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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
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下賤な俺ごときが偉大なる世界神オビア・ズビーロ様に歯向かって申し訳ありませんでした

 ギリギリのタイミングを見計らっての急加速。その反動でわずかに浮き上がった左腕は破壊の光から逃れ切ることはできずに、肘から先が跡形も無く消滅。


「……は?」


 そんな声と共に呆けて見せれば、


「隙があるぞ泥団子使いぃぃぃぃっ!」


 ビクト首はそこを逃さずに襲い掛かって来る。ただでさえ長い尻尾が通常ではあり得ないほどに伸びるのは、多分『魔獣喰らい』で取り込んだ能力なんだろう。尻尾をしならせて繰り出される斬り上げは明らかに人間離れしたもので、あまり馴染みがない。だが、確実に俺を捉える軌道だということは認識できた。


 あのサイズの剣から繰り出される斬撃なんてのは、正面から受けたいようなものじゃない。


「よっと!」


 だからこれまたギリギリまで引き付けて後退すれば、斬り下ろしがかすめた飛槌モドキの先端には奇麗な切り口が。やはりというべきなのか、剣そのものでもあるビクト首は切れ味も侮れないものを持っていたらしい。


「消し去ってくれるわ!」


 そして今度は、毒々しい色をした光が頭上に見えた。視線を上にやればそこにあったのは、大きく口を開けた左側のジマワ首。俺目掛けて放たれた破壊の光をかわし、


「逃がすものか!」

「くそっ!?」


 さらに間髪入れずにビクト首が仕掛けて来る斬り上げ。立て続けの回避を強要されたせいでバランスが崩れ始めていたこともあってか、かすめた前髪が数本、はらりと宙に舞う。


 さすがにこの波状攻撃は厄介だな。なら……


 ビクト首が勢いで離れた隙に、飛槌モドキをズビーロクソトカゲの真下へと向かわせる。あの図体ならば、そこに向けて破壊の光を放つことはできないはず。ビクト首だけならばいなすことも――


「逃がすものかと言ったはずだぞ泥団子使い!」


 だが、その進路に割り込むようにしてビクト首が真上からの突きを仕掛けて来て、


「ちいっ!」


 追い立てられるようにしてズビーロクソトカゲの真下から遠ざかれば、


「ハエのようにちょろちょろと!」


 今度は上から破壊の光が飛んで来る。


 さすがにさっきの自滅くらいは学習できたのか、それは右ガユキ首だけから放たれたものだった。とはいえ、単純計算でグラバスク島を消し飛ばした一撃の1/6になるようなシロモノなんてのは、これまた受けたいとは思えない。


 だから急制動で回避すれば、今度はそこにビクト首の横薙ぎがやって来て、そうかと思えば右ユージュ首からの破壊の光が放たれて、とっさに回避した結果として生じた隙へとビクト首が放った斬り上げが頬をかすめ、直後に右ジマワ首からの破壊の光が降って来る。


 やっていること自体は単純で、ビクト首の斬撃と上からの破壊の光を交互に繰り出すだけ。だがそれでも、どちらもマトモにもらえばシャレにならない威力がある上に、連携のタイミングだけは的確だった。


 このあたりは推測だが、連中は身体を共有しているような状況なんだろう。であれば、右手と左手の動きを合わせる程度の容易さで、あれくらいの連携は取れるということなんだろう。


 それに加えて、ビクト首の――正確には、先端にビクト首が生えている尻尾の柔軟性と伸縮自在っぷりもタチが悪い。身体の構造上、人の腕では到底不可能な動きをさも当然のようにかましてくるんだから。


「これならどうだ!」


 少しでも隙を作れればと、残っていた右腕に泥団子を発現。100『分裂』と『追尾』を込めてズビーロクソトカゲの腹部に食らわせてやるも、


「馬鹿な!?」


 驚愕声を漏らす。そこには傷のひとつも残ってはいなかった。


「もらったぞ!」

「しまっ……!?」


 俺が見せた隙を突くようにして、わき腹をかすめるような剣閃が頭上へと抜けて行き、急激に右半身が軽くなったような感覚があって、


 赤い飛沫を撒き散らしながら海面へと落ちて行くのは、さっきまで俺の右肩から先につながっていたモノ――俺の右腕で。


「ぐあっ!」


 一瞬遅れて激痛がやって来る。


 ……何だ?


 そんな中で不意に、連中からの攻撃がピタリと止まる。示し合わせるような素振りは見えなかったが、声に出さなくても意思を疎通できるということ自体は驚くようなことでもないんだろうけど。


 そして俺の前へと、ゆっくりとオビア首が伸びて来る。首が伸びるというだけでも大概だってのに、ニヤケ顔の馬鹿でかい人面がくっ付いているんだから気持ち悪さもひとしおだ。


「無様なものだな、泥団子使いよ」


 そんなオビア首はご満悦で嘲り笑い。さっきの怒り狂いぶりはどこへやら。どうせ、憎くて憎くてしかたない相手に深手を負わせられたことが愉快でたまらないとでも思っているんだろう。


「そりゃどうも」


 だから肩をすくめて適当に相槌を返してやれば、


「くくく……強がりはよせ。両腕を失った貴様には、すでに戦う力などあるまい。我には手に取るようにわかるぞ。今の貴様は、心の底から絶望しているのだろう?偉大なる神に逆らった自分は何と愚かだったのだと悔やんでいるのだろう?」

「さすがはオビア様です!いくら低能な単独型とはいえ、そこまで正確に心理を見抜くなんて……。これこそがまさに神の英知なのですね!」

「その通りだ」


 えぇ……


 あまりにも的外れなことをほざき合うクソ親子。


 たしかに現状は楽観できるようなものではないが、俺はまだ絶望なんてしていないし、勝つつもりでいる。当然ながらこの阿呆が偉大だなんて風にはこれっぽっちも思っていないし、こいつに喧嘩を売った行為そのものはまったく悔やんでいない。


 とはいえ、そのあたりの指摘は無意味だと言い切れる。少しくらいはこいつの人となりも理解できたつもり。


 芯がブレないというのはある種の誉め言葉だが、こいつは自分がそうだと()()()()()ことは何があろうとも訂正しないといった手合い。


 であれば、俺が否定してやったところで何も変わらないだろう。


 だが……


 現状を考えるに、時間が味方をしているのはズビーロクソトカゲではなく俺に対して。


 負わされた手傷はそれなりだが、いずれ好機がやって来ることは確定しているんだ。ならば今は焦らずに時間を稼ぎつつ、機を待つのが得策。


「お見通しかよ……。さすがは神ってところか」


 だから顔を歪めつつ、こいつの言い分を肯定してやる。


「ようやく理解したようだな。愚かな単独型とはいえ、その程度の知能はあったということか」

「だったら、その気付きに免じてここは見逃してもらえないだろうかな?チンケな単独型ひとり捨て置いたところで、お前には痛くも痒くもないだろう?」

「ふはははははっ!たしかに貴様など我にとっては虫ケラ同然だ。だが、思い返してみるがいい。貴様が我に対して働いた無礼を。神に対してあれだけの不敬。その罪は、1000度の死でも償えぬぞ?」

「……そこをどうにかしてはもらえないか?これでも俺は世間的には英雄ってことになってるんだ。利用価値はあるはずだぞ」

「ふむ……。では、我に跪き、己の不敬を詫びるがいい。そうすれば、考えてやってもいいぞ」

「ああ……このような単独型の愚か者に対しても何と慈悲深いお方なんだ……。泥団子使いよ、オビア様のお慈悲に泣いて感謝するがいい」

「……本当に見逃してくれるんだろうな?約束できるのか?」

「神は嘘など吐かぬ。いや、そのような必要など無いのだよ。貴様のような矮小な人間とは違うのだ。さあ、どうするのだ?我が戯れに与えた情けに縋らねば、貴様の死は確定だぞ?」

「……わかったよ」

「くくく、嫌そうに見えるのだが、我としては別に強要するつもりは無いぞ?誠意の無い謝罪に価値など無いのだからな」


 ったく、好き勝手言ってくれやがってからに……


 寝言は寝て言えアホ共が。気を抜いたなら、そんな叫びが喉元までこみ上げて来そうなところ。


 とはいえ、今は少しでも時間を稼ぎたいところでもある。


 仕方ないか。


 だから内心でため息を吐きながらで膝を付く。今は可能な限り、このクソくだらない茶番に付き合ってやるべきだろう。


「下賤な俺ごときが偉大なる世界神オビア・ズビーロ様に歯向かって申し訳ありませんでした。これからは心を入れ替え、オビア様に絶対の忠誠を誓います。だからどうか、この愚かな単独型にお慈悲を!」


 当然ながら心にも無いわけだが、言うだけならばロハ。1ブルグだってかからない。


「くくくくく……。ようやく自分の立場が理解できたようだな。ならば、貴様の罪を減刑してやろう」

「本当か!?」

「ああ。本来であれば死刑1000回分に相当する罪だが、そのうちの999回分を免除する。貴様の罪は、たった1度の死で許してやろう。刑を1/1000にまで軽減してやったのだ。泣いて感謝するがいい」

「ちょっと待て!?約束と違うだろうが!?」

「さて……我はそんな約束をした記憶は無いのだがな。ビクトよ、貴様はどう思う?」

「たしかに、オビア様はこの愚か者を助けるとはひと言も言っておりません」

「なっ……!?」

「そういうことだ。もう少し貴様の誠意が見えていたなら、助けてやっても良かったのだがなぁ?」


 どの口が言いやがるのやら。こいつほど誠意という概念からかけ離れた存在を俺は知らないんだが。


 付け加えるなら、「考えてやってもいい」などと言っていたあたりもポイント。つまるところは、「考えたけどやっぱり殺すことにするわ」なんて風に言ったとしても、嘘を吐いたことにはならないんだから。


 そもそもの話として、この自称カミサマには、約束は守るものだという思考があるとは到底思えない。


「そんな……頼むから見逃してくれよ……。あちこちに賄賂をバラ撒いて英雄になれて、その肩書でいい思いをできるようになったってのに……。美味いものをたらふく食って旨い酒を浴びるように飲んでいい女を侍らせて……俺は、もっと甘い汁を吸いたいんだよ!」

「ははははは!それが貴様の本性か!何という見苦しさだ。くくく……ますます我が下僕には相応しくないな。神の手で地獄に行けることを感謝するがいい!」

「なぁ、頼むよ……見逃してくれるならなんだってするから……」

「くどいぞ!貴様はここで死ぬ。それこそが神意なのだ!」

「そうかよ……」

「残念だったなぁ?貴様が己の分をわきまえていれば、まだ生き延びる可能性もあったというのに」


 残念、か……


 オビア的には心にも無い言葉なんだろうけど、残念だという点だけは俺も同意見だった。


 なにせ俺としては、無駄話による時間稼ぎはまだまだ続けたかったんだから。


 だが、無駄話が打ち切りになるのであれば方針を切り替えるまで。


 膝を付いたまま――姿勢を低くしていたのも好都合。


 そのまま飛槌モドキの後方に『爆裂付与』を発動して『みさいる』方式の急加速をかけ、


 ドスッ!


 鈍い衝突音が響く。


「オビア様!?」


 ビクトが慌てて声を上げるが、もう遅い。


「馬鹿が!調子ぶっこいてるからこうなるんだよ!」


 飛槌モドキの先端はオビア首の眉間にぶち当たっていた。


 けれど、


「くくく……。単独型である上に下賤で下劣で浅ましく、しかも非力とはな」


 オビア首からは一切の焦りや驚きは見て取れず、その口の端がニタリと吊り上がり、


「やはり貴様は、我が支配する世界に存在することは許されぬ」

「馬鹿な……。直撃だったはずだぞ!?」


 その眉間には傷のひとつも付いていなかった。


「そうら虫ケラが、吹き飛ぶがいい!」

「しまっ……!?」


 そのままゼロ距離からの頭突きのような形で押し飛ばされ、バランスを崩された俺は飛槌モドキから足を踏み外し、


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 出していて喉が痛くなりそうな悲鳴を上げて派手な水飛沫を伴って落下の勢いのままに、俺の身体は海中へと呑み込まれていった。

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