あと10秒の人生だがな!
オビア・ズビーロ。
声にするだけでも気分が悪くなりそうなその名前をついうっかりと不本意ながら口に出してしまいつつも、『超越』で加速された思考が回り続け、
その中で浮かんだのは、俺が最後に目にした姿。ビクトに跳ね飛ばされ、白目をむいて気絶していた様子で、
そこを起点として、オビアとビクトに関するあれこれの不審点がカチリカチリとかみ合わさり、
……ああ、そういうことだったのか。
どうしてこんなことになっているのかという疑問の答えが組み上がる。
はっきりしないのは、クソトカゲの残渣が見当たらなかった原因がどちらなのかということくらいで、それ以外にはおおむね納得の出来る結論に至ることができていた。
「フン!驚きのあまり声も出ないようだな。所詮、貴様のような下等な単独型の頭ではなぁ?」
考え事をしていて黙り込んだ俺を、この阿呆はそう解釈したらしい。
まあ、好都合ではあるのか。答え合わせをしておきたいというのもあるし、今は付き合ってやるとしようか。
「いや!そんなはずはない!お前はウィジャス騎士団長に首を跳ねられて死んだはずだ!生きているはずがないんだ!」
だからオビア――いや、クソズビーロとでも呼ぶのが的確か――が喜びそうな、訳が分からずに取り乱した風を装ってやれば、
「くくく……。だから貴様は愚かなのだよ」
ご満悦に笑い、
「まあいい。今の私は気分がいいからな。貴様ごときでも理解できるように説明してやろう。私の慈悲に感謝するがいい」
ご親切にもそう申し出てくれやがる。
そういえば、ビクトも似たような感じだったか。
あれはあれで頼んでもいないのに、わざわざ『魔獣喰らい』についてしゃべり倒してくれたんだったか。
まあ、手の内を自慢したいというのもわからなくはないんだが。
クソトカゲの残渣が見当たらない理由は、俺にとって望ましくない方だったわけか……
むしろ俺にとってはその方が問題。
奴の気分がいいというのは、そういうことなんだろうから。
だがタイミングを考えたら、十分に慣らすというのは時間的に不可能。ビクトとやり合った時のことからしても、そこが付け入る点になりそうなのは幸いなのか。
「教養の無い貴様にはわからぬことだろうがな、この世界には寄生体という魔獣が存在しているのだよ」
「寄生体?」
「フン!その様子ではやはり知らぬようだな。これだから低能な単独型は……」
適当に返してみたオウム返しはそう解釈されたらしい。
寄生体と言うのは滅多に発生しない魔獣。そして俺は実際にやり合ったことがある身の上。その意味では、むしろエルリーゼに生きる人の中でも寄生体のことを良く知っている部類に入るんじゃないかと思うところなんだが。
当然ながらそのあたりは口には出さない。今は時間を稼ぎつつ、そのついでに気分よく情報を垂れ流しにしてもらうことに専念だ。
「……それくらいは知ってるさ。察するに、お前は寄生体に食われたってことなんだろう?」
だからそんな問いをかけてやれば、
「ははははははっ!単独型の知能ではそれが限界なのだろうなぁ?」
それはもう嬉しそうに嘲笑を浴びせて来る。
「……さっきの氷槍とその背中の羽を考えれば、寄生体に乗っ取られてる以外では説明が付かないだろうが」
普通に考えれば、それは妥当な結論だったはずだ。
こいつは4種複合だったと記憶しているが、その中には氷や羽と言うのは含まれていなかったはずなんだから。
「くくく……。はーっははははははははっ!」
けれどクソズビーロはなおも馬鹿笑い。
「何がおかしい?」
「貴様の愚かしさに決まっているだろう。低能な単独型だとは思っていたが、まさかこれほどだったとはな。私のような傑物が寄生体ごときに乗っ取られるなど、あり得ないのだよ!」
傑物、ねぇ……
どう考えてもこいつはそう呼ばれるような存在ではない。自分で自分のことを傑物とか言うなよというツッコミも喉元まで出かかってはいたが、そこは飲み込んでおく。
「我が一族の恥さらしであるビクト由来というのは不愉快だが……」
そして自分の息子を恥さらし扱い。あれを擁護するつもりは皆無だが、恥さらし具合ではこいつの方がよっぽど上だろうに。これも今は黙っておくが。
「あの恥さらしは『魔獣喰らい』で寄生体の力を手にしていたのだ」
「何だと!?」
やっぱりか……
クソズビーロに合わせて口では驚いてやったものの、そのあたりもさっきたどり着いたばかりの結論には含まれていた。
寄生体と言うのは宿主を変えるたびに対象の心色や精神のすべてを食い尽くして自分のものにしてしまう魔獣であり、寄生体が出て行けば精神を食われた身体は抜け殻同然になってしまう。
言い換えるならそれは、抜け殻となった身体を自在に操れるということ。であれば、眠っている身体であろうと問題無く動かせるということなんだろう。
ビクトと対峙したあの日。不意打ちでクーラの『ささやき』を受けたビクトは即座に眠らされていた。それは『ささやき』が効いていたから。
けれどすぐに目を覚ましていたのは、奴の中にある寄生体の能力で身体を操っていたからなんだろう。
だから、傍目にはあっさりと『ささやき』から脱したように見えていたんだ。
クラウリアでもなければそんなのわかるはずが無いだろ!と叫びたくなるような話あると同時に、あの時の俺がそこまで思い至れていたならクーラを失うことも無かったわけで、その点が悔しくもある。
「あの恥さらしは貴様ごときに敗れたわけだが、最後の瞬間にそのすべてを私に捧げていたのだよ」
……だろうな。
これもまた考えた通りだった。
オビアへと歩み寄る途中で血の塊を吐き出し、力尽きて倒れる。
これが、俺の記憶にあるビクトの最期。
すべてに投げやりになっていたあの時の俺は、ぼんやりとその様を眺めていただけだった。
けれど注意深く見ていたなら、ビクトが吐き出した血塊の中に寄生体が混じっていたことに気付けたのかもしれない。
そして血塊が飛んだ先はオビアの顔面であり、その口から体内へと寄生体が入り込んでいたんだ。
直後にビクトが満足気な様子を見せたのは、自分のすべてを託すことができたから。
「どうしようもない単独型の出来損ないであり、偉大な父であるこの私に逆らうようなクズではあったが、その点だけは認めてやってもいいだろう」
「なら、首を跳ねられたはずのお前が生きてるのは……」
「再生しただけのことだ。それくらい、私には容易いのだよ」
……借り物、というか自分の子供から与えられた力でよくもまあそこまで偉そうにできるな。その厚顔さだけは羨ましくもあるぞ。
ともあれ、オビアの首から下が消え去ったのはそういう理屈だったわけだ。『魔獣喰らい』の力――馬鹿トンボの羽を使えば、人ひとりが夜闇に紛れて姿を消すくらいはさして難しくもないはず。
「さて、泥団子使いよ。何故私がこのような場所に居たのか、貴様にわかるか?」
答え合わせがおおむね終わったところで、かけて来るのはそんな問い。
「追っ手を恐れてたんだろう?なにせお前は、すでに死刑が確定してる犯罪者なんだから」
「本当に貴様の愚かさは底が知れぬな」
はいはいそうですかそれは良かったですね。
どうせ間違っているとわかった上での返答なんだし、そもそもがこいつとは言葉は通じても話が通じるとは最初から思っていない。だから愚かと言われても何も感じることはなく。
「私がこの島に来たのは、『魔獣喰らい』によってすべてを凌駕する力を手に入れるためだ」
うん知ってた。そもそもがビクトの話を聞いた時点で、『魔獣喰らい』の使い手が力を高めるにはこの島で狩りをするのがもっとも効率がいいと思ってたくらいなんだし。
「どこまでも愚かな貴様だが、私が究極の力を手にしたこの時にやって来た点だけは褒めてやろう。まずは手始めに、貴様に神罰を下してやる」
神様気取りはどうでもいいとしても、そのあたりも思っていた通りだった。
ビクトが俺に敗れている以上、俺をどうにかするためには今以上の力が必要と考えるのは妥当なところ。
ここに来るまでに魔獣に襲われることが無かったのは、こいつがこの島の魔獣を狩り尽くす勢いで殺し続けていたから。最初の1匹さえ殺せれば、あとは加速度的にそのペースは上がっていたことだろう。
そして魔獣を殺した分だけ力を増すと考えれば、今のこいつはあの時のビクトよりも数段……いや、ついさっき起きたであろうことを考えれば桁違いに強いはず。
俺の方もあの時は色源の大半を使い切っていたのに対して今は万全。そのあたりを踏まえれば、一方的に不利になったとは思わないが。
「その次は私から不当に宰相の座を奪った愚王ルクードを八つ裂きにし……いや、生かしたままで目の前でエデルトに生きるすべての者を殺してやろう。あの愚王の罪はそこまでしても許されないほどに重い。ははは……どんな醜態を晒すのか楽しみだ」
へぇ……
「それが終わったらテミトスだ。この私を不当に投獄した罪は決して許されるものではない。こちらもひとり残らず殺してやるぞ。そうすれば、他の大陸に生きる奴らも私の偉大さを理解し、服従することだろう。私がこの世界を支配する礎になれるのだ。罪人共は地獄で泣いて感謝することだろう」
ほぉ……
随分と大仰なことを言い出したものだ。
しかも困ったことにその口調には冗談の色は無く、100%本気で言っているらしい。
そしてさらに困ったことに、こいつにはそれを実現できるだけの力が備わってしまっている公算が高い。
クソ長男やビクトに関しても似たようなことを思った記憶があるが、トチ狂った阿呆に桁外れの力があるとか、勘弁してほしいところなんだがなぁ……
心の底から切実にそう思うところ。
そして俺としては、こいつの目論見なんてのはどうあっても看過できるわけがない。
となればその第一歩。手始めに俺を殺すというところで頓挫させ、そのまま地獄に落ちてもらうしかないわけだ。
何よりも誰よりもクーラのために。
「貴様、私に逆らうつもりか?」
だから引き解いた白リボンで虹剣モドキを形成してやれば、このド外道でもその意図くらいは読み取れたらしい。
「逆らう程度で済ませると思うなよ?お前はキッチリとここで潰させてもらう。お前ら一家との因縁もいい加減ウンザリして来たんでな。今度という今度こそ、この場で木端微塵にしてやるよ」
「馬鹿め!あの恥さらしに勝ったくらいでいい気になっているようだが、貴様が勝てたのはあのクズが単独型だったからだ。あの出来損ないと同じ単独型の貴様が4種複合の持ち主である私に勝てるつもりでいるとはな」
この期に及んでも複合至上主義。本当にこいつの頭の中はどうなっているのやら。どう考えたってこいつの強さに占めるウェイトは『魔獣喰らい』によるところが大きいだろうに。
「勝負に絶対は無い、なんてのはたまに聞く話だろう?」
山ほどのハンデがあったとはいえ、俺がクラウリアを負かしたことだってあるくらいなんだ。それくらい、勝負というやつはどう転ぶのかわからないもの。
付け加えるなら、いかにして自分に有利な状況を作れるかというのは、勝敗の天秤を傾ける上では重要なことだろう。
「ならば貴様の力とやらを見せてみるがいい。単独型の無力さを思い知らせてやろう!」
「やれるものならやってみやがれ!と言ってもお前は……」
そうして俺が空を見上げればクソズビーロも釣られて顔を上に向け、
「うぎゃああああぁっ!?」
腐り切った性根が反映されたように耳障りな叫び声を撒き散らす。
その理由は見上げた先。
夜も遅かったはずの空が唐突に、真昼の太陽をいくつも並べたらこうなるんじゃないかと思えるほどに激しい光を放ったから。
結果として、無警戒にそれを見てしまったクソズビーロは見事に目を灼かれたというわけだ。
「あと10秒の人生だがな!」
当然ながらこの光は俺の仕業。
興じる間に俺の下準備を完了させることができたと思えば、まったくと言っていいほどに意義の無い心の底からくだらないと思える無駄話にもそれなりの価値はあったということらしかった。




