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無事に、とは口が裂けても言いたくない

「トキアさん、もういいですよ」


 クーラによる『念話』の手ほどきがひと段落したところで、背を向けて耳を塞いでいたトキアさんの肩を叩いてそう伝えれば、


「……あの、大丈夫ですか?」


 振り返り、俺を見たトキアさんの第一声は本気で心配そうなもので。


「少し……いえ、かなり相当疲れただけですから」


 まあ、実際に俺はぐったりとしていた……というか、させられていたわけだが。


「……アズールさんがそこまで素直に弱音を吐くのはかなりレアですね」

「……それだけへばってるんですよ。……誰かさんのおかげでなぁ?」

「……ゴメンナサイ。やってるうちに妙に楽しくなって来て興が乗り過ぎちゃったというか何というか……」


 その原因は言わずもがな。本人も反省しているのか、テーブルの上で正座をしているクーラにあったわけで。


 あれから――クーラの『ささやき』に囚われた俺が何をやらされたのかと言えばそれは……




 まず、「俺は石像」という認識を植え付けられ、身動きのひとつすら取れなくされた。それはまあいいだろう。


 だがその次にクーラが吹き込んでくれやがったのは、「好き」と言われるたびにクーラへの想いが倍々のネズミ算方式で際限無く膨れ上がっていくとか言うとんでもない内容。


 何度「好き」と言われたのかまでは忘れたが、10回は超えていたはずだ。だから少なく見ても、1000倍以上にはされていたはず。けれど自身を石像と認識している俺には、愛しくて愛しくてたまらないクーラへと腕を伸ばすことすらもできず。


 だったら心の腕を伸ばせばいいと吹き込まれて操られるままに、文字通りの意味で死に物狂いでそれを成し遂げたというのが一連の流れ。


 結果として心の腕を伸ばすという感覚は理解できたわけだし、その後で『ささやき』の効果も完全に解除されていた。だから、今の俺はマトモな精神状態に戻っているはずだ。……多分。


 だがそれでも、精神的な疲労が決して軽いものではなかったというのも事実だったわけで。


「ったく、本気で死ぬほど疲れたぞ……」


 それくらいは言っても罰は当たらないと思いたいところだった。




「それで、『念話』の方は上手く行ったんですか?」


 部屋に置かれていた水差しからグラスに注いだ水を飲み干してようやく俺がひと息吐けたところでトキアさんがあらためてそう聞いて来る。


「それはまだわからないですね。一応、先に進むことはできたみたいですけど。……今度は何をさせられるのか、かなり不安でもありますし」

「……ホントにゴメンナサイやり過ぎました反省してます」

「……必要だったのは理解してるつもりだが」


 ため息をひとつ。


 本当に俺はクーラには甘い。そんな縮こまった様を見せられると、それだけで絆されてしまうんだから。


「まあ、反省してるなら今回は大目に見てやるけど」

「……ありがとね。君がそんなだから、私はいつも甘えちゃうんだけどさ」

「……程々であれば別に構わないさ。お前に甘えられるのは嫌いじゃないからな。……それよりも今は『念話』の方だ。ここまでやらされて、それでもダメでしたなんてのはさすがに勘弁願いたいぞ」

「そこは大丈夫だと思う。心を伸ばす感覚を理解できたなら、もう成功したも同然だから。そんなわけで最終段階。心の腕で私を掴んでもらえるかな?そうすれば『念話』もできるはず」

「わかった」


 心の腕を伸ばす。さっきは半ば無理矢理にやらされたことを、今度は自分の意思で。


 肩から3本目の腕を生やすような感覚。腕の長さが伸びていく感覚には違和感もあるが、そこはさて置くことにする。


 操作自体もまだおぼつかないところはあるが、それでもどうにかこうにかでゆっくりと腕を伸ばし、クーラに触れさせることができた。


「どうだ?」


 だからそう聞いてみれば、


「……うん。私にもわかる。これで今は、君と私は心で手をつないでいる状態。今なら『念話』もできるはず」


 そして少しの間を置いて、


『羊にゃーにゃー可愛いな、今日も元気だニシンが辛く、馬が歌えばスズメが美味い、明日はトマトを盗み食い。生きててよかったコケコッコー』


 謡うように聞こえて来たのはそんな、控えめに言ってアホらしいフレーズ。


「……ついに狂ったのか?」


 だから、そんな返しをしてしまった俺は悪くないと思いたい。


「……と、アズ君はこんなこと言ってるんですけど、トキアさんはどう思いますか?」


 クーラにとっても俺のリアクションは想定内だったんだろう。さして気にした様子も無く、トキアさんへと問いかけて、


「……いきなりそんな物言いをするのはどうかと思いますよ?……表向きだけを見るのであれば、アズールさんにそう注意するところなんでしょうけど」


 何やら意味深な返答が。


「クーラさんのおかしな発言が、アズールさんにだけは聞こえていた。ここはそう考えるべきなんでしょうか?」

「……つまり、トキアさんには何も聞こえなかったと?」

「ええ」


 どうやら今しがたのアホなフレーズは、トキアさんには聞こえていなかったらしい。


「たしかに考えてみれば、今の狂った発言は耳というよりは心に響いていたような気がしなくもないんだが……」

「だから狂ったとか言わないでよ。あれって、各地の連盟に設置してある魔具の暗号なんだから。あれを使えばすべての情報に触れられるし、好きなように書き換えることだってできるんだよ?まあ、私は使ったこと無いけどさ」

「なんだかとんでもないことを聞かされた気がするんですけど……」


 トキアさんは頬を引きつらせていたが、そのあたりは俺もほぼ同感。支部長クラスの権限すらも大きく上回るシロモノなんだから。


 とはいえ、あの魔具の開発にはクラウリア(こいつ)が一枚噛んでいたはずだ。であれば、そう言ったこともあるんだろう。


「その割にはふざけすぎてる気がしなくもないんだが……」


 まあ、暗号というのは偶然で一致されても困る。ならば、常人であればまず出て来ないようなトチ狂ったものになるのは妥当なのかもしれないが……


「というか、そんなことをホイホイ教えるなよ……」


 そう突っ込んでみるも、


「だってさ、私のモノは君のモノでしょ?」


 何を今更とばかりに、言い返されてしまう。


「まあそれはともかく……今度は君の方からも何か言ってもらえるかな?さっきまでの……君の心の中に居る私とお話ししてた時の要領でやれると思うからさ」

「……やってみる」


 とはいえ、クーラみたいにあまりにアレなことは言いたくない。


『タニアが送ってくれたカボチャは今頃どうなってるんだろうな?』


 だから少し考えて浮かんだのは、一連の騒動が起きて王都を発つ直前にもらった食材に関して。


『今の季節ならすぐに腐りはしないと思うけど、いつまでもほったらかしにするのもアレだからねぇ……。支部長さんがどうにかしてくれてると願いたいけど』

『だな。結果的にであれ、食い物を台無しにしちまうのは気が引ける』

『煮物とかパイとかポタージュとか、君にいろいろ作ってあげたかったのになぁ……』

『それは俺も楽しみだったけど……。そういえば、種の中身を塩で炒めても美味いらしいな。師匠が作って酒のツマミにしてたのを覚えてる』

『わかるわかる。あれも美味しいんだよね』


 そんな簡単な会話を交わし、


「今のって、聞こえてました?」

「いいえまったく」


 問うてみれば、トキアさんは首を横に振る。


「つまりは……」

「そういうこと、なんだろうね」


 無事に、とは口が裂けても言いたくない。


 けれどそれでも、どうやら『念話』そのものは成功していたらしかった。


「ちなみにだが、距離はどれくらいまで可能なんだ?」


 そうなると、次に気になるのはその点。


 今、俺とクーラの間にある距離は1メートルほど。


 けれどそれが上限だったなら、問題の解決にはなりそうもないわけで。


「それを決める条件はふたつ。ひとつは、君が心の腕をどこまで伸ばせるのか。こっちは、心を伸ばす感覚さえつかめてれば、いくらでも簡単に行けると思うんだけど」

「……試してみる」


 2メートル。3メートル。4メートル。5メートル……


 どんどん伸ばしていくが、クーラが言ったように楽々と。モノが心だからなのか、壁なんかも普通にすり抜けていく。


「いくらでも、とまでは言えないかもしれないけど……この感じなら、10キロや20キロ程度は問題無く行けそうだな」


 あくまでも感覚的な話だが、その気になれば月までだって届きそうにすら思える。


「なら、そこはひと安心か」

「それで、もうひとつの条件っていうのは?」

「君が私の存在を感じ取れること。『念話』っていうのは、君が伸ばした心の腕を私が掴んでいる時にだけ、成立することだから。私のところに腕が届かなければできないの。こっちは実際に離れてみないと正確なところはわからないと思うけど、どれくらいなら行けそうな感じ?」

「……今のお前なら、『遠隔操作』してる時の泥団子と同じように感じ取れるからな。限界は試したことが無いからわからないけど、こっちも10キロや20キロくらいなら行ける……と思う」

「なら、そこらへんは要検証だね。まあ、仮に上限が10キロでも十分だろうし」

「王都の上空8000メートルくらいのところに来ればいいんだからな。その高さなら地上からは気付かれないだろうし、支部長の気配探りにだって引っかかることもないだろう」

「それに、同じ高度でも魔獣が居ない分だけルデニオンの山頂よりは安全だよね」

「そういうことだな」


 つまるところ、クーラだけを王都に帰らせる際の問題はすべてが奇麗に解決していたというわけだった。

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