表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/255

またな、クーラ

「……一応、確認させてください。おふたりの間で『念話』が成功した。これは、間違いないんですね?」


 『念話』の実践までが終わったところで、トキアさんが恐る恐るで聞いて来る。


 まあ、俺らの『念話』はトキアさんには聞こえていなかった以上、そこの確証が得られていないのは当然とも言えるのか。


「ええ」「はい」

「……おふたりの様子からしても、適当なことを言っているわけではなさそうですね。……それ以外にもとんでもない発言が混じっていたような気もしますが。あまり驚きを感じないあたり、わたくしも感覚が麻痺しているようで複雑ですけど……」

「その……スイマセン」


 たしかに言われてみれば、高度8000メートルの上空なんてのはマトモな飛行能力持ちでは手が届かない領域なんだったか。


 クーラ本人は元より、クーラ化が進んでいる俺にもその原因はあったことだろう。


「まあそれはいいでしょう。当面の問題がひとつ解決したことの方が重要ですからね。それよりも、クーラさんが王都へ戻った後のことに話を戻しましょう」

「そういえば、そんな話をしてたんですよね……」


 ビクト・ズビーロのせいで鏡の魔具が壊されて、その代わりとして『念話』を学んだりで横道に逸れていたが、クーラが居なくなって悲しんでいるペルーサのために、王都に戻るトキアさんにクーラを同行させるという話をしてたんだったか。


 ああ、そう言えば……


「なあ、クーラ。お前の事情を知ってる連中のこと、トキアさんに話しちまってもいいよな?」

「そうだね。今となっては隠す意味もほとんど無いんだし。あと、戻ったら『ささやき』も解いてあげないと」

「……おふたりの真実を知る方がすでに居る、ということですか?」

「ええ。トキアさんも良く知ってるふたり。アピスちゃんとネメシアちゃんなんですけど」

「あいつらなら、事情を聞けば確実に協力してくれるはずですから」

「そうですか……。アピスさんとネメシアさんはすでに知らされていたんですね……」

「トキアさん?」


 これはトキアさんにとっても好都合な情報だったはずなのに、トキアさんが見せるのはどこか沈んだ印象で。


「わかりました。では、王都に戻ったらすぐに接触しましょう」


 けれど次の瞬間には、そんな様子も消えていた。


「それと、クーラさんをペルーサさんに引き合わせるのは確定として、他に会いたい方はいませんか?」

「……この4年間はずっとお世話になりっぱなしだったわけですし、エルナさんにはきちんと挨拶をしておきたいです」

「では、そちらもお任せください。その機会は作りますので。それ以外では?」

「正直なところを言えば第七支部のみんなに会いたいですけど……収拾が付かなくなりそうですし、ここまでにしておきます」

「そうですか。では、アズールさんは?バートさんやラッツさんには会いたいですよね?」

「いいえ別に」

「……ですが、アズールさんの親友なんですよね?」

「いいえ違います」


 なんだかんだで付き合いが長いのは事実だが、あいつらはただの腐れ縁であって親友などでは断じてない。少なくとも、アピスにとってのネメシアや、シアンさんにとってのセルフィナさんのような存在でないことは間違いないと胸を張って言い切れる。


「先輩方や支部長。シアンさんにセルフィナさんに、アピスやネメシア。俺を慕ってくれてた後輩たちと、ついでに一応腐れ縁共。第七支部の皆さんと会いたいってのは、俺も同じですよ。けど、俺が死んだわけではなく行方をくらませただけなら、それぞれの中で折り合いも付けてくれると思いますから」


 虹追い人というのは、この世界ではトップクラスに出会いも別れも多い生き方なんだから。


 先輩方や支部長の面倒見の良さも踏まえて考えれば、いつまでも引きずり続けるようなことにはならないだろう。


 もちろんのこと、面倒かけてすいませんとは思うわけだが。


 エルナさんやペルーサは虹追い人ではないが、そっちはクーラが上手く伝えてくれるはず。


「では、故郷のご家族には?手紙を届けるくらいはできますよ」

「その申し出はありがたいです」

「ええ。これでも多少は事情を知っていますからね。その際には、可能な限りのフォローもしておきましょう」


 師匠は師匠で勝手に折り合いを付けてくれるはず。だが、親父お袋と兄弟姉妹はそうも行かないかもしれない。だから、ある程度状況が落ち着いた頃に一度は報告に行くつもりではいた。けれど、手紙ひとつでも多少の安堵にはつながるはず。トキアさんが話をしてくれるのであればなおさらだろう。けど……


 ただ、それはそれとして気になるところもあった。


「あの、トキアさんって、アピスやネメシアと揉めてたりします?」


 それは、さっきあのふたりの名前が出て来た時に見せた、どこか沈んだ雰囲気。


「あ、それは私も思った。なんか、対抗心に突き動かされてる感があったっていうか……」


 クーラもそこに違和感を感じていたらしく、


「……少々露骨過ぎましたか。わたくしもヤキが回りましたかね。それとも、おふたりが慧眼だったんでしょうか?」


 観念して白旗を挙げるように肩をすくめる。そこには俺とクーラの指摘を否定する様子は見受けられず。


「それって、あのふたりと何かあったってことですか?」


 俺とクーラは3か月の間、王都を離れていた。それは、ちょっとしたいさかいが起きるには十分すぎる時間ではあるだろう。


 だが、同時に信じがたくもある。


 アピスとネメシアはトキアさんのことを先達として尊敬し、トキアさんはそんなふたりにとって良き先輩として誠実に接していた。


 それが、俺の知る3人の関係だ。


 もちろん、些細なきっかけで起きる衝突が絶対に無いとは言い切れないわけだが……


「いえ、そういうわけではないんですよ」


 と、思っていたら、トキアさんはそれをあっさりと否定し、


「ただ単に、わたくしが勝手にアピスさんとネメシアさんにやっかみを感じていただけですから」


 別の意味で信じがたいことを言ってくる。


「どういうことです?」

「だって、あのおふたりは真実を明かしてもらえるほどに信頼されていたということなんでしょう?そのことが羨ましかったんです」


 当然ながら、俺もクーラもあのふたりのことは信頼している。そこは間違いない。


 だが、信頼度と言う点においてはトキアさんだって同じくらい。むしろ、頼りになるという点ではトキアさんの方が上なんじゃないかとすら思えるくらい。あのふたりだって、トキアさん相手なら仕方がないと納得することだろう。


 つまり、トキアさんが言うやっかみというのは完全な的外れという話になるわけで、


 しかも、トキアさんは常日頃から飛び抜けた鋭さを見せる人で、大人の女性なんて言葉を体現しているような人でもある。


 だから、


「……はは」「……あはは」


 そんなトキアさんが唐突に見せた子供っぽいところとのギャップは、俺とクーラから笑いを引き出してしまう。


「……笑わなくてもいいじゃないですか」


 そして、トキアさんの場合は不貞腐れたような表情をしても様になってしまうから困る。美人は得というのは、こういうことを指すんだろう……多分。


「すいません。けど、それは勘違いですから」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。もちろん、俺もクーラもあいつらのことは信頼してます。けど、真実を明かしたのは成り行きと言うか……俺とクーラがふたり揃ってヘマをやらかして感付かれちまったからでしてね」


 あれは、寄生体(ウィル・スローター)――別名ジマワ・ズビーロとか言うクソ野郎が絡んできた頃のことだったか。今となっては遠い昔のようにも思えるが。


「だから、俺らがトキアさんを信頼してない、とかじゃないんですよ」

「そういうことです。それとも……私たちはトキアさんを信頼してない、なんて風に思われてたんですか?こっちとしてはその方がよっぽどショックなんですけど」

「いえ、そういうわけでは……。ごめんなさい。あなた方にとっても、アピスさんたちにとっても失礼な考え方でしたね」

「いや、謝るようなことでもないですよ」


 けど……


 信頼云々はともかくとしても、ここまで巻き込んだ以上――


「ねえ、アズ君。提案があるんだけど、いいかな」


 そんな申し出をして来るクーラは苦笑気味。


「奇遇だな。俺も同じことを思ってた」


 それだけで、言わんとすることが見えてしまう。


「もう、全部話しちまってもいいよな?」

「うん。考えてみれば、昨日も今も結構クリティカルなことをトキアさんの前で普通に喋っちゃってるからね。ってわけなんで、私の真実を聞いてもらえます?」

「あの、本当に話してしまってもいいんですか?」


 トキアさんの方が戸惑い気味にそう聞いて来るわけだが、


「ええ。さっきも言いましたけど、私たちが行方をくらませる以上、隠す意味合いも薄いですから。それに、トキアさんにはこの先も迷惑かけちゃうわけですし、話しておくのが筋だと思うんです」

「そうなるよな。俺らが表立って動けない以上、トキアさんに矢面を押し付ける形になっちまうんだから」

「うん。ホント、そこは面倒かけてごめんなさいって思うよ」


 俺らとしては、そんなトキアさんに真実を伝えないことの方が問題だったわけで。もちろん、トキアさんが聞きたくないというのであればその意思を尊重するつもりでもあるけど。


「……たしかに、行方をくらませたアズールさんが最後に接触したのがわたくしということになれば、各方面への報告もわたくしの役目になるでしょうね。支部長だけではなくて、マイス王やルクード陛下にも。さすがにそれは骨が折れそうですし、見返りを要求してもいいでしょうか?」

「ええ、俺らにできることでしたら」

「でしたら、あなた方の真実を聞かせてください」

「いや、見返りとか関係無しにこれから話そうとしてたんですけど……」


 トキアさんが求めてきた見返りは、無意味としか思えないものだったんだけど、


「まあ、大した意味は無いんですけどね。対価を伴わせるのであれば、わたくしが背負う負担に対してあなた方が抱く負い目も軽くなるのではないかと思っただけですから。当然ながら、すべて前金で。失敗したとしても、一切の返還には応じませんので」


 それも俺らを気遣ってのことだったわけだ。


 アピスやネメシアには悪いが、器が違いすぎる。


「聞かせていただけますね?」


 付加疑問をかけて来る得意気な表情が不思議と様になっていて、


「ホント、敵わないよねぇ」

「まったくだ」


 俺もクーラも、内心では白旗を挙げさせられていた。


「それじゃあ話しますね。長い話になるんですけど、そこは容赦してください。……始まりは1600年近く前。クラウリア(わたし)がまだ子供だった頃にまで遡るんですけど――」


 そうして始まるのは、異世界関連を含めたクーラの事情と、俺がクーラと出会ってから今に至るまでの真実。




「――と、こんなところですね」

「何と言いますか……思っていた以上にすさまじい内容でしたね……」


 前置き通りに長くなった話を聞き終えたトキアさんの感想はそんな、至極もっともなもので。


「あはは……。私も自分で話してて思いましたね、それ」

「だよなぁ……。俺も聞いてて同じこと思ったぞ」


 すでに知っていて、なおかつ当事者である俺やクーラですら、あらためてそんなことを思うくらいだった。


「ですが、腑に落ちた部分もありました。むしろ、おふたりに対して抱いていた疑問はかなり氷解した感じでしょうか」


 そしてさすがと言うべきなのか、そんなぶっ飛んだ話をすんなりと事実と受け入れてくれていた。まあ、俺がいろいろとやらかしたせいというのが大きいんだろうけど。


「わたくしも幼い頃にはクラウリアに憧れていたものですが……実はクラウリアが存命で、しかも親しく過ごすことになるなんて……。夢にも思いませんでしたよ」

「まあ、トキアさんと知り合った時点で私はクラウリアの『分け身』だったわけですけど」

「ふふ、そうでしたね。そして……クラウリアに見初められたアズールさんが今では『クラウリアの再来』と呼ばれている。何とも不思議な話ですね」

「……正直、そう呼ばれるのは今でも抵抗があるんですけど」

「同じくです」

「そう言えば、アズールさんだけでなくクーラさんもそのふたつ名を耳にするたびに複雑そうにしていましたか」

「まあ、理由はもうお気付きと思いますけど」

「ええ。クーラさんにしてみたら、隣に居る人が自身の再来と呼ばれているというのは、いろいろとアレだったでしょうね。ましてそれが想い人だったわけですから」

「ホントに辛かったですよ」


 俺とクーラの真実を知った後でもトキアさんの接し方は変わらなくて、そのことが少しだけ嬉しかった。




 その後は故郷に宛てた手紙を書いたり、これからの算段を立てたりするうちに日は暮れて、


「それでは、後のことはすべてお任せください」

「ええ。クーラのことも含めてお願いします」

「もちろんです。クーラさんには怪我のひとつだってさせるつもりはありませんからご安心を」

「それと、第七支部の皆さんやエルナさん、故郷の家族と師匠にもよろしくお願いします」

「はい」

「アズ君も身体には気を付けてよ?」

「ああ。お前の身体を作るのに色源を使い切ったばかりだからな。しばらくはのんびりして、調子が戻って来たら拠点造りに取り掛かるとするよ。できるなら、お前が満足してくれるように仕上げたいところだが」

「うん。そこは楽しみにしてる」

「それと、ペルーサのことは頼むぞ?」

「任せてよ、『アズールおにいちゃん』。だって私は、あの子の『クーラおねえちゃん』なんだから」

「それもそうだな。さて、それじゃあ名残は惜しいけど……」


 しばしとなる別れの時がやって来る。


「またな、クーラ」「またね、アズ君」


 そうして夜闇に紛れてガナレーメを離れて、




 『クラウリアの再来』だとか、『史上最年少の紫』だとか、やたらと大仰なふたつ名を付けられる羽目になった、アズールという名の虹追い人。


 そいつはこの日を最後にして、一切の記録からその姿を消していた。

これにて間章終了となります。ここまでのお付き合いに心からの感謝を。

更新はここで一時休止として、次の区切りまで書き終えたところで再開という形にしようと思っています。


再開時期は未定ですが、木曜日の20時にすることだけは確定しています。

再開後に見かけて気が向いたなら、またお付き合いいただければ幸いです。


あらためて、ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ