……諦めるか
さて、ここまでは上々か。
ビクト首の突進に喉の奥から後頭部までをグッサリと貫かれたオビア首を腕を組んで見下ろしながらで俺が思うのはそんなこと。
どうせすぐにでも再生するだろうが、今の自滅行為が原因での仲間割れでもしてくれれば俺にとっては好都合。
俺の狙いはズビーロクソトカゲをこの場に釘付けにしたままで、クーラの到着まで時間を稼ぐことなんだから。
最初に狙っていたのは特製泥団子による瞬殺。けれどその時点でクーラを呼び寄せる算段も立ててあり、失敗した時点で完全にクーラ待ちへとシフトしていた。
あの時には空を覆う規模での『発光』による目つぶしをかけていたわけだが、奴に隙を作るだけであればそこまでする必要も無く、目の前で羽虫サイズの泥団子から閃光をお見舞いしてやるだけでも十分だったことだろう。
にもかかわらずあれだけ派手にやったのは、王都のクーラに異変を知らせるためだ。
遅くなっても構わないから、拠点に帰ったら『念話』を寄越すようにと、事前にそんな話をしていた。
俺からの『念話』が来ない状況であれだけの光量が発生したとなれば、間違いなく何かがあったと察する。
そしてクーラにそのあたりを聞かされたなら、トキアさんとネメシアはふたつ返事で引き受けるのも間違いない。
ネメシアの風で加速された飛槌でどれくらい時間がかかるのかは読み切れないが、駆け付けたクーラとひとつになればそれで勝利確定だ。
俺とひとつになれば木端微塵斬りだって繰り出せると言っていたクーラ。それならばズビーロクソトカゲと言えども、一撃で木端微塵を通り越して消滅まで持って行けることだろう。
もちろん俺としては、そのために色源を温存しておく必要もあった。あくまでも、使うのは俺の色源なんだから。
そして、そのための小細工もあれこれと弄しておいた。
瞬殺が失敗した俺が最初にやったのは、クソズビーロがズビーロクソトカゲへと姿を変えるのをあえて妨害しないこと。
ガナレーメでビクトとやり合った時もそうだったが、図体が大きくなった分だけ純粋な破壊力は増していたことだろう。だがその一方で動作そのものも大味になっていたおかげで、回避を続けるのも割と楽々で済んでいた。
また、色源の消耗を抑えるならば無暗にこっちから仕掛けるよりも逃げに徹していた方が効率がいいわけだが、あまりに露骨では不審に思われてしまう恐れもある。
だから、そのことを正当化する口実を用意しておいた。
具体的なところとしては――両腕を失ったとなれば、逃げ惑うことしかできなくなっても何ら不思議ではないだろう。
奴がグラバスク島を消し飛ばした直後に背後から超絶劣化版木端微塵斬りを食らわせたのは、仕留めることではなく煽るのが目的。
ついでに口頭でかました挑発の甲斐もあって怒り狂った奴がぶっ放して来た破壊の光をわざと避け損なうことで左腕を消し飛ばさせ、適当なところで隙を見せて右腕も斬り落とさせることで、手も足も出なくても仕方がないという状況を作り出したというわけだ。
さらには、自分が優位になったと思い込ませることもできたというオマケ付き。当然ながらその思い込みは、立ち回りを単純なものへと変えてしまう。
『上げて落としてまた上げて。私も昔やられたことがあるからわかるんだけどさ、上手く嵌められるとホイホイ転がされちゃうんだよねぇ。……思い出したら腹が立って来たけど』
というのは、俺のふたり目の師匠が前に言っていたこと。
あの超絶劣化版木端微塵斬りを繰り出すのは俺としてもそれなりに消耗させられたが、そこは先行投資というやつだ。
海中へと落下したのも、当然ながらわざとのこと。
普通に考えたなら、100メートル以上からの転落というのは十分以上に致死性な状況。
まして落下先は海面。泳ぐ目的などで自分から飛び込むならともかく、水の中に転落するというのもそれはそれで溺死という形での致死率が高い話ではあるんだが、海面に触れる直前で新たに飛槌モドキと障壁を発現させることで、溺れることもなくゆっくりと海中に隠れることができていた。付け加えるなら派手な水飛沫はその際の不自然さを誤魔化すために『爆裂付与』で起こした目くらましだった。
そうして奴の視界から姿が消えたのをいいことに、新たに形成した俺のそっくりさんである泥人形を浮上させ、あの間抜けな自称カミサマが人形遊びに興じているうちに、保護色の泥をまとった俺はまんまと奴の頭上へと移動。
泥人形の位置を常に奴の下方にすることで、頭上は完全に意識の外――俺にとっては安全圏になっていた。
当然ながら、消し飛ばされた左腕と斬り落とされた右腕は異世界式治癒ですっかり元通りにしてある。付け加えるなら、これまたクーラ直伝の異世界技術による鎮痛も併用していたので苦痛を感じることも無く、さらに付け加えるなら寄生体相手に自滅をやらかした時と比べたなら、腕の1本2本はどうということでもない。
勝負と言うにはあまりにもあまりなやり方だとは思わないでもないが、そこはそれ。
『死ねば口無し、生者が正義。ゲスな手口と笑わば笑え、卑怯卑劣は誉め言葉』
というのを魔獣相手の基本方針にしている俺としては、別に心も痛まない。すでに奴のことを人だとは認識していないんだから。
本当にこのあたりも『超越』様々だろう。思考速度が跳ね上がったことでイメージを練り上げる速度が高まり、すべてがゆっくりに見えるというのも効果は大きい。けれどそれ以上に、じっくりと考えながら立ち回れるというのは敵を嵌めるのにはこの上なく好都合。
このままクーラの到着まで引き延ばせればいいんだが……って待て!?
けれどそんな矢先に、ズビーロクソトカゲに起きていたとある変化が背筋を凍らせる。
それは、その巨体が大きく傾いでいたということ。
オビア首にとってもビクト首にとっても今しがたの自滅が予想外だったのは間違いない。
ならばその結果として、大きくバランスを崩すというのもさほどおかしなことではない。
だが、ちょうどそのタイミングで左ガユキ首が破壊の光を吐き出そうとしていたというのが問題だった。さらにマズいことに、態勢が崩れたことで下方に向けられていた首は、水平よりもやや下向き――はるか彼方を向いていたんだから。
そもそもが、海中に隠れる前の俺とその後で出した泥人形が奴の下方を維持していたのは、破壊の光が放たれる先を海面に固定するためと言う意味合いもあった。
何せあの破壊の光には、6頭から一斉に放たれればグラバスク島を消し飛ばすほどの破壊力があり、グラバスク島の面積はエデルト大陸のおよそ1/3。
それはつまり――かなり乱暴な計算だという自覚もあるが――ひとつの頭から放たれたものであっても、
1/3×1/6=1/18
となり、エデルト大陸の1/18を消滅させかねない威力があるということになるわけで。
万にひとつもそんなものがどこかの大陸を直撃しようものなら、ロクでもない事態になりかねない……いや、ロクでもない事態が確定するシロモノだ。
そうして彼方へと放たれる破壊の光は、どこかの海面に当たるのであればそれでも別に構わなかった。むしろそうあってほしかった。
けれど最悪なことに、左ガユキ首が向く先には月明りにぼんやりと浮かび上がるエデルト大陸が。
ならば、せめて人里離れた場所であってほしいと脳内地図に当てはめて正確な位置を割り出して、
最悪にもほどがあるわ!?
そんな叫びが喉元までこみ上げてくれやがる。
なんだかんだで俺はこれまでに、都合が良すぎる奇跡で散々救われて来た身の上。
ならば、いつかどこかでその揺り返しが来るというのも、あり得ない話ではないんだろう。
だがそれでも思う。
いくらなんでもこれはあんまりだろうが!?
予測命中地点は考えられる中でもこれ以上は無いくらいに最悪中の最悪。
よりにもよって、俺にとっては第二の故郷でもある場所――王都直撃コースだったんだから。
すぐにでもどうにかしなければ、そこに存在するすべてを諸共に王都そのものが消えてなくなってしまう公算が極めて高いという状況。
そして幸か不幸か、今からでもどうにかする手段が俺の手にはあった。
それはつまり、俺には選択肢があるということ。
破壊の光をやり過ごすか否か……いや、それは言い繕いか。
王都とそこに暮らす人たちを見捨てるのか否かという、最低最悪にロクでもない選択肢を突き付けられたということだった。
ふたつからひとつを選ばなくてはならないという状況にぶち当たった時の判断基準としては、少しでもマシな方をというのが無難なところ。
その基準で考えた場合――
俺にとっての勝利条件は、十分な余力を残した状態でクーラと合流すること。
合図を出してからはすでに結構な時間が経過している以上、トキアさんとネメシアに連れられたクーラはすでに王都を離れていると考えるのが妥当。
であれば、クーラが破壊の光に巻き込まれる公算は極めて低い。
また、温存と言う観点から見た場合には、このままで引き続きズビーロクソトカゲに人形遊びを続けてもらうのが最良。
けれどここで破壊の光をどうにかする選択をした場合、その手は使えなくなってしまう公算が高い。
それだけならばまだしも、続く展開が俺にとって不利なものになってしまうことはほぼ確実で、俺が想定する最悪を誘発させてしまったならその時点で詰みかねない。
だから、王都を見捨てた方がこの戦いで勝利できる可能性は高いと、『超越』で加速された思考の中で理性が突き付けて来る。
それに先のことを考えるならなおのこと、俺は何としても勝つ必要があるんだから。
なんだかんだ言っても、ズビーロクソトカゲの強さが常軌を逸しているのは認めないわけには行かない。
お前ごときが……もとい、お前は何様のつもりなんだとは思わないでもないが――それでも事実として、クラウリアが不在の現状で奴をどうにかできるのはクーラとひとつになった俺以外には存在しないだろう。
それくらい、奴が放つ破壊の光はふざけた威力をしている。
そんなバケモノが相手では、師匠や支部長や先輩方であっても、勝負にすらなりそうもない。
そしてあの自称カミサマはエデルトとテミトスの人々を皆殺しにするともほざいており、そこに冗談の色は見て取れなかった。
つまるところ――俺が負けるようなことになったなら、ふたつの大陸に生きるすべての人たちの死が確定してしまうということ。
だったら、どちらにせよ助からないのであれば、王都とそこで暮らす人たちを見捨ててでも勝率を引き上げた方が最終的な生存人数の期待値では勝る。それ自体は、計算上では間違っていないはずだ。
それにクラウリアの件もある。
もしも帰還した時に俺がこの世に居なかったなら、あいつは狂ってしまいかねない。そして、俺を失わせたエルリーゼを消し去りかねないというのがクーラの見立て。
その点でも、俺は死ぬわけにはいかない。
ならばここは見捨てるべきだと。ここは見捨てろと。その方がマシな結末を迎えられると。クラウリアならばともかく、今のお前にはそれが最善なんだと理性が告げる。
そして、
……諦めるか。
内心でのため息混じりに、俺はそう決断していた。




