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心の色は泥団子 虹を捕まえ連れ立って  作者: 追粉
7章 実質白
223/255

世の中、平穏無事が一番だ

 それは例によって例のごとく、前にクーラから聞かされた話。


 記録として残されているのは過去にクラウリアが討伐した1体だけで、それでも甚大なんて言葉が生温く思えるほどの被害を出した存在。


 けれど実際には、その個体以外でもこれまでに8体がこの世界に襲来しかねなかった存在。


 名前だけであればこの世界に生きるほとんどの人が知っているだろう。知名度だけならばクラウリアにだって匹敵しそうな存在。


 当時を生きた高位の虹追い人が数千人単位で合力してすら、まるで歯が立たなかった。そんな、最強の魔獣とも言われる存在。


 それが、星界の邪竜。


 クラウリア(クーラ)にしてみれば、面倒だけど放置するわけにもいかないから始末する程度のクソトカゲでしかなかったとはいえ、この世界にとっては十分すぎる脅威。


 だから、自分が異世界に呼び付けられて不在の時にやって来た場合に備え、クーラは月の裏側に迎撃用の施設を用意していた。


 あの光はエルリーゼに向かって来る星界の邪竜目掛けて放たれたものだったんだろう。


 問題なのは、あれで仕留め切れるのかという点。


 たしか聞いた話では……あの施設は星界の邪竜を察知すると、仕留めるまで攻撃を繰り返すというシロモノだったはず。そして現時点では、最大で5発撃てるとのことだった。


 であれば、4回以内に収まってくれたなら、無事に仕留め切れたということになるわけだが……


 あれだけの光量であれば、見落としたというのは考えにくい。つまりは、今の光が初撃だったということ。


 そんなことを考えるうちにも、2度目、3度目と光が弾け、4度目の光が放たれる。


 願うのは、頼むからこれで打ち止めになってくれということ。


 そして、


 願いに反して放たれた、5発目にして最後の光芒。それは、これまでの4回よりもはるかに――ほんの一瞬だけとはいえ、夜空を白く染め上げるほどに――眩しかった。


 多分あれは、俺が見ている前でクーラが瞬殺した個体の残渣を使ったものだ。


 星界の邪竜の強さは首の数に比例するらしく、あの時の個体は9頭。それはクーラですら初めて目にするという話だった。であれば、その残渣を消費して放つ攻撃も相応に強力だったということになるんだろう。


 これで決まったと願いたいところだが……


 最後の一撃もまた、これまでと同じように弾けて消えて、


「本当に、次から次へと面倒事がやって来てくれやがる……」


 その気持ちに一切に偽りは無かった。


 それからほどなくして、空から落ちて来る巨大な火の玉らしきもの。


 今でも語り継がれている逸話に照らし合わせるならあれは、仕留め切れなかった星界の邪竜なんだから。


 ……どこに落ちる……ってまさか!?


 火の玉が落ちて来る先は俺の前方。しかもそれは決して遠い場所ではなく。


 そこにあるのは、誰も寄り付かないであろう無人島。エルリーゼでもっとも危険な魔獣生息域と名高い、グラバスク島。


 それなりの距離があるというのに、落下の轟音が耳に、衝撃が皮膚に響いて来る。


 そして――


 仕留めきれなかった、か……


 パッと見の印象では、さっきまでは無かったはずの山がそびえ立っているように見えた。


 けれどそれは山ではなく星界の邪竜。


 なんてデカさだよ……


 うごめくように起き上がる姿。


 目にするのはこれで2度目とはいえ、他のどんな魔獣とも比較にならないほどに巨大。


 しかも7頭かよ……


 そしてその巨体ゆえに、月明りの下で遠目でもそう視認できた。


 過去にクーラに連れられて行った際には、怯えの方が先に来てしまっていた。


 けれど俺もあれから少しは成長できていたということなのか、これはこれである種のかっこよさがあるのかもしれないなんて風にも思えていた。


 例えばだが、物語の中で主人公の相棒的な存在として描かれるなら、惹かれていたのかもしれないというくらいには。


 とはいえ、俺が立っているのは現実。


 となれば……


 唯一記録に残されている星界の邪竜。当時の虹追い人が数千人がかりでも歯が立たなかったと言われている個体が5頭だった以上、それよりもはるかに強いということなんだろう。


 ……捨て置くわけにはいかないな。


 腹が決まるのは一瞬。


 大昔にマルツ大陸で暴れに暴れた個体はクラウリアの手で討伐されたわけだが、その際のあれこれでクーラは辛い思いをしたとも聞いていた。


 それを思えば、あの星界の邪竜――クソトカゲのせいで被害が出るなんてのは、俺としては到底許せるものじゃない。


 当時の個体が海を渡っただとか、空を飛んだとかで他の大陸に渡ったという記録は無い。それならば、グラバスク島に留まる分にはさほど問題が無いのかもしれない。


 だがそれでも、楽観して野放しにしていたせいでロクでもない事態に、なんてのは勘弁願いたい。だから、やるなら早い方がいいだろう。


 ……まあ、その前にクーラには連絡しておいた方が良さそうか。


 あいつのことだ。俺が独断で突っ込んだなら、後々文句を言われそうな気がしなくもない。というかむしろ、絶対に機嫌が悪くなる。


 それに確実性を取るのであれば、クーラにも同行してもらった方がいいだろう。


『待ってたよ、アズ君』


 クーラへと心の腕を伸ばす際、俺は完全な無防備状態になってしまう。だから海上でそれをやるわけには行かないわけだが、少し探したところで手頃な岩礁を発見できたのでそこに着地。そして『念話』がつながるなりやって来たのは、ついさっきと似たような第一声。


 もっとも……


『今の光、お前も見てたんだな?』


 そこから伝わって来る雰囲気は真剣そのもの。クーラの方でもそれなりの事情は把握していたということなんだろう。


『それはね。あれだけ派手に光ってれば嫌でも気づくよ。正直、なかなか『念話』が来ないから心配してたくらい』

『……ルカスへの手紙で悩んでて、気分転換に海上散歩をしてる最中だったんだ。それで、降りる場所を探すのに手間取った』

『なるほど。まあ、君が無事で良かったよ』

『ちなみに俺の現在位置はグラバスク島の近くで、クソトカゲが落ちたのもグラバスク島だ。ここからでもその姿が見えてる』

『……ホント、君が無事で良かったよ』

『確かにな』

『方角的にはそんな感じはしてたけど、やっぱりグラバスク島に落ちてたわけか』

『ああ。場所的な意味では、不幸中の幸いだったんだろうな』


 これが王都……いや、どこであろうとも、人里の近くだったらと思うと背筋が凍るところだ。


『同感。ちなみに、首の数はわかりそう?』

『7つだな。ここからでも見えてる』

『7つかぁ……。それなら、5発で仕留めきれないのもあり得る話か……』

『やっぱり、あれはお前が作った施設からってことでいいのか?』

『うん』

『……それでだ、せっかくのお泊まり会を中断させて悪いんだが――』

『――優先順位くらいはわかるつもりだよ?』


 言いかけた言葉はそう遮られる。


『……むしろ君が独断で突撃しなくてよかったとすら思ってる』

『……その場合、お前の機嫌が悪くなりそうだったんでな』

『私への理解が深くて嬉しいよ。……これはお世辞でもなんでもない私の見立てだけどさ、いつか私が始末したくらいの――9頭のクソトカゲ程度なら、今の君でも十分にやり合えると思う。だから、7頭で手負いとなれば危なげなく勝てるだろうね』

『……そこまでかよ!』

『そこまでだよ。自覚無いみたいだけどさ、『超越』も込みで考えると、今の君はそれくらい強いんだよ。まあそれはそれとして……君の性格なら私が止めても行くだろうし、場合によっては喧嘩を売るつもりでしょ?』

『……俺への理解が深くて嬉しいぞ』


 言われたばかりの言葉を返してやる。


『愛する君のことだからね。だから、行くなとは言わない。その代わり、私も連れて行って。それが一番確実だから。君と私がひとつになれば、クラウリア以外の誰にだって負けたりしない』

『お前もそう考えてたわけか……』

『そういうこと。……まあ、何かしらの形でペルーサちゃんへの埋め合わせはしたいところだけど、それは追々だね』

『……そこは俺も協力する』

『ありがとね』


 事情を話せばペルーサだって受け入れてくれるだろう。けれど、真っ当な相手に対しては礼儀を欠くのもどうかと言う話。


 ともあれ、今はそれはそれ。クーラが言うように、考えるのはクソトカゲを始末してからでいい。


『これから迎えに行く』


 となれば、やるべきことは決まった。


『承知。こっちもトキアさんとネメシアちゃんに頼んで少しでも合流までの時間を短縮するからさ』

『……トキアさんが帰って来てるのか?』

『うん。ほんの数分前にね』

『わかった。なら、適当な場所で合流――って、ちょっと待て!?』


 けれどそんな矢先に思わず声を上げてしまったのは、そうするのに足るだけの理由あってのこと。


『どうかしたの?まさか、クソトカゲに何か変化があったとか?』

『ああ』


 それはクーラが予想した通りにクソトカゲの変化に起因するもので。


『クソトカゲが……』

『クソトカゲが?』

『……消えちまった』

『ふぇ?』


 山のように巨大な姿があっと言う間に、最初から何も無かったように消えてしまう。その様に俺は呆けた声を漏らし、クーラが返して来るのも似たようなもので。


『……えーと、どこかに隠れた感じ?』


 少しの間を置いてそんな問いをかけて来るわけだが、


『いや、他の魔獣にトドメを刺した時と同じように、空気に溶けるように消えた感じだな。というか、あの図体で短時間のうちに隠れられると思うか?』

『思えないね。ってことはつまり……』

『月からの攻撃と落下の衝撃で死にかけてて、そのまま力尽きたんじゃないか?』

『そう考えるのが妥当だよね。あるいは、他の魔獣に共食いされたのかもだけど』


 結局はそんな結論になるわけで。


『……まあ、結果良ければ何とやらだな。トドメを刺しに行く手間が省けたのは事実なんだし、クソトカゲが原因での被害もゼロで済んだんだから』


 正直な心境としては、肩透かしを食らった感が無いわけでもない。


 とはいえ、そんなのは些末なことだろう。世の中、平穏無事が一番だ。


『それもそうだね。……私としては、君と共闘できるってシチュエーションへのワクワクが無かったわけでもないんだけど、さすがにそれは不謹慎か』


 クーラ自身も認めているように、たしかにそれは不謹慎と言えないこともないだろうが……


『お前との共闘ってのも、それはそれでそそられるものがあるな』


 俺もそんな風に思えてしまっていた。


『そっか……。だったらさ……お願いがあるんだけど、いいかな?』

『聞くだけは聞くぞ。引き受けるかはそれからだが』

『あはは、そういうところは相変わらずだね』


 お気楽に笑う。当面の問題が勝手に片付いてくれたおかげで、張り詰めたものが緩んだというのもあったのか。


『それで、何を頼みたいんだ?』

『状況が落ち着いたらさ、私とひとつになってグラバスク島に狩りに行かない?』

『……そこで共闘しようって話か』

『うん。君と共闘してみたいっていう私の好奇心を満たすためだと思ってさ。……ダメかな?』


 グラバスク島というのはこの世界で最も危険な魔獣生息域ではあるんだが、クーラとひとつになるのであれば特に危険も無いことだろう。というかむしろ、そこでも不完全燃焼に終わりかねないとすら思う。


『構わないぞ。むしろ、こっちから頼みたいくらいだ』


 クーラから異世界技術を学んだのは、基本的には口頭で。けれど、実際に体感できるのであれば、俺にとっても糧になるはずだ。


『じゃあ決まりだね。楽しみにしてるよ』

『ああ。さて、話もまとまったところで……今日はこれくらいにしておくか?』

『なんだかんだで夜も遅いからね。君も拠点に帰ったらすぐに休みなよ』

『そうさせてもらう。もっとも、その前にもうひと仕事しようと思ってるんだが』

『……残渣を確認するまでは、魔獣は生きているという前提で動け。ってことかな?』

『……念のために確認しておこうと思ってな』


 さすがはクラウリアと言うべきか。俺が考えていたことをあっさりと的確に言い当てて来る。


 さっきも話したことだが、あれだけの巨体が短時間で姿を隠すなんてのはまず不可能。となれば、クソトカゲがくたばったのも間違いないとは思う。


 だがその一方で、クーラが言ったことは虹追い人の鉄則でもある。


『……今の君だったらグラバスク島の魔獣程度は相手にもならないだろうし、止めないけどさ、くれぐれも気を付けてね?』

『ああ。夜闇の中でだからな。障壁を展開したままで行くつもりだ』


 これは昨日試したことだが、それなりに力を込めた障壁であれば、深凍藍翼(インディゴ・アブサルト)に噛みつかれてもビクともしなかったくらい。であれば、多少の奇襲を受けても問題は無いだろう。


『なら大丈夫そうだね。けどさ、拠点に戻ったら『念話』を入れてくれるかな?』

『……その頃には結構な時間になってると思うぞ?』


 クソトカゲの残渣自体は相当に大きいだろうし、探す手間はそれほどかからないだろう。だがそれでも、移動にはそれなりに時間がかかってしまうところなんだが。


『念のためってやつだよ。君が無事に帰れたってことを確認したいだけだからさ』


 念のためというのは、俺が言ったばかりのこと。


『……わかったよ』


 それを持ち出されては拒めるはずもなく、


『待ってるからね。……それじゃあ、また後で』

『ああ。また後でな』


 そうして『念話』を終え、あらためて目をやったグラバスク島。やはりクソトカゲの巨体は、そこには影も形も見当たらなかった。

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