本当に楽しい旅だった
ビクト・ズビーロの動向に関して不安はあったものの、行方もわからない現状ではどうしようもない。だから心の準備だけはした上で、今は準虹杯を間近に控えたガナレーメのお祭り騒ぎを楽しもうと割り切って。
まあそんな中では、お忍びで宿にやって来たマイス王とウィジャス騎士団長と会うなんてこともあり――オビア・ズビーロの一件で俺の素性がバレていたからだろう――結果として俺とクーラは八大陸すべての王との面会を達成してしまったなんてことになったわけだが。
その時に聞かされたのは、夢鱗蝶の魔具を使ってオビア・ズビーロに吐かせたこと。
なんでも軟禁中は、
自分が宰相を辞めさせられたのは愚王の横暴であり、再び宰相に返り咲くために尽力するのがお前の使命。お前の剣才はそのためにあるんだ。
といった感じのことを10歳にも満たない息子であるビクト・ズビーロに吹き込み続けていたらしい。つくづくどこまでも、どうしようもない男だと思う。
ともあれ、クーラとのふたり旅を始めて89日目。日増しに高まっていくこの街の盛り上がりは、準虹杯の開催を明日に控えるということで最高潮に達していそうな雰囲気で、
「そっちも美味しそうだね。残り半分は交換しない?」
「ああ。むしろこっちから頼もうとしてたところなんだ……が?」
「どうしたの……あ!」
明日の朝にはこの街を離れなきゃならんのは少し残念だ、なんてことを思いつつ、屋台で買った串焼きをかじりながら歩いていた俺とクーラ。
そんな昼下がりに見かけたのは、見覚えのある顔がふたつ。
「ふふ、相変わらず仲睦まじいですね」
「というか、このふたりが仲違いをするところなんて想像すらできないですけど」
「それはたしかに。お久しぶりです。アズールさん」
こちらに気付き、親し気に声をかけてくるのは第七支部に所属するふたりであり、こんなところで出くわすとは夢にも思わなかった顔ぶれでもあり、
「トキアさんにシエロ?どうしてこんなところに?」
俺の先輩と後輩でもあった。
唐突な再会の後、込み入った話があるということで宿の客室に場所を移して、
「――と、そんな経緯がありましてね。こうしてテミトスまでやって来たという次第です」
トキアさんが話してくれたのはこの街にいた理由。それは、俺にとっても無関係な話ではなかった。
簡単に言うなら、オビア・ズビーロの処刑はガナジア王国の方でやってほしいという国家間の話で。
温情で死刑を免れていたところで脱走。その後は他大陸に渡り、騒ぎを起こして捕縛。そうなれば、死刑は当然の流れと言えるんだろう。
ただ、それに関してはストゥーラに移送後に処刑するべきという声もあったらしいが、移送中にまた逃げられる恐れがあるということでその案は却下。
ことがことだけに、連盟にある魔具でのメッセージではなく正式な書簡を送ることになり、それでトキアさんがやって来たというわけだった。
なにせ、トキアさんの飛槌は船よりもずっと速いんだから。付け加えるなら、トキアさん自身がこの国の王(といっても即位前だが)と面識があったからというのも理由のひとつだったらしい。
そしてシエロが同行していたのは、彼が扱う風の心色による加速で行程を短縮するためだったとのこと。
これはクゥリアーブでマシュウさんから聞いた手法だった。といっても、あの人は飛翼と風を自前で持っていたわけだが。
ともあれ、風の扱いに関しては第七支部の中では桁外れの技量を持つのがセオさん。次いでネメシア、ラッツと続くんだが、セオさんは今も帰省中であり、他のふたりも外せない用事があるということでシエロに話が来たんだとか。
「まさか国王に会うことになるなんて……。死ぬほど緊張しましたよ……」
「……その気持ちはよくわかる。それはもう痛いほどにな」
「お疲れ様、シエロ君」
そしてそんなシエロは、数時間前にトキアさんと共にマイス王に謁見していたらしかった。
「あら、昨日までは役得だと言っていませんでしたか?準虹杯を見られると」
「それはそうですけど……」
「……準虹杯ってことは、しばらくガナレーメに残るんですか?」
生憎と俺は諦めることになったわけだが、準虹杯というのは明日から数日にわたって開催される大会。それを見るというのはそういう話になるわけで。
「ええ。オビア・ズビーロの処刑が完了した証拠を持ち帰る必要がありますので」
「……なるほど」
処刑の証拠。つまり、首の上に乗っていた物だ。それを確保できるのは、処刑の終了後。時期を考えれば、処刑は準虹杯の後になる。つまり、必然的にそうなるわけだ。
「せっかくですから、見学していこうというわけです」
「けど、第七支部は大丈夫なんですか?」
第七支部的な意味では、トキアさんが現場のまとめ役で、シエロは新人たちのリーダー的なポジションだったはず。
……90日もの休暇をもらった俺が言うのもアレな話だが、そんなふたりがそこそこの日数抜けるのはどうなのかとも思えてしまうわけで。
「そちらは大丈夫でしょう。先日、ようやくガドたちが復帰し始めましたから」
「そういえば、出産は無事に終わってたんでしたね」
トキアさんを除く先輩方が休業していたのは、そんな理由から。
そして支部長との定時連絡では、セルフィナさんシアンさんソアムさんの全員が元気な赤ん坊を産んだとも聞かされていた。
ちなみにだが、セオさんのところも含めて全員が女の子。15年後には、その4人がチームを組んで虹追い人をやるのかもしれないなんてことを冗談混じりに話したりもしたんだったか。
「ええ。みなさん、とても可愛らしいですよ」
「実は私も会うのが楽しみなんですよね。……私の顔見て泣かれたらへこむかもしれないですけど」
「ソアムさんのお子さんは両親に似なかったようでして、若干人見知りするところもありますが、大丈夫だと思いますよ。ともあれ、そんなわけでしてね。ガドとタスクさん、キオスさんが交代で活動を再開している今ならば、わたくしたちが少しくらい抜けても問題無いだろうというわけです。……まあ、ソアムさんがお子さんをおんぶして復帰すると言い出した時には支部長の雷が落ちていたりもしましたが」
「……そりゃ支部長も怒るでしょうよ」「……そりゃ支部長さんも怒るよ」
そろってツッコんでしまったのも当然だと思う。さすがにそれは無い。そうなったら俺だって全力で止めに入る。
……それでも、ソアムさんらしいと思えてしまうのもアレな話だが。
「なんか、不思議な気分かも」
その後は4人で晩飯を食いに行き、宿に戻って定時連絡も済ませていつものように同じベッドに入って。クーラの口から出てきたのは、そんなしみじみとしたつぶやき。
「……急にどうした?」
これでも俺は、少しでも深くクーラを理解したいと思っている身の上。だが、それでもすぐには意味するところはわからなかった。
「今朝まではさ、こうして君とふたりでの旅をもっと続けたいなぁって思ってたんだよね」
「そのあたりは共感もできるが。本当に楽しい旅だった」
……波乱が多すぎやしないかとも、思わないではなかったが。
「楽しかったのは同感。けどさ、トキアさんやシエロ君と話してるうちに、早く王都に帰りたいって。早くみんなに会いたいなって。そんな気持ちが大きくなってたの」
「……そのあたりにも共感はできる」
腐れ縁共は割とどうでもいいとしても、第七支部の人たちやエルナさんと会いたいという方向に傾きつつあるのも実感がある。
「まあ、旅を終えたくないとウダウダ引きずり続けるよりは健全なんだろうけど。すっぱりと終わりを受け入れ、奇麗に締めくくることができる。その意味でも、ふたりに会えてよかったのかもしれないな」
「それもそっか。……ありがとね、アズ君。私を、こんなにも素敵な旅に連れて来てくれて。きっとこの思い出は、旅路の果てまで持って行けるよ」
「そのあたりもお互い様だ」
俺にとっても、この3か月間にあったことはそんな思い出になるという確信があった。
「とはいえ、素直に礼を言えるのは幸せなことらしいからな。どういたしましてと言わせてもらうよ。それと……俺の方こそありがとうな、クーラ。こんなにも素晴らしい旅を経験させてくれて」
墓参という目的が無かったなら……いや、墓参を『転移』で早々に済ませていたなら、この旅自体が無かったはずだ。結果論とはいえ、クーラが墓参を先送りにしたおかげと言えないこともないんだろう。
「どういたしまして。どんな形であれ、君が喜んでくれたなら、私にはそのことがなによりも嬉しいの」
「だからお前はすぐにそういうことを……」
多少は慣れているはずなんだが、それでも顔が熱くなる。部屋の灯りが消えていてよかった。
「さて、明日に備えてさっさと寝るか」
だからその発言は、9割以上が照れ隠し由来。
そんなどこかしんみりとした、けれど決して気まずいわけではない空気の中で、旅の空で過ごすことになるであろう最後の夜は静かに更けていった。
6章の前半部分はこれにて終了です。ここまでのお付き合いに心からの感謝を。
この後は6章の後半部分に続くわけですが、書き溜めた分が尽きかけているのに加えて、先の展開を決めきれていないというのが現状です。
ですので、話がひと区切りとなるここで更新は一時中断して、6章を書き終えたところで再開という形にしようと思っています。
再開時期は未定ですが、木曜日の20時にすることだけは決めてあります。
再開後に見かけて気が向いたなら、またお付き合いいただければ幸いです。
あらためて、ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。




