだから」

「たしかにそういうことなら『クーラ』が知らなかったのも道理ではあるんだろうけど……」


 だからといって、世界なんてのはサラッと創れるようなシロモノではないと思うんだが。


 本当にこいつはどこまで行ってしまうのやら。


「まあそうは言っても、結構低いところに限界があるんだけどね。全身全霊の全力を注ぎこんだとしても……今の私ならエデルト大陸の半分くらいの広さが精々だと思う。それに、今創ったのは直径1.5メートルくらいの小ぶりなやつだし」

「そうですかぁ……」


 つまり言い換えるなら、その気になればエデルトの半分ほどの広さがある世界を創れると、そう言う話になるわけだ。


 それは冗談抜きで、神の所業なんて風にも言えてしまいそうなところなんだが……


 ……まあいいか。クーラだから仕方がない。ああ、仕方がないんだともさ。


 そこで思考停止してしまう方が無難に思えた。少なくとも、俺の精神衛生的な意味では。


「そうか……そういうことだったのか!」


 不意にクソズビーロが何かに気付いたように声を上げる。


「小娘……。ようやく貴様の正体がわかったぞ!」

「……誓ってもいいよ。どうせ見当違いなこと考えてるんだろうね」

「……俺も誓えるわ。間違いなくくだらないことだろうな」

「だよねぇ……。まあいいや。一応聞くだけは聞いてやるよ。それで、私は何者なの?」

「その余裕がいつまで続くか見物だな。貴様の正体。それは神なんだろう?そして、私の力を恐れて殺しに来たんだろう?」

「「馬鹿だろお前」」


 クーラと俺のセリフが被ってしまったのは妥当なところだったに違いない。


 見当違いなことをほざくのは予想の範疇。けれど、まさかここまで酷い見当違い具合だとは思わなかった。


 あるいは、その馬鹿さ加減でクーラを笑い死にさせようとでも考えたのか?


 少なくとも、力で挑むよりは勝ちの目も大きそうな気はしないでもないが。


「とぼけても無駄だ。私の慧眼を欺けると思うなよ?」


 いや、その節穴は欺くまでもなく何も見えていないようなんだが。というか、自分で慧眼とか言うな阿呆が。


「究極の力を手に入れたこの私を圧倒できる存在など神以外には存在するはずがないのだからな!」


 得意気に示して来る根拠もまた、寝言は寝て言えとしか思えないシロモノで。


「くくく……真実を見抜かれた驚きのあまり声も出ないようだな?」


 いや、俺もクーラも呆れてものが言えないだけなんだが。


「だが、これで私の有能さが理解できたはずだ。単独型でしかない泥団子使いではなく私と手を組むべきだとな。お前の力と私の頭脳があれば、この世界を支配することもできるだろう」


 この期に及んでも単独型を見下すことは止めないつもりらしい。それに、どこをどうすればそこまで自分の頭を過大評価できるのか。


「なんかさ……こいつの言葉聞いてると耳が腐りそう。ある意味脅威だよ……」

「同感だ」

「……なら、さっさと終わらせた方が良さそうだね」

「……だろうな」

「待て!私と組めば世界が手に入るんだぞ!?お前も神ならば――」

「勝手に人を神扱いするな!私はそんな肩書きは願い下げ。私が在りたい形があるとしたら、それはパン屋の看板娘だから」

「パン屋……だと?バカな!それほどの力を持ちながら、そんな下賤なものに――」

「……いい加減黙れよクソ虫」


 うおっ……!?


 声から感情が抜け落ちる。向けられているのは俺ではないはずなのに、そこに宿る怒気に背筋が凍った。


「ひいっ!?」

「そもそもが、お前が余計なことしなければ……。そうすればまだしばらくは、私が大好きだった日常に居られたはずなのに……。まだしばらくはパン屋の看板娘でいられたはずなのに……」


 たしかに、そいつは言えてるな。


 『時剥がし』により歳を取ることがないクーラは、それゆえにひとつところには留まれない。


 だから、そう遠くないうちに王都を離れる日が来ることは確定していた。


 俺もクーラも、そのことは諦めて受け入れていた。


 けれど、3か月の旅が無事に終わっていたなら、まだしばらくはこれまで通りの日々を続けられていたはずなんだから。


「まあいいや。これ以上お前と話してるとうっかりブチギレて殺しちゃいそうだからさ、今からお前を異界に放り込む。ああ、その後はすぐに扉を消すから安心しろよ。そこには何も無いし誰も居ないから、誰もお前に逆らわないし、誰もお前の邪魔はしないし、外敵に脅かされることも無い。よかったね、おめでとう神様」


 なるほど。


 見事なまでに心のこもらない、清々しいまでに白々しい祝辞はともかくとして、ようやく意図が理解できた。なんだかんだと言っているが、早い話が一種の監禁だ。


 そしてその監禁を行うのは、二度と戻って来れない場所へと。


 そうなれば、奴がこの世界で悪さをすることもなくなるわけで、意味合い的には奴をこの世界から消し去ることとほぼ同義と言えるだろう。


「待て!頼むから止めてくれ!何でもする!何でもするから……」


 多分クソズビーロには、クーラの意図まではつかめていない。


 だがそれでも、想像も付かないほどに途方もない存在が、悪意を持って自分を処理しようとしていることくらいは理解できたらしい。だから血相を変えて縋ろうとするも、


「……私に何かを望むなら、私が大好きだった日常を返せ」


 クーラが絆されるわけもなく。


「ってわけだからさ、ゴミはゴミ箱に……もとい、よき神様ライフを」


 この言い間違いも絶対にわざとで、本音は前半部分に来まっている。


「よっ」


 虹帯を持つ手首に軽い声でスナップを利かせてやればクソズビーロの身体は真上へと放り上げられ、


「ほっ」


 軽やかに舞うように、そのさらに上へと鮮やかな宙返りを交えて跳躍。


「地獄に落ちろバーカ!」


 そしてその顔面を勢いよく踏み抜けば、


「ぎゅべっ!?」


 多分それが、奴がこの世界で垂れ流す最後の……いや、最期の言葉。そのままクソズビーロの身体は灰色の穴へと一直線に吸い込まれて行き、


「永遠にさようなら」


 足音も聞こえないほどに静かに着地をしたクーラの言葉に応じるようにして、異界への扉が閉じるように消えていた。


 これで奴は、エルリーゼから永遠に追放されたということなんだろう。


 だから、


 散々長く糸を引いてくれやがったズビーロ一族との因縁は、今度という今度こそ本当に終焉。


 俺は、そんな確信を抱くことができていた。

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