……もう勘弁してくれって思いたいのは俺の方なんですけどねぇ
『本当にあんたって子は、どこまで厄介ごとに好かれたら気が済むんだかねぇ……』
「……もう勘弁してくれって思いたいのは俺の方なんですけどねぇ」
「……だよねぇ。いくらアズ君と一緒だからって、さすがに私もウンザリ気味かも」
クーラとのふたり旅も終盤に差し掛かった85日目。
レスタインを発った後は、グラスプ、マルツ、ハリエス大陸を巡り、今居るのがビルレオ大陸で、翌朝には再度テミトス大陸へと向かう夜。その定時報告でクーラと俺と支部長が吐き出すのはゲンナリとしたため息で。
簡単に言ってしまうなら、墓参を済ませた後も向かう先々で、控えめに言っても深刻な厄介ごと――
グラスプ大陸では、振り続いた雨で川が氾濫し、交易の拠点となる街がヤバいことになりかけただとか、
マルツ大陸では、逆に雨が少なかったせいで発生した山火事が大規模になってしまっただとか、
ハリエス大陸では、トチ狂って反乱を起こした地方領主が穀倉地帯を焼き払おうとしただとか、
このビルレオ大陸では、大都市に近い魔獣生息域で本来は発生するはずがないような高位魔獣、それも異常種が現れただとか、
――が起きてしまい、成り行きで協力。
エルリーゼに存在する八大陸は、それぞれをひとつの国が治めているわけだが、結果として、それぞれの国王から多大な感謝をされてしまい、王宮に招かれることになったというわけだ。
その都度クーラにフォローしてもらい、精神的に疲弊したところをこれまたクーラに癒されてきたわけでもあるんだが。
ともあれ、今のこの世界に存在する8人の国王すべてと面識を持つことになるなんて、これっぽっちも予想できたはずが無い。
付け加えるなら、表向きに生きていた頃のクラウリアでも、そこまでの経験は無かったとのこと。
まあ正確には、テミトス大陸のガナジア王国を治めるマイス王だけは、会ったのが即位前の王太子時代だったわけだが。いくらなんでも、再度会うなんてことにはならないだろうけど。
「まあ、さすがに二度目のテミトスではトラブルは起きない……と願いたいんですけど……」
それでも嫌な予感が消えてくれないのは切ないところ。
「ある意味では準虹杯が延期になったのがすでにトラブルと言えないこともないわけですし」
『それも間が悪かったよねぇ……』
旅の終わりに再度テミトスに来る予定を立てていたのは、この時期にガナジア王国の王都で行われる大会――準虹杯を観戦したいという理由から。
俺がエデルト代表として出場する予定の虹天杯とは微妙に似通った名前だが、それは偶然というわけではなくて。
虹天杯の代表は各大陸からひとりと決まっているわけだが、決定の方法は大陸ごと――国家ごとと言い換えてもいいだろう――に異なっている。
テミトス大陸においては、ある意味では実にシンプルな方法。準虹杯の優勝者がそのまま虹天杯の代表になるという形で決められる。
準虹杯の出場資格というのもこれまたシンプルで、参加費用として50万ブルグを支払いさえすれば、誰であろうと可能。
その額は普通に大きなものだが、高位の虹追い人であれば割と気軽に出せる額でもあるわけで。
そして虹天杯におけるテミトス代表の優勝割合は八大陸でも最大であり、近年では連覇も成し遂げている。
となれば、少しでもクラウリアに近づきたい俺としては、是非とも見ておきたいところだったんだけれど……
元々は3か月の休暇が終わる頃に予定されていたはずの準虹杯は大陸喰らい関連のあれこれで延期となり、開催が休暇の終了後へと(正確には、休暇の最終日が開会式で試合は翌日からなんだが)ズレこんでしまっていたというわけだ。
『こっちはどうにかやれてるし、そういう事情なら数日くらい帰還が遅れても構わないんだけど』
「そう言ってくれるのはありがたいんですが……」
そうもいかない理由があった。それはもう、どうしようもないほどの理由。ある意味では星界の邪竜以上の強敵が原因である理由。
「けど、ペルーサちゃんのことを思うとそれも気が引けるんですよねぇ……」
つまりはそういうことだった。クーラだけでなく、俺にとっても顔馴染みの女の子。彼女は隣のパン屋で働く『クーラおねえちゃん』のことが大好きで、しばらく会えないとなった時には泣かれたりもした。そして、鏡の魔具を通してのやり取りも何度かやっているんだが、そこでもクーラ(とついでに俺)の帰還を心待ちにしていたわけで。
素直に真っ直ぐに慕ってくれる子供相手では、俺もクーラも勝てるはずが無く。準虹杯の観戦は諦めるざるを得なかったというわけだ。
それでも、一大イベントを控えた盛り上がりだけでも楽しんでいくつもりだが。
『まあ、そういうことならねぇ。もうじき休暇も終わるんだ。目一杯楽しんで来るんだよ』
「「はい」」
そして86日目にやって来たのは二度目となるテミトス大陸。前回はヤーザム山脈を挟んで北側に行ったわけだが、今回の目的地は南側にある王都ガナレーメ。
その途中では、前にディウス支部長が忠告してくれた魔獣。馬鹿トンボこと、自滅ゴミ虫が生息する区域の近くを通ったりもした。
クーラから聞いた話ではこの魔獣、基本的には通常のトンボとよく似ているんだとか。けれど決定的に違う点がふたつあり、ひとつは直線での最高速度。これはトンボのそれを大きく上回るらしい。そしてもうひとつは、動いている物を見つかると突撃してくる習性があるとのこと。
結果として自身がその衝撃で弾け死ぬというのが、自滅ゴミ虫の名の由来。そして、いくらトンボ相手でもそれだけの速度となれば、当然ながら受けた方も無事では済まない。
しかもその残渣はイヌタマ以下のサイズなので取り込んでも効果は薄く、小さすぎるせいなのか魔具に加工することもできないんだとか。
本当に、聞けば聞くほどどうしようもない魔獣だった。当然ながら、その生息域には入らなかったわけだが。
そんなこんなでガナジア王国の王都であるガナレーメに到着したのは昼前。適当に選んで入った飯屋で小耳にはさんだのが、近くの劇場でミユイツマという名の劇団が芝居をやっているという噂。
それは過去に芝居を見ようと思っていたことが2回ほどあり、その両方で突発的なトラブルが起きたせいでお流れになっていたという、俺らにとってはなんとも曰くのある劇団。
「まさかこんなところでリベンジ果たせるとは思わなかったよ」
「お預けにされてたからなぁ……」
当然ながら見に行かないなんて選択肢があるはずもなく、実際にその芝居は目を奪われるものだった。
個人的には、主演の女性が黒髪をした気さくで明るい女性――早い話、クーラとよく似た雰囲気をしていたのがポイント高かったりもしたんだが。
「……あ」
その後、劇場から出てきたところでやって来たもの。
「どうかしたの?」
「……ちょいと催してきた。劇場を出る前に済ませとけばよかったな」
それは、尿意という名の生理現象で。
「行ってきなよ。私はここで待ってるからさ」
「悪い、すぐに済ませて来る」
「ごゆっくりどうぞ」
そうして別れて用を済ませて、
何だ?
戻る途中で違和感があった。
さっきまではお祭りムードで賑わっていた街並み。こうしている今も賑やかではあるんだが、どちらかと言えばざわめくような雰囲気になっていて。
そんな中でクーラのところに来てみれば、
「死ねぇっ!」
目に入るのはひとりの男が炎をまとう剣をクーラに振り下ろそうかという光景。
けれどクーラは慌てた様子も無く、むしろ自分から男の懐に入り込んで、
「よいしょぉ!」
どこか気が抜けるような掛け声。同時に男の身体が宙を舞い、
「ぶげっ!?」
汚らしい声を発して背中から石畳に叩きつけられる。男が手にしていた剣は心色だったんだろう。その弾みで零れ落ちると同時に、空気に溶けるように消え失せていた。
心色やら異世界技術やらを完全に封印した状態――純粋な身体能力オンリーの勝負では、俺はただの一度も勝てていなかったりもするわけで。相変わらずその手並みは惚れ直すほどに鮮やかだった。
まあそれはさて置くとしても、クーラに剣を向けるなんてのは、控えめに言っても万死に値する行為。
「あ、お帰りアズ君」
だが、クーラにとっては相手にすらなっていなかったんだろう。俺に気付き、手を振る様はお気楽そのもので。
……どこかで見たことがあるような無いような。
石畳に転がされていた男の顔。それは、どことなく記憶に引っかかるような気がした。




