誰が人たらしか……
俺が双頭恐鬼をやったという事実は首尾よく隠蔽してもらえることになり、よかったよかったと胸を撫で下ろしたところ。
「それじゃあ、最後の話題に入ろうか」
そこに支部長がそんなことを告げてくる。
「疲れてるかもしれないけど、もう少し付き合ってもらうよ。すぐに終わるからさ」
「わかりました。それで、話の中身は?」
「順番がおかしなことになっちまったけど、あんたが受けた当初の依頼に関してさ」
「そういえばそんな話もありましたっけ……」
双頭恐鬼やら謎の女性やらの印象が強すぎて忘れかけていたけど、草むしり依頼の方でもいろいろとあったんだったか。
「というか、草むしりの方って結果的にはどんな扱いになるんです?村長さんは、完了だって言ってくれましたけど……」
一応、俺としても最善を尽くしたつもりではあるんだけど。
「そのあたりは手紙にもあったね。想定外はあったようだけど、達成扱いで問題無い。手続きはあんたの体調が戻り次第になるけどね。アズール、あんたの赤昇格は確定だよ」
「よかったぁ……」
安堵のため息。
「双頭恐鬼をやった功績はどうでもいいって風だったのに、そっちには喜ぶんだねぇ」
「そりゃそうですよ。カイナ村の人たちからも先輩たちは慕われてたみたいですし、顔に泥を塗らずに済んで安心してます。と言っても、今の今まですっかり忘れてましたけど」
「本当にこの子は……。というかこれもザグジアのやらかしなのかねぇ……」
また、呆れられた。例によって、先輩たち&セルフィナさんシアンさんの目も冷たいんだが……
「まあなんにしても、こっちも相当のお手柄ではあるんだけどね。あんたがやったっていう畑の魔獣。アレは、本当にヤバい奴だったのさ」
「そうなんですか?一方的にやれたし、近づかなければ無害なうるさいだけの魔獣って印象があるんですけど……」
もちろん、飛び道具使いの俺とは相性がよかったというのもあるんだろうけど。
「あんた、アレの名前は知ってるかい?」
「知らないですね。師匠から教わった中にも無かったですし。とりあえずってことで、ニヤケ野郎って呼んでました」
「はは、ニヤケ野郎かい。たしかに間違っちゃいないけどね。けど、実際にはそんな可愛らしいものじゃないんだ。あの魔獣、大陸喰らいって名前なのさ」
「大陸……喰らい……?」
なんとも大仰な響きが出てきた。名前から連想する恐ろしさという点では、双頭恐鬼よりもはるかに上を行ってるんだけど。少なくとも、あのニヤケたアホ面とはまるで結びつかない。
「セオ、説明は任せたよ」
「はい」
そう言ってセオさんに代わる。
「大陸喰らいという魔獣ですが、その特徴として、とても植物に近い性質をしているということが挙げられます」
「……最初に見た時も草ぼうぼうでしたね」
あの草全部がニヤケ野郎……もとい、大陸喰らいの一部だったんだろう。
「ええ。実際、カイナ村の方たちも草むしりという形で依頼を出したくらいですからね」
それを俺が受けたわけだ。
「さて、大陸喰らいの生態ですが……最初は種という形で発生します。そして、そこから発芽するためには、養分の豊富な土が必要となります。発芽できなければ、そのまま消え失せていたことでしょう」
たしか……アレは新しく開墾した畑に生えてたな。
肥料もたっぷりとやったと聞いた覚えもある。発芽の条件はクリアして……もとい、クリアできてしまっていたわけだ。
「発芽した後ですが、この時期も非常に脆弱です。周囲に他の草が少しでも生えていれば、あっさりと生存競争に負けて終わりです」
競争相手は……いなかったわけだ。
これから種まきをしようという畑。雑草やらは綺麗にむしり取られた後だったんだろう。
「と、ここまでで済めば何も問題はありませんし、大半はここまでで終わるわけですが……そうならなかった場合、非常に恐ろしいことになります」
大陸を喰らうほどに、ということなのか?
そんなことを思いつつ、セオさんの言葉に思考を向ける。
「ある程度まで生育してしまった大陸喰らいは、周囲の養分を根こそぎ吸い上げつつ、自身を成長させていきます。それこそ、際限無く」
「あたしも過去に一度だけ、他の大陸で大陸喰らいの討伐に参加したことがあるんだけどねぇ……」
そう遠い目をするのは支部長。
「あの時は、街ひとつを飲み込むほどに成長した個体だったんだけどね、あれは地獄絵図だった。もう二度とやり合いたくないと、心の底から思ったよ」
「そんなにヤバかったんですか?」
「ああ。それはもうね。そこらじゅうに広がった茨みたいな蔓があちこちから襲ってくるわ、地面からは槍みたいな根っこが飛び出してくるわ、急に花が咲いたと思えばそこから毒を噴き出してくるわ、ようやく本体が見えたと思ったら鉄板をぶち抜く勢いで種をばら撒いてくるわ……。本当に酷い有様さ。青以上が500人規模で参加して、討伐できた時に生き残ってたのは1割程度だったんだから」
「ひえぇ……」
とんでもない話だ。俺の知る青は今のところガドさんひとりだけど、ガドさんと同等以上の虹追い人が450人も犠牲になるとか……恐ろしいなんてものじゃないだろ。下手をしなくても、俺がやり合った双頭恐鬼よりも格段に質が悪い。
「ちなみにだけど、そいつの残渣で作った魔具はそこの大陸を統治してる王家に献上されて、今では国宝になってるらしいね」
「……俺の印象ではうるさいだけの魔獣だったんですけど……あのまま放置してたらそれくらいまで成長した危険があった、と?」
「そういうことさ。本当に、ギリギリのタイミングだったんだろうね。あんたが受けなくても、数日中にはウチの誰かが受けてた可能性が高いだろうけど、その数日だけでも、力を増してた恐れがあったのさ」
そういう意味では、運が良かったわけか。
……あれ?
それでも疑問は残る。
「それにしたって、大陸喰らいというのは大げさなんじゃ……」
「過去にあたしが戦った個体ですら、まだ可愛げのある方だったとしたら?」
可愛げが……ある?……ってまさか!?
冷たいものが背中を伝う。
セオさんは言っていた。あの魔獣は際限無く成長していく、と。
そして、大陸喰らいの名。
遠い昔にそんなことがあったと語られているだけのこと。その中には、今の話に触れそうなものがあった。
エルリーゼ。そんな名で呼ばれるこの世界には、現在は8つの大陸がある。
ここ、エデルト大陸。テミトス大陸、グルドア大陸、レスタイン大陸、グラスプ大陸、マルツ大陸、ハリエス大陸、ビルレオ大陸の8つが。と言っても、俺はエデルトの外には一歩も出たことは無いんだけど。
そのあたりはともかく、クラウリアの時代には、大陸はもうひとつあったと伝えられている。それがラウファルト大陸。魔具の研究が盛んな地でもあり、そこの技術者がクラウリアの協力で作り上げた魔具こそが、この支部にもある例の鏡なんだとか。
けれど、今は存在しない大陸でもある。1000年以上……たしか、1500年ほど前に海に沈んだとのことだが……
「まさかとは思いますけど……ラウファルト大陸を沈めたのって……」
「そういうことですね」
セオさんが静かにうなずく。
「際限無く成長した大陸喰らいですが、力を奪われ続けた大地は崩れ落ち、大陸喰らい諸共に海に沈みました。植物に近いこともあってか、海水では生きられなかった大陸喰らいは、海底に逃げようとしたらしく、今でもその場所には底の知れない深い穴が開いている。というのが残されている記録ですね。それ以来、その個体は確認されていませんし、海の底には巨大な残渣が眠っているのでは?などとも言われているそうですが、真偽は不明です」
「そりゃまた……」
強大さには不似合いなほどに間の抜けた末路だ。とはいえ、ラウファルトに住んでいた人にとってはひとたまりもない話か。
ともあれ、大陸喰らいの恐ろしさは十分に理解できた。
「……さて、これで必要そうなことはひと通り話したけど、まだなにか気になるところはあるかい?」
「……特に見当たらないですね」
思い返してみるが、これといってそういったものはない。
「なら、これでお開きにしようか。結構な時間だからね」
「……ありゃま。もうこんな時間か」
言われて窓に目をやれば、差し込んできていた夕日は消え、外は真っ暗。
まあ、帰る先はみんな同じなんだろうし、セルフィナさんやシアンさんも大丈夫そうか。
「アズールさんは、今夜もここに泊まってください。私も付き添いますので」
そう言ってくるのはセオさん。俺の心身がどんな有様だったのかを思えば、反論もできないだろう。まあ、面倒かけて申し訳ないとは思うんだけど。
そうして、この場に居たほぼ全員がアパートに帰って行き、残ったのはなぜか俺とガドさんとセルフィナさん。
セオさんはと言えば、「少し外してもらえるか」とのガドさんの頼みもあって、この場には居ない。
「えーと……なにか用があるんですよね?」
そう考えるのは当然のこと。
「ええ。アズールさんには、きちんとお礼を言いたくて」
「はて……?」
そう言ってくるのは、ガドさんではなくてセルフィナさん。ガドさんの方は、お互い様ということでまとまったはずだけど、なんでセルフィナさんが俺に礼を言うんだろうか?
「ありがとう。私の大切な人を助けてくれて」
「大切な人……?あ!」
そこでようやく思い至る。
たしかセルフィナさんには恋人がいて、その人は第七支部に所属していて、しばらく前から王都を離れていたということに。
そして、双頭恐鬼とやり合った際、ガドさんは『セラ』という人への詫びを口にしていたということに。
シアンさんはセルフィナさんのことを『セラ』の愛称で呼んでいたが、シアンさんの言った『セラ』とガドさんの言った『セラ』は同一人物だったわけか。
さらによく見れば、セルフィナさんの左薬指には指輪。それこそが、ガドさんが王都を離れていた理由なんだろう。
「じゃあ、ガドさんも第七の……俺の先輩だったわけですね」
「そういうことだな。まさかお前がウチの新人とは思いもしなかったぞ」
「それは俺もですよ」
ガドさんがこの場に居たのは、俺を気にかけてくれてたからだけじゃなくて、第七の所属だったからでもあったわけだ。考えてみれば、他の先輩たちとも親し気に話していた。
「お互い様ってことで決着だったからな。蒸し返すつもりはないけど、セラを泣かせずに済んだのは、間違いなくお前がいたからだよ」
「俺としても、セルフィナさんに悲しい思いをさせずに済んでよかったですよ」
好きか嫌いかで分けるなら、俺にとってセルフィナさんは間違いなく前者。そんな人が悲しむ展開なんて、未然に防げる方がいいに決まっている。
「本当にもう……。どうしてアズールさんはそういうことを言うんですか……」
「諦めろ。アズールはそういう奴なんだよ」
なぜだろう?またしてもジト目を頂戴してしまったんだが。
「俺としては当たり前のことを言っただけなんですけど……」
いい加減理不尽に思えてきたので軽く抗議をしてみるんだけど、
「「はぁ……」」
ふたり揃ってのため息。なんで俺が悪いみたいな雰囲気になるんだろうか?
「よーくわかりました。アズールさんは天性の人たらしなんですね」
「誰が人たらしですか……」
「いや、俺も事実だと思うぞ」
ガドさんまでもが容赦ない。
「……将来アズールと付き合う奴は苦労しそうだよなぁ。というか絶対苦労するぞ。今から気の毒に思えてきたんだが」
「そうよね。その時は、私たちでできる限りのことをしてあげましょう」
「ああ、そうだな」
そうして俺をよそに、決意と共にうなずき合う恋人ふたり。
んん?
そのあたりはまだ我慢するとして、
『誰が人たらしか……』
不意に脳裏で響いたのは、そんな声。
これって……俺自身が言ったこと、だよな?
その声は、間違いなく俺のもの。どこかで口にした気もするんだが……
それなのに、人たらし呼ばわりされた覚えはないんだよなぁ……
そんな、様々な意味での不可解さを抱えつつ、夜は更けていった。




