まあ、無いものねだりをしても仕方がないか
「「「はぁ……」」」
ズビーロ親子の末路は本当に最後の最期までロクでもないもので、クーラとトキアさんと俺は3人揃って深いため息を誘発させられてしまう。
「ちなみにですけど……」
そうしてトキアさんが話を続けるのは、そんな微妙な雰囲気を振り払おうとしているようにすら思えてしまうくらい。
「経緯はともかくとして、オビアの斬首は完了したわけですからね。その首は、無事にルクード陛下のところへ届けられたそうです」
「そういえば、それがトキアさんの目的でしたっけ……」
「ええ。もっとも、その役目はシエロさんにお任せしてしまいましたが」
それは、俺に付き添うことを優先したからなんだろう。
……って、あれ?
ふと気になったことがあった。
「オビアの首はもう向こうに届いたんですか?」
ルクード陛下の元へ届けられたと。トキアさんはそう明言していた。
けれどいくら隣の大陸とは言っても、海を越えてエデルトとテミトスを行き来するのは簡単なことではない。まして、どちらの王都も大陸の中央付近にあったはず。それを思えば、8日でたどり着けるとは思えないんだが。
もちろんトキアさんの飛槌であれば話は変わってくるんだろうけど、そのトキアさんはずっとここに居たらしいわけで。
「ええ。そこはマシュウさんがわたくしの代わりを引き受けてくれたので」
「なるほど」
マシュウさんというのは、トキアさんと同じく空の移動手段を備えた方で、トキアさんとも顔見知りだった。
そういうことであれば納得できる。
「まあ、シエロさんは緊張していた様子でしたが……」
「でしょうね……」
多少なりとも付き合いのあるトキアさんやクーラや俺は、マシュウさんが気のいい人だということを知っている。だが、あの人は準虹杯に出場できるほどに高位の虹追い人であり、シエロは面識も無かったんだから。
まあ、無事に王都に戻れたらしいわけだし、致命的な問題は起きなかったということなんだろう。
そしてシエロにとってもいい人生経験になったはずだ。……多分。
「それとウィジャス騎士団長なんですが……」
っと、そっちの問題もあったか。
死刑が確定した罪人だったとはいえ、拷問にかけてあれこれ吐かせようとしていた対象を勝手に殺してしまったんだから。
あまり重い処分にはなってほしくないけど……
「騎士団長を解任というのが、形式上の処分です」
「……形式上、ですか?」
そんなことを思っていたら、何やら意味ありげな言い回しが。
「ええ。ウィジャス騎士団長自身がそれを望み、渋々ながらもマイス王が受け入れたという形ですね」
「なんでまた……」
「どちらかといえばウィジャス騎士団長が気にしていたのはオビアではなく、ビクトと対峙した時のこと。この国の危機に何もできなかったと酷く悔やんでいたようでして」
それもわからなくはない。
もっとも、今回に関しては相手が悪すぎたというのも大きいだろうけど。
「だからひとりの虹追い人として、己を鍛え直したいと」
「……そのために騎士団長を辞したってことですか?」
「ええ。もしも、次に同じような事態が起きた時には不覚を取らずに済むようにと」
騎士団長ともなれば、やらなければならない仕事も多い。となれば、鍛錬に明け暮れるというわけにもいかないんだろう。そのあたりもわからないことはないけど……
「引き留める声も多かったそうですが……」
あの方はテミトスどころかエルリーゼでも最高位の実力者でありながら、偉ぶったところはひとつも無く、俺のような若造相手でも礼儀正しく接してくれていた。そんな御仁であれば、当然のように周囲からも慕われていたことだろう。
「そのあたりはいろいろあったものの、最終的には気持ち良く送り出されたようでした。そうして諸々の引継ぎを済ませてガナレーメを去ったのが一昨日のこと。出立の前にはアズールさんのお見舞いにも来てくれたんですよ」
「あと二日早く目を覚ましたかったですよ……」
俺だって、テミトス滞在中にはいろいろと世話になっていた身の上。別れの挨拶をできなかったことは残念に思う。
「その時には、気ままな旅暮らしに憧れていたとも言っていましたか」
「……人柄を考えると、あんまり違和感が無いですね」
「ふふ、わたくしもそう思いましたよ」
もしかしたら……騎士団長というしがらみのある立場よりも、一介の虹追い人という生き方の方が合っているのかもしれない。
俺の勝手な印象ではあるが、そんな風にも思えた。
まあ何にしても、新たに選んだ道を前向きな気持ちで踏み出せるのは結構なことなんだろう。
「もっとも、アズールさんとの手合わせができなかったことは心残りだったそうですが」
思えば、サーパスでもそんなことを言われたんだったか。
「それに関しては俺も同感ですね」
あの方とやり合うことで学べることは多かっただろうに。
「それと、言伝を頼まれていました。『いつかどこかで会う機会があったなら、アズール殿の胸を借りたいものですな。その時には無様な姿を晒すことが無いよう、精進するつもりです』と」
「胸を借りる、ですか……。そっちは違和感がすさまじいんですけど……」
「ですが、実力的にはそういう話になるのでは?」
「……理屈ではわかってるつもりなんですけどね」
ウィジャス騎士団長……いや、あの方はもう騎士団長じゃないんだったか。なら、無難なところでウィジャスさんとでも呼ばせてもらおう。
ウィジャスさんはビクト相手にまるで歯が立たず、そのビクトを俺が仕留めたのは事実。
だから、ウィジャスさんよりも俺の方が強い。
そう考えるのは――短絡的ではあるにしても――まったく筋が通らないとまでは思わない。
「まあ、アズ君だから仕方ないよね」
人様の肩に座り、足をブラブラさせていたクーラがお気楽にそんなことを言ってくれやがり、
「……どういう意味だそれは」
返す言葉は憮然としたものになってしまう。
意図はわからずとも、何かしらの揶揄が込められていることくらいは読み取れてしまったからだ。
「君が自分を卑下しなくなったのは素直に嬉しいけどさ、その残滓はまだ消えてないんだろうね。君って、自分のことだけは不当に低く評価しちゃうところがあるから」
やって来たのはそんな返答で、
「それはわたくしも感じていましたね。もう少し自分のことを認めてあげてもいいのにとは、常々思っていました」
トキアさんまでもが同意する。
「……そんな自覚は無いんだがな」
「悪癖ってのは、基本的に自覚無いものだよ?」
そのあたりは割と一般論的なところでもあるけど。
「まあ、君はそれでいいのかもしれないけどね。玉にはひとつくらい瑕があった方が魅力も引き立つだろうし。いや……けど、これ以上魅力的になられたら私が困るのか……」
真剣な顔でそんな風に悩み出す。
クーラはこの手のことに関して、自身が嘘だと思っているような内容は絶対に口にしないということを俺は知っている。だからそれは――少なくともクーラの中では――間違いなく真実なんだろう。
「そこらへん、私はどうしたらいいのかな?」
「知るか。それとな……そうやって持ち上げるのはやめろといつも言ってるだろうが」
それでも、俺としては勘弁願いたいのも事実なわけで。
「けどホントのことだし。それにさ……真っ当な相手であれば誰であろうと素直に敬意を払えるっていうのは、素敵なことだと思う。君のそういうところも、私は大好きだよ」
そして――精神的な意味での――俺の急所を容赦なく抉って来る。
そんな風にされてしまうと、こっちは一切言い返せなくなってしまう。
しかも困ったことに、本心から言って来るんだから始末に負えない。
4年もそんなことをされ続けてきた結果として、俺は完全にこいつに堕とされちまったわけなんだが。
「あの……おふたりの仲がいいのは結構なことだと思いますけど、わたくしのことを忘れないでくれませんかね?」
「「あ……」」
気まずそうな声をかけて来たのは、言わずもがなでトキアさん。
「それなりに慣れてはいるつもりですけど、こっちを置き去りにしてふたりだけの世界に入られるというのは、居たたまれなくなると言いますか……」
ふとした弾みで、互いのこと以外が意識から完全に締め出されてしまう。
時折やらかしては、そのたびに呆れの言葉を頂いて来た行為だった。
俺もクーラもやらかすたびに、同じ失敗は繰り返すまいと心に決めてきたことであり、その回数だけ自分たちの決意を裏切り続けて来たことでもあったわけで。
「「スイマセン……」」
本当にこればっかりは、言い訳のしようも無く、
「まあ、クーラさんの言葉を借りるなら……ひとつくらい瑕があった方が玉の魅力も引き立つということなのかもしれませんね」
そんなフォローまでされてしまう始末。
「ですが……少し心配にもなって来ましたよ」
「これでも直そうと努力はしてるつもりなんですけど……」
「いえ、そういう意味ではなくて。……この先、クーラさんだけがわたくしと一緒に王都に戻った後のことです。鏡の魔具が使えない状況で離れ離れになって、本当に大丈夫なんですか?」
「それは……」
「たしかに不安かも……」
クラウリアの異世界呼び付けからもいろいろとあって、『転移』で好き放題に会うことができないという現状には慣れて来たつもり。
だがそれでも、何かしらの事情で数日程度会えなくなる時には、鏡の魔具を当然のように多用していたのも事実なわけで。
むしろここ数年間で互いの声を聞くことが無かった日なんてのは、それこそ俺が寝こけていた昨日までの7日間くらいじゃなかろうかと思えるくらい。
あの魔具がどれだけ有用であり、どれだけ頼り切りだったのか、あらためて思い知らされた気分だった。
とはいえ……
新しく作る、なんてのも現実的じゃないだろうしなぁ……
材料となるのは、寄生体由来の残渣。
生息域がわかっているなら、狩りに行くという手もあるだろう。
けれど寄生体という魔獣は特定の生息域があるものではないらしく、どこに発生するのかは一切未定で、発生する確率自体も極めて低いと来ている。
まあ、寄生体の危険性を考えたなら、ホイホイ発生されても困るわけだが。
つまるところ、俺とクーラが我慢するしかないんだろう。
「……アズールさんには王都の近くに潜伏してもらって、わたくしがクーラさんを連れてその場所へ往復。このあたりが落としどころでしょうか」
そんな俺らを見かねてか、トキアさんが提案してくれる。
たしかに、そこらへんが無難なところなのか。数日に一度でも会えるのなら、どうにかこうにかでも耐えられそうな気はしなくもない。
……手間をかけてすいませんとは思うわけだが。
それでも、現実的な範囲では他に手段が見当たらないのも事実なわけで。
「こんな時、『念話』が使えたら良かったんですけどね……」
そんなしょうもないことを考えてしまう始末。
「ふふ、それはたしかに」
苦笑気味に同意してくれるあたり、トキアさんも『念話』というやつについて読んだことはあったんだろう。
それは物語の中では『転移』あたりと同じくらいによく見かける能力。
離れていても言葉を交わし合うことができるというもので、早い話が例の鏡の魔具と同じことが自力でできてしまうというシロモノ。
とはいえ、さすがのクラウリアもそんな技術は手持ちになかったということなんだろう。
もしもそんなものがあったなら、クーラが黙っているはずは無い。
俺が習得できたかどうかはさて置くとしても、俺らにとっては恐ろしく有用なんだから。
まあ、無いものねだりをしても仕方がないか。
と、俺はそんなことを思っていたわけだが――
「……そうだよ!その手があったよ!」
その矢先にそんな思考を遮るように、俺の肩に乗っていたクーラが声を上げる。
「おい……まさかとは思うが……」
ポンと手を叩くその様子は、妙案を思い付いたと言わんばかりで、
「鏡の魔具が無いなら『念話』を使えば良かったんだよ」
どこか得意気に、そんなことをほざきやがっていた。




