どうか、あなた方の大切なクラウリアさんを……俺にください!
グルドア大陸近海の無人島でクーラとふたりだけの1日を過ごした翌日。飛槌モドキを飛ばしに飛ばし、レスタイン大陸へ。さらに飛槌モドキを飛ばして目的の場所に到着したのは、完全に日が落ちてからのことで。
「悪い。俺が寝坊したせいだな」
こんな時間になったのは、出発が遅れたのが主な理由。思った以上に気苦労的な意味での疲れが溜まっていたのかもしれない。俺が目を覚ましたのは、昼飯時を大きく過ぎた頃。
起こしてくれればよかったんだろうが、クーラがそれをやらなかったのは、俺が気持ち良さそうに寝こけていたからなんだとか。
「いいってことよ。日数的には余裕ある旅なんだから。君がお疲れなのも知ってたわけだし、君の寝顔を眺めるのは好きだからさ」
「……その趣味は理解不能なんだがな」
まあ、俺もクーラの寝顔を眺めるのは好きだけど。
「それにしても……」
小高い丘の上に広がる草地。そこにポツリと佇む石碑に『発光』泥団子を向ける。
「時間帯が同じだからってのもあるんだろうけど、ここは変わらないな」
景色も感じる風も、以前クーラに連れて来られた時との差は感じ取れない。
「まあ、ほとんど誰も来ないような場所だからね。その証拠に……」
石碑を指差す。そこには、干乾びた鳥のフンがこびりついていた。風化具合からして、少なく見てもひと月以上が経過している様子。
「前回もこんな感じだったよなぁ」
「そうだね。けど、今回はこうして君に連れてきてもらったわけだしさ。その意味では新鮮かも。これまでは『転移』で済ませてたけど、こうやって旅をするのも楽しかったし」
「まあ、お前との旅が楽しかったのは同感だが。とりあえず、掃除から始めるか?」
「うん」
そうしてまずは異世界式収納からブラシやらの道具を取り出し、次にこれまた異世界技術で生み出した水をかける。
ああ、そういえば……
「前回はこういうの、お前がやってたんだよなぁ」
「……あの時は、クーラだから仕方ないとかなんとか、好き勝手言ってくれやがったよねぇ?」
「……そうだったな」
そんな俺が今では、こうして順調にクーラ化しているわけだ。
本当に、世の中というのは何がどうなるのかわからない。
そんなことを話しながらも石碑の掃除を進め、最後は水で洗い流してから温風で乾かして終了。
「ほら」
そしてこれまた前回をなぞるように、俺の異世界式収納から取り出した一輪の花をクーラに手渡す。
「わざわざ摘みに行ってくれたんだね」
「ああ。墓参の定番だったんだろう?」
紅い水晶を思わせるこの花は緋晶花。霊峰ルデニオンの山頂にのみ咲くと言われているもので、ここにあるのはクーラが言った通りに、テミトスを発つ前日に俺が摘んで来たものだ。
山頂への行程は飛槌モドキで無理矢理踏破。その途中では、多数の魔獣に襲われたりもしたんだが、無事に撃退できていた。氷風の心色使いさながらの吹雪を巻き起こす藍翼の竜――深凍藍翼とやり合ったりもしたんだが、空中戦のいい経験にはなったと思う。ちなみにだが、その残渣はさっさと取り込むことにした。たしかこいつも公式には討伐記録が無かったはずの魔獣で、残渣のサイズは1メートル強。そんな物を街に持って行った日には、間違いなく大騒ぎになるからだ。俺にだって学習能力くらいはある。
「そうだね。ありがと」
そうして花を供えたクーラは俺の隣に立ち、そっと手を握る。前回の俺は後ろに立って見守っていたわけだが、立ち位置の変化は関係の変化でもあったんだろう。
「父さん、母さん、爺ちゃん、久しぶりだね。こうして会いに来るのが遅れちゃってごめんなさい。……といっても私はクラウリア本人っていうよりもクラウリアの分け身なんだけど、そこは容赦してもらえると嬉しいかな」
穏やかに、けれど朗らかに石碑に語り掛ける。
「それでさ、前に来た時に言ったこと、覚えてる?次に来る時は、嬉しかったこと、楽しかったこと、幸せだったこと、たくさん報告できると思うって言ったんだけど、今日はその有言を実行しに来たよ。アズ君のことは前に紹介したけどさ、あれからしばらくして、アズ君が実は私に惚れてたことが判明したの。その後も順調に堕とし続けることができててね、アズ君陥落戦が私の完勝で終わるのは時間の問題だと思う。もう、彼の心はほとんど私のモノ。そして完全に私のモノになれば、私たちはいつまでも一緒に居られるの」
ったくお前って奴は……
語る内容は身内相手には随分とアレなものだと思う。まあ、事実と大して違わないというのもまた、アレな話なんだが。
それでも、
「少し割り込ませてもらうぞ」
「アズ君?」
「お前の発言には、ひとつだけ大きな間違いがあったんでな。そこだけは訂正させてもらう」
「……間違い?」
クーラは首を傾げるが、俺としてはそこだけは言わせてほしい。
「ああ。間違いだ。……俺はさ、もう完全にお前に堕とされちまってるんだ」
「そうなの!?」
「そこで意外そうにされることの方が意外なんだがな。まあそれはそれとして、今更お前から離れられる自信なんてあるものかよ。むしろ、どんな理由だろうとお前がいなくなったら狂う自信があるぞ。だから……この先もずっと俺の隣に居てくれ。ずっと、お前の隣に居させてくれ」
「そっか……。君はもう、私と同じところに堕ちてたんだね」
「そういうことだな」
「うん、わかった。だったら、もう二度と……未来永劫、離してなんてあげないから」
「ああ。そうしてくれると助かる。まあそんなわけなので……」
軽く深呼吸。覚悟をしていたつもりとはいえ、それでも緊張感がこみ上げて来る。
「今の俺では力不足が過ぎるということは理解しています」
もちろん返答が無いということはわかっている。
「ですが、それをわかった上で言います。俺は、旅路の果てまで彼女と共に在り続けたい」
それでもひとつのケジメとして、
「どうか、あなた方の大切なクラウリアさんを……俺にください!」
そう言葉にしておきたかった。その直後に、感極まったらしいクーラによって、俺の口は柔らかなもので塞がれていたわけだが。
「お月様、奇麗だね」
「ああ」
そうして墓参を終え、その場で仰向けに寝転がる。昨日も同じようなことはやったんだが、煌々と輝く月を眺めるというのは、一度や二度で飽きるようなものでもないんだろう。
「また、あそこからのエルリーゼを君とふたりで見たいな」
「……さすがにそれは今の俺では無理だぞ?」
「わかってるってば。もちろんクラウリアが戻ってからの話だからさ」
「ならいいんだが」
今の俺では、星の世界というのはまだまだ厳しいと思う。
とはいえ……
できるならば俺の力で叶えてやりたいとも思えてしまうわけで。この思考もまた、堕とされたがゆえなのかもしれない。だが、さすがにルデニオンの山頂とはわけが違うんだろう。
「ああ、そういえば……」
「どうかしたの?」
「ひとつの節目を迎えたわけだし、ちょうどいいと思ってな」
ルデニオンの山頂というフレーズから思い出した物があった。それは、
「ほら」
先日ミグフィスで購入した奇麗なガラス皿。その上に乗せた状態で異世界式収納から取り出すのは、
「これって緋晶ブドウ!?ひょっとして……」
「運良く実を付けていたんでな」
緋晶花を摘みに行った際に収穫してきた物だった。
「さすがアズ君!愛してるよ」
「……そりゃどうも」
どちらかと言えば、クーラの気持ちがブドウに傾いているように思えるのは気のせいだろうか?
まあいいや。
美味いものは美味い。多分それは世界の真理とかいうやつなんだろうし、さすがにブドウ相手にはやっかみも起こらない。
「半分ずつだからな?」
「……端数が出たら、それは私にもらえないかな?」
「それも半分で我慢しろ」
「まあ、それも悪くないか」
そんなこんなでブドウに手を伸ばして、
「何だ!?」
「何!?」
不意に、月明りでほのかに照らされるだけだった周囲が昼間のように明るくなっていた。反射的に頭上に目をやれば、馬鹿でかい火の玉のような何かが空を通り過ぎていくところ。心なしか、気温も上がったような気もするんだが……
「嘘……。あれ、灼炎紅翼だよ!?」
「マジか!?」
顔をこわばらせてクーラが口に出したもの。それは、かなりの高位に位置する鳥型魔獣の名前だった。
「それに、この辺りには魔獣生息域なんて無かったはずなのに……」
「ってことは……!?」
そして、本来の生息域から外に魔獣が出て来るというのは、たまにあること。
「こうして知った以上、放っておくわけにも行かないか」
あんなのが街に襲来した日には、間違いなく大惨事になる。そしてそれは、クーラが……いや、クーラと機嫌よく笑う妨げになりかねない。俺にとっては全力で潰すのに十分すぎる理由だ。
その後に待っているのは多分、クソ鯨や大陸喰らいの時と同じようなこと。それを思うと気が重くもあるんだが、そこはクーラに泣きついて癒してもらえばいい。それを恥と思うような感情はとっくに投げ捨ててやった。
「まあ、君ならそう言うよね。今の君が苦戦するような相手じゃないだろうけど、くれぐれも気を付けてよ。……その後のあれこれで辛い時は癒してあげるから」
さすがに話が速い。あっという間にそこまで察してくれたらしい。
「行ってくる。ちょいとここで待っててくれ」
「うん。行ってらっしゃい」
そうして飛ばした飛槌モドキで標的に追い付き、討伐できたのは程なくしてのこと。交戦場所はよりにもよって王都近郊だったりもしたんだが、被害を出さずに済んだのは結構なことだったんだろう。
もっとも……
その後でクーラのところへ戻ってみれば、その場に置きっぱなしだった緋晶ブドウが根こそぎ消えていたりもしたんだが。
どこに消えたのか、犯人が誰だったのかは、言うまでもないことだろうけど。
『その……ひとつくらいならいいかなって思ってたんだけど、ついつい手が止まらなくて……』
犯人がこのような供述をしていたことも、一応付け加えておく。




