本気でいい加減にしろよお前は!
「貴様の敗因。それは…………………………自身の名声に対する異常なまでの執着だ!」
オビアが自信満々で突き付けて来たのはそんな、まったくもって理解できないような内容……もとい、妄言。
「……何言ってるんだお前?」
だから、俺が呆けた返しをしてしまったのもある程度は仕方の無いことだったと思う。
「くくく、とぼけても無駄なことよ。貴様の浅知恵など、神の英知の前では無意味なのだよ」
また「神の英知」発言が出て来た。連呼しているあたり、よほどお気に入りなんだろう。面倒なので数えてはいなかったが、これで何度目になるのやら。
「オビア様。それはどういうことなのでしょうか?」
「どうやら他にも愚か者がいたらしいな。まあいい。お前でもわかるように説明してやろう」
得意気にビクトを嘲るオビアには、俺が名声に執着しているとかいう馬鹿馬鹿しさを極めたような発想を疑うつもりは皆無な様子。
そういえばこいつは、自分が決め付けたことを絶対の真実だと思い込んでしまう手合いだったか。
「さて、ビクトよ。この泥団子使いは愚かな人間共の間では英雄として称えられているらしいが、単独型である虫ケラがそのような扱いを受けるというのは許されることだと思うか?」
「……いいえ!絶対にあってはならないことです」
「その通りだ」
この期に及んでも複合至上主義。というか、間違いなく以前より酷くなっている。
「だが、現実にはそのような過ちが起きてしまったというわけだ。そうなれば、本来であればあり得ぬ名声を手に入れた俗物はどう考えるだろうな?」
「どんなことをしてでも名声にしがみ付くに違いありません!」
「そういうことだ。そしてそれこそが、この愚かな単独型の敗因なのだ。先ほど我が放とうとした破壊の光の先に何があったのか、貴様は理解しているか?」
「いいえ」
「まあ、貴様の知能では無理だろうがな。そこにはどこかの大陸があった。だからこの卑しい単独型はコソコソと隠れてはいられなかったのだよ。……それを見捨てたなら、愚かな人間共の間で高まっていた己の名声が地に落ちるのだからな」
「何という洞察……。これこそが神の英知なのですね!」
「その通りだ」
目の前のズビーロ親子はそう盛り上がっているが、馬鹿じゃないのかお前らはというのが俺の感想。1から10まで全部が全部、見当外れも甚だしい。
だがそれでも、嫌な汗が止まらない。
何せその馬鹿げた考えの先には、俺が想定する最悪の展開がチラつき始めているんだから。
「ゆえに……」
野郎……!?
オビア首とビクト首を除いた6頭すべてがエデルト大陸へと顔を向け、大きく口を開く。
ズビーロクソトカゲが取ってくれやがったのは、まさしく俺にとっては最悪の行動で。
「泥団子使いよ。今から我は全力をもって、あそこに見えている大陸を破壊してやろう」
「……正気かよお前は?そもそもの話として、あれはグルドア大陸だぞ?」
もちろんこれは出まかせ。だが、こいつが滅ぼす対象だったのは、エデルトとテミトスだけだった。であれば、グルドア大陸に向けて破壊の光をぶっ放す理由は無いはず。
「それがどうしたというのだ?」
けれどこいつは、事も無さげに言い放つ。
「どうしたって……グルドア大陸の人たちは復讐の対象外だろうが!?」
「無礼な奴め……。エデルトとテミトスの人間共を皆殺しにするのは復讐などという低俗な行為ではなく神罰であり、神が与える情けなのだ。神の手で浄化されることにより、その罪深き生から解放されるのだからな。そして神の下僕となる栄誉を与える人間共は今の半分程度でも十分だろう。残り半分は神の偉大さを知らしめる役に立てるのだ。地獄で我に感謝することだろうな。どの道、この世界もそこに生きる人間共も、何もかもが我の所有物なのだからな。我には、そのすべてを自由に扱う権利があるのだよ」
本気でいい加減にしろよお前は!
あまりにもふざけた発言の垂れ流しだが、口調からしてこいつは本気で言っている。そして始末に負えないことに、こいつにはそれをやれるだけの力が備わってしまっている。
「さて、貴様はどうする?グルドアの人間共を見捨てるのか、あるいは己の命よりも大事な名声にしがみ付くのか。神の慈悲として、好きな方を選ぶ権利を与えてやろう」
突き付けて来るのは、最低最悪にロクでもない選択肢。
俺にとっては、名声なんてのはクソ食らえなシロモノだ。そんなものを求めていたのは新人戦の決勝が終わるまでのことで、今ではむしろ金を払って土下座してでも手放したいとすら思っている。
だがそれでも、エデルトを見捨てるなんて選択をできるわけがない。
と言うかそもそもの話として、見捨てるのならばさっきの破壊の光に対して見て見ぬフリをしておくべきだった。
「クソが……」
「はははははははははっ!」
だからズビーロクソトカゲとエデルトの間に割り込むようにして飛槌モドキを移動させてやれば、オビア首はそれはもう狂ったような哄笑を上げてくれやがる。
「やはり名声に固執するか。貴様のような下劣で低俗な人間にはお似合いの愚かさだがな」
「さすがはオビア様です!オビア様の英知の前では、あの忌々しい泥団子使いなど敵ではなかったのですね!」
「その通りだ。さて、愚かな泥団子使いを断罪する前にもう1匹のゴミを処分せねばなるまい。なあ、ビクトよ?」
「……え?」
そんなオビアが首を向けるのは、陶酔した様子で自分を称えて来るビクト首へと。
「何を間抜け面を晒している?我は言ったはずだぞ?貴様には猶予を与えると。そしてその猶予は、たった今終わったのだよ。ゆえに、神を傷付けた罰として、貴様の存在を完全に消し去ってやろう」
「そんな……」
「それほどまでに貴様の罪は重いのだ」
「どうか……どうかそれだけはお許しを!」
一転して蒼白顔になったビクトはそう許しを請うも、
「矮小な人間だった頃のこととはいえ、一応は我の血を引いているのだからな。単独型と言えど少しは役に立つと思い、情けをかけてやっていたが……まさかここまでの無能だったとは。期待外れだった。失望したぞ?」
かけられるのは追い打ちで。
「それは……。ですが、これからは必ずやお役に立って見せます!だから、どうかお慈悲を!」
「黙れ。今となっては、貴様のような単独型の出来損ないが息子だったという事実そのものが我の汚点だ。ゆえに、貴様は消えなければならないのだよ。ああ、そうだとも。我の息子と呼べるのは、3種複合であるジマワと、2種複合であるガユキ、ユージュだけだ」
「僕は……僕は、父上の息子ではないと言われるのですか?」
「我のことを父上だと?単独型の分際で神の子を騙るとは許せぬな。やはりその罪は、存在の消滅を持って償わせるしかあるまい」
「そんな……。これからはオビア様の言うことには何でも従います!だからどうかそれだけはお許しください」
「ほう……。今貴様は何でもすると言ったな?」
「はい」
「その言葉に偽りはないな?」
「はい!」
「では、誓いを立てろ」
「はいっ!オビア様が望むのであれば、僕はどんなことであろうとやってみせます!」
「そうかそうか。では、我を楽しませてみせるがいい。そうすれば、貴様の罪を許してやろう」
「楽しませる、ですか?」
「そうだ。我はな、下等な単独型が苦しみながら消えていくところを見たいのだよ。だから我のために、苦しみながら消えるがいい。まさか、神に立てた誓いを破るとは言うまいな?」
「あ……あぁ……」
その顔が絶望色に染まる。ようやく気付いたんだろう。誓いだのなんだのはすべてが茶番で、最初からオビアはこうするつもりだったということに。
「少しでも我が楽しめるように、ゆっくりとジワジワ消し去ってやろう。せいぜい我を楽しませるのだな」
「やだ……。そんなの嫌だ……」
「では、さらばだ。我の子を僭称した大罪人よ」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!?せっかく愛する父上とひとつになれたのに!これからはずっと愛する父上と一緒に居られるはずだったのに!僕たちはこの世界にふたりきりの家族なのに!?消えたくない……消えたくないよぉっ!?これからはいい子にするから!だからお願いだから許して父上!」
年齢的にはビクトはまだ9歳。であれば、駄々っ子のような今の姿こそが歳相応なんだろう。
「父上……ぢぢうえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
そして上がるのは血を吐くような絶叫で、
「フン!これで清々したわ!まるで役に立たぬ奴だったが、最期に見せた吠え面だけは野良犬のようで少しは愉快だったぞ。生まれて初めて我の役に立てたこと、地獄で誇るがいい」
尾の先から生えた剣に張り付いていたビクトの顔もまた、叫びが絶えるのと同時に消えていた。




