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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
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同じ現象でも幸運不運は立場によって変わるもの

「少しは気が晴れたか」


 ズビーロクソトカゲに派手なのを一発食らわせることができてちょっとした満足感に浸っていた中で不意に鳴ったのは、小さくも鋭い音。


「持たなかった、か……」


 それは俺の右手からやって来たもので。


 かなり相当に無茶苦茶な使い方をした代償だったんだろう。白リボンに小さな裂け目が入っていた。


 そしてそれだけでは留まらずに。


 裂け目から崩れていくように。指の隙間から零れ落ちるようにして、瞬く間に白リボンそのものが消えてしまう。


 リボンというのは、基本的には布で作られているもの。


 であれば、一か所が裂けたくらいで消滅するはずはないだろう……普通であれば。


 たしかにこの白リボンは本来は何の変哲もない布製のリボンで、クーラに贈るために俺が露店で購入した物だ。それは間違いない。


 それを気に入ってくれたクーラが旅路の果てまで持って行きたいからと何かしらの処理を施した結果、尋常じゃないレベルの耐久性に加え、俺の心色を食わせることで伸縮自在の自由自在に動かせるという、かなりアレな性質までもが備わっていた。


 そこまで行ってしまうと、存在そのものが変わってしまったと言ったとしても、過言具合は決して大きくはないだろう。


 であれば、小さな裂け目ができただけで消えて無くなってしまうというのもあり得るんじゃないかと思えて来る。


 ……まあそこらへんは、後でクーラに聞いてみるとして。


 参ったな、これは……


 俺としては気分がいい話であるはずもなく。


 あのリボンはクーラが大事にしていたもので、俺はそれを借りていただけ。そしてこうなってしまっては、返すことは不可能。


 とは言っても、失ったことでクーラが俺を責めるなんてのはまずあり得ないとも言い切れる。


『たしかにあのリボンは私にとって大切な物だったのは事実だよ。けど、優先順位で言ったら君自身の方がずっと上。少しでもそんな君の役に立ったなら、私にはそれで十分。それとも、そのことで私が君を責めるとでも思ってたの?……ちなみにだけど、ここで頷きやがったら、いくら君でもぶん殴るけど』


 そんな風に言うところが容易に想像できてしまう。


 ……だからこそ、俺としてはなおのこと罪悪感を募らせる羽目になるわけだが。いっそのこと、非難してから埋め合わせを要求してくれた方がまだ気楽。


 まあ、そこらへんを考えるのは後回しでいいか。


 優先するべきは他にあるんだから。


「今までありがとうな、相棒」


 だから失われた白リボンにそれだけを告げて、意識を切り替える。


 下半身だけを海面から突き出した無様な姿のズビーロクソトカゲを眺めつつ、考えるのはこれからのこと。


 星の世界から引きずり落とした際には一瞬だけすれ違っていたわけだが、その時の様子を見るに、奴は気絶している風だった。


 こうしている今も奴は動いていないあたり、まだ意識は戻っていないということなんだろう。


 そして残念ながら、これで決着とは行かなかったらしい。


 ズビーロクソトカゲはクソズビーロ――別名オビア・ズビーロが姿を変えたものであり、それは彩技によるもの。息の根が止まっていたなら、それは解除されていたはずなんだから。


 さて、ここからどう立ち回るかだが……


 選択肢はふたつ。


 ひとつは、この場を後にしてエデルト方面――クーラが居るであろう方向に向かうことだ。


 色源残量はすでに1割ほどだが、エデルトまで飛槌モドキを飛ばすくらいであれば十分に可能。


 何がどうなるにしても、クーラと合流さえできてしまえば割とどうにかなってくれることだろう。であれば、それまでの時間を短縮できる意味は大きい。


 難点としては、俺がここを離れた後にズビーロクソトカゲが目を覚ましてしまったなら、奴を抑えることができなくなってしまうということ。


 腹いせとばかりに適当な大陸に破壊の光をぶっ放すくらいは平気でやりかねない。


 そしてもうひとつは、この場に留まるというもの。


 クーラとの合流という点ではひとつ目の選択肢よりも遅れてしまうが、奴が目を覚ましてもすぐに対応できるというのが利点。


 どちらにもプラス要素があり、どちらにもマイナス要素があり、天秤がどちらかに大きく傾くことはなく。


 いつまで寝こけているのかわかれば悩むこともないんだろうが、そんな上手い話があるわけもなく。


 まあ、身体的な衝撃が理由で気絶した場合、起こさなければ簡単には目を覚まさないというのが一般論ではあるわけ……


 そこに思考が及んで、ふと引っかかったこと。


 すぐには目覚めるはずのない奴が目を覚ます。


 俺は、少し前にそんな事態を経験していた。


 というかむしろあれは、旅路の果てまでトラウマとして残りかねない一件だった。


 それは、ガナレーメでビクトとやり合った際のこと。


 『ささやき』で眠らせ、しばらくは絶対に意識が戻らないとクーラが断言していたビクトが早々に目を覚まし、そのせいでクーラは……


 理由は恐らく、奴が備えていた寄生体(ウィル・スローター)の能力。そいつが、意識を失った身体を動かしていたからだ。


 そして経緯を考えれば、その能力はオビア――ズビーロクソトカゲに受け継がれていると考えるのが妥当。


 不意に水音が響く。


 見れば、海面から突き出していたその足が倒れるようにして海中へと沈んでいくところ。


 ……力尽きていてくれたなら万々歳なんだが。


 それが楽天的な希望的観測だと認識した上で警戒はしつつ、そんなことを意識の片隅に思う。


 けれど、


「泥団子使いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 時には都合が良すぎる奇跡というのも起きるらしい。けれど世の中というのは基本的にはままならないものだというのは、まだ20年も生きていない俺でも身をもって実感できていたこと。


 水飛沫に叫び声を伴わせて、ズビーロクソトカゲが海中からその姿を現す。


「貴様……貴様貴様きさまきさまキサマキサマキサマぁぁぁぁぁァァッ!」


 すでに俺の中では狂人という認識だったオビアの口から上がるのは、怒りに狂ったなんて表現が違和感ゼロで似合いそうな絶叫。


 全身を覆う鱗はそこかしこが黒焦げのボロボロで、7本ある首の先に付いている頭はすべてが血塗れ。


 しぶとすぎるだろうがよ!


 それでも、目に見える勢いでその傷がふさがっていく。


 まあ激怒具合を見る限りでは、さっきの楽しいお散歩がそれなりには効いていたようでもあるが。


「貴様だけは絶対に許さん!絶対に、絶対に絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に!許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 オビア首がギョロリと向けて来る血走った目。そこには理性の色は薄い。


 そして馬鹿のひとつ覚えのように、オビア首以外の6頭が口を開き、その奥から毒々しい色をした光が溢れ出す。


「ふひ……ひひゃははははははっ!貴様など跡形も無く消し去ってくれるわ!」


 狂笑に呼応するように、漏れ出す光も強まっていく。


 すぐにぶっ放すのではなく、力を溜め込んで限界まで威力を高めようとするかのように。


 それだけ、俺への怒り――敵意悪意殺意害意を募らせているということなんだろう。


 まあ、そのあたりはお互い様。俺の中にだってズビーロ一族への恨みつらみは山積みで、その元凶は大半がこいつなんだから。


 だがまあ……


 怒りが力になるというのは、師匠の教えのひとつ。


 けれど同時に師匠は言っていた。怒りに流されて自分を見失うのは自滅行為だとも。


 今、俺の後ろには何も無い。


 それはつまり、避けたところでまったく問題が無いということ。


 怒りに狂った今の奴は、さっきのように適当な大陸を盾にして俺から回避という選択肢を奪うという発想も持てないらしい。


 ……ギリギリまで引き付けて避けると同時に懐に飛び込んで軽く挑発をかけてから上を取って、あとは適当に頭上を飛び回る。それくらいなら、今の俺でもやれるはず。


 だからそう算段を立て、破壊の光が放たれる瞬間へと意識を向けて、


「ひゃへへへへへ……。死にやがれぇぇぇぇぇっ!」


 やって来たその瞬間に起きたのは、幸運な偶然と呼ぶべきなのか――


 怒りに任せて無理に威力を高めようとした結果、その分だけ大きくなった反動をいなし切れなかったんだろう。


 ――あるいは、不幸な偶然と呼ぶべきなのか?


 放たれる瞬間に巨体が傾いだことで破壊の光の予測軌道は、わざわざ避けるまでもなく、俺にはかすりもしないであろうものに変わっていた。


 同じ現象でも幸運不運は立場によって変わるもの。


 そして奴が体勢を崩したのは、俺にとっては間違いなく不幸なことだった。


 なにせ、その結果として変わった予想命中地点はエデルト大陸の中央部。


 またしても、王都を直撃するコースになっていたんだから。

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