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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
240/255

クーラがこいつを許すこと自体が考えられないんだが……

 私が考えた最低最悪の地獄。


 クーラが発するのは、アホらしくも子供じみたフレーズ。けれど裏腹に、浮かべるのはどす黒いなんて言い回しがよく似合いそうな微笑みで。


 控えめに言って怖い……むしろ恐い。もしも敵対者として向けられたなら、漏らさずにいられる自信を持てないくらいには。


 そしてクーラには、本気を出すまでもなくエルリーゼを一瞬で消し炭にできるだけの力があり、エルリーゼの常識を置き去りにできるだけの技術が山ほどある。


 そのクーラが悪意満載で苦しめにかかるだとか、どれほどロクでもない目に遭うのやら。


 ……まあいいか。


 けれどその対象――ズビーロクソトカゲに対しては毛の先ほども同情が湧いて来ない。


 奴の所業を思えば、自業自得で片付けられてしまうからだ。


 だがそれはそれとしても、


「どうやってあれを落ち着かせるんだ?」


 こうしている今も、ズビーロクソトカゲの馬鹿笑いが止むことはなく、その声は狂気の色を帯びているわけで。


「落ち着かせるんじゃなくて正気付かせるんだよ。あの様子からして精神そのものが壊れたって言うよりは、一時的な逆上みたいだからさ。んで、ああいった手合いを正気付かせる方法は主にふたつ。ひとつは、狂う気力も無くなるまで疲れさせること」

「……この場合だと、色源が尽きるまで破壊の光を打たせ続ける感じか?」

「正解。けど、それまで待つのも面倒だからね。今回はもうひとつの方法で行くつもり」

「……もうひとつの方法ってのは?」

「狂う気力も無くなるくらいに痛めつけてやればいいの」


 普段よりも低いトーンで。けれど、耳に心地がいい『ささやき』とは違って底冷えするような恐ろしい声色で平然と言って来る。そして、


「……それっ」


 川に小石を投げて水面を跳ねさせる遊びをする時と同じくらいに軽い調子の掛け声で、無造作に突き出した右手から細い虹色の光が放たれる。


 それは当然のように障壁をすり抜け、破壊の光に呑み込まれて、


「うひゃひゃ!うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――」


 耳障りな馬鹿笑いが急に途絶え、


「――ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 耳障りという点だけは変わらない不快な大声――絶叫へと形を変える。


 ほどなくして破壊の光が止めばそこにあったのは、クーラの右手から現在進行形で放たれ続ける虹光に胴体を貫かれた巨体。


 か細くすら見えていた虹光は、これまた当然のように破壊の光を貫いていたということなんだろう。


 まあそこはクーラのこと。それ自体はまったく驚きに値しないんだが。


「何をやったんだ?」


 虹光が頑丈そうな鱗をものともせずに奴の身体を貫いているのも別にいい。


 奴が苦しんでいるのも理解はできる。彼我のサイズ差を考えれば人体を針で刺されるようなものではあるんだろうが、俺だって上着のほつれを直している時にうっかり指を刺してしまえば痛いんだから。


「ぎはっ!?うぎっ!?いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 だがそれでも、奴の苦しみようはそんなレベルとは思えないわけで。


「あれの全身に直接で痛みを叩き込んでるの。痛さとしては……お腹の調子が悪くてトイレを我慢してる時の100倍くらいなんじゃないかな?」

「さようでございますか」


 問う前にやって来た答えによれば、実際にはそんな恐ろしいことをやっていたらしい。もちろん俺はその言葉を疑わない。だってこいつはクーラなんだから。


「しばらくやってれば、狂う気力も無くなるでしょ。ああ、ついでに今のうちに色脈も麻痺させておこうかな。あのサイズだと少し大変だし。……ほいっ」


 再度の軽い掛け声を発すれば、今度はズビーロクソトカゲの巨体がみるみる縮んでいく。


 例によって俺には習得できていないものだが、色脈への干渉というのも口頭では教わっていた。


 初めて出会ったあの日――ノックスでの一件では、無理をしてボロボロになった俺の色脈をクーラが修復し、理想的な形に整えてくれるなんてこともあったくらい。


 当然ながら、そんな芸当はクーラ以外の誰にも不可能なわけだが。


 ともあれ、そんなクーラであれば色脈を麻痺させることくらい、やれたところでちっとも不思議じゃない。


 そしてクソズビーロがズビーロクソトカゲへと姿を変えたのは、彩技によるもの。であれば、色脈を麻痺させられれば、本来の姿に戻るという話。


 そうなれば馬鹿トンボの羽も消えて海へと落下していくわけだが、溺死などという穏当な末路をクーラが許すはずもなく、


「よっ!」


 軽い声と共に、虹光を放ち続けていた右手を振れば、軌道を変えた光が……って、そうじゃないか。


 右手から虹光を放ち続けているというのが俺の勘違いだと気付いたのはこの時。


 あれは、虹色に光る帯のような――俺が使っていた白リボンに近いものだったらしい。もちろん、クーラであればそれくらいは普通に自前でやれるはず。


「はっ!」


 さらにもう一度手を振れば、意思を持ったように動く虹光……もとい、虹帯がクソズビーロを縛り上げて、


「ほっ!」


 そのまま勢いよく目の前へと引き寄せる。


「……気持ち悪いね、これ」


 それが、クソズビーロを間近で見たクーラの第一印象だったらしい。まあ、俺としても同感なんだが。


 下痢を100倍にした痛みがそれだけ効いていたということなんだろう。ぐったりと力無い貧相な髭面は、それはもう酷いことに――目からは血の混じった涙がダラダラと流れ落ち、鼻からは鼻血混じりの鼻水が流れ出て、口元にはこれまた血の混じった吐瀉物が流れた跡が残るといった、見事なまでにグチャグチャな顔を晒していた。


「……それに臭いし」

「……そうだな」


 実際に、俺の鼻も悪臭を嗅ぎ取っていた。どうやら奴は、苦痛に耐えきれずに大小両方をもらしていたらしい。


 そうさせたのはお前だろうというのは……無粋だろうから言わずにおくか。


「とりあえず臭いは遮断しておくとして」


 その言葉通りにクーラが何かやったんだろう。すぐに、悪臭は感じなくなる。


「おーい。私の声、聞こえてる?」

「……」


 そしてクーラが呼びかけるも、クソズビーロからの返答は無く。


「……ちょっとやりすぎたかな。まあいいや。……さっさと起きろよクソまみれのクソ野郎」


 普段のクーラであればまず使わないような乱暴な言葉と共に、奴の頭上から滝さながらに大量の水が叩き付けられて、


「ぶへっ……一体何が……?」


 クソズビーロが目を覚ます。クーラの狙い通りというべきなのか、その様からはさっきまでの狂いっぷりは見て取れない。


「泥団子使いだと!?まだ生きていたのか!?それに貴様は……あの時の生意気な小娘!?」


 けれどそんなクソズビーロはすぐに怒り出す。


「……私に生意気なところがあるのは否定しないけどさ、お前とは初対面じゃないの?お前のツラってあまりにもショボすぎるし、一度でも会ってれば悪い意味で印象に残ってると思うんだけど?」


 悪意たっぷりの物言いはともかくとしても、ガナレーメでこいつに絡まれたのは『クーラ』であってクーラではないんだが、この阿呆にそんな事情を理解できるわけもなく。


「ふざけるなぁっ!私にあれだけのことをしておいて忘れたと言うのか!?許さん!絶対に許さんぞ!泥団子使い諸共にころ――」

「うるさい」

「ふぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」


 クーラが何かを――多分だが、さっきと同じ苦痛をお見舞いしたんだろう。底冷えする静かな声と共に、喚き散らしが絶叫へと変わる。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「それよりも聞きたいことがあるんだけどさ」


 そんな悲鳴は数秒ほどで収まり、荒い息を吐き出すところへクーラが何やら問いかけようとするも、


「貴様……私にこんなことをしてただで済むと――」


 なおもたわ言を言い募り、


「うるさい黙れ何度も同じこと言わせるな」

「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」


 氷点下の声と共に再度の絶叫が。


「はひゅ……はひゅぅ……」

「お前さ、自分の立場を理解できてる?」


 そして息も絶え絶えになったところへ、クーラが静かに問いかける。


「立場……だと?」

「そう。ご自慢の『魔獣喰らい』は封じたから、今のお前はまったくの無力。私がその気になれば、お前なんて一瞬で殺せるんだよ。そして私はお前の存在をゴミ以下としか認識していない。だからさ、お前の殺処分なんてジャガイモの皮むきよりも気軽にやれる。つまり、お前を生かすも殺すも私の気分次第ってこと。理解できるだけの知能があるなら、少しは弁えようね?」

「ふざ――」

「――ちなみにだけど……次に反抗的な態度取ったら、今の300倍の苦痛を与えるからね?」


 なおも喚こうとするクソズビーロをクーラは即座に封殺。


「さんびゃ……!?」

「その場合はもちろん、お前が()()()()まで止めるつもりは無い」

「……ん?」


 聞こえて来た妙な言い回しに声を上げてしまえば、


「どうかしたの?」


 目ざとく……いや、耳ざとくと言うべきか?ともあれ、気付いたクーラが振り返って来る。


「……少し、気になることがあってな」

「気になること?」

「ああ。と言っても、大したことではなさそうなんだが……」

「それでもいいから聞かせてよ。君が望むならなんでも答えるからさ」


 クソズビーロへの口調は俺がよく知るクーラらしからぬ冷たくも恐ろしいものになっていたが、俺に対してはいつも通りだったことに軽く安堵。


「まあ、お前がそう言うなら。今お前はさ、「くるしぬ」って言わなかったか?」

「……言ったけど、それがどうかしたの?」


 首を傾げつつも、さも当然に問い返して来る。どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。


「「苦しむ」の間違いなんじゃないかと思うんだが。今日まで生きて来てこの方、「くるしぬ」なんて言葉は聞いたことも無いぞ」

「まあ、私が考えた言葉だからね。狂い死ぬ、略して狂死ぬ(くるしぬ)。結構いい感じだと思わない?」


 つまりはそういうことだったらしい。たしかに、下痢をした時の痛みの30000倍ともなれば発狂しての死亡もありそうな話ではあるんだが……


 そう言えばこいつのネーミングセンスは割とアレだったか。


 まあ、本人が気に入ってるならそれでもいいだろう。


「……そうだな」

「でしょ?」


 だからそこは流すことにする。


「悪かったな、話をぶった切っちまって」

「いいってことよ、君と私の仲じゃないの。……さて、それで話を戻すけどさ、クソ虫。それでも反抗するだけの覚悟がお前にあるなら、妥協(・・)してやらないこともないけど?どうする?狂死にたい?それとも狂死にたくない?死に地獄と生き地獄のどっちでも、好きな方を選ばせてやるからさ?ちなみにだけど、おとなしくしてるようなら命だけは助けてやるよ。そこは約束する」

「本当か!?」

「へぇ……。私を疑うんだ?それってさ、反抗的な態度と見なしてもいいよね?狂死にたいって見なしてよさそう?」

「いや!そういうわけでは……」

「なら余計なことは言うな」


 保身に走る様子からして、ようやくクソズビーロも目の前に居る存在の恐ろしさを理解できたらしい。もっとも、すでに手遅れだと思うんだが。


「それよりも……さっき言ってたけどさ、お前って神様なの?」


 クーラがかけるのはそんな、俺から見れば意図がわからない問いで、


「一体、何を……?」


 クソズビーロが返すのは困惑。


「いいから答えろよ。お前は神様なのかをさ。……ちなみに、黙秘は反抗的な態度と見なすからね」

「……………………違う」


 逃げ道を塞がれたクソズビーロは考える素振りの末にそう返答するも、


「もっとわかりやすく。さもないと……」


 クーラの追い込みには容赦が無い。


「わかった!わかったからあれはもうやめてくれ!」

「ならさっさと答えろよクソが」

「私は神などではない!」

「……そうなんだ?」

「ああ!だから頼む!助けてくれ!」


 なるほど、そう答えた方が心証は良くなると考えたわけか。一人称が『我』ではなくなっているあたり、カミサマ気取りも止めたらしい。


 ともあれ、自分が不利となればあっさりと尻尾を振るような典型的な小悪党というのがこいつだと再認識できた。


 そしてその分だけ、そんな奴にやられかけた俺の不甲斐なさが際立ってしまうわけだが。まあ、こうして生き延びることができたのであれば、そこはこれから正していけばいいのか。


「ふーん。なら、さっき自分が神だとか言ってたのは噓だったんだ?嘘を吐くってのは、反抗的な態度に含まれるよね?」

「ひいっ!?」


 俺の方はさて置き、クソズビーロの取り繕いは失敗に終わったらしい。


 まあそもそもの話として、クーラがこいつを許すこと自体が考えられないんだが……


「それとも、今のは言い間違いだったのかな?言い間違いくらいは誰にでもあることだし、それならそれで反抗的な態度にはカウントしないでやってもいいけど?」

「そうだ!今のは言い間違いなんだ!私は神だ!だから助けてくれ!」


 ……言い分が無茶苦茶だなこいつは。恥も外聞もあったものじゃない。


「なるほど。それならよかったよ」


 んん?


 俺の方はクソズビーロに呆れ果てるんだが、何故かクーラは満足げにうなずく。


 というか、こいつが神を自称するかどうかにどんな意味があるのやら?


「じゃあ私が、もっとお前を神様らしくしてあげるよ」


 そんなことを告げるクーラの口調はやはり、どこまでも冷え切ったままで、


 背を向けているはずなのに、その顔に浮かぶニタリとした笑みが見えた気がした

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