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平穏ってのは、こんなにも素晴らしいものだったんですね

『それじゃあ、今日という今日こそは羽を伸ばすことができたわけかい』

「ええ。平穏ってのは、こんなにも素晴らしいものだったんですね」

『……その歳で言うようなセリフじゃないんだがねぇ。まあ、本当にお疲れ様』


 旅を始めて19日目。グルドア大陸を発つ前夜にいつもの定時報告の中で、支部長は俺に対してそんな心からの労いをかけてくれていた。


『それにしたってまさか、あんたがお姫様に求婚される日が来るとはねぇ……』


 ため息混じりに吐き出したのが、その理由だったわけだが。




 サーパスの街を発った俺とクーラが次に向かったのはグルドア大陸。


 その最初の目的地としたのはルトラの街。この大陸を統治するハスタブルク王国が莫大な予算を投じ、奇麗な砂浜に隣接するように造られたというこの街は大陸内だけではなく他の大陸からも観光目的でやって来る人が多いんだとか。まあ、俺とクーラもそこに含まれていたわけだが。


 無事に到着し、宿で一泊した翌朝。


 今日は近くに見える島まで競争だ。負けるものかと意気込んで宿を出て、そこで厄介ごとが発生してくれやがっていた。


 その内容というのは、保養でルトラに来ていた王女様が滞在中の屋敷が賊の襲撃を受け、占拠されてしまったというもの。王女は囚われの身となり、当然ながら大騒動に。


 事情を確認しようと支部に足を運んでみれば、そこにいた虹追い人が俺のことを知っていて、深手を負いながらも逃げ延びて来た王女仕えの侍女さんには涙ながらに助力を乞われて。


 そうまでされて断れるはずもなく。協力を決め、作戦を立てて。正面で陽動をかけてもらっている隙に心色総動員で夜闇に紛れて忍び込んで王女の安全を確保し、その後はいつぞのサユーキ一味と同じ要領で賊を全員無力化して状況終了。


 事件の背景には、悪行がバレて王女との婚約を取り消された阿呆が自作自演で返り咲こうとしていたなんて事情もあったわけだが、これにて一件落着、


 とは行くはずもなく……


 俗に言うつり橋効果とかいうやつではあったんだろうけど。なぜか王女が俺に惚れてしまったらしくて。


 クーラの機嫌を損なうことにならなかったのは不幸中の幸いなのか。


 紆余曲折の末に王宮に行くハメになりつつもどうにか丸く収めることはできたわけだが、そこに至るまでの心労はすさまじかった。


 まあ早い話が、方向性こそ違えど、クゥリアーブやテミトスでの一件と似たような事態になってしまったというわけだ。


 少なくとも、俺にとっては大陸喰らい(ランド・イーター)以上の強敵だったことは間違いない。


 そんなこんなで疲れ果てていた俺は、クーラの勧めでグルドア大陸近海に浮かぶ無人島にやって来たわけだ。


 クーラが穴場だと言うこの島にいるのは俺たちだけ。だから今日は周りを気にすることも無く思う存分泳ぎ、釣った魚を焼いて昼飯にして、クーラの膝枕で昼寝をして、それからまた泳いで。


 夕方には、心色と異世界技術の併用で用意した風呂に入りながら海に沈む陽を眺め、晩飯の後は砂浜に寝転がって満天の星空を眺める。


 そんな時間をふたりで過ごすうちに、気分はすっかりと楽になっていた。




「まあ、諦めてくれたみたいですからね。さすがにこれっきりでしょう。というか二度もあってたまるかって話ですよ」

『違いない。お嬢ちゃんも大変だったね』

「これも全部、アズ君が素敵すぎるせいなんですけどね。君は反省してよ?」

「……それはさすがに理不尽だと思うんだがな」

『ははは、あんたたちの仲は相変わらず良好そうでなによりさね。……ところで、アズールに伝えることがあるんだ。気分のいいところに申し訳ないとは思うがね』

「いえ、支部長がそうするべきと判断したなら、それだけの話なんでしょう」

「ですね。じゃあ、私は少し外しますね」


 すっかり慣れたもので、そう言うとクーラはこの場を離れていく。


『さて、あまり長引かせてもお嬢ちゃんに悪いし、嫌な話はさっさと終わらせちまおうか』

「……支部長ってクーラには甘いですよね」

『あの子の気立ての良さを知れば、大概の奴はこうなると思うけどね。それに、そのことを一番よく知ってるのはあんただろう?』

「そりゃそうですけど……」


 見事なまでに反論のしようが無い。


『それで話はふたつ。ひとつはサユーキ一味。サーパスであんたに絡んできた奴らのことさ』

「そういえばそんなのもいましたっけ」


 俺の中では、すでにどうでもいい存在になっていたわけだが。


『そいつらは全員死んだよ』

「……全員が!?」


 ひとりふたりなら、魔獣相手に不覚を取ったと言われれば納得できる。だが、連中は全部で30人くらいはいたはず。それが全滅ってのは、普通では考えにくいんだが……


「……なんでそんなことに?」

『あんたがガナジアの王宮に売却した残渣があっただろう?大陸喰らいのやつが』

「まさかとは思いますけど……」


 流れからオチが見えてしまった気がするんだが。


「連中がそれに手を出して返り討ちにあったとか言わないでしょうね?」

『言うんだよねぇ……』

「えぇ……」


 ため息混じりにそう言われても、すぐには信じられなかった。


 あれに手を出すのは、よっぽどの阿呆で考え無しの大バカタレくらい。支部長自身が少し前にそう言っていたくらいなのに。


 話を大っぴらにはできないにしてもサイズがサイズだ。だから、どうしても隠し切れないというのは仕方が無いことだと思う。


 だがそれでも、リスクに対してリターンが釣り合わなすぎるだろうに。まして、警備に付いていたのはテミトス最強の使い手であるウィジャス騎士団長。それに当然ながら、他にも多数の腕利きがいたことだろう。


『もう見当が付いているだろうけど、襲撃者はほぼ全員がその場で処断された。リーダーらしいってことでサユーキはだけは生け捕られて、その場で夢鱗蝶(ドリームフロウ)の魔具を使って自白させた結果、動機が判明したんだが……』


 夢鱗蝶の魔具というのは、自白させるという用途ではきわめて強力なもの。かなりの貴重品でもあるんだが、騎士団長であれば所持しているということもあるんだろう。


『あの残渣を奪えばあんたのメンツを潰せる。それに、『剛剣のウィジャス』を出し抜いたとなれば自分たちの名も挙がるという考えからのことだったらしい。結局、サユーキもその場で処断されたそうだよ』

「いや、そいつアホでしょ?」


 かなりアレな物言いだとは思うが、それでもそう言わざるを得ない。


 たしかに上手く行けば、多少は俺の顔に泥を塗れるかもしれない。テミトス最強の御仁が警備している物を盗めたなら、それはそれで快挙と言えないこともないのかもしれない。


 だがそのあたりを差し引いても、馬鹿じゃないかとしか思えないわけで。しかもその結果は大失敗で処刑されたわけだし。


『まあ、気持ちはわかる。けど、連中はただでさえテミトスでは鼻つまみ者だったところで、あんた相手に30対1で騙し討ちまでした上であっさりと蹴散らされたって噂も広まっていたらしくてね。オマケにそのあんたが大陸喰らいを単独で討伐しちまったんだ。しかも、ルトラでの功績までもが伝わって来てた。だからそのあたりに焦ったんじゃないかってのが、テミトス側の見解だよ。それと、『剛剣のウィジャス』からあんたにメッセージが届いてる。『今回の一件、アズール殿が気に病む必要はありません』とのことだ』

「……連中の自業自得でしょうし、気に病んではいませんけど」


 まあ、ウィジャス騎士団長を始めとした警備の方々に対しては、面倒かけてすいませんとは思うが。


『ならいいんだがね。これが話のひとつめだよ』

「そういえば、話はふたつあったんでしたっけ」

『そうなんだよねぇ……』


 さらに支部長はため息。


 どうやら続く話も、負けず劣らずにロクでもないものになりそうだった。

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