完!全!復!活!
「完!全!復!活!」
早朝の空気の中でこんな声を上げた俺だが、別に気が狂ったわけじゃない。その証拠に、近隣への配慮として、声量は抑えていたんだから。
それでも、少なからずテンションが上がっていたのも事実だろうけど。
双頭恐鬼とやり合って倒れた俺が目を覚ました翌日。念のためということでセオさんからさらに1日の療養を命じられたんだけど――まあ、軽いとはいえ目まいがするとか足元がふらつくとかもあったんだが――生まれてこのかた、風邪のひとつも引いたことのない俺としては初めての経験で。大人しくしていなければならないというのは相当に辛かった。
まあ、急遽ラッツたちが討伐に向かうことになった魔獣に関する資料――セルフィナさんが俺を見かねて用意してくれた。面倒かけてすみません――はそれなりに面白くもあったんだけど。
そんなわけでさらにその翌日、自由行動の許可が出たことで、少しばかりはしゃいでしまったというわけだ。
俺を見るセオさんの目が妙に生暖かいのはアレだが、それでも気分が高揚するんだから仕方がない。
「……はやる気持ちはわからないでもありませんけど、今日のところは軽く流すくらいにしておいてくださいね」
「ですね。一応は病み上がりみたいなものですし」
そのあたりもわきまえておく。本調子かと問われれば、即答できる自信はないんだから。
「そうですか。では、私はこれで帰らせてもらいますね。支部長には報告しておきますから」
「いや、それくらいは――」
そこまで頼むのはどうなのか、とも思うんだけど、
「大した手間ではありませんよ。それに、早く身体を動かしたくて仕方がないのでしょう?」
「……はい」
しっかりと見抜かれていた。
「じゃあ、お願いします。それと、セオさんも、お疲れさまでした」
頭を下げて見送る。昨日だけではなく、俺がこの支部に運び込まれてから今日まで、セオさんも泊まり込んでくれたと聞いていた。本当に、支部の皆様方には山ほど迷惑をかけてしまったと思う。
「ええ。アズールさんもお大事に」
「お?アズール。もう大丈夫なのか?」
「ええ。晴れて許可が出ましたから」
「そっかぁ。よかったね」
「はい」
セオさんと別れてロビーに入ると、俺に気付いたタスクさんソアムさんがやってくる。
「ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「はは、それはもう聞き飽きたぜ」
「そうそう。それよりさ、今日はどうするの?」
「そうですね……」
考えていたことはあるんだが、まずやるべきは――
「とりあえずは、初仕事の完了手続きですかね」
とてつもない魔獣に育ちかねない奴とやり合ったり、その帰り道でこれまたとんでもない魔獣とやり合って倒れたりと、アクシデントまみれだったという事情もあり、手続き上では俺の初仕事はまだ完了していなかったりする。
師匠の言葉を借りるなら『報告と手続きが終わるまでが依頼だ』というやつだ。
「カイナ村村長からの依頼を終えたので、手続きをお願いします」
だから向かう先は受付。
「わかりました。すでに報告は受けていますので、連盟員証をお願いします」
担当してくれるのはシアンさん。今日は休みなのか、セルフィナさんの姿は無かった。
「……はい。これで完了です」
渡した連盟員証の白石をシアンさんが鏡――支部長の部屋にもあった魔具と似たようなもので、世界中の連盟支部とつながっているんだとか――に当てると、白かった石の色が赤に染まる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
返された赤石の首飾りを再び身に着け、
っと、いかんいかん。
それだけで顔がニヤケそうになってしまう。慌てて手を当てて戻そうとするんだけど、手を離せばすぐに口の端が吊り上がりそうに。
「ふふ、無理をしなくてもいいと思いますよ。アズールさんにとっては大きな意味のある一歩になるのでしょうし、嬉しい時は素直に喜んでください」
そんな俺の背中を、落ち着いた笑みでシアンさんが押してくれる。
「そう、ですかね……。だったら……」
グッと両手を握りしめる。感無量、というのはこういうことを言うんだろうか?
そして――
「やった!」
こんな時でも声量を抑えてしまうのはアレだけど、そう声を上げるのは本当に気分がいい。
「やったな!アズール!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
それに、タスクさんソアムさんシアンさんからのお祝いも心地がいい。まあ、少しむず痒い気はしないでもないんだけど。
っと、浮かれるのはこれくらいにしておこう。
深い呼吸を交えて心を落ち着かせる。
「ところで、タスクさんに聞きたいことがあるんですけど」
「おう。なんだ?」
「今日って時間あります?よければ付き合ってほしいことがあるんですけど」
「ああ。今日は暇だからな。構わねぇぜ。それで、何をするんだ?赤になったんだし、緑小鬼でも狩りに行くのか?」
「魔獣狩りには違いないんですけど……」
もともとは数日前に受けようと思った依頼。草むしりの方を受けることにして、その最中にいろいろとあったせいで流れていたんだが。
「俺は病み上がりみたいなものですし、リハビリも兼ねて、タマ狩りの依頼を受けようと思ってるんです。それで、フォローをお願いできればと思いまして」
俺の初仕事を手伝おうとしてくれていたタスクさんだが、その機会は消えてしまったわけで。もしかしたら気に病んでるかもしれないな。とも思っていた。だからそう頼んでみるんだけど……
「アズール!お前……」
大声を上げて、タスクさんはガシッと俺の肩を掴む。手のひらも巨躯相応に大きく、結構な握力も伝わってくる。
マズったか!?たしかに、向こうから言ってくれるならまだしも、俺から頼むのは厚かましかったかもしれ――
「いい奴だな!」
「……はい?」
――ない。そう思っていたんだけど、当のタスクさんは実に嬉しそうで。
「お前の初仕事を手伝うって約束を果たせなかった俺に気を使ってくれたんだよなぁ……。俺はよぉ、お前って後輩を持てたことを誇りに思うぜ!」
えーと……
感極まった雰囲気に対して、俺の方が呆気に取られてしまう。
結構なお人好しとも聞いていたけど、それに加えて直情型な上に天然も入ってるんじゃ……
「その……どういたしまして?」
「おう。ありがとうな!」
そしてなぜか礼を言われてしまう始末。助けを求めてシアンさんに目をやるも、シアンさんは苦笑を浮かべて首を横に振るだけ。その様が意味するのは――
珍しくないこと、なんだろうなぁ……
「と、とりあえず……行きますか?」
「ああ。任せとけ――」
「ないと思うんだけどなぁ……」
そんな中で、タスクさんの語尾に呆れ混じりの否定を被せてきたのは、可愛らしくもある女性の声。
「ソアムてめぇ……文句でもあるってのか!」
上機嫌だったタスクさんが一転、魔獣だって逃げ出しそうな形相を向けるのは、傍らにいたソアムさんへ。
「文句っていうか……タスクに任せてたらロクでもない目に合いそうだし。あたしとしてはさ、そんな理由で期待の新人君になにかあったら嫌なわけよ」
そして当のソアムさんはと言えば、ひるむ様子も皆無で……というか、あからさまに喧嘩を売ってるようにすら見えるんだが……
「ね、アズール君。タスクなんかじゃなくてさ、あたしが付き合ってあげるよ。その方が絶対いいって」
「ちょ……!?」
喧嘩するのはまだいいとしても、そこに俺を巻き込むのは勘弁願いたい。いや、もともとは俺がタスクさんにした頼みごとが発端なんだろうけど、面倒なことになる予感しかしない。
「はっ!お前が付き合う方がよっぽど危ねぇだろ。忘れたとは言わせねぇぞ!クゥリアーブでの件でお前がやらかしたせいでどれだけ高く付いたかをなぁ!」
「ぬぐ……。それ言ったらあんたの方こそ!サーティマでの件、あたしがどれだけ助けてやったと思ってるのよ!」
「ぐぬ……。だったらマディクでの貸しは――」
「そっちこそ!ゼムシリアでは――」
「あの……このふたりってもしかして……」
「ええ。いつものことですから」
「やっぱりそうですかぁ……」
言い合いが俺を放り出す方向にシフトしてくれたのは幸い……だったのかもしれない。その隙にシアンさんに聞いてみれば、俺の予想はばっちりと当たってくれてしまいやがったらしい。
「この支部に来たのが同じ日で、ふたりで組んで仕事をすることも多いんですけどね……」
つまりは、ずっとこんな調子のままで、付き合いの長いふたりというわけだ。
思えば初めてこの支部で出会った時も、おとといも、タスクさんとソアムさんは張り合っていたような気がする。
まあその割には、ふたりともどことなく楽しそうでもある。察するにこのふたり、
「喧嘩するほど仲がいい、ってやつですかね」
何気なく口にしたその結論は――
「誰が仲良しだ!」「誰が仲良しよ!」
――虎の尾を踏む行為だったらしい。
ぴったりと揃った息とともに、俺の方に矛先が戻ってきた。
「お前が突っかかってくるせいで変な誤解されちまったじゃねーかよ!」
「あんたが突っかかってくるせいで変な誤解されちゃったじゃないの!」
それでもやっぱり息はぴったり。さすがに繰り返し口には出さないけど、間違いなくこのふたり、喧嘩するほどの仲良しだ。
「こうなったらアズールに決めてもらうか。俺とお前、どっちと行くのかをな!」
「望むところ!文句は無しだからね!」
「うえぇ!?」
そんな仲良したちのやり取りは、俺にとっては最高に最悪な方向へ。
無茶言わんでくださいよ!どっちを選んだって面倒な話になること請け合いでしょうが!
困った。本当に困った。こみ上げてくる危機感は、双頭恐鬼とやり合った時にも劣らないような気さえしてくる。
「……タスクさんもソアムさんもいい加減にしなさい」
不意に響くのは、底冷えのする声。向けられた中に俺は含まれていないのに、それでも足がすくみそうになる。
「けどよ……」
「だって……」
「もう一度言いますよ?いい加減にしなさい」
さらにひとつトーンが下がる。声の主はシアンさん。けれど、俺の知る限りでシアンさんが言いそうな『いい加減にしてください』という丁寧口調ではなくて『いい加減にしなさい』という命令口調。
「「「はいっ!」」」
そこに宿っていた怒気に気圧された結果なのか、今度は3人揃っての直立不動で返事をして……というかさせられていた。
「支部の中で声を上げるなとまでは言いませんけど、限度があるとはこれまでにも何度も言ってきましたよね?」
「「「すいませんでした!」」」
「あの……なんでアズールさんまで?」
「その……つい」
理由は見当が付いている。悪ガキだった頃には、この手のお叱りは散々受けてきた。俺の中に残っていたその頃の部分がそうさせたんだろう。
「それはそれと……」
ともあれ、シアンさんのおかげで場が落ち着いたのも事実。今のうちに話をまとめてしまおう。
「もしよければ、タスクさんだけじゃなくてソアムさんにも同行してもらえないでしょうか?」
その方向は、なるべく角が立たなそうなものを。
「この前の一件、あらためて自分の未熟さを思い知らされたんです。ですから、いろんな先輩たちの背中から学ばせてほしいんです。ご迷惑でなければ、お願いします」
頭を下げる。
こういう言い方をすれば、ふたりとも受け入れてくれるだろうという打算もあったが、俺の本心ほぼそのままでもある。
「しょうがないなぁ」
どこか困ったように、それでもソアムさんはそう言ってくれた。
「まあ、面倒見るならひとりもふたりも変わらないからね」
「そうだな。ふたりまとめて面倒見てやるよ」
張り合いを見て取れるのは相変わらず。それでも――少なくとも表向きは――矛を収めてくれたらしい。
「おっ!セオの許可が下りたんだな」
またこじれる前に出発した方がいい。そう考えた矢先にかけられた声。
「アズール、調子は戻ったのか?」
「ええ。おかげさまで」
ロビーに姿を現したのは、ガドさんで、
「そりゃよかった。ところでよ、今って時間はあるか?少し付き合ってほしいところがあるんだが」
俺に向けてきたのはそんな――また事態を厄介な方向にこじれさせそうなお言葉だった。




