なるべく人様に迷惑かけないようにと心がけて来たつもりなんだがなぁ……
更新再開します。7章終了までは毎日20時更新の予定です。引き続き、お付き合いいただけたら幸いです。
寄せては返す波が静かに響き、時折吹き抜ける潮風は風呂上がりの身体からいい具合に熱を奪い去ってくれる。
空を見上げれば月の黄光が静かに辺りを照らし、視線を下ろせば海面でゆらゆらと同じ色が揺れる様がどこか幻想的。
じゃれつくようにしてつま先をつついて来るのはこの島の先住者。パンの切れ端を何度かやるうちに俺に懐いてしまった1羽の海鳥。
今頃あいつはどうしてるんだかなぁ……
そんな中でいい気分のままに想うのは、やはりというべきなのかクーラのことで、
「ったく、本当に俺はどこまであいつに堕とされちまったんだかなぁ……」
その事実は、口からため息を引き出してくれやがる。
あの日――クーラとしばしの別れを交わし、俺が表向きに消息を絶ってから、すでに10日が経過していた。
諸々のクーラ直伝異世界技術で闇に紛れてガナレーメを離れた俺が向かったのは、拠点の第一候補だった場所。そこはグルドア大陸の近海に浮かぶ無人島であり、墓参に向かう前日にクーラと過ごした島でもあった。
利便性や安全面に人の寄り付かなさ。トキアさんにとっての訪れやすさなどを総合的に考えて第一候補に選んだ場所だったわけだが、ガナレーメに居るクーラとは『念話』をつなぐことができたので、拠点として仮決め。
その後、クーラがトキアさんと共に王都に帰還した後でも『念話』を届かせることができたので、正式に拠点として決定したというわけだ。
なので、次に取り掛かったのは雨風をしのげる住処を造ること。
と言っても、俺は大工仕事に関しては素人同然であり、やれるのは精々が金づちで釘を打つ程度。
だからそこらへんは力技――泥団子でどうにかしたわけだが。
『分裂』と『遠隔操作』で小屋を形作り、『封石』で強度を上げ、色や手触りなんかを無難なところへ落ち着け、パッと見には小屋に見えないように外見を弄り回し、必要と思われるあれこれを持ち込んで。
やっているうちにだんだんと楽しくなって来て、相当に入れ込んでしまったりもしたわけだが、結果的には俺にしては上出来だろうと思える程度の住処を造ることができていた。少なくとも、俺が快適に住めると思える程度には。
それほど広いわけではないが、どうせ住むのは俺とクーラのふたりだけ。後はたまにトキアさんがアピスやネメシアを連れて来るくらいだろうし、問題があるようならばクーラにダメ出しをしてもらいつつ改善していけばいい。どうせ小屋そのものは泥団子製なんだ、造り変えるのは難しいわけでもないんだから。
と、俺の方はこの10日間であれこれあったわけだが、クーラとトキアさんの方もあっちはあっちでいろいろとあったらしい。
まずあのふたりが王都に戻れたのは、今から5日前のこと。
俺の失踪に関してはトキアさんがガナジア王国のお偉いさんに報告してくれた……というか、諸々をトキアさんに押し付けてしまったわけだが、かなり大変だったらしい。
まあ、俺のやらかし……もとい、世間的に功績と言われていることが相当に大きいという理由からだったわけだが。
それでも、俺が使った大規模治癒の規格外っぷりが決め手となり、行方をくらますということに対して一応の納得は得られたらしい。
王都への帰還後は帰還後で、ルクード陛下を始めとしたお偉いさんへの報告も同様に苦労したとのことだが、それに関しては本気ですいませんでしたと思う。
そんなわけで、帰還後のクーラはアピスのところで暮らしていたんだとか。アピスとネメシアはクーラの素性を知っていたということもあり、事情を聞くや否や、即座に当然のように全面協力を決めてくれていた。
その後は機会を作り、クーラがエルナさんに事情を話して。
クーラとの付き合いが長く深かったエルナさんもまた、クーラが何かしらの事情を抱えているということには気付いていたとのことで。
そのおかげで割とすんなりと納得してもらえたんだそうな。
クーラを帰還させる最大の理由となったペルーサは、最初はクーラの姿を見て驚いていたとのこと。だが、子供ながらの適応性と言うべきなのか、今のクーラを受け入れることができていたらしい。
そして数日のうちに、すっかりと以前の明るさを取り戻していたんだとか。
二度と会えないことと、遠く離れてしまっただけということ。このふたつの違いが理由ではないかというのが俺の勝手な見解だが。
そんなこんなでクーラがここにやって来るのは明日の予定になっている。
俺としては、もうしばらくはペルーサの傍にいてやるべきなんじゃないかとも思っていたわけだが、そのペルーサが、
「わたしがクーラおねえちゃんを独り占めにしてたらアズールおにいちゃんが可哀そうだよ」
などと言ってくれたらしい。
まあたしかに、クーラと触れ合えないことを寂しく感じ始めていたのは事実だけど。
だから最後の夜となる今頃は、クーラの居候先であるアピスの部屋にネメシアとペルーサが集まってお泊まり会をやっているという話。
なお、クーラの事情を知る人だということもあり、お偉いさんの相手からようやく解放されたトキアさんも誘ったそうだが、俺の故郷でもあるハディオ村に2通の手紙を届けなければならないということで辞退する羽目になったんだとか。
そのひとつはもちろん、俺が身内に宛てたもの。そしてもうひとつは、第七支部のフローラ支部長が俺の師匠――支部長にとっては昔の恋人でもある――に宛てたものだった。
その内容は、錆び付いた勘を磨き直すための特訓相手になれというもの。
なぜそうなったのかと言えば、これまた俺のせいだというのが申し訳ないところ。
クーラとのふたり旅を始める前の時点で、俺は虹天杯のエデルト大陸代表に決まっていたわけだが、世間的には現在行方不明となっている身の上。
だから慌てて新しい候補を探したものの、旅の間に俺がやらかしたことが広く知られてしまっており、その代役は荷が重すぎると高位の虹追い人たちは揃って尻込み。ならば仕方が無いと、支部長が引き受けてくれたというわけだった。
支部長自身が虹追い人としては実質最高ランクの紫だったということもあり、そのことへの反対意見が出ることは無かったらしいのは幸いなのか。
そんな支部長は「あの子の代理で出る以上、無様は晒せないからね」などと張り切っているらしいが、あまり無理はしないでくださいというのが俺の心境。なんだかんだでかなりの高齢。そのせいで腰を痛めてしまうなんてのは、本気で勘弁してほしい。
ともあれ、そんなこんなで師匠にまで話が飛び火してしまったという話だった。
そのあたりも本当に、手間をかけてすいません。
そしてトキアさんは今夜のうちに王都に戻り、明日にはこの島にクーラを連れて来てくれる予定。
何とも慌ただしい話で、これまた申し訳なく思うところ。
というか考えれば考えるほど、特にトキアさんには迷惑かけまくりだよなぁ、俺……
支部長からのお使いにしてもそうだが、連盟に預けてある俺個人の所持金に関しても、全権をトキアさんに託してあった。
俺が消息を絶つ以上、塩漬けになってしまうことは確定。
ならば、トキアさんに活用してもらった方が金も喜ぶ。
俺は安易にそう考えたわけだが、その時のトキアさんは顔を引きつらせていた。
俺としては、トキアさんがどう使おうと文句を言うつもりは一切無い。だが、額が額ということもあったんだろう。
なにせ、少なく見ても億単位。下手をすれば10億にすら届いていたかもしれないんだから。
なので結局は――嫌な例えだが――大きな地震が起きて王都が被害を受けたなんてことになったなら、その時は復興のために使ってほしいとだけ頼み、トキアさんもそれだけは快諾してくれていた。
あとはこれもクーラから聞いた話だが、トキアさんとアピス、ネメシア以外の――俺の事情を知らない第七支部の皆さんに関して。
いわゆるところの古株はなんだかんだで俺らの事情を多少は察していたこともあってか、寂しそうではあれ、俺が消息を絶ったという現実を受け入れていたとのこと。
俺を慕ってくれていた新人たちの中にはショックを受けていた人も少なくはなかったらしいが、そのフォローは先輩方がどうにかしてくれることだろう。
やはり、迷惑かけてすいませんとは思うわけだが。
「師匠に性根を叩き直されてからは、なるべく人様に迷惑かけないようにと心がけて来たつもりなんだがなぁ……」
それなのに現状はこのザマ。
そんな自分の不甲斐なさに対して吐き出したため息は、酷くどんよりとした色をしていたことだろう。




