この剣を知ってる
クーラ、か。いろいろと気になるところはあるんだが……
西門前で昼飯のパンを食い終わり、それでも待ち合わせには少し時間がある。そんな中で待ち時間の使い方として思考が向いてしまうのは、やはりというかなんというか、ついさっき知り合ったばかりの相手のこと。
とりあえずはっきりしてるのは、いい奴だったということか。
なんとも雑なまとめ方だけど、事実としてそんな風に思えてしまうんだからしかたがない。なんというか、ラッツたちとは別の意味で、妙に馴染んでしまうとでもいうんだろうか。
そういえば……最初にあいつを見た時のアレはなんだったんだかなぁ……
自分でもよくわからない感情に突き動かされるようにして詰め寄っていたわけだが……
……まさかな。
考える中で浮かんだ可能性もあったわけだが、さすがにそれは即座に否定できた。
ひと目惚れ、なんてのはいくらなんでもあり得ないだろう。
だとしたら……実はどこかで知り合っていた?……いや、それもないだろうな。それこそナンパじゃあるまいし……
「よう!随分早いな!」
「もしかして待たせちゃった?」
そんな風にあれやこれやと考えていると、何から何まで対照的な仲良しふたり――タスクさんとソアムさんがやってくる。
「いえ。さっきまでここで昼飯食ってたので」
ああ、そういえば……
アパートからは近いわけだし、ソアムさんに至っては実際にあの店を知っている様子だったな。
「昼飯はユアルツ荘の近くにあるパン屋で買ってきたんですけど……」
ちなみにだが、クーラに勧められたパンはどれも美味かった。さすがに4つは多かったのか、少しばかり腹がキツくもあるんだけど、目的地まで歩くうちにでもこなれるだろう。それよりも知りたいのは、
「あそこのアルバイトのことってご存じです?俺と同じくらいの年で、長い黒髪の女性なんですけど。本人曰く、昨日からだそうなんですが」
「昨日からか?俺はここ5日くらい行ってないからわからんな」
「同じく。あ、もしかしてキオスの言ってたアレじゃない?忙しくなりそうだから新しく人を雇うとかなんとかって」
「忙しくなりそう、ですか?」
俺が行った時には他の客は居なかったんだが。
「うん。今度売り出す新商品。実はあたしも待ち遠しかったりするの」
「俺もだな」
「そうですか……」
なにかあいつのことを聞ければと思ったんだが……。さすがに昨日からとなれば、面識すら無いのも当然か。
「けどさ、あそこの店ってホントに美味しいよね。あたしは卵のサンドイッチがお気に入り」
「俺は魚の揚げ物を挟んだやつだな。アパートから近いのもあって、ウチの連中はみんなあそこの常連だぜ」
「近いだけじゃなくて、値段も手頃だし、メニューもちょくちょく入れ替わるから飽きないんだよね。ちなみにアズール君は何食べたの?」
「タマネギの炒め物を詰めたやつですね。なんでも店長さんが……」
っと、いかんいかん。
その件はここだけの話だって、クーラの奴は言ってたからな。ベラベラとしゃべり倒すのもアレだろう。
「じゃなくて、アルバイトの女性が勧めてくれたんですよ。大当たりでしたね」
「へぇ。新しいアルバイトの子にも興味あるし、あとで行ってみようっと。それで、どんな子だったの?」
「えーとですね……」
考える。ここであいつの印象を悪くさせるようなことはしたくない。
「明るくて気のいい奴でしたよ。あとは……」
だからここは無難に。少なくとも、俺が抱いた印象と比べても間違ってはいないはず。
「勘が鋭い……んじゃないかと思ってます」
これはあとから気付いたことだけど、俺が悩んでいるところに対して、あいつは図ったように的確な申し出を向けてくれていた。
「そっか。もしかして可愛い子だったりする?」
「……だと思いますけど」
愛嬌のある顔立ちをしていたのは事実だと思う。それに、満面の笑顔を見て『なんかいいよな』なんて風に、俺は感じていた。
「へぇ……。そうなんだぁ……」
するとソアムさんはなぜか、実に楽しそう……というか愉快そうな笑みを見せる。なぜか俺としては背筋が寒くなるんだが……
「アズール君ってば、その子が気になってるんでしょ?」
「そうですね」
その問いかけには即答できた。
最初にあいつの顔を見た時に沸き起こった激情。その正体は今でも気にかかっているんだから。
「そこは認めちゃう人なんだ……。もっとシャイだと思ってたんだけど、ちょっと意外かも」
どの辺が意外なんだろうか?さっぱりわからん。付け加えるなら、過去の所業を思えば、俺はむしろ恥知らずに分類されるとも思うんだが。
「よし!そういうことなら、あたしが協力してあげるよ」
さらにはそんな申し出を口にする。
その気持ち自体はありがたいんだけど……
「いえ、俺自身の問題なんで。気持ちだけ頂いておきます」
申し訳ないともおもうが、そこは断らせてもらう。
「そっか。あくまでも自分自身の力で、ってことだね。頑張ってね、応援するから」
「……えーと、ありがとうございます?」
なんだろう?俺とソアムさんの間に認識のズレがあるような気がしなくもないんだけど……
「なんだかよくわからねぇけどよ、そろそろ行かねぇか?」
「あ……。それもそうですね」
脱線のきっかけは俺が提供してしまったとはいえ、タマ狩りに行く待ち合わせの最中だったか。聞いた話では、目的の場所――キセナ平原まではそう遠くない。徒歩で片道30分ほどとのことだったが、それでも日暮れまでには戻ってきたいところ。
「じゃあ、あらためて……。よろしくお願いします!」
「おう!任せときな!」
「しっかりサポートするからね!」
そうして、3人で西門を後にして――
支部に戻ったのは、陽が傾き始めた頃。
「ただいま戻りましたぁ……」
「おかえりなさい。……アズールさん、なんだかお疲れのようですね」
「はは。そうかもしれないです。それはそれと……納品、お願いします」
シアンさんに迎えられつつ、カウンターに向かう。
「はい。タマ狩りでしたよね」
「ええ」
少し気が引ける部分もあるんだけど、成果を腐らせるわけにも行かない。
「結構量があるんですけど……」
そっとカウンターに置くのは、たっぷりの残渣が詰まった袋。
「こっちも頼むぜ!」
「お願いしまーす」
ドン!ドン!
そんな音を立てて続くのはタスクさんとソアムさん。こちらは遠慮も無しに、パンパンとかギッチリなんて表現が似合いそうな袋をカウンターへ。
「……はぁ」
さっきは怒られたばかりだし、今回は量が量。気を悪くするんじゃ……なんて危惧を俺が勝手に抱いていたシアンさんが見せるのは疲れたため息で、
「本当にお疲れさまでした。アズールさん」
なぜか俺だけに、とても優しい目で、そんな労いをかけてくれる。まあ、主に精神的な意味で疲れてたのも事実だけど。
そんなシアンさんが俺以外のおふたりに向ける目はどこか冷ややかで、
「どうせタスクさんとソアムさんが言い出したんでしょう?誰が一番多く倒せるか勝負しよう、とでも」
見事なまでにお見通しだった。
最初はいろいろとアドバイスを受けつつ、あれこれと彩技を試しながら獲物を狩っていたんだけど、途中からはそんな流れになっていた。
「妨害は有り。ただし、誰かに怪我をさせた場合は反則負け。そんなルールですよね?」
「おっしゃる通りでございます……」
続く不可疑問もこれまた正鵠を射抜くもので、
「あの……。もしかして、よくあることだったりするんですか?」
「ええ。だいたい月に5回程度は」
頻度高いな!
シアンさんの口ぶりから予想は付いていたとはいえ、思った以上にハイペースだった。
「念のため確認しておきますけど……」
そう言って目を向けるのはタスクさんとソアムさんに。
「他支部の新人はいませんでしたよね?」
「そりゃもちろん確認済みだってば」
「いくら他の支部所属だからって、新人の獲物を奪うような真似はやらねぇよ」
「それなら、何も問題はありませんね」
ああ、そういう事情もあるのか。
俺はそこまでは気が回らなかった。
ラッツたちにしてもそうだったけど、ほとんどの新人が最初にこなす依頼がこのタマ狩りなわけで、その標的を根こそぎかっさらったとあっては、さぞや話がこじれていたことだろう。
そのあたりはさて置き、今日のあれこれは俺としてもいい勉強になったと思う。
手を抜くのも失礼になるだろうし、俺自身がこの手の競争は好きな方だということもあり、彩技総動員の全力で勝負に臨んだんだけど……
俺の戦果を詰めた袋が『一杯』程度でしかなかったのに対して、タスクさんやソアムさんの袋は『ギッチギチ』。まあ、そういうことだった。
まずタスクさんの方だけど、あの巨躯でなんでそこまで!?なんて思えるほどに鮮やかに軽やかに、俺やソアムさんの攻撃をかいくぐり、時には斬り飛ばして(ルール上妨害はOKだったので)的確に獲物を切り捨てていた。挙句、それらと同時進行の上で、魔獣からの不意打ちを喰らいかけた俺のフォローまでしてくれて。ガドさんからも聞いてはいたけど、あの立ち回りは本当に圧巻だった。
一方のソアムさんだけど、これまたガドさんの言ったように、インパクトがすごかった。下手をすればこっちまで巻き添えを喰らいそうなバトルスタイルだっていうのに、実際にはただの一度も俺やタスクさんに当てることもなく、それでいて俺やタスクさんの攻め手だけは的確に潰しつつ、標的には確実にぶち当てていくんだから。
『追尾』『分裂』という、この勝負では大いに有利に働きそうな彩技を持っているにもかかわらず、俺のスコアがご覧の有様だったのは、このふたりがすごすぎたからというのが一因で間違いない。もちろんのこと、俺の未熟さというのも大きいだろうけど。
そう言えば……
ふと気になったこと。
ソアムさんたちのランクってどれなんだろうか?むやみに聞くのも失礼だろうということで、聞きはしなかったわけだが、あの戦いぶりを見る限り、俺なんかよりもはるかに経験が豊富なんだろう。
だがそうなると、年齢はいくつなのかというところも気になってくる。これまた失礼な問いになりそうなので聞いてはいない。けれど、俺と同じか、あるいは俺よりも年下という感じの外見をしているソアムさんも、虹追い人になれる下限が15というあたりを考えるに、実は20近いんじゃないか、なんて話になるわけで。
「ところで、アズールさんはこの残渣をすべて納品ということで本当によろしいのですか?」
「ええ。俺としてはそのつもりでしたけど……」
っと、今は関係の無い話だな。
思考を目の前の現実に戻す。念を押すように問うてくるシアンさんの口ぶりは何かが気にかかっている風で、
「何かマズかったですか?」
「いえ、マズくはないんです。常に需要はありますし。ただ、取り込まなくてもいいのかと思いまして」
「そのことでしたか」
希少な残渣は強力な魔具の材料になる。だから、いくらでも手に入るような残渣は心色強化のために取り込まれることが多い。一般的にはそんな風に言われているんだけど……
「俺の心色って、現状だと分不相応に強力だと思うんですよ」
原因の大半は、ニヤケ野郎こと大陸喰らいの残渣を取り込んだことなんだが。少なくとも、『爆裂付与』あたりは、威力がありすぎて逆に使いづらいという認識だ。
「ですから、俺自身の成長が追い付くまで……。少なくとも、今ある彩技を完全に使いこなせるようになるまでは、残渣の取り込みは控えようかと思いまして」
「……そういえば、先日も言っていましたね。不相応なモノを手にしてしまった虹追い人の末路はロクでもないとか」
「ええ。師匠の教えです。俺自身、自分の未熟さは痛感してますからね。道を踏み外す原因になりそうな要因は可能な限り排除しといた方が無難なんじゃなかろうかな、と思う次第でして」
「…………私も連盟支部で働くようになってそれなりに経ちますけど、アズールさんみたいな新人って初めて見ましたよ」
「それは俺も思ったわ」
「同じく」
タスクさんやソアムさんまでもがうなずく。俺としては、当たり前のことを当たり前にやろうとしているだけなんだけど。
「まあ、それだけ師匠に恵まれたってことでしょうかね。ハディオの方角には足を向けて寝れませんね、これは」
まあ、理由があるとしたらそのあたりだろう。
「…………本当に、どこをどうやったらこんな精神性の新人が育つんですかね?」
俺を見るシアンさんの目が、奇矯なモノを見るようなそれに変わってきた気がするんだが……
「そ、そういえば……ついさっき新しい彩技が増えたんですよ」
どうにも居心地が悪い。だから、話を逸らす。こっちも事実ではあるんだし、どの道報告はするつもりだったけれど。
「新しい彩技ですか?試し打ちが必要でしたら担当しますけど」
「いえ、そこは大丈夫です。すでに済ませてますから。それに、穏便なシロモノでしたし」
威力がありすぎて使いどころが制限されすぎな『爆裂付与』の例もあったから、身構えもしたんだけど、内容を見て安堵したくらいだ。
「『発光』っていうんですけど……百聞は一見に如かず、ってやつでしょうか」
だから、そんな新彩技を込めた泥団子を手のひらに生み出す。
「なるほど……。たしかにこれは『発光』ですね」
そうすれば、シアンさんも一瞬で理解してくれる。それほどにわかりやすい内容。俺の手にある泥団子は光を放っていたわけで。
「……綺麗ですね」
そんな感想にも同感だった。
放つ光は、虹の七色が共存しているようなもの。今はまだ日が出ている時間だが、夜になってから出したら更に綺麗なんだろうなぁ、なんてことは俺も思っている。
「とりあえず、夜道を歩くときには役に立ちそうですかね」
目くらましに使えるような光量ではなく、現時点では本当にそれくらいしか使いどころは見当たらないんだが。まあ、そのあたりも追々探していけばいいだろう。
「ちなみにですけど……表面だけが光ってるんじゃなくて、泥全部が光ってるって風です」
泥団子をふたつに割れば、その断面からも同様に光が。
「ホントに綺麗だよね。あ、そうだ!この泥団子使ってさ、そこらへんの壁に絵とか文字とか書いてみたらどう?夜になって光で浮き上がるのって素敵じゃない?」
「……うぐはっ!?」
ポンと手をたたいてソアムさんが提案してくること。たしかに、それ自体は綺麗なのかもしれないけど……
「って、どしたの?急にボディブロー喰らったみたいな声上げて」
「……なんでもないです」
俺の中の、元クソガキだった部分には言葉通りに、ボディブローを入れられた気分だった。
泥を使って、近所の家の壁に無断で『アズール参上』なんて落書きをしていたのはどこのアホタレだったのやら。本当に死ねばいいのにそいつ。
「それは私も見てみたいですね。心色であればすぐに消すこともできるわけですし、今夜にでもアパートの壁でやってみますか?そういうの、セラも喜びそう」
「そ、そうですねぇ……」
複雑な気分ではあるんだけど、それならば迷惑にはならないだろうし、シアンさんやソアムさんに望まれるとなれば、心情的にも断りづらい。
「……そうか!」
「って、どうしました?」
どうしたものかと考えていると、急に声を上げたのは、黙り込んでいたタスクさんで。
「なあ、アズール!」
「は、はい」
がっしりと俺の肩を掴んで、
「お前のその『発光』。もしかしたらとんでもない可能性を秘めてるかもしれねぇぞ!」
興奮した面持ちで、そんなことを告げてくる。
「可能性、ですか?」
「ああ!」
俺のオウム返しにタスクさんが見せるのは、力強いうなずきで。
「アレは確か……少し待っててくれ」
それだけを言うと、奥――方向的には中庭の訓練場だろうか――へと言ってしまう。
「なにを思いついたんでしょう?」
「さぁ?」
「さっぱりです」
そんなもっともな問いをかけてみるも、ソアムさんもシアンさんも首をかしげるばかり。
「待たせたな!」
そうこうするうちに、宣言通りにすぐに戻ってきたタスクさん。その手にあったのは木の棒……じゃなくて木剣だった。
木剣というのは主に訓練で使われる武器で、俺も師匠から散々に――1000を超えていても驚かない自信があるくらいには――打ち込まれてきたものだ。
「じゃあアズール。『発光』を込めた泥団子をもらえるか?」
「了解です」
ともあれ、タスクさんは『発光』の可能性を実演してくれるらしい。だから言われるままに、光る泥団子を手渡すと……
グチャ!
「って、急にどうしたのよ!?ついに狂ったの!?」
ソアムさんのツッコミは中々に酷い物言いだけど、タスクさんの行動が奇妙だったことも事実だと思う。なにせ、受け取った泥団子をいきなり握り潰したんだから。
「よし。これを……」
怪訝そうな目を向けるのはシアンさんや俺も同じだったわけだが、タスクさんは意に介した風でもなく、むしろ上機嫌で光る泥を木剣に塗りたくり始める。
「……これだけじゃ足りないか。アズール、追加を頼めるか?」
「は、はい……」
意図はわからないけど、これまた言われるままに応じる。
「……完成だ」
さらに見守ることしばらく。満足そうなつぶやきと共にタスクさんが木剣を高々と掲げ、
「どうだ!」
得意満面といった顔を向けてくるんだけど……
さっぱりわからん!
それが、俺の抱く感想。
「ゴメン。あんたがなにやりたいのか、まったくわかんないや」
ソアムさんに感謝。俺が思うことを、そのまま言葉にしてくれた。シアンさんも同意するようにうなずいているあたり、当のタスクさん以外には意味を理解できていなかったらしい。まあ、すぐにでも説明してくれるだろう。
「おいおい……。これでもわからないとか、らしくねぇぞ?しょうがねぇなぁ。アズール、お前が教えてやってくれよ」
「うえぇっ!?」
と、油断したのがマズかったのか。流れ玉が飛んできた。
「えっと……」
慌てて考えるも、自信を持てるような答えが急に浮かぶわけもなく、
「たいまつの代わり、ですか?」
「嘘だろおい……」
それでもどうにか出した答えに返されたのは、信じられないといった驚きの表情。
「じゃあ――」
「私にもわかりませんからね」
流れからして、次は自分の番と予想したんだろう。先手を取ってタスクさんの言葉に被せるように、シアンさんが告げる。
「マジかよ……。信じられねぇ……」
そうなるとタスクさんは戦慄したように後ずさり。
しかたないか……
ともあれ、説明してもらわなければどうにもならない。
「申し訳ないです。俺では、結論にたどり着くことができませんでした。お恥ずかしい限りではありますが、不甲斐ない俺に説明してはもらえないでしょうか?」
だから頭を下げる。まあ、9割がたは本心でもあるんだけど。タスクさんの人柄を見る限り、これで無下にはしないだろう。
「そ、そうだな。と言ってもシンプルな話なんだけどよ……虹色に光る剣って言ったら、誰かを思い出さねぇか?」
「……ああ!」
ポン!と手を叩く。そう言われれば、俺にだって思い当たるところはある。
「……なるほど」
「そういうことね」
そして、同じく理解できずにいたおふたりも同じようだった。
「クラウリア、ですね」
たしかに、虹色に輝く剣と言ったら、クラウリアの代名詞のようなもの。タスクさんの手にあるのが木剣である以上、本体の色は白じゃなくて茶色なんだけど、そのあたりはどうでもいいことか。
「ああ。俺はよ、ガキの頃からクラウリアに憧れててな……その辺で拾った棒切れを虹剣に見立てて振り回すとかやってたんだよ」
「それは、俺も経験ありますね」
俺だけじゃなくて、バートたちにも同じことは言えるんだけど。
「あたしもやったなぁ。懐かしい」
「私は経験ありませんけど、近所の男子がやっているところは見た覚えがありますね」
やはりというべきか、同じ遊びをやった人はそれなりに居たらしい。
「んで、お前の『発光』を見て思ったんだ。これは行ける!ってな」
「そういうことですかぁ……」
つまり、タスクさんの言う『可能性』というのは、リアルなクラウリアごっこができる、ということだったわけだ。
……まあ、7年か8年くらい前の俺だったなら、目を輝かせたのかもしれないけど。あるいは、魔具屋の跡取りことルカスあたりなら、素直に喜びそうな気もする。
タスクさんに関しては、俺が失くしてしまったような純粋さを失わずに持ち合わせている、ということなんだろう。……多分。
「……少しでも期待した私が馬鹿でした」
「あたしはむしろ安心したかも。タスクが相変わらずタスクでさ」
だから、ソアムさんシアンさんの目が冷ややかなのも、きっと気のせいだ。そうに違いない。
「なんでお前らそんなにテンション低いんだ?……ああ、剣自体が白くないから萎えちまってるのか?だったら、鍛冶屋に頼んで白剣でも造ってもらうか!」
「いや、そういう問題でもないと思いますけ……ど?」
んん!?
虹剣モドキを見ていたら、不意に引っかかりを覚えた。
前にもどこかで虹色に光る剣を見たことがあるよな?
ごく自然に湧き上がるのは、そんな思考。
「……ちょっとその剣を貸してもらってもいいですか?」
「おう」
そうして受け取った虹光まとう剣を眺める。
やっぱり俺は……
「この剣を知ってる」
「そりゃクラウリアの逸話だろ」
「いえ……。そうじゃなくて……」
物語とか本ではなくて、実際に見たことがあるような気が……
キンキン!キンキン!
「なんだ?」
そんな思考を遮るのは、唐突に響いた甲高い音。
「連盟からの連絡ですね」
カウンターにあった鏡――連盟の各支部をつないでいるという魔具――をシアンさんが指でなぞり、
「……え?」
その表情がこわばる。
「何かあったんですか?」
「え、ええ。……アズールさん。落ち着いて聞いてくださいね」
その口ぶりに緊張感が湧き上がる。わざわざそう前置きするってことは、俺にとって重大かつロクでもない話になるんだろう。表情を見ればなおのことだ。
だから覚悟を決める。
「レビドア湿原奥の洞くつで――」
レビドア湿原。たしかそこは、腐れ縁共が魔獣の討伐依頼に向かった場所だ。
「――バートさんが重傷。ラッツさんが転落し、行方不明になりました!」
けれどそんな覚悟は一瞬で粉砕される。
滑り落ちた木剣が響かせる硬い音が、やけに遠かった。




