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白より出でて、白へと至ることを願って

「虹色……泥団子?」

「「…………虹色泥団子?」」


 支部長のつぶやきを後追いするように、ラッツ、バートのふたりも俺の心色を口にする。他者の口から声に出されると、『なんだコレ?』感がますます膨れ上がる。本当になんなのか、訳が分からん。


 泥団子、だけならばまだ理解もできないこともないと思いたい(願望)んだが、何故に虹色なのか?泥団子を虹色にする理由がどこにあるというのか?まったくもって不可解な話だ。


 まあはっきりしているのは、当たりはずれで言うならば間違いなく大はずれに分類されるということだろうか。用途としては飛び道具なんだろうが、それなら弓でもいいだろう。取り回しを重視するなら、投擲用の短剣でも構わない。


 足を洗ったとはいえ、元悪ガキの俺にとって使い慣れたシロモノではあるんだろうけどさぁ……


「「「「…………」」」」


 そして満ちる微妙な空気。


「支部長。これで登録は終わりですよね?次はなんでしたっけ?」


 気分のいいものではあるはずもなく。だからさっさと状況を動かすために問いをかける。


「あ、ああ、そうだったね。あとは、受付に報告して、専用のチェーンをもらって、その石をぶら下げれば手続きはお終い。晴れてあんたたちも虹追い人だよ」

「そうですか。……なら、さっさと済ませちまうぞ」




 そうして足早にやって来た先は、この建物――虹追い人連盟エデルト大陸王都第七支部のロビー。俺たちの先輩にあたるであろう面々からの視線が集まるのを感じはしたが、気付かないフリをしつつ受付担当と思しきところへ。ふたつのうち、先客の居なかった方。長い髪を無造作に束ね、そばかす顔に落ち着いた笑みを浮かべた、どことなく素朴な雰囲気のある女性に声をかける。


「すいません。心色の登録が終わったんで、ここで石をぶら下げるチェーンをもらうように言われてきたんですけど」

「では、お名前をお願いします。…………………………アズールさんにバートさん、ラッツさんですね。はい、確認できました。それではこれを」


 差し出してきたのは、首飾りにちょうどよさげなチェーンに留め具らしき箇所があるものを3人分。ちなみにだが、アズールというのが俺の本名だ。


「その留め具に石を取り付けてください。…………はい、きっちりセットされましたね。その石は今後、みなさんの連盟員としての身分証となります。失くした場合は有料で代用品の発行が可能ですが、代用品の場合、各種手続きが煩雑になってしまいますので注意してください。そして、石の色はそのまま皆さんの虹追い人ランクを示します。今は始まりの白」


 職員さんはそこで軽く吸った息を吐き出し、居住まいを正す。いつの間にか、あたりからは喧騒が消えていた。


「白より出でて、白へと至ることを願って!」


 そして唄うように告げる。


 白より出でて、白へと至ることを願って。


 これは、虹追い人の門出に送る祝詞だ。知識としては知っていた。それでも、自然と身体が熱くなる。


「「「「白より出でて、白へと至ることを願って!」」」」

「っと」「うわっ!?」「なんだ!?」


 続けて、そこかしこから同じ言葉が一斉に投げかけられる。多分だが、直前に静まり返ったのは前兆だったんだろう。それなりの音量だったこともあってか、向けられた俺たち3人も驚かされはしたのだが……。


「相変わらずですよねぇ、皆さん」


 事前に予想していたんだろう。耳を塞いで難を逃れた職員さんが、笑みのそれを呆れめいたものに変えて肩をすくめる。


「こっちは魂消たんですけど……」

「まあ、こんな人たちですけど、皆さんを歓迎してるはずですし……」

「『はず』ってなによ?『はず』って」

「そうだぜ、俺たちなりのエールなんだけどよ」


 職員さんのつぶやきに抗議するのは、俺たちの先達にあたるであろう方々。


「まあそれはいいんですけどね。ウチの支部、新人いじめが無いことを羨ましがられてたりもしますし」

「当然ですよ。新人には恩を売っておいた方が得ですからね」

「はは、よく言うよ。いざ新人が一人前になったら、『恩返しなら、お酒の一杯でも奢ってくれますか?それで十分ですよ』なんて言ってるのにね」

「そうそう。この前だってお前、花屋の娘っこが髪飾り失くして泣いてたら、1日中付き合って探してただろ。親が礼を言ってきた時は『お礼はその子の笑顔で十分ですよ』なんて言ってたらしいじゃねぇかよ」

「なっ!?見てたんですか!?」

「おうよ。どうせ偽悪ぶりたかったとかなんだろ?向いてねえんだよ」

「あ、それあたしも聞いたわ。その子、『おっきくなったらあのおじちゃんのお嫁さんになる』なんて言ってるらしいけど。どうするの?」

「はあっ!?いや、それは困ります!故郷に婚約者が……」

「マジで!?お前婚約者持ちなのかよ!?なんてうらやま……。よし、ちょっと表出ろ。一発殴らせ……もとい、模擬戦しようぜ」

「あの……」

「あはは、済みません。ウチの支部、いつもこんな感じで……」


 わかりやすく話が妙な方向に転がっていく。だから職員さんに問うてみるも、困ったように笑うばかり。


「……それでも、私はこの支部が大好きなんですよね。王都で一番……いえ、世界一だって、勝手に思ってます」

「そうですか」


 そんな職員さんの表情はどこか眩しくて、本気で心の底からそう思っているんだろうなぁと思えた。


「いや、いい話っぽくしてるけどさ……いろいろと大変なことになってるぞ」

「……それはわかってるんだけ、おわあっ!?」


 呆れ気味のバートへの返答は途中で途切れさせられた。


 なぜならば――


「白よりぃ!出でてぇ!白へとぉ!至るぅ!ことをぉ!願ってぇ!」


 野太い大音量が耳を直撃したからだ。


「い、生きてるか、アズ……」

「割と死んだかもしれん。一体なにが……」


 ふらつくままにあたりを見回す。そうすればそこには、


「見たか!これが俺のエールだ!」


 先達のひとり。バートよりもさらに立派な体躯の御仁が胸を張っていた。どうやら大音声の主はあの人らしいが。


「はっ!笑わせるなっての!エールってのはね、ただ大声出せばいいってもんじゃない!どれだけ声を通せるか、それが全てなのよ!」


 大柄な御仁に怒鳴り返すのは、あまりにも対照的というべきか、女性としても小柄な部類に入るであろう御仁。


 いや、そんな理屈は知らないんだが。


「いい?目ん玉かっぽじってよぉく聞いててよ!」


 目玉をかっぽじるのはいろいろとマズいだろう。とはいえ、対象に届かないエールは意味が薄いとも言えるのか?なら、たしかに声の通りは重要とも――


「アズールさん!?速く耳を塞いで!」

「…………はい?」


 気付きが遅れたのは、呼ばれ慣れない本名だったから。職員さんが必死の形相で言ってくる。見れば、ラッツたちも耳を塞いで――


「白ぉぉっ!よりぃぃっ!出でぇぇっ!てぇぇっ!白ぉぉっ!へとぉぉっ!至ぁぁっ!るぅぅっ!ことぉぉっ!をぉぉっ!願ってぇぇぇぇぇぇっ!」


 大柄の御仁と言い合っていた小柄な女性。いつの間にやら俺の目の前に来ていたその口から放たれた声量。単純な大きさではどちらが上か知らんが、男性の野太い声よりも女性の金切り声の方が破壊力では勝っていたのだろう。


「……ぐへぁ」


 その一撃は、ものの見事に俺の意識を刈り取ってくれたらしかった。




「ん……うぁ……」

「アズールさん?目が覚めました?」


 頭の片隅に残る痛みに顔をしかめつつ目を開ける。そこにあったのは見覚えのない天井で、心配そうな声も聞こえてくる。


「はて……」


 見れば、俺が居たのはベッドの上。窓を見ればまだ日は高いんだが……なんで俺は寝てたんだ?


「大丈夫ですか?気分、悪くないですか?」


 そう顔を覗き込んでくるのは、先ほどお世話になった職員さん。


「少し頭が痛いです……」

「……無理ないですよ。ソアムちゃんのアレを間近で受けちゃったんだから」

「アレ?それにソアムちゃんというのは……」

「覚えてないですか?アズールさんの目の前で叫び声を上げた人なんですけど」

「叫び声……。ああ、そういえば」


 思い出した。


「ソアムさんの……その……なんと言いますか……」


 何が起きたのか、理解は追いついたんだが、穏便な言い回しを探すのにひと苦労。


「そうだ!急に声をかけられて驚いて、転んで頭でもぶつけたんですかね?いやはや、我ながら迂闊でしたよ」

「はぁ……」


 無理があるとわかりながらもでっち上げた理屈。返されたのは深いため息。


「アズールさんは気を回しすぎです」


 そしてジト目での呆れ声。


「アレは誰がどこをどう見たって、100%ソアムちゃんの落ち度です」

「まあ理屈ではそうでしょうけど……。一応……いや、この言い方も失礼か。ソアムさんは俺の先輩になるわけですし、多分あの場にいた皆さん、悪意なんて無かったですよね?だったら不慮の事故でいいかなぁ、と思った次第なんですけど……」

「……まあ、アズールさんがそう言うならいいでしょう。それに」

「それに?」


 職員さんの呆れ笑いに釣られて聞き返す。


「ソアムさんだけでなくて、あの場にいた全員、今頃は支部長にたっぷりと絞られてるでしょうから」

「……そうですかぁ」


 気の毒とは思うが、これ以上俺が口出しするのも差し出がましいか。


「いつものことですし、全員であの祝詞を送るのもいいとは思いますけど、さすがに今回はやりすぎ。自業自得です。気絶者を出す祝詞ってなんですかソレ?初めて聞きましたよそんなの」

「耳を塞ぐのが遅れた俺が間抜けだっただけな気もしますけど……」


 職員さんは上手く難を逃れたんだろうし、この場に姿が見えないあたり、ラッツたちも無事だったんだろう。あれやこれやと余計なことを考え、対応を遅らせた俺がアホだっただけなのではと、そう思うわけだが。


「そ、それは……」


 職員さんの目が泳ぐ。その点は否定できないということか。


「そ、そうだ!喉乾いてませんか?お茶、淹れてきますから」

「いや、特には……あ、いえ、じゃあ、お願いできますか」


 遠慮しようとは一瞬だけ思ったが、流れを変えたいという職員さんの意図が見て取れたので、ここは乗ることにする。




「どうぞ」


 多分この部屋は支部の医務室か何かなんだろう。出ていった職員さんはほどなくして、ポットとふたり分のカップを乗せた盆を手に戻って来る。そうして渡されたカップに口を付ける。


「どうもです。……あ、美味い」


 元は辺鄙(へんぴ)な農村育ちであり、洒落たシロモノとは無縁。師匠に連れられて旅暮らしをしていた時期があり、その際にも飲んだことはあったが、さして美味いとも思わず。


 茶に関してはそんなスタンスで生きてきた俺だが、職員さんが淹れてくれた茶に対しては、そんな感想がスルリと流れ出ていた。


「ふふ、それはよかったです。これでも、少しこだわりがあるんですよ」


 そう言って職員さんもひとすすりし、満足げに息を吐く。


「そうなんですか」


 再びカップに口を付け、恐る恐るだった先ほどよりも多少勢いよくすする。あまり気の利いた感想は言えそうもないが、熱さと香りと苦さと甘さの混じる感覚が心地いい。とでも言えばいいのか。


 ほどなくして、手にあったカップはカラになってしまい、


「お代わり、いかがです?」

「ぜひ!」


 かけられた問いかけには即答していた。


「お茶請けもあればよかったんですけどね」

「いや、そこまでいただくわけには……」

「いえ、私が欲しいだけですから」


 そんなやり取りをしつつ、茶を味わう。


 実に美味い。機会があれば、故郷にいる親父とお袋、兄弟姉妹にも飲ませてやりたいところだが……


 せっかく詳しそうな人がいるんだ、聞いてみるか。


「あの、職員さんに聞きたいことがあるんですけど」

「……職員さん?」

「あ……」


 しまった、と判断したのは問い返されてから。この人の名前を知らず、頭の中では『職員さん』という認識をしていたとはいえ、それを口に出してしまうのはいかがなものかという話。非礼と言われれば、返す言葉もないことだろう。


「申し訳ないです。失礼でしたね」

「いえいえ。たしかに私はこの支部の『職員さん』に違いないですし」


 職員さん……もとい、この方に気にした様子が無いのは幸いだった。


「セルフィナ」

「はい?」

「私の呼び方。名前でいいですよ。私もアズールさんと呼んでいますし、支部の皆さんは普通に呼んでいますから」


 つまり、セルフィナというのがこの人の名前ということだ。


「では、セルフィナさん、と」

「ええ。セルフィナ、でもいいですけど」

「……勘弁してください」


 真っ当でなおかつ目上の相手を呼び捨てるのは、さすがに気が引ける。


「ふふ、残念です」


 そう言って見せる悪戯っぽい笑みに、少し体温が上がった気がする。こういうのを大人の余裕というのか。


「ところで……アズールさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「え、ええ。構いませんけど」


 なにやら問う側が入れ替わった気もするんだが、そこは気にしないことにする。どうせ俺が聞きたいことなんてのは、別に急ぎじゃない。今後いくらでも聞く機会はあるだろうから。


「では……アズールさんって、どちらの出身なんです?」

「ハディオって農村ですね」

「ハディオ……。聞いたことないですね」

「まあ、辺鄙なところにある田舎村ですからね。ここからだと……荷馬車に揺られて3日ほど、でしたか」

「そうですか……」

「なにか気になることでも?」


 俺の答えに対して、セルフィナさんは首を傾げるばかり。


「こうして話していて思ったんですよ。こういうことを言うと気を悪くするかもしれませんけど、アズールさんって謙虚さが不自然というか……。それで……」

「生まれが気になった、と」


 思い当たるところはあったりする。さすがは受付で日々多くの先達と接している方というべきか。


「俺は……いえ、バートもラッツも同郷です。そして、俺たち3人、昔は酷い悪ガキだったんですよ」

「嘘、ですよね?」

「いえ、まごうことなき事実です」


 今だからこそわかる。当時の俺らは、それはもう本当にどうしようもないほどに酷かった。幼馴染だった3人が田舎暮らしに退屈して、将来はこの村を飛び出して虹追い人になり、英雄譚を残してやろうと息巻くあたりまではまだよかったんだろうけど。その手段(だと思い違いしていたこと)が大いに問題だった。独学で鍛錬をする、あたりならば可愛げもあったのだろうが……。現実はあまりにも情けないので詳しくは割愛する。


 なまじ悪知恵に体力、結束力があったのもマイナスだった。おかげで、村の大人たちを手玉に取り、玩ぶこともできてしまっていたんだから。そんな悪タレ3人が村を追い出されずに済んだのは、そうなる前に転機を迎えられたから。


 俺たちが10歳の頃。引退した虹追い人のジジイが帰ってくると聞き、腕試しにちょうどいいとばかりにケンカを売って、コテンパンにやられた。それはもう笑えるくらいボッコボコに。


 あの時は、どんな目にあわされるのかと戦々恐々もしたが、手もなく叩きのめされた俺たちにそのご老体が示してきたのは、


「お前ら、中々見どころがあるじゃねぇか。どうだ?俺の弟子にならねぇか?」


 という提案。そして、


「そうさな……5年間みっちりと鍛えて、俺が認めるくらいになったなら、心色を得るための金は全額出してやるぜ」


 という餌。


 心色を得るための費用というのは、30万ブルグ。決して小さな額ではないが、手が届かないこともないといった程度。


 ほどほどに慎ましく、時折奮発する。そんなやり繰りの中での、ひとり当たりの食費1年分といった額。


 俺たち3人はパックリと食い付き、そこから師匠との日々が始まり……あの人は本当に厳しかった。甘ったれ、舐めきった、腐りかけの性根を徹底的に叩き直されたのもその頃。俺たちが荒らしまわってきた村のあれこれへの対応。野山に入っての狩りや有用な野草の採取。近隣を荒らす害獣の駆除。様々な状況を想定した模擬戦に師匠との手合わせ。虹追い人として持っておくべき知識の座学。そういったものとは別枠で、従来の畑仕事と基礎体力作りまで。繰り返しになるが、本当に厳しいお方で。それでいて理不尽ではなかったということなんだろう。疲れ果てて倒れた回数は数えるのも馬鹿らしいほどだが、身体を壊すことはただの一度も無かったんだから。


 だから、セルフィナさんが感じた不自然さというのは、そんな性根の矯正を受けた結果なんだろう。


 無論、俺が今こうしているのは師匠が約束を果たしてくれたからで、俺たち3人は感謝と敬意以外の感情は抱いていない。出立の日には、どうしようもない悪タレだった俺たちのために村の皆が総出で見送りに来てくれて、涙混じりに送り出してくれた。きっとあの涙は厄介払いの嬉し泣きではなかったと思っているし、俺も泣きそうになったわけだが。


 なにはともあれ、事実を手短に言い表すのならば、


「簡単に言ってしまえば、性根を叩き直されたクソガキ。それが俺たち3人なんですよ」


 といったところ。それが、俺たちの本質なのだろう。


「クソガキ……ですか?アズールさんにせよ、ラッツさん、バートさんにせよ、全然イメージ湧きませんね」

「まあ、更生できたとは自称してますし。そういえば……」


 名前が出てきたことで思い出す。


「ラッツたちって、今どこにいるんです?」


 今この場にいるのは、俺とセルフィナさんだけ。だとすればアイツらは……


「あの子たちだったら、今は訓練場さね」

「「あ、支部長」」


 返答は明後日の方向から。俺とセルフィナさんは反射的に同じ言葉を口にしていた。


「目が覚めたようだね。気分はどうだい?」

「問題無しです。ご心配おかけして申し訳ないです」

「なぁに。悪いのはウチのアホウ共さ。とりあえず、今日の日暮れまでは正座しとくように言っといたよ」

「それはまた……」


 すでに昼は回っているはずなので、この先陽は落ちるばかりなんだろうけど、窓から見る限り、それなりに時間はかかりそうなんだが……


「そんなことより、あんたはこれからどうするんだい?あんたも訓練場に行くかい?」


 そんなこと、との無慈悲なお言葉。まあ、これ以上は俺が口出しするべきでもないのか。


「訓練場というのは?」

「この支部にはちょっとした中庭みたいなのがあってね。普段は手合わせなんかに使うことが多いけど、今はそこで心色の試し打ちをやっているのさ。地の心色使いが用意した人形相手にね。いきなり実戦で使うよりは、多少なりとも感覚を掴んでからの方がいいだろう?」

「なるほど」


 アイツらはその最中ということか。


「あの子たちも、あんたのことを心配してたよ」

「そう、ですよね……」


 少しは上を向き始めていた気分が一気に沈み込んでいく。


 アイツらが俺を心配しているとは、まったく疑っていない。だがそれでも……いや、だからこそというべきかもしれんが。


 先達たちのあれこれやセルフィナさんとの会話で忘れて……というよりは目をそらすことができていたが、俺とアイツらでは、心色に酷い格差が生じていた。


「アズールさんも行きますよね?自分の心色、楽しみでしょう?」

「……それはまあ」


 セルフィナさんの言うことも間違いじゃない。俺自身、興味が無いのかと問われたなら、ノーと答えるところ。なんだけど……


「すいません。少し気持ちの整理をしたいので、今日はこれで引き上げさせてもらってもいいですか?」


 それらしく言ってはみたが、結局は逃げであり、ただの先送り。そのことは俺自身が一番よくわかっているつもり。


「でも……」

「そうかい。だったら止めないよ。セルフィナ、裏口に案内してやりな。今、ウチの連中と顔を合わせるのは気まずいだろう?」


 セルフィナさん戸惑いを見せる。けれど、俺の心色を知るからなんだろう。支部長は察してくれた。


「お気遣い、感謝します」

「礼には及ばないさ。それから……」

「それから?」

「これからあんたがどうするのか、それはあんた自身が決めることだ。どんな選択をしようとも、道を踏み外さない限りは、あたしはその結論を尊重する」


 きっとそれは支部長の分厚いであろう生き様に裏打ちされているから。その言葉にはずっしりとした重さが宿っているように思えた。


「ありがとうございます」

「けどね、あんたが『赤』を目指そうと思ったなら、その時は、まずあたしのところに顔を出しなよ。いつでも構わないからね」


 赤、というのは虹追い人ランクのひとつ。今の俺が一番下の白で、そのひとつ上に存在しているもの。つまるところ、今後も虹追い人としてやっていく気になったなら、ということだ。


「はい。その時は必ず」

「それじゃあ、気を付けてお帰りよ。さ、セルフィナ」

「……はい。では案内しますね」


 セルフィナさんに連れられて連盟支部を後にする。その足取りが重く感じられたのは、多分気のせいではなかったことだろう。

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