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試合に負けても勝負に勝てればそれでいい

「あの瘴気を消したのは誰だ!?」


 処刑待ちの重罪人であるオビアを伴って現れたビクトが周囲を見回し、大声で問いかける。


 その口調は子供らしい見た目相応のそれではなく、クソ兄共を思わせる尊大なもので。


「あれは世界宰相である父上を不当に投獄した報いとして、ズビーロ世界王国の世界国王である僕が与えた罰なのだ!勝手に消すなど、許されると思っているのか!?」


 続く内容も明らかにおかしかった。


 オビアの罪状はこの際さて置く。あの瘴気はこいつが原因だったというのも、まあ予想はしていた。だが、あのまま放置していたなら、ガナレーメに住む人がどれだけ犠牲になっていたことか。


 ついでにオビアも死んでいた可能性が高いというのは割と……いや、かなり相当どうでもいいとしても、そんなしょうもない理由であれだけのことをやらかすあたり、こいつは本気でシャレにならない。


 付け加えるなら、世界宰相だとか世界国王だとかズビーロ世界王国というのも意味不明だ。


 前に支部長から聞いた話。バガキ率いる野盗を壊滅させた時とは、随分印象が異なるようだが、それは9歳で心色を手にしたことで生じた精神の歪みに起因していたのか。まさか、ここまでおかしくなるとは思いもしなかったが。


「アズ君」

「ああ」


 クーラも俺と同じ気持ちだったんだろう。それだけで意思の疎通は完了できていた。


 タイミングが無かったせいでまだクーラによる調整を受けていなかったことが悔やまれるが、そこはもう諦めよう。子供殺しを引きずるようなら、その時は遠慮なく泣き付けばいい。俺にだって多少の矜持くらいはあるとはいえ、これまでにもクーラには散々情けないところを見せて来たんだ。ならばそんなものは今更だ。


「あの瘴気を消し飛ばしたのは俺だよ」


 だからクーラとうなずき合い、ふたりで立ち上がって、最初の問いには素直に答えてやる。大規模治癒の反動でまだ足元がおぼつかない感はあるものの、そこは寄り添うようにしてクーラが支えてくれる。


「アズールさん!?」


 声を上げるトキアさんは、申し訳ないけど今は無視させてもらう。


 こちらに気付いたビクトと、地面に降ろされたオビアがやって来て、


 クソ兄共を思わせる目をしてるな。


 それが、互いの顔がはっきりと見える距離で対峙して抱く第一印象。


 まだ9歳という年齢を考えれば、無邪気だとか活発だとか元気だとか、そういった色をしているのが多数派なはず。


 だが、こいつはガユキやジマワと同じように、自分以外のすべてを見下すような目をしていた。


「……お前は!?それにその小娘は!?」


 先に反応してきたのは、俺らが誰なのかに気付いたオビアの方。クーラを小娘呼ばわりされるのは気に食わないが、今は我慢してやる。


「父上、この者を知っているのですか?」

「馬鹿め!何を呑気なことを言っている!こいつが例の泥団子使いだ!」

「そうなのですか?」


 自分の息子に対して「馬鹿め!」は無いだろうが。そもそもが、俺とビクトは面識すら無いってのに。


 そう言われても腹を立てた様子を一切見せないビクトも気味が悪いんだが……


「一応は名乗っておこうか。俺の名はアズール。今言われたように、虹色泥団子って心色の使い手だよ」


 まあ、今はオビアに便乗しておいてやる。


「繰り返しになるが、あの瘴気を消したのは俺だ。逆に聞かせろ。あれは、お前がやったってことで間違いないんだな?」

「その通りだ。あれこそが、僕に備わった最強の彩技。『魔獣喰らい』の力だ」

「……『魔獣喰らい』?」


 初めて聞く名前で、隣を見ればクーラの顔にあるのも困惑。つまりクーラも知らないものだということか。


 『色喰らい』とは微妙に名前が似ているようでもある。


 どうにかして聞き出したいところだが……


「殺した魔獣の力をすべて自分のものにできる最強の彩技。魔獣を殺せば殺すほど強くなる。残渣まで消えてしまうというのは唯一の欠点だが、それを差し引いても、僕に相応しい最強の力だ。僕はこの力で世界を支配する王になり、父上を宰相の座に就ける。それこそが父上の願いであり、ズビーロの悲願なのだ!」


 そう思っていたら、頼んでもいないのにペラペラと明かしてくれる。


 絶対の自信があるのか、あるいは単に自慢したいだけだったのか。


 どうやらこいつの力は対象が心色ではなく魔獣とはいえ、基本的には『色喰らい』に近いものらしい。


 つまるところ、あの瘴気は瘴噴巨鳥(ロトン・コーザー)を殺して奪い取った能力なんだろう。そして、1匹だけではなく10匹20匹と殺した結果が、ガナレーメのすべてを覆う規模の瘴気だったわけだ。


 恐らくは背中の羽も、トキアさんに重傷を負わせやがった炎も、魔獣を殺して手に入れた力だったんだろう。


 脅威具合という点では、『色喰らい』とどっちが上なのかはわからない。だがそれでも、野放しにしていたら際限なく強さを増していくという点は共通していた。


 王だの宰相だのに関しては、まあどうでもいいだろう。


「力試しとして相手をしてやったが、虹天杯の優勝者ですら僕の敵ではなかった。つまり、世界最強の僕こそがエルリーゼを支配する世界国王に相応しいのだ」


 この場所を襲ったのは、そんなふざけた理由からだったらしい。例によって、後半部分には全く同意できないが。


 とりあえず、ビクト・ズビーロがどんな存在なのかは大まかに理解できたつもり。その上での結論は、こんな奴は絶対に放置できないということ。今この場で決めてしまわないと、どんな事態を引き起こすのかわかったものじゃない。


「さて、世界最強の世界国王である僕が命じる。泥団子使いよ、お前はこの場で自害しろ」


 そのビクトは、さらに妄言を垂れ流して来る。


「これは世界最強である僕からお前に与えるせめてもの情けだ」

「情け?」


 完全に意味不明だ。できれば俺にも理解できる言葉でしゃべってほしいんだが……。


「そうだ。父上を辱め、ズビーロ家を貶めたお前の罪は死刑1億万回でも償えないほどに重い。だからせめて、自らの手で罰する機会をやろうというのだ。世界最強である僕の寛大さに感謝するがいい」


 寛大と尊大をはき違えていること、1億万なんて数字は存在していないということはさて置くとしても……


 するわけないだろ阿呆が。


 それ以外の感想を抱けないほどに馬鹿げた物言いだった。


 とはいえ……


 さっきからやたら、最強最強と連呼してくるあたり、そのことにはこだわりでもあるんだろう。


 なら、そこは利用できそうか。


「俺を差し置いて最強とか、笑わせるなよ」


 だからそう鼻で笑ってやれば、


「何だと!?」


 こいつ的には腹に据えかねることだったんだろう。血相を変えて睨みつけて来る。


「だってそうだろう?俺は『クラウリアの再来』だぞ?それはつまり、俺こそがエルリーゼで最強ってことだ」


 まあ、心にも無いことなんだが。


 出鱈目な上に、こいつと同レベルで子供じみた理屈だとは理解している。それ以前に俺は自分が最強だなんてことはこれっぽっちも思っていない。世界準最強という目標を押し付けられ、それなりには腕を上げたつもりとはいえ、現状ではクラウリアの影を踏めるとすら思っていない。


 だがそれでも――


「ならば、僕と勝負しろ!」


 こいつはパックリと食い付いてくれる。


「双方からひとりの立会人を付けての決闘だ!僕こそが最強だということを証明してやる!」

「いいだろう。受けて立つ――」

「待て!こいつは我らズビーロを貶めた卑怯者だ。どうせまた汚い手を使って来るに違いないぞ」


 せっかく話がまとまりかけていたところへ、オビアが余計な口をはさんで来る。


 ……まあその通りではあるんだが。


 オビアの口から出て来るのは、今回ばかりは珍しくも的確な指摘。もしかしたら、槍でも降るのかもしれない。


 なにせ、俺が狙っているのはクーラとふたりがかりでの騙し討ちなんだから。そのための下準備もすでに済ませてある。


「ですが父上……」

「そんなこともわからぬのか!この愚か者が!」

「酷い言われようだな。これでも俺は、虹天杯のエデルト代表でもあるんだぞ。その栄誉に自分から泥を塗るような真似をするかよ」


 実際にはするつもりだけど。というか、その結果として資格を奪われたとしても、別に構わないとすら思っている。まあ、支部長やルクード陛下に迷惑をかけるのは気が重くもあるんだが。


「『クラウリアの再来』のふたつ名に誓ってもいい。決闘を汚すような行為をしたなら、二度とそう名乗らないことも約束しよう」


 名乗りたいと思ったことなんて、これまでに一度たりとも無いけど。


「当然ながら、立会人が妙な真似をしたなら、即座に俺の反則負けで構わない」


 どうせ試合自体の結末なんてどうでもいい。むしろ積極的に卑怯な手を仕掛けるつもり。それでも、試合に負けても勝負に勝てればそれでいい。


「父上。この者もこう言っております。それに、エルリーゼ最強の僕が負けるはずはありません」

「だが、それでもしもお前が負けたら私はどうなる!?」


 決闘に難色を示すのは、そんな保身が理由だったらしい。そもそもが、ビクトの手で脱獄させられなかったら処刑されるのは確定だったんだが。本当にどこまでもオビアはクズだった。


「僕が……負けたら?」


 ……何だ!?


 不意にゾクリと、背中に氷を放り込まれたんじゃないかと思えるような感覚がやって来る。


「そうなれば私は処刑されてしまうんだぞ!私にもしものことがあれば、今度こそズビーロ家もお終いだ。何よりもお前が優先するべきは私の身を守ることだ。お前は黙って私に従っていればそれで――」


 なおも自分勝手なことを垂れ流し続けるオビアだが、その喚きを途切れるものがあった。


「……父上。あなたは、僕が負けると言うのですか?」


 それは、底冷えするような声を発するビクトで。


 伸ばされたその手は、絞殺でもするんじゃないかと思えるくらいにがっしりと深くギリギリと、オビアの首へと食い込んでいた。

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