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俺が……終わっていた夢か?

ようやく6章が書きあがりましたので、更新を再開します。6章終了までは毎日20時の更新を予定しています。引き続き、お付き合いいただけたら幸いです。

 目が覚めたのはいつもの起床時間よりも少しばかり早いタイミングで、心身ともにすっきりと。旅の最後となる朝は、瞬間的にはそんな気分のいい始まりだったんだけど……


「……おはよ、アズ君」

「ああ、おはよう」


 向けられた声と表情は、そんな朝を台無しにするようなものだった。


 先に目が覚めていたんだろう。身を起こし、ベッドの隅に座るクーラが見せるのはどんよりと沈んだ表情で、目の端には何かが流れたような跡。かけられた声もまた、そんな様と見事にかみ合うようなもの。気分は最悪と、全身全霊で表現しているような有様だった。


「それで、何があったんだ?」


 とはいえ、心当たりは見当たらない。昨夜、眠る前の時点ではこれといったことは無かったんだ。となれば、俺が寝ている間に何かが起きたと考えるのが妥当。そう考えて問いかけてみれば、


「ちょっと夢見が悪くてね……」


 割と順当な答えがやって来る。


「無理に話せとは言わないが、吐き出して楽になることもあるだろうからな。好きな方を選んでいいぞ?」

「……ホント、君って優しいよね」


 隣に座って手を握り、思ったままを口にしただけなんだが、そんな風に言われてしまう。


「当然のことだと思うんだがな」


 先輩方どころか腐れ縁共ですら、自身の相方に対してこれくらいは言うだろう。むしろ、もっと気の利いたことを言えるだろうとも思えるくらいだ。


「これでも、旅路の果てまでお前に付き合う覚悟はできてるつもりなんだ。それくらいはやらなきゃ恰好が付かないってのもある」

「だからそういうところなんだよね……。ただでさえ君が素敵すぎてこっちは苦労してるってのに……」


 ため息をひとつ。


「……口に出したら本当になりそうで怖くもあるんだけど……少しだけ寄り掛かってもいいかな?」

「少しと言わず、いくらでも寄り掛かればいい。犯罪にならない範囲内で、無理なくやれる限りのことはするからさ」

「あはは……。またそれなんだ」

「性分らしいんでな。それで、どんな夢を見たんだ?」

「……………………………………………………夢の中で、君が冷たくなってたの」


 それでもためらいはあったんだろう。長い間を置いて告げてきたのはそんな、ふたつの解釈ができるようなことで。


「それは、どっちの意味なんだ?」


 解釈のひとつは、俺がクーラに対して冷淡になっていたというもの。


「……君に嫌われたとかだったら、まだマシだったのかもしれないよ。間違いなく落ち込むだろうけど、どうにかして君の心を取り戻すために奮い立つって選択肢もあったんだろうからさ」


 けれどそちらではなかったらしい。まあ、クーラを嫌える自信なんてこれっぽっちも無いんだが。


 となると……


「なら、俺が……終わっていた夢か?」


 残る解釈はひとつ。


「……うん」


 返されたのは力の無いうなずき。


「どんな流れでそうなったのかはわからない。けど……いくら泣き縋っても君はピクリとも動かなくて、私を呼んでくれることも抱きしめてくれることもなくて……。気が付いたら目が覚めてたの」

「なるほど」


 それならば、あの様子にも納得ができるというもの。


 逆の立場だったなら、俺だって酷い様を晒していたことだろうから。


 そしてそれだけならば、縁起でもない夢だったと済ませてもいいんだろう。


 けれど――


「……ビクト・ズビーロか」

「……うん」


 とてつもない脅威になりかねない要因が存在している。それが、今の現実だった。




 不安は消えてくれそうもない。それでもどうにか気を取り直し、朝飯と宿の支払いを済ませて、


「それではおふたりとも、くれぐれもお気を付けて」

「ええ。俺だけならともかく、クーラがいますからね。そこは慎重に行きますよ」

「それもそうですね。あと、準虹杯の優勝者に関してはきっちりと偵察しておきますのでご安心を」

「たしかに。虹天杯ではアズ君とやり合う可能性があるわけだし」

「それだったら開会式だけでも見て行けばよかったんじゃ……」

「それも考えなかったわけではないんだが……」

「エルナさんのお店のパンが無性に食べたくなっちゃってねぇ……」


 俺たちの出立には、トキアさんとシエロが見送りに来てくれていた。


 そして案の定と言うべきか、俺らのカラ元気はトキアさんには即座に見抜かれていたんだろう。


 なにせ、顔を合わせての第一声が、


「大丈夫ですか?」


 だったんだから。


 それでも追及は無く、困ったことがあったならいつでも頼ってほしいと言うだけに留めてくれたわけだが。


 そのあたりはさて置くとして、朝も早くにガナレーメを発つのはもちろん理由あってのこと。途中でミグフィス――セオさんのところに寄りたかったからだ。その上で、午前中のうちに王都に到着。第七支部で報告やらを済ませてからエルナさんの店に向かい、昼飯を調達。ペルーサのところにも顔を出してから、アパートに帰るという予定を立てている。


 ……予定は未定であって決定ではない、なんていう名言もあるくらいだし、ここ3か月を思うと、その道中でも何か起きやしないかという不安が無いわけではないんだが。


「第七支部のみなさんだけでなく、エルナさんもおふたりが帰ってくるのを楽しみにしている様子でしたからね。それとペルーサさんも」


 準虹杯の延期もあり、支部長からは数日程度の延長をしても構わないとは言われていた。だが――トキアさんにはどうせ見抜かれてるだろうし、俺らもあえて言わなかったが――それをやらなかった主な理由はペルーサがクーラに会いたがっていたからなわけで。


「さて、そろそろ行くか?」

「うん」


 トキアさんとシエロをこれ以上付き合わせるのも気が引けるというもの。


「それじゃあ、鏡は預けたからな。大事に扱ってくれよ?」

「もちろんです!定時連絡も任せてください!」


 俺が持っている鏡の魔具は先ほどシエロに渡したところ。今日のうちに支部長が居る王都に帰る俺よりは、今後しばらくテミトスに留まるシエロが持つ方がいいだろう。


 なぜトキアさんではなくシエロなのかと言えば、それはトキアさんの提案によるもの。


 これも経験ですよ、とのことだった。まあ、トキアさんが付いているわけだし、それでも問題は無いだろう。




 そうしてガナレーメを発つ。帰りの道中ではこれといったトラブルは無く、途中でミグフィスに寄ってセオさんに挨拶。少し前に産まれたばかりだという赤ん坊とも会わせてもらうことができた。


 その後は第王都に戻って七支部に向かい、所属メンバーのほぼ総出(例外は王都に不在のセオさんとトキアさんにシエロ。エルナさんの店でアルバイト中のネメシアのみ)で「おかえりなさい」と迎えられるなんてサプライズがあり、軽く泣きそうになったりもしたんだが。その場にはセルフィナさんやシアンさん、ソアムさんもいて、元気そうな姿をこの目で見られたことにはひと安心。それぞれの腕の中にはスヤスヤと眠る赤ん坊の姿もあった。


 支部長への報告を済ませた後はエルナさんの店に。当然のように「おかえりなさい」と言ってくれたエルナさんやネメシアと歓談をするうちにペルーサもやって来て、昼飯時までずっとクーラを放してくれないなんてこともあった。




「なんというか、落ち着くよなぁ……」


 そんなこんなでアパートに戻れたのは、正午を少し過ぎたあたり。買って来たばかりのパンで遅めの昼飯を済ませ、クーラが淹れてくれた食後の茶を飲みながらで、俺の口からは、そんなしみじみとした言葉がこぼれ出る。


「わかるわかる。私もさ、お茶淹れてて同じこと思ったよ」


 クーラもそれに同意。この3か月も楽しかったが、俺たちにとってはこの部屋こそが帰る場所になっていたということなんだろう。


 コンコン!


「誰だろうね?」


 不意に響くのはドアをノックする音。


「どちら様です?」


 以前のクーラ――クラウリアであれば、ノックされる前に気付けたんだろうなと、そんなことを思いつつ応じてみれば、


「あたしだよ。あんたたちに渡すものがあってね」


 返って来たのは支部長の声。


「くつろいでるところに悪いね」

「いえ、そこはお気になさらず。それで……」


 渡すものがあるとのことだったが、それが何かはドアを開けた時点ですでに見当が付いていた。


「……随分と大きなカボチャですね、それ」


 隣にやって来たクーラの声には感嘆の色。支部長が抱えていたのは、俺の頭よりも大きそうなカボチャだったんだから。


「こいつはタニアから送られてきたものでね」

「タニアから?」「タニアちゃんから?」


 声が重なる。それは、俺とクーラにとっても覚えがある名前だった。


「あの子が移った先で、少し前に収穫されたらしくてね。あまりにも大量に送り付けて来るもんだから、片っ端から知り合いにおすそ分けしてるのさ」

「タニアちゃんらしいですね」

「まったくだよ。まあ、元気でやってるらしいのは結構なことさね」




 タニアというのは、クソ鯨騒動の後で第七支部にやって来た新人。そして1年ほど前に遠出先で出会った人と恋仲になり、王都を離れていった虹追い人の名前でもあった。


 名前通りに女性ではあるんだが、心色が手甲だったということもあってか殴り合いが大好きで、ネメシアとは特に気が合っている様子だった。そんな事情もあり、タニアが第七支部を辞めてからしばらくの間はネメシアも落ち込み気味で、ラッツから悩み相談を受けていたなんてこともあった。


「そういうことでしたら、ありがたくいただきますよ」

「そうしてくれると助かるよ」


 受け取ったカボチャは見た目通りにずっしりと重い。これはさぞかし食いでがあることだろう。そして当然ながら、クーラであれば美味い飯へと作り替えてくれるに違いない。


「追加で欲しいなら、いつでも構わないからね」

「どれだけ送って来たんですかあいつは……」

「……それはあたしも同感だがね。ちなみにだが、デカいけど大味ってわけじゃない。美味いカボチャだったよ」

「わざわざありがとうございました。あ、せっかくですし、お茶でも飲んでいきません?」


 キンキン!キンキン!


「おや?」


 支部長の懐から音が響いたのはそんな時。定時連絡ですでに慣れていたんだろう。慌てた様子も無く鏡を取り出す。


 そういえば、今頃は準虹杯の開会式をやってる頃か。


 トキアさんはいつものように落ち着いて見てるだろうけど、シエロはどうだかな?興奮しすぎてたしなめられてなきゃいいんだが。


 と、俺はそんな呑気なことを考えていたんだけど――


「どうかしたのかい?」

『支部長!大変なんです!ビクト・ズビーロって名乗る変な子供が!』


 実際に聞こえて来たのはそんな、あまりにも切羽詰まった声。


「シエロ!?何があったんだい!?」

『それにトキアさんもやられて……うわっ!?来るな!来るなぁぁぁぁぁぁっ!?』


 そして悲鳴。


「シエロ!?」「シエロ君!?」

「シエロ!?何があったんだい!?返事をするんだよ!シエロ!シエロ!」


 続くのは何かが割れるような音で、それを最後に鏡からは何も聞こえなくなる。




 どうやら、旅の最終日も平穏に終わってくれそうにはない……いや、むしろ……この3か月でもっとも深刻な事態になりそうな、そんな気がした。

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