本当にあの一族は……いい加減にしろよと言いたい
「……当たらずとも遠からず、と言ったところですね。現状、オビアの首から下だけが行方不明になっているんです」
トキアさんが告げて来たのはそんな――言葉としては理解できるものの、中身は意味不明以外の何物とも思えないような内容で、
「……どういうことです?」
俺としては、そんな問いを重ねるくらいしかできなかった。
そもそもが、首から下だけを行方不明にするなら、首を斬り落とすなり頭を吹き飛ばすなりしてやる必要があるんじゃないだろうか?
まあどうせオビアは処刑――斬首が確定しているんだから、それは別にいいんだが。
「では、順を追って話しましょうか」
「お願いします」
「ちなみにですけど、8日前に倒れた時のことは覚えていますか?」
「ええ。そこははっきりと」
「では、そこからで良さそうですね。アズールさんが気を失っていることを確認後、ビクトの様子も見たんですけど、すでにこと切れていました。呼吸、心拍、脈拍のすべてが停止していたことは、わたくしだけでなくあの場に居た多数の虹追い人が確認しています」
俺としても瀕死に追い込めたとは思っていたが、奴はそこで完全に力尽きていたわけだ。
「ちなみにですけど、アズールさんとビクトの戦いはマイス王やウィジャス騎士団長も見ていたそうです。その後はマイス王の指示で、その場に居た炎使い数人がかりでビクトの死体を焼却しました」
「……万にひとつも復活されたら困るから、ですか?」
「ええ。ビクトの脅威度は相当なものでしたから。それに、頭部が吹き飛んでも生えてくるような化け物だったわけですし。なので、特に異論は出ませんでした」
「まあ、そうでしょうね」
その死をより確実にしておくというのは、無難な対応だろう。
「そうしてビクトの死体が消し炭になるところはわたくしも確認しています。その後はオビアの様子を確認したんですけど、こちらはまだ息がありました。ただでさえ死刑が確定しているところで脱走した罪人だったわけですし、この場で処刑するべきという声もあったんですけど、再度投獄するという話になりまして」
「……生かしておく理由なんてあったんですか、あれに?」
「拷問……もとい、尋問するためとのことでした」
「……ビクトに関して少しでも情報を抜き出せれば、ということですか?」
「ええ。ビクトとは違い、オビアは大した脅威にはなり得ない存在でしたから。どうせ処刑するなら、その前に少しでも役に立てておこうという話でしたね」
まあ、それもそれで無難な判断ではあるのか。
もっとも、オビアが有益な情報を持っていたとも思えないわけだが。
「その後、オビアは郊外の監獄に送られることになり、アズールさんは王宮に運ばれることになりました。わたくしはアズールさんに付き添っていたので、オビアの方は聞いた話になるわけですが……ほどなくして、移送中にオビアが目を覚ましたそうなんです。その時のオビアは暴れることもなく、何かに戸惑っている風だったとのことで。そしてその場には、ウィジャス騎士団長が居合わせたそうなんですけど……オビアの姿を目にするなり、その首を斬り落としてしまったとのことでした」
「ウィジャス騎士団長がですか!?」
それはそれで考えにくいんだが……
仮にだが、オビアが暴れたとか逃げようとしたとかであれば、やむなくというのもあり得なくは無いだろう。けれど、抵抗はしていなかったという話。
あの方とは俺も何度か話したことがあるが、そんな短慮を起こすような人だとは全く思えないわけで。
だがそれでも、
「相応の理由があったんですよね?」
そう考えるのが妥当なのではとも思う。
「相応と言えるのかは悩ましいところですが。……その時にオビアを見たウィジャス騎士団長は、強い危機感を覚えたそうなんです」
「……オビアに対してですか?」
「ええ」
それはそれで妙な話。
クソ宰相時代であれば、それなりの権力やら財力やらを持っていたであろうオビア。だが、身ひとつとなってしまえば小うるさいだけのクズでしかないというのが俺の印象。
「ガナレーメの街中で出くわした時にしても、8日前に対峙した時にしても、オビアには何の脅威も感じませんでしたけど……」
「私も特にこれと言っては感じなかったかな」
俺とは比較にならないほどの経験を持つクーラも同じくだったらしい。
「……ウィジャス騎士団長にしても、その数日前に街で騒ぎを起こして捕縛されたオビアと会っていたそうなんですけど、その時には何も感じなかったとのことです」
「けれど8日前は違っていた、と?」
「ええ」
「つくづく妙な話ですね」
統合して考えるに――ビクトに押し倒されて気絶してから目を覚ますまでの間に、オビアの脅威性が跳ね上がっていたという結論になってしまうんだから。
「それについては同感です。ですが、妙な話はまだ続くんです。当然ながら騒ぎになって、一時的にオビアの死体は上下共に物陰に置かれていたそうなんですけれど……数分後にその死体を回収しようとした時には、その場には首だけしか残されていなかったという話なんですから」
「本気で理解不能なんですけど……」
これがビクトだったなら、首が生えて来てそのまま自力でどこかへ行ってしまったなんて線は残るだろう。
けれどオビアにそんな芸当ができるとは思えない。
となれば、何者かが持ち去ったという話になるわけだが……
頭部に関しては、処刑完了の証拠という意味合いがある。実際、トキアさんがテミトスに来たのはそれを持ち帰るためだったんだし。
けれどそれを除けば、オビアの死体に価値があるとは思えない。
せいぜいが薪か肥料として使うくらいだろうか?けれどそれにしても、もっと手軽で有用な物はいくらでもあるだろうに。
となれば死体そのものではなく、持ち去るという行為自体に意味を探すしかないわけだが……
それはそれで嫌がらせ以上にはなりそうもないわけで。
「俺に恨みを持ってる奴が暗躍してるかもしれない。昨夜、そんなことを言っていましたよね?」
「ええ。絶対にあり得ないとは言い切れなかったので」
「まあたしかに、それはそれで俺に対しても多少の嫌がらせにはなりそうですけど。ちなみに、その後は?」
「慌てて捜索が行われたものの、夜遅くだったということもあってか、行方はわからずじまい。そして今に至るまで、一切の手がかりがつかめていません」
どうにも薄気味の悪い話だった。
まあはっきりとしているのは――
「「「はぁ……」」」
クーラとトキアさんと俺のため息が重なってしまったのは、きっと思ったことも似通っていたからなんだろう。
本当にあの一族は……いい加減にしろよと言いたい。
俺だって、これまでには連中に散々迷惑をかけられてきた身の上だ。
けれどどうやら奴らの迷惑っぷりは、俺の想像を大きく上回っていたらしかった。




