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俺が居たい場所はクーラの隣

 サーパス滞在3日目の行き先はクーラの提案でヤーザム山脈の奥地に。午前中は渓流でのんびりと釣りをして、昼飯は戦利品を塩焼きに。その後は誰も行き付かないような場所に湧いていた温泉へ。そんな秘湯とでも呼べそうな場所をクーラが知っていた理由はいつものあれでいいとして、温泉というのは話には聞いていても実際に入るのは初めてで、ふたりでの貸し切り状態というのはなかなかに贅沢な話だった。


 当然のように混浴だったわけだが、ここ2年の間にたびたびクーラにせがまれて押し切られることが続くうちに慣らされていたんだろう。これといった抵抗を感じることもなく、普通にのんびりゆったりできていた。




 4日目に向かったのは、テミトス北西部にあるレクト地方。大規模な農業地帯が広がる地域で、特に盛んなのが果物類の栽培。収穫物はエデルトにも輸出されていて、王都で暮らしていた頃にもたびたび食卓に上がっていた。


 それでも、鮮度の差というやつはあったということなのか。普段食べ慣れているものとは瑞々しさが段違いで。ふたり揃って食べ過ぎてしまい、食休みが長引いた上に寝落ちまでやらかしてしまい、結果として支部に顔を出すのが夜遅くになるなんてことになったりもしたわけだが。


 ディウス支部長、本当にすいませんでした!




 5日目はサーパスの東にあるトワイガの街へ。ここは近くの山で水晶が採掘できるらしく、装飾品の類を扱う職人さんが多いとのことで。


 ちょっとした思い付きで午後からは別行動を取り、クーラへの贈り物を探したりもした。


 悩みに悩んだ末に俺が選んだのは、水晶があしらわれた花形の髪飾り。過去に贈った白リボンは今は俺の頭に巻かれており、クーラの黒髪は真っ直ぐにおろされたまま。もちろんそれはそれで好きなんだが、花の形に結ばれたリボンで髪を彩った姿も好きだったなぁと思い出してのことだった。


 まあ、俺にしてはいい選択ができたとは思うし、俺からの贈り物だったらなんだって喜べる自信があると豪語するクーラは実際に喜んでくれていたわけだが。


 ちなみにクーラも同じことを考えていたようで、これまた水晶があしらわれたベルトのバックルを俺に贈ってくれていた。デザインも悪くないし、これは今後の愛用にしようと思う。あるいは、旅路の果てまで使い続けることになるのかもしれないか。




 そして6日目である今日。テミトスを離れる前に少しばかりやっておきたいことがあったので、クーラをサーパスに残しての別行動。


 まあ、俺の目論見はクーラにはお見通しだったらしいが。なにせ、「君の気持ちは嬉しいけどさ、絶対に無理だけはしないでね?ヤバいと思ったらすぐに引き返していいから。それと、身体を温める効果のある薬湯を用意しておくよ」などと言っていたくらいなんだし。


 ともあれ、本来の目的を果たせたことに加えて思わぬ収穫(・・)もあり、夕方にはホクホク気分で連盟支部へ向かったんだが……


 なんだ?


 そこで感じたのは違和感。


 ここ数日で通い慣れたはずの支部はどことなく張り詰めた雰囲気で、いつものように挨拶をしたジェンナさんもわかりやすく緊張気味で。


 「驚かれるかもしれませんが、ご了承ください」などと言っていたあたり、なにかがあるということなんだろう。


 だから軽く心の準備をしつつ支部長室のドアを開ければ、そこにいたのはふたり。ひとりはこの部屋の主であるディウス支部長で、明らかに緊張した様子をしていた。


 そしてもうひとりは見覚えの無い男性。


「あなたがアズール殿ですな?」


 柔和な笑みで穏やかに声をかけて来るその男性。年齢的には壮年といったところだろうか。奇麗に整えられた立派な髭の持ち主で背丈は俺と同じくらい。がっしりとした印象こそないが、引き締まった感のある身体付きで、身に着けていたのはいかにもな虹追い人然とした素気の無い軽装。


 と、そこまではよかったんだが……


 この人、只者じゃないぞ!?


 威圧感を発しているわけじゃない。巨躯の持ち主というわけでもない。凄んで来るわけでもない。ただ、静かに佇んでいるだけ。


 それなのに、こっちまで自然と背筋が伸びてしまう。


「あ、はい。俺がアズールですけど……」


 だからなのか、返す名乗りはそんな尻すぼみに。


「ふむ……。緊張しておられるのですかな?自分を前にしても自然体を崩さなかったと陛下からは聞かされておりましたが」

「いや、そう言われましても……って、陛下!?」


 多分だが、この人はテミトスの住民なんだろう。そしてテミトスに暮らす人が『陛下』と口にした場合、それはガナジア王国を統べるマイス王を指している可能性が高い。


 そして、マイス王から直接言葉をかけられたという点。


「ひょっとして、王宮からの?」


 王宮の関係者がこの街にやって来るのに相応の理由というのは存在しているわけで。


「ええ。自己紹介が遅れましたな。今はこのような装いで失礼いたします。私の名はウィジャス。僭越ながら、王宮騎士団の長を任されているものです。以後、お見知りおきを」

「騎士団長!?」


 これまた随分な大物だった。ディウス支部長に目を向けてみれば、返してくるのは首肯。なるほど、それはディウス支部長だって支部の人たちだって緊張するわけだ。


 そして同時に、まとう風格にも妙に納得ができていた。


「私としてもアズール殿には興味がありましたので、支部長殿に無理を言って同席させていただいたのですよ。お会いできて光栄です」

「……その、恐縮です」

「ははは、かしこまる必要はありません」


 ウィジャス騎士団長は丁寧な態度を崩すこともなく、むしろこっちが困惑するばかり。


「それと、件の残渣も拝見させていただきました。あれだけの物を残すまでに成長した大陸喰らいを討伐するとなれば、仮に果たせたとしてもどれだけの命が失われていたことか。騎士団の長として……いえ、この大陸に生きる者として礼を言わせてください。テミトスを救っていただき、誠にありがとうございました」


 しかもトドメとばかりに深々と頭を下げて来る。


「その……どういたしまして」


 俺が返すことができたのはそんな当たり障りのない定型句で。


「任務の最中でなければ、是非ともお手合わせいただきたいところなのですが」

「それは俺も同じですけど……」


 そう思ったままを口にすれば、


「ほう……」


 ウィジャス騎士団長の目がわずかに細められる。


「自信がおありのようですな?」

「いえ!そういうわけじゃないですって!」


 これだけの大物感がある人相手にそんなことを思えるわけがない。


「俺自身、経験の少なさは自覚があるんです。だから、少しでも多くの先達から学びたいと思っていまして」


 これが本心。一応は第七支部の先輩方にも勝ち越せている俺だが、それは心色での力押しによるものという側面が強かったりもする。事実、搦め手や駆け引きには滅法弱く、割と簡単に翻弄されていたりもするんだから。


「……なるほど。これは陛下が気に入られるわけだ」

「マイス王が、ですか?」

「ええ。もしもエデルトでの境遇に不満を抱えているようなら、是非とも引き抜きたいと」

「たしかにクゥリアーブではスカウトされましたけど、あれは冗談だったとばかり……」

「いえ、本気で言っていたのでしょうな。事実、可能であれば声をかけてくるようにも仰せつかっております」

「そうでしたか……」

「それで、ご一考いただけないでしょうか?」

「それはできません」


 その答えはごく自然に口に出すことができた。


「今の俺にとっては、エデルト大陸の王都が帰る場所なんです」


 俺が居たい場所はクーラの隣。そして『時剥がし』の影響を考えたなら、恐らくはそう遠くないうちにふたりで王都を離れることになるとは思う。だがそれでも、今の俺……俺たちにとっては、第七支部があり、エルナさんの店があるあの街こそが帰るべき場所なんだから。


「わかりました。それでは、そのようにお伝えしておきます」

「申し訳ありません」

「いえ、無理強いしないようにとも言われておりましたからな。それに、即答できたことの意味も理解できているつもりです。それだけ、アズール殿にとってストゥリオンは大切な場所だということなのでしょう」


 それでも気を悪くした様子が無いのは幸いか。


「さて、これ以上アズール殿の貴重なお時間をいただくのも申し訳ありませんし、これにて失礼させていただきましょう。いつか機会があれば、ゆっくりとお話ししたいものですな。支部長殿も、お世話になりました」


 そして最後まで穏やかな雰囲気を崩さないままに、お手本のような礼とともにウィジャス騎士団長は退室して行き、


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」


 残された俺とディウス支部長は、揃って安堵の息を吐き出していた。


「……疲れました」

「……まったくだ」


 あの方は最後まで礼儀正しく接してくれたわけだが、それでもと言うべきなのか、だからこそと言うべきなのか、こっちは気分的にはグッタリだった。少なくとも俺にとっては、大陸喰らい(ランド・イーター)との戦いよりもずっと堪えた。


「まさかあの御仁が来るとは、夢にも思わなかったぞ」

「ですよねぇ……。やっぱり、王宮でも屈指の使い手だったりするんですよね?」


 この国の王宮における基準なんてものを俺は知らない。だがそれでも、団長となれば上位の実力者というイメージ。そして実際に接してみて、ウィジャス騎士団長が相当な達人だということくらいは理解できたつもり。


「……ひょっとしてお前さん、知らないのか?」

「と言いますと?」

「あの御仁は王宮屈指どころか、多分テミトスで最強の存在だぞ?なにせ、前々回の虹天杯優勝者なんだからな」

「……マジですか!?」

「マジだぞ。『剛剣のウィジャス』ってふたつ名くらいは聞いたことがないか?」

「……言われてみれば」


 前回と前々回の虹天杯ではテミトス代表が連覇を果たしていたわけだが、そのふたつ名がそれぞれ『天嵐ロウィーナ』と『剛剣のウィジャス』だったはず。そして、7年ほど前に行われた御前試合でそのふたりが戦い、『剛剣のウィジャス』が勝利したということ。3年ほど前に『天嵐ロウィーナ』が病で亡くなったという話は俺も聞いていた。つまりは、現時点では名実ともにあの御仁がテミトス最強というわけだ。


 それでも気付けなかったのは、ウィジャス騎士団長の穏やかな雰囲気と『剛剣』のふたつ名が結び付かなかったからだろうか。


「まあ、そういうこともあるか。さて、それはそれとしてだ。例の盆地に向かった調査隊が少し前に戻って来てな、大陸喰らいが再発生する兆候なんかは見られなかったとのことだ」

「それは何よりです」


 またあんなのが湧いていたなんてのは、さすがに勘弁願いたい。


「今後は近くに監視所を作って人を常駐させるだとか、その予算や人員をどうするかなんて話もあるわけだが、この件はこれでひと段落と見ていいだろう。この5日間サーパスに留まってくれたこと、感謝するぞ」

「いえ、こちらもなんだかんだで有意義に過ごせましたから」

「それならいいんだが。たしかお前さんたちは旅の途中だったな?出立はいつにする予定なんだ?」

「これからクーラと話し合いますけど、多分明日になるんじゃないかと」

「そうか。お前さんには随分と世話になったからな。見送りには行かせてくれよ?」




 そんなこんなで精神的な疲労を引きずりながらも宿に戻り、クーラと相談。明日にはグルドア大陸に向かうということですんなりと話がまとまり、定時連絡ではその旨をフローラ支部長に告げて、


『グルドア大陸にはあたしも行ったことは無いねぇ。温暖な気候が特徴らしいけど。あとはトキアから聞いた話だが、奇麗な砂浜もあるとかなんとか』

「エデルトの海辺は崖ばかりですからね。俺もそういうのは話でしか知りませんし」

「トキアさんからもお勧めは聞いてるんですけど、ルトラの街には絶対に行こうと思ってます」

『たしか……近くの浜で泳ぐ拠点にするために造られた街だったか。わざわざそのために街を作るくらいなんだ、さぞやいいところなんだろうねぇ。ちなみに、あんたたちは泳げるのかい?』

「俺は師匠から泳ぎも仕込まれてます」

「私も泳げますよ。だから、何かを賭けて競争でもしようかなぁ、なんてことも考えてます」

『そうかい。テミトスでは大変だったみたいだからねぇ。ゆっくりと羽を伸ばしてくるといいよ。さすがに、これ以上の厄介ごとは起こらないだろうさ』


 そんな和やかな空気の中で、テミトスで過ごす最後の夜は更けていった。

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