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物語の中でたまに見かける奇麗ごとは、部分的には真実だったのかもしれない

「……世界最強であるこの僕と戦う資格はあるようだな。ならば、世界国王である僕の真の力を見せてやろう」


 そんな物語の中で時折見かけるようなセリフと共に、ビクトの姿が急激に変わっていく。


 まず目に付いたのは両腕。少し前までは人のそれだった腕は丸太のように……いや、それ以上に太くなり、指先からは長く鋭い爪が伸び、皮膚は濃い藍色をした鱗で覆われて。


 両足にも同様の変化が起き、胴体は急速に膨れ上がり、首の後ろから飛び出した何かが頭上へと伸びていく。


 ……なるほど、これが『魔獣喰らい』の本領というわけか。


 徐々に形作られていくその姿には見覚えがあった。


 以前、墓参のための花摘みに行ったルデニオンの山頂付近でやり合った魔獣、深凍藍翼(インディゴ・アブサルト)のそれだ。


 つまりビクトは、深凍藍翼の力も取り込んでいたというわけだ。わざわざあんなところまでご苦労なことだとは思うが。


 そして、真の力を見せるという言い回しから続いたところを見るに、奴が力を奪った最強の魔獣が深凍藍翼だということでもあるんだろう。


 まあ、どうでもいいか。


 それでも、俺の中にはそんな思考以外が浮かんで来ることはなかったわけだが。


「見たか!これこそが世界最強の力だ!」


 そうこうするうちにあちらさんも準備は整ったらしい。その姿は基本的には深凍藍翼のそれだが、背中の羽はトンボみたいだとか、左手からは炎熱獅子(ブレイズ・ロア)の頭が生えているだとか、右手には図体相応に巨大な剣を持っているだとかといった差異もあった。


 そして、腹部にはビクトの顔が。声はそこから発せられていたらしい。


 まあ、複数の魔獣の力や本来の心色を同時に扱えるというのは、今更驚くことでもないのか。


「さあ、この力の前にひれ伏すがいい!」


 そう叫んで剣を叩き付けて来るわけだが……


 今の姿を持て余してるのか?


 俺としては、そんな疑問を抱くところ。


 先ほど斬りかかって来た時とはまるで違い、雑で力任せの振り降ろしにしか見えなかった。


 まあいいや。


 それでも、無防備であんなのを受けたなら、俺は即座に挽き肉になっていることだろう。


 対処として俺が選んだのは、引き解いた白リボンで形成する虹剣モドキ。


 ガギッ!


 どこか耳障りな音と共に互いの剣がぶつかり合う。


 相変わらずの頑丈さだな。さすがはクーラ謹製だよ。


 俺がそんなことを思う一方で、


「馬鹿なっ!?」


 ビクトの方は驚愕といった風で大きく目を見開く。まあサイズ差を思えば、俺の虹剣モドキがへし折れないと驚くのは妥当な反応と言えるのか。


 さて、それじゃあ終わらせるか。


 ドスッ!


「がべっ!?」


 ビクトの口から苦悶の声が飛び出す。鈍い音を立ててその巨体を貫いていたのは、勢いよく上空から降って来た錘型飛槌モドキ。


 大人しく待ってやる義理があるわけでもなし。ビクトが巨竜へと姿を変える間に俺が用意しておいた小細工だった。


 上ばかりを見ていれば足元をすくわれるらしいが、その逆も然りというやつなのか。


 ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!


 合計で20本ほど用意しておいた錘型飛槌モドキで巨体を串刺しにして、


 爆ぜろ。


 ドゥン!


 『爆裂付与』を発動。


 そうすればそこにあったのは、全身がボロボロになった巨竜の姿。


 というか……


 考えてみれば、行儀よく待ってやる義理なんて俺には無かったような気がしなくもない。


 ルールに則った模擬戦とかならともかく、実戦の中では不意打ちを仕掛けるという行為に問題があるとも思えないわけで。


 付け加えるなら俺は、ビクトの真の力とやらにはまったく興味が無かったんだし。


「くそ……この僕がこんな……」


 ともあれ、それでも倒し切るには至らず、


「だが、残念だったな!この程度で世界最強である僕に勝てると思ったか!」


 むしろ、目に見える勢いでその身体が再生していく。


「これで終わればいいとは思っていたがな」


 まあ、そうそう上手くは行かないということなんだろう。


 だから追撃をかける。


 使うのはごくシンプルな手口。


 『封石』で硬度を上げ、『衝撃強化』で与撃時の威力を上げ、『爆裂付与』をダメ押しとして、『追尾』で確実にぶち当たる泥団子を、2000『分裂』で乱れ打ち。


 早い話、彩技を総動員しての力押しを行い、癒えようとするその傷ごと抉り取ってやろうという話。過去に双頭恐鬼(エティン)とやり合った際と同じ手口だ。再生するのにも消耗するはずなんだから。


「そらっ!」


 適当に放り投げた泥団子が膨大な数に増え、巨体へと殺到。


 飛沫と爆音のせいで、視覚聴覚では向こうの状況を確認できない。


 だが、泥団子ひとつひとつから伝わって来る感覚からして、逃げられてはいないんだろう。


 まあ逃げられては面倒だから、棒立ちを強要するようにして『封石』と『衝撃強化』のみの泥団子も織り混ぜているわけだが。少しでも効率よく損傷させるためには、倒れようとしても倒れられないように調節しておいた方がいい。




 ……そろそろ限界らしいな。


 それを体感で30分ほど続けた頃だろうか?俺の中にある色源が底を尽く感覚がやって来る。これもまた、過去に双頭恐鬼とやり合った時以来。


 考えてみれば、やり合う前の時点で残り1割程度だったわけだし。


 さて、これで仕留めきれていればいいんだが……


 飛沫と爆風が晴れるとそこにあったのは、全身から血を流して左腕を失い、右の眼が潰れた子供の姿。


 すでに深凍藍翼の姿を保つこともできず、再生もできないくらいには消耗している風だった。


 それでも剣を地面に突き立てて倒れることを拒み、向けて来る左目には戦意が残っている様子でもあったが。


「くそ……。最強の力を手に入れたこの僕がどうして……」


 そして、この顛末には納得できていないらしい。まあ、世の中には理不尽なんていくらでもあるわけだが。


 そんなビクトの背後でのそりと立ち上がる姿が。


 ああ、そうだったそうだった。


 そういえば、それなりに時間が経過しているんだったか。クーラも言っていたくらいだし、そういうこともあるんだろう。


「僕は最強なんだ……。僕こそが世界最強なんだ……。この力で僕はズビーロ世界王国を興して、世界国王になるんだ……。そして父上を世界宰相にするんだ……。それこそが僕の使命なんだ……」


 長い年月をかけて呪いのように吹き込まれ続けて来たであろうもの。それはどうやら、この期に及んでもビクトの精神を侵していたらしい。


 ある意味では、大した親孝行だとも言えるんだろうか?


 まあ少なくとも、数日のうちに世間様が言うところの最大の親不孝をやらかすことがほぼ確定している俺よりはマシなんだろう。


 とはいえ……


 ノロノロと後ろから近づいて来る存在にビクトが気付いた様子は無く。


「そうすれば父上だって!僕のことを認めてくれるは――」

「死ねぇぇぇぇぇっ!」


 ビクトの胸から、炎をまとう切っ先が突き出す。


「――ずがあっ!?」


 血を吐くような叫びが吐血に変わる。


 ビクトの言葉を遮り、その存在すらも否定していたのは、


「はっ……ははははははははっ!ざまあ見ろ!」


 嘲笑であり、


「単独型の出来損ない風情が偉大な父である私に逆らった報いだ!死んで償うがいい!この愚か者が!」


 認められたいと叫んでいた対象でもあった。


 自分の子であるビクトを背後から刺したのはオビア。その口から吐き出される声には、正気の色が残っているとはまるで思えず。


「父……上……?」


 ビクトの顔に浮かぶのは、信じられないといった表情。


 まあ、それは妥当なところなんだろう。実の父親に刺されるなんてのは、普通であれば信じられるようなことではないんだから。例外があるとすれば、親子で模擬戦をやっていた最中に子の方が健闘しすぎた結果として、親が手加減する余裕を失くしてしまった時くらいのものか。


 問題なのは、この親子が普通ではなかったということなんだろうけど。


「どう……して……」

「黙れ!」

「がべっ!?」


 さらにオビアは拳を叩き込み、こらえきれずに背中から倒れたビクトに馬乗りになって、


「この出来損ないが!」


 続けて顔面を殴り付け、


「どうしてですか!?僕は……父上のために……」

「うるさい!」


 問いかけへの答えも殴打で。


「お前は!自分が!何を!したのか!わかって!いるのか!?」


 さらに殴打が続く。


「僕は……父上を宰相にするために……」

「私が宰相に返り咲くのは当然のことだ!だが、そのためにお前は何をした!?あれだけのことをしでかしては、身内である私までもが罪に問われるではないか!?そんなこともわからぬのか!?」


 呆れるほどに身勝手な言い分だった。


 そもそもが、ビクトが何もしなくとも……いや、むしろ何もしなければ、こいつの死刑は決まっていたはずなんだが。


「ですが父上……」

「口答えするな!もうお前など私の息子ではないわ!3種複合持ちのジマワの代わりにお前が死ねばよかった!2種であるガユキやユージュの代わりでもよかったものを!いや、お前など産ませなければよかった!お前の存在自体が私の汚点だ!」

「そんな……」


 ビクトの顔が絶望色に歪む。それだけショックだったということなのか。


 まあ俺としても、このド外道に子を成す資格があるとは思えないわけだが。


 子は産まれて来る時に親を選べないなんて話はあるが、俺はオビアの子でなくて本当によかったとすら思う。


「いや、待てよ……。おい、出来損ない。どうしても親子の縁を切られるのは嫌だというのなら、チャンスを与えてやろう」

「本当ですか!?」


 こんな最低最悪を煮詰め、極めたようなゲス野郎相手でもビクトは慕っているらしく、そんな言葉に目を輝かせる。


「ああ。ここで私に殺されれば、私の息子として認めてやろう」

「……どういうことですか?」

「知れたことだ。重罪人であるお前を始末すれば、それは私の手柄になる。私の息子を自称したいなら、それくらいの役には立って見せろ」

「そんな……」


 人間というのはここまで薄汚くなれるものなのかと感心してしまうくらいには悍ましい提案。


「ははははっ!私の慈悲に泣いて感謝するがいい!」


 そうして剣を発現させ、突き立てようとするオビアだが、


「私のために死ね!この、出来損ないの役立たずが!」

「そんなのは……嫌だぁぁぁぁっ!」


 ビクトが叫びと共に勢いよく跳ね起き、


「ごげっ……!」


 オビアはその反動で吹っ飛ばされ、地面へと後頭部を叩きつけられる。当たり所が悪かったのか、白目をむいて気を失っている様子。


「僕は……僕こそがなんとしてでも父上の願いを叶えるんだ。そうすれば父上だって……。そのためには……ぶぇぁっ!?」


 立ち上がったとはいえ、ビクトの方もそれが最後の力だったんだろう。その口から吐き出された血塊がオビアの顔面を赤く染め、


「父上……これで僕たちは……ずっと……」


 前のめりに、オビアの上に覆いかぶさるようにして崩れ落ちていく。


 その顔はどことなく満足げにも見えたが、それもどうでもいいことだ。


 ……ようやく終わったか。


 どうせ無意味だと思っていた勝負はこうして、心底どうでもいい茶番という形で終了。予想通りというべきなのか、そこには毛の先ほどの感慨も無く。


 復讐は何も生まない。残るのは虚しさだけ。


 そんな――物語の中でたまに見かける奇麗ごとは、部分的には真実だったのかもしれない。


 少なくとも、仇を討ったからといって失った存在(クーラ)が戻って来ることはなかったんだから。


 そして、俺にもゆっくりと地面が迫って来る。


 ああ、そういえばそうだった。


 俺の方も、色源を根こそぎ吐き出していたんだった。


 そうなれば、倒れて気を失うのも道理なんだろう。


 ひょっとしたら、このまま永眠することになるのかもしれないわけだが……


 まあ、それもどうでもいいことか。


 そんな投げやりな気持ちも原因だったのか、瞬く間に意識は霧散していった。

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