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俺が呆けていて事態が良くなるのであれば、いくらでも呆けてやるところだ

「レビドア湿原奥の洞窟で――バートさんが重傷。ラッツさんが転落し、行方不明になりました!」

「行方……不明……?」


 オウム返しをする自分の声が、どこか他人事のようにも聞こえる。


 ラッツが行方不明で……バートが重傷?


 そんな中でも、頭は勝手に意味を理解してしまう。


「なんで……」


 そうすれば、続けてやってくるのは唐突な肌寒さで、カタカタと歯が音を鳴らす。


「なんであいつらが……」


 まだ道を踏み外す前は、気の合う同い年の友達で。


 腐り果てていた頃だって、共犯者めいていたとはいえ、仲間であったことには変わりなくて。


 師匠に性根を叩き直されていた時には、弟子仲間として何度も励まし合って。


 それぞれの心色に関してはあれこれあったけど、それでもこいつらとはずっと愉快にやっていけるだろうって。


 あいつらに『もしも』が起きるなんてことは、夢にも思わなくて。


「なんでだよ……」


 だから、受け入れることができなくて。


「しっかりしろ!アズール!」

「あ……」


 タスクさんの喝が響く。


「のっぴきならない事態だってのは、俺でもわかる。けどな!」


 まっすぐに力強く、正面から俺を見据えてくる。


「お前がそうやって腑抜けてて、事態が好転するのかよ!」

「それは……」


 俺が動いて状況がよくなるのかはわからない。あるいは、さらに事態を悪化させることだって、あり得そうな話。


 だけど……


「そう……ですよね」


 俺が呆けていて事態が良くなるのであれば、いくらでも呆けてやるところだ。けれど現実には、そんな都合のいい話なんてそうそう転がってはいないだろう。


 しっかりしろよ!俺!


 思い切り顔を叩く。


 痛みはあったが、目覚ましの効果くらいはあったんだろう。ほつれそうになっていた思考を束ねることくらいはできたはずだ。


「シアンちゃん。それで、いったい何がどうなってるわけ?」

「すみません。私の権限ではこれ以上のことは……」

「それもそっか。となると……」

「支部長なら、詳しい情報にもタッチできるはずです」

「なら、シアンはアズールを連れて支部長のところに行くんだ。ソアム!こっちはこっちでやることをやるぞ!」

「オーライ!たしか、粘性体(スライム)が発生してたんだよね。……だったらセオの力が必要になりそうか。……今日は調薬をするって言ってたし、多分アパートに居るはず!」

「行方不明者を探すって話だったら、キオスの出番だな。あいつはどこにいるかわかるか?」

「そっちは聞いてないね。けど……」

「ああ。キオスの所在が分からない時は、市場に出没してる可能性が高い、か。そっちは俺の方が適任だ」

「じゃあ、あたしはユアルツ荘に行くよ!セオを捕まえた後は、エルティレの手配をしておくから!」

「おう!じゃあ、行くぞ!」

「うん!」


 そうしてあっという間に話をまとめると、タスクさんもソアムさんも支部を飛び出していく。


「アズールさん。私たちも」

「はいっ!」




 シアンさんの後を付いて支部長の執務室へ。

「失礼します。支部長」


 シアンさんがノックをして声をかけるも、反応は無し。


 ここに居ないのか?支部長なら、外に誰かが居れば気配で気付けるはずだけど……


「おや、あたしに何か用かい?」


 そんなことを考えた矢先、探し人が現れる。


「ちょいと花摘みに行ってたのさ。どうにも最近は近くて……。どうやら呑気にしていられる状況じゃないみたいだね」


 こっちの雰囲気から読み取ったのか、気のいいお婆さん然とした様子から一転、歴戦を感じさせる虹追い人の顔に。


「連盟から連絡が来ているはずです。レビドア湿原でラッツさんが行方不明になり、バートさんが重傷を負ったという旨が」

「わかった。すぐに確かめるよ」




「…………」


 そのまま執務室に通される。無言で鏡型の魔具を睨む支部長は、時々こめかみがヒクついているあたりが怖くもあるんだけど……


 そして――


「あのアホども……。まーたやらかしやがったのかい!」


 青筋を立てた支部長が発したのは、そんな怒声。


「ラッツたちが何かヘマでも……いや、違いますね」


 真っ先にそんな発想が出てしまったのも、今のような怒声を浴びせられることが多かった日々の名残。


 だけど、『また』と言っている時点でその線は否定される。少なくとも、支部長と出会った以降では、まだあいつらはやらかしてはいないはず。


「ああ。やらかしたのはウチの子たちじゃないさ。時にアズール。あんた、あの子たちが行った依頼に関してはどこまで把握してる?」

「……昨日、セルフィナさんが用意してくれた資料を読みましたから、ひと通りのことは」


 昨日一日は療養を命じられていた俺。退屈相手に苦戦している姿を見かねて、苦笑しながら渡してくれた資料があった。たしか――




 事の起こりは、レビドア湿原で粘性体及び、産み粘性体(マザースライム)の存在が確認されたこと。


 こいつらは、魔獣の一種ということになっているらしいが、他の魔獣とは異なる点も多いのだとか。


 まず粘性体がどんな存在なのかといえば、シンプルに言うなら粘液の塊。ナメクジをさらに水っぽくしたようなもの。粘り気の強い水が自我を持って動いている、と言ったところ。


 動きは鈍いものの、物理的な攻撃には滅法強く、通常の武器だけでなく、剣や槍といった心色――実体型とも呼ばれている――でも、決め手とはなりにくい。


 しかも体を構成する粘液は生き物の身体を強烈に侵す性質を持ち、飛沫を浴びただけでも皮膚はただれ、飲み込まれでもしたなら死は不可避。そのまま骨まで溶かされてしまうんだとか。


 その一方で、風や雷といった心色――こちらは非実体型と呼ばれている――であれば対処はたやすい。特に有効なのは炎で、心色が無くても、たいまつであぶるだけでも簡単に倒せるとのこと。当然ながらその場合には、接近するというリスクもあるわけだが。


 産み粘性体の方も、そのあたりは基本的に同じ。まあ、通常の粘性体が50センチから1メートルほどであるのに対して、産み粘性体の方は10メートル超えにも達するんだから、別物と言っても差し支えは少ないだろうけど。


 他の魔獣との違いという点ではまず第一に、レビドア湿原では年に1、2回ほどの頻度で産み粘性体が発生し、その場所は決まって最奥の洞窟であるということ。通常の魔獣であれば、傾向はあっても、生息域の中であれば発生個所は一定ではない。


 ふたつ目の違いとしては、産み粘性体自体が粘性体を生み出すということ。魔獣が生殖行為を行うなんて話は、他では聞いたこともない。


 といっても、産み粘性体がやっていることは、生殖ともかけ離れているらしく、単独で粘性体を吐き出し続け、そのたびに自身は縮んでいき、最後には消えてしまうんだとか。だから、産み粘性体は粘性体の集合体である、なんて説もあるらしい。そのあたりの詳しい生態は謎に包まれているらしいけど。


 3つ目の違いは、粘性体は当然のようにレビドア湿原の外に出てくるということ。通常の魔獣であれば、生息域から出ることはあまり無いんだけど、こいつらはそうでもないらしい。産み粘性体の方は、洞窟の奥からは動かないらしいけど。


 他の魔獣との最後の違いは、粘性体も産み粘性体も、倒しても残渣を残さないということ。死骸を残さないという点では他の魔獣と同じなんだが、残渣が手に入らない以上、狩ることのメリットも薄いというわけだ。




 俺なりにまとめるなら――


 産み粘性体の方はともかく、粘性体は放置もできない。にもかかわらず、討伐しても旨味は少ない。非実体型の心色があれば敵ではない反面、そうでない虹追い人にとっては相性が悪い。


 そんな、実に面倒な連中というわけだ。


 だから連盟としては、非実体型心色を持つ新人向けの訓練用依頼にした、ということらしい。内容は、粘性体が湧いてこなくなるまで――イコール、産み粘性体が消えるまで――ひたすらに狩り続けるというもの。さすがに産み粘性体を直接始末するのはリスクが大きいとのことだ。


 旨味が少ない分の埋め合わせとしては、ランクポイント――依頼を果たすなどにより加算されていき、一定量が溜まるとランクが上がる仕組みになっている――を高めに設定しているんだとか。


 そして、そんな依頼が入ってきたのが昨日の朝で、俺に気兼ねするあいつらのケツを蹴り飛ばして(比喩)送り出したというわけだ。どっちも非実体型を含む複合型である以上、相性はよかったから。


「そうかい。だったら話は早いね」


 支部長との会話に意識を戻す。


「ウチの支部からふたり。他の支部からも新人が3人。それと同伴者として青ひとりの合計6人が向かったわけなんだけど……」


 そのあたりも、昨日セルフィナさんが教えてくれたことだ。


 というか、その青は何をしてたんだ?青といったら、ガドさんと同格。依頼の内容からすれば非実体型の使い手と考えるのが妥当だろうし、そんな人がいるのなら、こんな大事にはならないような気もするんだけど。


「たしか……第四支部の人たちでしたよね。同伴者は知り合いとのことで、タスクさんは太鼓判を押していましたけど」

「ああ。当初の予定では、ね」


 当初の予定。つまり、急な変更があったってことか。


「そこにいきなりねじ込んできたアホ共がいたんだよ」

「まさか……」


 思い当たりでもあるんだろうか?シアンさんの顔色が変わる。


「第一支部の連中。しかも、新人のひとりは炎雷使いでランクは黄。名は、ユージュ・ズビーロ」

「……最悪じゃないですか」


 そう聞いたシアンさんは頭を抱えるが、俺にはピンとこない。


 ただ……


「ズビーロってのは……どこかで聞いたような気もしますけど……」


 姓があるってことは、多分どこぞの名家出身とかなんだろうけど。


「この国でも屈指の名家だね。現宰相のオビア・ズビーロが当主をやってるよ」

「なるほど……」


 思った以上の大物だった。宰相と言えば、王族に次ぐ権力者のようなもの。


 もっとも、田舎暮らしが長かった俺には無縁と言ってもいい存在で。なぜか物語の中ではロクでもない手合いという印象――王の暗殺とか、幼い王族を操り人形にして国を牛耳るとかばかりをやってるよなぁ――くらいしかないんだけど。


「ユージュというのは、現宰相の三男なんですけど、複合持ちで第一支部所属というのが問題なんです」

「と、言いますと?」

「前にも話しただろう?心色至上主義を掲げてる支部もあるって」

「ええ」


 初仕事に行く前に聞いた話だ。


「じゃあ、その第一支部というのは……」

「そういうことさね。正確には、一に家柄、二にランク。三が複合、四が金。能力人柄はその次に。そんな方針なのさ。……同じ連盟の支部を悪く言いたくはないんだけどねぇ」


 たしかに、聞くだけでもロクでもない。


「ズビーロ家以外の名家連中ともズブズブでねぇ。豊富な資金援助にモノを言わせて、高ランクや複合持ちには気前よく魔具を提供したりもしてるんだよ。実際、規模や所属する人数では王都でも随一さ。だから、借りを作っちまってる支部も多い。今回はそこらへんもあって、第四支部の連中も逆らえなかったんだろうね。そして名家の連中はといえば、層の厚い第一支部からは必要な時に必要な心色を持った虹追い人を借りられる。まあ、持ちつ持たれつというやつなんだろうけどねぇ……」


 さらにため息。


「一応言っておくけど、第一支部の連中にだって気のいい奴はいるし、法を犯すようなことだって、滅多にあるわけじゃない」


 つまり、時々はある、と。


「とまあ、愚痴っぽくなっちまったけど、そんな事情があるんだよ」

「なるほど……」


 それだけの条件が揃ってしまっては、ユージュとかいう奴が好き放題もやれてしまうわけだ。


「じゃあ、そいつが割り込んできた目的ってのは……」


 漠然と見えてきた答え。


「あの子たちを引き抜く……というか、従えようとでもしたんだろうね」

「やっぱりですか……」


 3種や4種の複合持ちともなれば相当に希少。そういう手合いが欲しがるのも、わからない話じゃない。


 けど……


「なんでそれがこんな騒動につながるんです?」


 そこがわからない。引き抜きの対象が重傷で行方不明。普通ならばそんな展開は避けようとするはずだが。


「……伝わってきた情報では、夜遅くになってから新人だけで、産み粘性体の討伐に向かったとのことさ」

「……あり得ません!」


 俺もあいつらも、師匠に連れられて1年ほど各地を渡り歩き、その際に多少の経験は積んでいる。夜の視界悪化がどれだけ怖いのかだって、身に染みているはずだ。


「推測になるけどね……」


 そう前置いて支部長が告げてくる。


「そのユージュって阿呆が力を誇示するために先走ったとしたら?」

「それは……」


 放ってはおけない。そんな思考をしてしまうあいつらが、容易に想像できてしまう。


「あとは、第一支部の新人は他にもふたり居たわけだけど、どっちも女の子でランクは橙。心色は、地炎斧と癒風だったのさ」

「3種複合に……癒風ですか!?」


 思わず声を上げてしまった心色。これもまた複合ではあるんだけど、複合は複合でも、治癒と風の複合。


 セルフィナさんも治癒の使い手ではあるけど、魔獣とやり合う際に限らずとも、傷を治すことができるというのは相当に大きいだろう。


 治癒単独では戦闘能力に乏しいという問題もあるわけだが、風との複合となれば、そんな弱点も消え失せる。


 だから、治癒を含めた複合というのは、恐ろしく有用という話になるわけで。


 もちろん、3種の複合というのも希少さでは負けていないだろう。


「ズビーロの息子に命令されたなら、その子だって逆らえなかっただろうね」

「けど、お目付け役の青がいたはずなんじゃ……」

「たしかにいたね。マヌイって風雷使いが」

「マヌイですか!?」

「ああ」


 その名に反応したのはシアンさん。


「でしたら、期待はできないと思います」

「けど、その人もガドさんと同じ青なんですよね?」

「……全然違います!」


 問いかけに返されたのは、強い否定で。


「あの男が青だなんて、ソアムさんに対してもタスクさんに対してもガドさんに対しても冒涜ですよ!」

「……シアン」

「あ……。すみません……」


 激しかけたシアンさんだけど、支部長のたしなめるような声で落ち着きを取り戻す。


 察するに、過去になにかしらの確執があったんだろう。


「少なくとも、私の知る限りでは、権力者には取り入って、弱い立場の相手には威張り散らし、何かがあれば誰かに責任を押し付けて自分は逃げ出す。そんな手合いです」


 数日ほど接しただけの俺が抱く勝手な印象ではあるが、シアンさんにしても支部長にしても、むやみに誰かを悪く言うような人じゃない。


 先入観を持ちすぎるのもどうかとは思うけど、そのマヌイという男には、警戒だけはしておいた方がいいかもしれないな。


 それはそうと、ソアムさんもタスクさんも青だったわけか。そのあたりは素直に納得できるけど。


「話を戻すよ。明け方になってレビダの支部に戻ってきたのは、重傷のバートと、地炎斧使いの子だけ。ラッツ、癒風使い、ユージュ・ズビーロの3人が洞窟の奥で行方不明になってたとのことだよ」

「ラッツだけじゃなかったんですね……って、ちょっと待ってください!」


 だとしても、さらにひとつ疑問が湧いてくる。


「それにしては、連絡が遅すぎませんか?」


 レビダというのは、レビドア湿原最寄りの街。連絡はそこの支部から来たんだろうけど、例の鏡を使えば、支部間のやり取りは距離なんてお構いなく一瞬で済むはずだ。


 だけど、バートたちがレビダの支部に戻ったのは明け方で、今は夕方。丸々半日の遅れがあるってのはおかしい。


「これも推測だけどね……」


 またひとつ、支部長がため息を重ねる。


「さっきのシアンの口ぶりからして、マヌイって男が口止めをしたんじゃないのかね?」

「まさか……」

「あの男ならありそうな話ですね。自分が同行していながら、宰相の息子に何かがあった。間違いなく、責任を問われる事態です。だから、事が広まる前にせめてユージュ・ズビーロだけでも自分が助けて、話を有耶無耶にしようとした」

「いやいやいやいや!」


 責任取るのが嫌なら、そうなる前に止めておけよ!お目付け役の意味が無いだろ!


 というかそんなくだらん話に腐れ縁共を巻き込むんじゃねぇよクソ野郎!


「話を戻すよ。レビダの支部には、常駐してる虹追い人はほとんど居なかったんだ。どちらかと言えば、近隣からの依頼を受ける窓口って意味合いが強くてね」


 話に意識を戻す。たしかに、すべての人里に支部があるわけじゃない。俺の故郷やカイナ村にだって、支部は存在していなかった。だから、レビダの支部とやらがそういったところだと言われても、理解はできる。


「そんな支部だったら、青に強要されれば逆らいにくいってのもありそうな話さ」

「……連絡が遅れただけで済んだのは、むしろ不幸中の幸いかもしれない、と?」

「そういうことさね。推測もあるけど、現時点ではこれくらいかね」

「失礼しますよ」


 穏やかな声が聞こえてきたのは、そんな折。


「おや、キオスは一緒じゃなかったのかい?」


 そこに居たのはセオさんで。


「ええ。キオスは先にレビダへ向かいました。情報を整理しておくとのことです」

「さすがだね。セオ、あんたも行ってくれるかい?」

「もちろんです。ソアムがエルティレの手配をしてくれているはずですから。それで、何が起きたのですか?」

「簡単に言うとだね、第一支部に所属してるズビーロ家の三男坊がやらかしたらしい」


 本当に簡単にまとめますね!?


「なるほど。そういうことでしたか」

「って、それで納得できるんですか!?」

「ええ。過去にも似たようなことは何度かありましたし、ウチとはどうにも折り合いが悪いものでして」


 つまり、シアンさんや支部長だけでなく、第七支部全体が連中との確執を抱えているってことか。


「詳しいところは、レビダに着いてからキオスから聞くことにします」

「そうかい。さて、あとは……アズール」

「は、はい」


 急にあらたまって名を呼ばれる。


「あんたはどうするんだい?セオと共に行くのか、ここで帰りを待つのか」

「それは……」


 そこまでは考えが及んでいなかった。感情で言えば、すぐにでも俺も駆け付けたい。だけど……


 状況が状況。俺なんかが行けば、セオさんやキオスさんの足手まといになってしまうんじゃないか、なんてことも思えてしまうわけで。


「急かすようで悪いけど、今この場で決めな」

「エルティレの脚であれば、アズールさんが同行していても影響はほとんど無いでしょう。もちろん、私やキオスの指示には従ってもらいますし、場合によってはレビダで待っていてもらうことになりますが」

「だから、あんたがどうしたいのか。それだけだよ」

「俺がどうしたいか……」


 だったら、答えなんて決まっている。あいつらが窮地にいるかもしれないって状況で、おとなしく帰りを待つだけなんてのは、性に合わない。


「お願いします!俺も、連れて行ってください!」


 だから気が付けば、そう言って頭を下げていた。


「よし!そうと決まれば善は急げだ!セオ、アズール!頼んだからね!」

「くれぐれも気を付けてくださいね」


 宣言をするや否や、さも当然のように返してくる支部長。シアンさんにしたって、まるで俺の答えをわかっていたようにも思えるんだが。


 俺って、そこまでわかりやすい方なんだろうか?


 そんな疑問もないわけではなかったが、今は無視する。優先順位的には極めて低いんだから。




「アズールさん!」


 出入口への途中にあるロビーに入ると迎えてくれたのはセルフィナさんで。


「って、セルフィナさん!?」

「どうかしましたか?」

「いや、たしか今日は……」


 数か月ぶりになるであろう、恋人同士の時間をすごしてるはずだったんじゃ……


「ソアムちゃんの様子がおかしかったので、問いただしたんですよ」

「俺らだけがのほほんとしてられる状況でもないからな。むしろソアムが口を滑らせたことに感謝しろよ?」


 さらにはガドさんまで。


「そういうことです。それよりも、水と食料、他にも必要そうなものを用意しておきました」

「どうせお前のことだ、助けに行くつもりなんだろ?」

「え、ええ……」

双頭恐鬼(エティン)の件があったばかりですし、あまり無茶はしてほしくないんですけど……くれぐれも気を付けてくださいね」


 このふたりにも、そう予想されていたらしい。


「セオ、あいつらのこと、頼んだからな。アズールも、気合入れて行けよ!」


 戻っていたタスクさんも、そんな激励をかけてくれる。


「心得ました!」

「ええ。全力を尽くします。では、アズールさん。行きましょう」

「はい!」




「……あれ?こっちでいいんですか?」


 皆さんに送られて支部を出たはいいんだけど、さっそく気にかかったことがひとつ。


 地図で見たところ、レビダの街は王都の南方に位置していたはずなんだけど、前を歩くセオさんが向かうのは、西門に向かうルートっぽいということ。


「ソアムがエルティレの手配をしてくれているはずですから。厩舎が西門に近いんですよ。あの子の脚ならば、王都の外周を大回りしても、その方が早い」

「そういうことでしたか」


 エルティレ、というのはさっきもチラッと耳にしたけど、多分セオさんの馬なんだろう。


「ちなみにアズールさんは馬に乗った経験は?」

「馬車の御者と、軽く走らせる程度なら」


 これもまた、師匠の下で学んだこと。


「それは重畳。今回は全開で飛ばしていきますから、少しでも経験があるのはありがたい」


 はて?


 話の流れからして、俺がセオさんの後ろに乗せてもらうように思えるんだけど……それならば俺の経験なんて関係無さそうにも思えるんだが。




「待ってたよ!セオ。それにアズール君も」


 そうこうするうちに西門に到着。外に出れば、大きく左手を振ってくるソアムさんの姿があって。


「えっと……その馬がエルティレですか……?」


 その右手にあったのは手綱。そして手綱を取り付けられていたのは一頭の馬だったんだけど……


「ええ。前に出会った野生馬だったのですが、怪我の手当てをして以来、懐かれてしまいましてね。昔は聞かん坊でしたけど、最近はだいぶ丸くなっていますから、ご心配なく」


 昔は聞かん坊だった、という部分には全力で同意したくなるような外見。夕日に照らされる毛並みは黒で、鼻から噴き出す息は随分と荒っぽい。そして、ひときわ印象的なのはその大きさ。そこいらの馬よりも、ひと回りかふた回りは大きい。


 線が細く中性的な雰囲気のセオさん。その愛馬と言われても、まったくと言っていいほどに、見事に似合わない馬だった。付け加えるなら、エルティレという可愛らしい名前とも。まあ、俺の勝手なイメージではあるんだけど。


「では、後ろに乗ってください」

「は、はい」


 とはいえ、ふたりくらいならたやすく乗せられそうな巨躯も、今は心強いと考えるべきか。


「あたしの手を踏み台にしちゃっていいから」


 たしかに、身体そのものが大きい分だけ背中の位置も高い。だからソアムさんの助力でどうにかこうにか、後ろに乗ることができた。


「じゃあ、セオもアズール君もしっかりね。気を付けてよ」

「はい!」

「お任せください。アズールさんはしっかりとしがみついていてください。それから、下手にしゃべると舌を噛みかねませんから、用がある時は腕に力を込めてください。振り落とされでもしたら、命の保証はできませんので」

「は、はい」


 やけに仰々しい事前注意。それでも、言われるままにしっかりとしがみついて、


「では、行きますよ!」


 その掛け声と同時に、俺はセオさんが言ったことの意味を、身をもって理解させられていた。

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