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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
239/255

私が考えた最低最悪の地獄って……

「ところでさ……」


 アホな誤解が無事に解けて、あらためてクーラがまじまじと俺の顔を見つめて来る。その表情は真剣そのもので、


「君がこの2年でさらに男前になってるのは当然のことだから驚きはしないけど……何故か君に『時剝がし(ときはがし)』が施されてるみたいだし、それだけじゃなくて『超越』までしちゃってるし……。私が居ない間に何があったの?」


 さすがはクラウリアということか。見ただけでそこまで把握できてしまったらしい。まあ、男前云々はよくわからんけど。


「実際にかなりいろいろとあってなぁ……」


 そのことはどう考えたって間違いないだろう。


「まあ、今すぐに聞きたいのであればこの場で話すけど」


 隠せると思っていなければ、隠そうとも思わない。


 そして今は『時隔て(ときへだて)』を展開中であり、その気になればこの状態を1200年は継続できるクーラであれば、話す時間くらいは問題ないだろう。


「けど、それはそれで長くなりそうでしょ?」

「間違いなく」

「ならいいかな。私としてはさ、この2年間の寂しさを一刻も早く埋めたいから。『私』に教えてもらうことにするよ」

「……まあ、たしかにその方が手っ取り早いか」


 『クーラ』がクーラの中に還ったなら、ふたりの記憶は統合されるんだから。


「そういうこと。あ、けどさ……同化することに対して君と『私』は納得できてるの?」


 『クーラ』はクーラが作り出した『分け身』であり、クーラが帰って来たらその中に還る。そのことは、『クーラ』と出会ったその日に聞いていた。


「……正直なところとしては、まったく抵抗が無いわけじゃないさ。ある意味では、この2年間を共に過ごして来た『クーラ』が消えるとも言えるわけだからな」


 けれど、俺の中にはそんな気持ちだって無いわけじゃない。


「それに、今のクーラと今の『クーラ』と統合された後のクーラ。その違いに戸惑うこともあるかもしれないとは思う」

「そう、だよね……」

「だがまあ、そこらへんは俺も受け入れるつもりだよ。何せ、『クーラ』がそう望んでるんだからな。なら、俺がウダウダ言うのはさすがに見苦しい」

「……そうなの?」

「ああ。『アズ君欠乏症』ってのが深刻なことになってるだろうから、すぐにでも還らないと。そう言ってたぞ」

「あはは……さすがは『私』だねぇ……。私のこと、よくわかってるよ……。けど、それはそれで少しへこむかも」

「……何でだ?」

「だってさ、私の方はこの2年間、『私』を気遣う余裕なんて無かったのに……。同じ私でもこの差は何なんだか……。環境の違いってやつなのかな?」

「まあ、それだけお前が大変な状況に居たってことなんだろ?」

「それも否定はしないけどさ……。ううん……私もしっかりしないと。いつまでもベソベソしてたら『私』の前で胸を張れそうにないからね」


 クーラの中でも整理は付いたらしい。


「まあ、それはそれとして……」


 視線を向けるのは、『時隔て』の影響で静止したままの、視界を覆い尽す破壊の光。


「まずはあれをどうにかしないと。あの汚い色って、クソトカゲの破壊の光っぽいけど。察するに……月に用意してた施設で仕留め切れなかったのを、君が迎え撃ってたってことだよね?危ないところだったみたいだけど、やっぱり首の数は多かったの?」

「まあ、大昔にお前が討伐したっていう個体よりは多かったんだが、むしろ厄介だったのは……というか、それくらいはお前なら簡単にわかるんじゃないのか?」


 普通に返答しかけたはいいが、ふとそんなことが気になった。


 視界が破壊の光で埋め尽くされているせいで向こうの姿は見えないが、見ただけで俺の『超越』にまで気付けるのがクーラ。であれば、そのあたりもすんなりと把握できそうなところなんだが。


「いや、それがさ……『時隔て』を展開中は、外のことは見た目以外にはわからなくてね」

「なるほど」


 今の俺らは時の流れから切り離されているような状況。であれば、そういうこともあるわけか。


「ともあれ、クソトカゲ程度なら多少首が多くても負ける気はしないからさ。一応聞くけど、あれは始末しちゃってもいいんだよね?」

「ああ。むしろあれは、どうあっても野放しにしちゃならない存在だよ。だから俺なりにどうにかしようとしたんだが、結果はご覧の有様。悪いんだが、任せてもいいか?」


 本当に必要な状況であれば、クーラの助力を躊躇うつもりは無い。


 色源を補充された上にクーラのサポートがあるのなら、俺でもどうにかできるのかもしれない。


 だがそれでも、最初から頼ってしまった方が確実だろう。それにクーラの負担だって小さく済むはずだ。


「もちろんだよ。それじゃあ、サクっと終わらせちゃうね。早く『私』とも会いたいし」


 そしてクーラであれば、実際に瞬殺できても不思議じゃない。ないんだが……


「急いでるところを済まないとは思うんだが……念のため、あれに関して聞いてもらえるか?」


 もちろん、クーラの実力を信じていないわけじゃない。


「君が話したいなら、私が拒むわけないよ。……ひょっとして、あれってヤバい相手だったりするの?」

「少なくとも俺の印象では、シャレにならないレベルでヤバい。それに、過去にお前が異世界でやり合った――どこぞの世界を滅びの危機に追いやった奴と同格って恐れもあるくらいには」


 だがそれでも、知らずに挑んでクーラにもしものことが起きるなんてのは絶対にお断り。ならば、俺にできることはやっておきたい。


「……穏やかじゃないね。わかったよ。聞かせて」

「ああ。少しばかり長い話になるんだが――」




「――長くなっちまったけど、こんなところだな」


 そうしてあれ――ズビーロクソトカゲに関して俺が知る限りを話したわけだが、その過程で俺が『クーラ』から異世界技術を学ぶと決めたきっかけであるクソ鯨騒動にまで話が及び、結果的にはクーラが異世界に呼び付けられてからついさっきまでの主だった出来事の大半を話すことに。


 実際に、かなり話は長くなってしまっていた。


「……ごめんなさい。私のせいで……」


 そして、俯いたクーラが告げて来るのはそんな、沈み切った印象の言葉。


「急にどうした?」

「だってさ……私が知らないところで君は何度も危ない目に遭ってたんだよね……」

「それはそうだが……」


 クソ鯨に食われかけた時、『超越』の代償として。そしてついさっき。


 少なくとも3回、死神に足を掴まれていたのは事実。


「それは全部、私がしっかりしてれば未然に防げたことだから。それなのに私は目先の幸せに溺れて……何よりも大切な君を失わせないためにやるべきことを怠った」


 その口調は痛ましいもの。


「はは……」


 けれど、俺は笑ってしまっていた。


 それは別に、今のクーラが滑稽だと感じたからじゃない。


「やっぱり、お前は『クーラ』で、『クーラ』はお前なんだな」

「……どういうこと?」

「クソ鯨騒動の時に、『クーラ』も同じようなことを言ってたからさ」


 今となっては懐かしくすらある思い出。


「だから、あの時の『クーラ』に言った言葉を繰り返させてもらう。……何様のつもりなんだよお前は」

「……そうだね」


 作り出された時点での『クーラ』は、クーラと同じ記憶を持っていたとのこと。であれば、心の芯とでも呼ぶべき部分は似通っていたんだろう。あの時の『クーラ』と同じように、それだけで俺が言いたいことを理解してくれる。


「それでも気に病むようなら、相殺ってことでどうだ?」


 そしてさらに追撃をかける。ちょうどいいと言うには少しばかり……いや、かなり相当に抵抗はあるが、使えそうなものがあった。


「相殺?」

「ああ、相殺だ。さっきも話したけどさ、お前が大事にしてた白リボンをダメにしちまっただろ?」

「たしかにあのリボンは私にとって大切な物だったのは事実だよ。けど、優先順位で言ったら君自身の方がずっと上。少しでもそんな君の役に立ったなら、私にはそれで十分。それとも、そのことで私が君を責めるとでも思ってたの?……ちなみにだけど、ここで頷きやがったら、いくら君でもぶん殴るけど」

「ははは……」


 そのリアクションは俺から再度の笑いを引き出してしまう。


「……何で笑うのよ?」


 クーラは頬を膨らませるが、そこは仕方がないと主張したいところ。


 何せクーラが不満そうに告げて来たのは、少し前に俺が想像したものと一字一句の違いも無かったんだから。


 都合が良すぎるという話ではないにせよ、これもまたひとつの奇跡なんじゃないかと思えるくらいだ。


「スマンスマン」


 とはいえ、ここは素直に平謝りが上策か。


「けどさ、こうでもしないと俺は、お前が大事にしてた物をダメにしちまったことをいつまでも引きずりそうな気がするんだよ。だから受け入れてもらえないか?俺がこの先、旅路の果てまで悔やみ続けなくていいように」

「……狡いよね、君って。そんな言い方されたら私が断れないこと、わかってるでしょ?」

「ああ」


 まあ、卑怯卑劣は誉め言葉というやつだろう。少しでもクーラの心を軽くできるなら、これくらいはどうということもない。


「……ありがとね」

「はて?礼を言われる筋合いは見当たらないんだが。ともあれ、この件は相殺ってことで文句は無いな?」

「はいはいわかりました君の仰せのままに」

「ああ。わかればいいんだよ」


 口調はぞんざいだったが、それでもクーラに受け入れさせることはできたらしい。


 とはいえ……


 クーラが備えをしていればクソ鯨もズビーロクソトカゲも脅威にならなかったというのは事実だろうが、それに関しては俺も同罪みたいなもの。


 俺が『クーラ』から異世界技術を学び始めたのはクソ鯨騒動の最中だが、もっと早くに――クーラが異世界に呼び付けられる前からそれをやっていたなら、状況は大きく変わっていたことだろう。


 もしかしたら、今回の一件だって危なげなく処理できていたのかもしれない。


 けれど現実には、あと少し何かが違っていたなら、クーラを旅路の果てまで悔やませ続けることになっていたところだ。


「さて……それじゃあ、ズビーロクソトカゲを処理しちゃうね」


 っと、今はそっちが先決か。クーラであれば万にひとつも無かったことだろうが、奴についての説明を終えた今なら、ロクでもないことになる公算はさらに小さくなったはず。


「頼んだ」

「任せてよ。きっちり責任持ってこの世界から消すからさ。ってわけで『時隔て』を解くけど、私の前には出ないでね」

「わかった」


 そして時間が動き出し、押し寄せて来る破壊の光はあっさりと防がれていた。


 防ぐだけならば時間が限られるとはいえ俺にもできていたことではあるが、その安定感は控えめに言って段違い。ビクともしないなんて表現が違和感ゼロで当てはまるような様子で。


 クーラとの間にはすさまじいなんて言葉が生温い差があるとはわかっていたが、それでも軽くへこんでしまう。


「ひひゃははははははははっ!死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!神の力にひれ伏せぇっ!」

「……見事に狂ってるねぇ」

「そうだな」


 クーラが眉をひそめるのは、やかましく響く狂声に対して。


「面倒だけど、まずは正気付かせないと」

「……そんな必要あるのか?」


 狂気に侵されていようがいまいが、やることは変わらないと思うんだが。


「うん」


 けれどクーラは当然のように頷く。


「下準備としては必要なの」

「下準備?」


 俺のオウム返しに振り返ったクーラが微笑む。


「だってさ……あれは、私のアズ君を失わせようとしたんだよ?」


 それは言い表すならば、ニコリではなく、


「その罪は千度の死でも償えないでしょ?」


 ニヤリといった風でもなく、


「けど、同じ相手を2回以上ぶち殺すのは無理なんだよねぇ。……残念なことに」


 ニタリという表現がよく似合うシロモノで。


「だから……私が考えた最低最悪の地獄に蹴り落としてやろうと思ってさ」


 私が考えた最低最悪の地獄って……


 クーラが奴に対して殺意を抱くのはわかる。わかるんだが……


 それは言葉だけを見るなら、アホらしいというか子供じみているというか、そんな印象を抱かせるもの。


 けれど、


 まったく笑っていない目の奥にどす黒い感情が揺れる。


 これはペルーサが見たら即泣きするだろうと。


 そう思えるほどにヤバい微笑みが、クーラの顔には浮かんでいた。

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