どうか明日こそは平穏に過ごせますように
『助力を求めたあたしが言えた筋じゃないとはわかってるつもりだけど、まさかひとりで討伐しちまうとはねぇ……』
迎えに来てくれたクーラと共に宿に戻り、少しばかり遅めの晩飯を済ませて風呂に入ってあとは寝るだけ。そんな状況でフローラ支部長への定時連絡をするなり開口一番で、俺はそんな呆れ色の濃いお言葉を頂いていた。
「その……試しに仕掛けてみたら倒せてしまったと言いますか……」
一応、表向きにはそういうことになっているわけで。もちろん、最初から倒し切るつもりだったなんてことは言わない。言えるわけがない。
『まあ、早々に片付いたこと自体は喜ぶべきことさね。あたしからも感謝するよ。ありがとうね、アズール』
「どういたしましてです。ところで……そっちでも結構な騒ぎになってたりします?」
大陸喰らいの発生と討伐完了に関してはすでに世界中の支部に伝わっているだろうし、当然ながら第七支部だって例外ではないだろう。
『それはそうさ。下手をすればラウファルトの繰り返しになりかねない事態が起きて大騒ぎ。それから数時間後にはひとりであっさりそんな事態を解決した奴がいてさらに大騒ぎだよ。しかもウチの連中にしてみれば、それが日常的に接してる奴だったんだからね。もっとも、討伐されたと聞いてあたしはやけにすんなりと受け入れることができたけどね』
「……そうなんですか?」
過去に大陸喰らいの討伐に参加している支部長なら、その恐ろしさは身をもって知っていそうなところなんだけど。
『ああ。アズールなら仕方ない。ごく自然にそう思えたよ』
「えぇ……」
これまでにも散々俺がクーラ相手に思って来たことを向けられる。
『ちなみにだけど、ウチの古株は全員がそんな感じだったね。あと、エルナさんも似たような感じだったか』
「エルナさんまで!?」
あの人は、虹追い人としての俺はほとんど知らないはずなのに……
この先も気兼ねなく旅を続けたいというこっちの都合もあったわけだし、大陸喰らいを始末したこと自体には一片の後悔も無い。だがそれでも、なんとも複雑な気分だった。
「まあそうですよね。だってアズ君ですし」
『ああ、まったくさね』
「えぇ……」
いくら何でも酷すぎやしないだろうかと思わざるを得ないんだが。
『まあそれはともかくとして、あたし個人としては、あんたはもう少し自分の功績を誇ってもいいと思うんだがねぇ』
「それは私も常々言ってるんですけど、アズ君も中々頑固なんですよ」
『お嬢ちゃんも苦労してるんだねぇ』
「ええ。まあ、そんなところも好きなんですけどね」
『やれやれ、本当にアズールは幸せ者だよ』
そんな俺を余所に、ふたりで勝手な共感をしてくれる。
やれやれと言いたいのはこっちなんですけど……
どちらかと言えば女性の方がその傾向は強いようにも思えるんだが、俺の周りには、俺よりもクーラ寄りな人が多い。
まあ、クーラはそれだけ魅力のある女性だということなんだろうし、誰よりも深く囚われているのは俺なんだが。
『ところで、少し込み入った話になるんだが……』
支部長の声色が変わる。雑談はこれで終わりということらしい。
「じゃあ、私はベランダで星でも見てますので」
『済まないね』
「いえいえ、ごゆっくり」
そうすればクーラは早々に外してくれる。
『本当にできた子だよねぇ……』
「それについては同感ですよ。それで、込み入った話というのは?」
『あんたが討伐した大陸喰らい。その残渣を買い取らせてもらえないかと思ってね』
出てきたのは、ほんの少し前にも聞かされたような話。
「……王宮――ルクード陛下からだったりします?」
だからもしやと思って問うてみれば、
『……ひょっとして、マイス王からも同じ話が来てたりするのかい?』
支部長もすぐに裏を察してくれる。
「するんですよねぇ、これが」
『まあ、そのあたりは想定内だが。それで、あんたはどう答えたんだい?』
「お売りするってことで話がまとまってます」
『やれやれ、先を越されちまったわけか。まあ、そういうことなら仕方ないか』
「やけにあっさりですね?」
『陛下としても、ガナジア王国と揉めてまで手に入れたいとは思わなかったのさ。だから、真っ当な形で話が付いてたなら、深追いはするなとのお達しでね。それと、あんたへの無理強いは絶対にするなとのことだった』
「そりゃまた……」
マイス王も同じようなことを言っていたらしいが。
まさか、ふたりの国王から配慮される日が来るとはなぁ……
俺は辺鄙な田舎の農家に生まれたはずなんだが、本当に世の中ってのはなにがどうなるかわからないものだ。
『それに、馬鹿でかい残渣を船でエデルトまで運ぶ手間も相当なものになるだろうし』
「……いや、そこは魔具に加工してから運べばいいんじゃないですか?」
たしかに支部長が言うように、あの残渣は5メートルほどの大きさをしているわけだが、そのまま運ぶ必要なんてないだろうに。
『ああ、そこらへんは知らなかったのか』
「と言いますと?」
『今回の残渣から作られる魔具は間違いなく国宝になるようなシロモノだろう?そういうのは、王家直属の職人が加工するものなんだよ』
「そういうものなんですか?」
『ああ。魔具ってのは職人次第で出来具合に差が出て来るんだが、しくじったら目も当てられないだろう?』
「……担当した職人さんの首が飛びかねないと?」
『まあそこまでは行かないにしても、間違いなくゴタゴタのタネにはなるからね』
「ごもっともで」
『実際に大昔には、大した腕の無い職人が功名心から経歴を偽って名乗り出て、貴重な残渣を台無しにしちまったなんてこともあったらしくてね。それ以来、どこの王宮も専属の職人を抱えるようになったということらしい』
「なるほど」
そういう事情もあるわけか。
『まあそんなわけだからね。今回の残渣も移送のための部隊が派遣されてきて、そのままで王都まで運ばれることになるだろうね』
「……襲われなきゃいいですけどね」
『そこは心配無いよ』
あれだけの大荷物となれば間違いなく目立つ。だから俺としてはそんな不安を抱いてしまったわけだが、支部長はきっぱりと断言。
『輸送を担当するのは、王宮直属の精鋭部隊になるだろうさ。それに、物はあれだけのサイズだからね。盗まれるようなことにはならないだろう』
「けど、奪うだけならどうにかできそうにも思えるんですけど……」
心色の持ち主であれば、触れるだけで取り込んでしまうことができるんだから。
『それこそあり得ないさ』
けれど再びの断言。
「どうしてです?」
『メリットが無さすぎるからだよ。あの残渣から作られる魔具は誰だって喉から手が出るほどに欲しいものだろうさ。けれど取り込む分には、どんな残渣だろうが心色の強化具合以外には差が無い。極端な話、イヌタマの残渣を山ほど取り込んだ場合と、今回の残渣を取り込んだ場合の結果は同じなんだ』
「……そうでしたね」
だから、高位魔獣の残渣は魔具への加工に回されることが多いんだった。少し前に海呑み鯨の残渣を大量に取り込んだこともあったわけだが、俺も感覚がクーラ化……もとい、麻痺していたのかもしれないか。
『しかも王宮への献上品だからね。そんな物に手を出した日には、間違いなく大陸全土に生死不問で指名手配される。だから今回の残渣を奪おうなんて考えるのは、よっぽどの阿呆で考え無しの大バカタレくらいしか居ないさ』
「ごもっともで」
俺だって、涙ながらにクーラに懇願でもされない限りは、そんなことをやりたいとは思わない。
『そういうことさ。話を戻すけど……ディウスの奴が仲介してるなら、無茶な取引にはなってないだろうからね。そんなわけでだ、残渣に関してはこれで終わり。さて、それともうひとつ伝えることがあるんだ。アズール、あんたはバガキって奴を憶えてるかい?』
「バガキ、ですか?」
支部長が出してきたのはそんな名前。
バガキ……バガキ……。どこかで聞いたことがあるような無いような名前なんだが……
微妙に引っかかるような感じはするんだが、そこから先が出て来ない。
『まあ、あんたには直接的な関りは無かったからねぇ。こう言えばわかるかい?以前、第一支部で支部長をやっていた男の名前だよ』
「……ああ!そうでしたそうでした」
そこまで言われてようやく思い出せた。たしかにそんな奴がいた記憶がある。
第一支部所属時代のアピスとネメシアに散々迷惑かけてくれた阿呆で、聞いた話ではキオスさんやシアンさん、トキアさんにもふざけたことをほざいていたらしいクソ野郎だ。元クソ宰相ことオビア・ズビーロを潰すあれこれの最中にいろいろと発覚して支部長を解任されてたんだったか。その後は王都から姿を消していたとのことだったはず。
『その様子だと、存在自体を忘れてた感じだね』
「ええ。それはもう奇麗さっぱりと」
その後も(主にクーラ関連で)あれこれ強烈すぎる出来事が多々あったせいというのもあるんだろうけど。
「それで、そのバガキが何かやらかしたんですか?」
『やらかしには違いないんだがね。今日の昼過ぎに、クゥリアーブの近郊で隊商が野盗に襲われたのさ。護衛に付いていた虹追い人が無事に撃退したんだけど……』
クゥリアーブ近郊といえば、俺たちも今日の朝早くに通って来たあたり。まあ、それはいいとして……
「……ひょっとして、その野盗にバガキが混じってたとかですか?」
流れから浮かんでしまうのはそんな話なんだが。
『ああ。返り討ちにあって死亡。その後、死体から回収した連盟員証で素性が判明したらしい』
「それはまた……」
連盟支部の支部長といえばそれなりの要職。それが野盗に成り下がり、そうとも知られぬうちに返り討ちで死亡。絵に描いたような転落だった。
まあ、同情は全く湧き起こらないんだが。
死んでせいせいしたとまではさすがに思わない。だが、自業自得以外の何物とも思えないのも事実。
そもそもが、そいつが真っ当に支部長をやっていたなら解任されるようなことにはならなかっただろう。
「ちなみに、元第一支部の5人はどんな様子でした?」
俺の知り合いでは、直接的な被害を受けていたのがその人たちになるわけだが。
『全員が多少驚きはしたものの、それくらいだったね』
「皆さんにとっては、すでに終わってた話だったと?」
『だろうね。それで野盗については、何人かは生かしたままで捕らえることができたようなんでね。今後の尋問でバガキがああなった経緯なんかがわかるかもしれない。もしもあんたに関わりのあることが判明したなら、その時はすぐに伝えるよ』
「わかりました。まあ、そんなことはまず無いでしょうけど」
俺にしてみたら、バガキの存在自体が完全な他人事なんだし。
『そりゃそうだ。さて、今日もいろいろあってあんたも疲れてるだろうし、これくらいにしておこうか。あんたの方は、聞きたいことや話したいことはあるかい?』
「いえ、特には見当たりませんね」
『そうかい。今夜はゆっくり休むんだよ』
「ええ。お休みなさい」
そうして定時連絡を終え、クーラといつもの口づけを交わし、ベッドに入って。
心色の使用による精神的な疲労は特に無かったものの、気苦労的な意味では疲れていたんだろう。
終わってみれば2日目もトラブルが満載だったが……どうか明日こそは平穏に過ごせますように。
ぼんやりとそんなことを思いながら、俺の意識は沈んでいった




