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……今度は自分のチョロさにへこみそうなんだが

 目を開けて隣を見れば、そこに居たのは間違いなくクーラ。


 その恰好が素っ裸だったのはまあいい。どうせこの場には、慣らされている俺と同姓のトキアさんしか居ないんだから。


「……なんで?」


 俺の口から困惑声を引きずり出した原因はそこではなくて、


 幼い頃の数年間は寝たきりだったということもあってか、(見た目的な意味で)同年代の女性と比べてもクーラは小柄な方。


 けれど目の前に佇む姿は、そういった話ではなくて、


 近いところを挙げるなら、先ほどトキアさんが中身を飲み干した酒瓶くらいだろうか?


 目の前のクーラはそんな、手のひらに乗せることすらもできそうなくらいに小さな――物語に出て来る妖精さながらの姿をしていたわけで。


「まあ、驚くよね」

「当たり前だろうが……」


 それでも、肩をすくめる様は見慣れたクーラのそれで。


「んで、何でそんな姿になってるんだ?これまでと同じような姿を予想……というか期待していたんだが……」

「……期待に沿えなかったのは申し訳ないと思うよ。……簡単に言っちゃうと、色源が足りなかったの」

「俺の色源は根こそぎ持って行かれた感もあるんだが……ああ、そういうことか」


 例の1200年間もあり、俺の色源はアホみたいな量になっていたはずで、少し前にはガナレーメ全域を対象とした規模での治癒を発動させたなんてこともあった。


 だが、そんな俺でもクラウリアと比べたなら、色源の量は足元にも及ばなかったということなんだろう。


「……参考までに聞きたいんだが、前みたいな『分け身』を作ろうと思ったら、どれくらいの色源が必要だったんだ?」


 今のクーラは、サイズ的には以前の1/10といったところ。必要な色源量とサイズが正比例するとは限らないんだろうけど、


「誤魔化すのも嫌だから正直に言うけど……今の君の124倍」


 出て来たのは予想を大きく上回る数字。


「……そこまでかよ」


 つまりは色源の量だけを見ても、俺とクラウリアの間には目一杯小さく見ても124倍の差があるという計算になるわけで。


 天と地なんて言葉が生温い程度に差があることは理解していたつもりだが、それでも地味にへこむ話でもあった。


「まあ、生きて来た時間の差は大きいからね。けど……」


 ベッドの上に立っていたクーラがトコトコと近づいて来て、


「……ん」


 柔らかな何かを俺の頬に触れさせる。


「これで少しは元気出たかな?」

「……今度は自分のチョロさにへこみそうなんだが」


 口づけひとつで沈みかけた気分が上を向く辺り、俺は割と……いや、かなり相当に単純だったらしい。


「さて、アズ君の元気が出たところで、話したいことがあるんです」


 勝手にそう決めつけて(まあ、事実とはさほどかけ離れてもいないわけだが)トキアさんへと向き直るクーラ。


「それはもちろん構いませんよ。ですがその前に……いつまでもその恰好というわけには行かないでしょう。これを使ってください」


 そう言ってトキアさんが差し出したのは1枚のハンカチだった。




「それで、話というのは?」


 3人でテーブルを囲んだところで――といっても、クーラはテーブルの上ではなく、何故かわざわざ俺の肩に座っているんだが。本人はやけに気に入ったらしい――あらためてトキアさんが問いかけて来る。


 ちなみにだが、クーラの服装はハンカチをマントのように羽織るというもの。当然ながら手のひらサイズのクーラに合う服なんてあるはずも無いわけで。まあ、そこらへんは追々でいいだろう。人形用の服を手直しすれば、割といい感じになりそうだし。


 また、俺の方は色源枯渇のせいで多少の気怠さはあるものの、座っている分には問題無さそうだった。


「今後のことです。……私たちは行方をくらまそうと考えています」

「……やはりそうですか」


 どうやらトキアさんはそこまで察していたらしい。


「……あなた方がその選択をした理由は察しているつもりですし、わたくしにどうこう言える筋でもないでしょう。正直、寂しくはありますけどね」

「……それは俺らも同じですよ」

「……第七支部を去って行く方は何故か多いですし、多少は慣れていたのは不幸中の幸いだったのかもしれませんが」

「それはたしかに……」


 俺が直接知っている範囲でも、遠出した先で出会った相手と恋仲になって第七支部を離れて行った人は結構な数になる。


「口裏合わせは必要でしょうが、第七支部の皆さんやエルナさんへの報告は引き受けましょう。ただ、ペルーサさんは……」

「そうなんですよね……」


 クーラのアルバイト先のお隣さんであるペルーサ。あの子はクーラに懐いていた。大好きなクーラおねえちゃんが3か月間の旅に出るというだけでも泣かれたのに、二度と会えないなんてことになれば、間違いなく落ち込むだろう。


 俺としても、それを思うと気が重い。


「……ペルーサちゃんのフォローもお願いできないでしょうか?」

「もちろんそちらも引き受けさせていただきますよ。わたくしも一応はあの子の『トキアおねえちゃん』ですから。……正直なところ、もうそんな歳ではないと思うんですけど、それでも満更ではないんですよね。まあ、あの子が一番好きなのは『クーラおねえちゃん』みたいですけど」


 ペルーサの親父さんが営む魔具屋とその隣にあるエルナさんのパン屋はどちらも、立地的な理由もあって第七支部所属メンバー御用達となっていたくらい。そしてペルーサ自身が明るく元気で素直な子だということもあり、妹的な感じでペルーサを可愛がっている人は第七支部にも多かった。たしか、トキアさんもそのひとりだったはずだ。


「あはは……。それは素直に嬉しいですけど、少し照れ臭いかも……」

「ですが、それだけクーラさんがペルーサさんを大切に思っていたということの証左なのでは?そして、その気持ちはしっかりと伝わっていたということなんでしょう」

「……気持ちが伝わっていた、か。……もしかしたら、私と姉様の時もそうだったのかな?」

「姉様、ですか?クーラさんはひとりっ子だと聞いた覚えがありましたけど」

「……血のつながりはないんですけどね。遠い昔、私のことを妹みたいに可愛がってくれた人で、私もその人が大好きだったんです。だから、それだけ姉様も私を大切に思ってくれてたのかなって」


 その人物には心当たりがあった。


 それはクーラが『サクア姉様』と慕う異世界のお姫さんで、クーラに異世界式の治癒を教えた人でもある。だからある意味では、俺はその人の孫弟子とも言えるんだろう。


「……そうだね。姉様とは笑顔でお別れできた。それでも……ずっと一緒で、それが当たり前になってた大好きな姉様と二度と会えなくなるのは寂しかったもんね」


 『サクア姉様』との別れは比較的穏便なものだったと聞いている。だがそれでも、クーラにとって悲しい記憶であったことも事実なんだろう。


 当時を思い出したかのようなその言葉は湿っぽい色を帯び、翡翠色の瞳が揺れていた。


 やれやれ……


 そんな様を見て、内心で呆れのため息を吐く。


 といってもそれはクーラに対してではなくて、


 本当に、俺はこいつの手で完全に堕とされちまってるんだよなぁ……


 自分自身に対してのもの。


 だから、クーラがそんなやるせない思いをするというのが本気で嫌だった。


 だったら……


「トキアさんに聞きたいことがあるんですけど……」


 少し考えて、思い付いたことがあった。


「王都に戻る際、クーラを連れて行くことってできません?」


 世間的には死んだと見なされているであろうクーラ。となれば、普通に王都に帰るわけには行かないだろう。


「例えばですけど、懐に隠して」


 けれど考えようによっては、今のサイズが活きて来る。手のひらに乗せられるくらいの大きさであれば、そういったことも可能なのではなかろうかと思うわけで。


「……そういうことですか」

「ええ、そういうことです」


 言ってしまえば、クーラとペルーサが直接に会う機会を作ろうかという話だ。


 サイズこそ1/10になったとはいえ、それ以外の外見は以前のクーラとまるで変わらず、中身も同じ。


 となれば、相当に親しくしていたペルーサのこと。すぐに『クーラおねえちゃん』だと認識してくれるはず。


 少なくとも、二度と会えなくなってしまうよりは、あの子にとってマシな話になるだろう。


「もちろん、トキアさんが引き受けてくれるのが前提なんですけど……」

「ふふ、それをわたくしが断るとでも?」

「ですよね」


 俺自身、それは無いと思っていた。それこそ――都合が良すぎる奇跡が起きる以上にあり得ないことだとは。


「さて、そうなれば後はお前次第だな」


 クーラに目を向ける。


「なあ、クーラ。お前はどっちがいい?しばらくの間は俺離れちまうことと――」


 手のひらサイズのクーラはともかくとして、俺が同行するわけには行かないだろう。となれば、その間は言葉を交わすことも触れ合うこともできなくなってしまうわけで。


 俺としては、それはそれで辛いものがある。だが、そこは我慢しよう。


 俺だって一応はあの子の『アズールおにいちゃん』なんだから。


「――大好きな『クーラおねえちゃん』が居なくなって悲しんでるペルーサを見捨てることとなら」

「……嫌な聞き方してくれるね」

「わざとだからな」

「正直な気持ちとしては……どっちも嫌だよ」

「まあそうだろうな」


 言ってみればそれは、殴られるのがいいか蹴られるのがいいか選べなんて話。それは、どっちも嫌に決まっている。


「けどそれでも、どっちかを選ばなきゃならないわけだ。なら、多少はマシだと思える方を選ぶのが無難じゃないのか?」

「…………………………あの鏡の魔具が無事なら良かったのにね」


 少しの間を置いてやって来た言葉。それがクーラの答えだったらしい。


「まったくだ」


 それについては俺も同感。


 どれだけ離れていようとも、言葉を交わすことができるあの鏡があれば、離れ離れになっても、それこそ多少はマシだったものを。


「本当にあのクソ一族はどこまで俺らに迷惑をかけてくれるのやら……」


 そして、それをぶっ壊してくれやがったのはビクト・ズビーロだったわけで。


 っと、そういえば……


「ビクトの阿呆はあれからどうなったんだ?」

「言われてみれば……」


 ビクトに思考が及んだことで、今更すぎるほど今更に気になったのはそんなこと。


 元をたどれば、そのビクト・ズビーロのせいでこんな事態になっているわけだが、奴のその後は俺もクーラも知らなかった。


 まあ、いろいろあってそれどころではなかったというのもあるんだが。


 ともあれ、俺が気を失った時点では、奴を瀕死くらいには追い込めていたはず。


 けれど、トドメを刺せたという確証は無い。


 トキアさんに深刻な様子が見受けられないあたりからすれば、現在進行形で奴がやらかしているというわけでは無さそうだが。


「そこらへん、トキアさんはご存じです?」


 そうトキアさんに聞いてみれば、


「ビクト・ズビーロなら、すでに死亡しました。そのことはわたくしも確認しています」


 ひと安心できるような返答が。


 あれはシャレにならないレベルで危険すぎる――下手をすればエルリーゼを滅ぼしかねなくすらあるような存在だったわけで、それが死んでいたことに俺とクーラは胸を撫で下ろす。


「ですが……」


 だが、その割にはトキアさんが見せるのは複雑な表情。


「何か気になる点でも?」

「ええ。不審なことがありまして。昨夜、アズールさんに渡したメモを覚えていますか?」

「……そんなのもありましたね」


 その後にもいろいろとあって、目を通す機会は無かった。だが、グラバスク島に向かおうとしたところで呼び止められ、渡されたのは覚えていた。


「たしか……俺に恨みを持った奴が暗躍しているとかなんとか……」


 そして、トキアさんはそんなことを言っていたはずだが……


「それがビクトだった……ってわけではないですよね?」


 その死亡を確認したと、トキアさんはそう言ったんだから。


「ええ。問題なのはビクトではなくてオビアの方です」

「そんなのも居ましたっけ……」


 あまりにもどうでもいい存在だから奇麗さっぱり忘れていたが、あれはビクトに押し倒されて意識を失っていたはずだ。残念なことにまだ生きていたのか、打ちどころが良かったおかげでくたばってくれたのか。そこまではわからないけど。


「……まさかとは思いますが、また脱走したとかじゃないですよね?」


 そして、最初に思い浮かんだのはそんなこと。過去に奴は、2度の脱走をやらかしていたんだから。


 けれどトキアさんが告げて来た返答は、


「……当たらずとも遠からず、と言ったところですね。現状、()()()()()()()()()()()行方不明になっているんです」


 言葉としては理解できるものの、中身は意味不明なシロモノだった。

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