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むしろ俺はかなり強欲な方だと思うんだが

「さて、アズールよ。お前さんは、あの残渣を売ってもいいと思うか?」

「またえらい単刀直入ですね」


 ディウス支部長の問いかけは実にシンプルなもので。


「生憎と腹芸の類は苦手なんでな。それに、無理強いはするなという指示も受けている。だから、どうしてもお前さんが手放したくないというなら、この話はこれで終わりだ」


 つまり決定権は俺にあるということ。


 たしかに、俺としては欲しいとは思う。だがその理由は、魔具にしてクーラに持たせたら食材の管理が楽になりそうだからというくらいのもの。


 けれど、それは国宝にされるようなシロモノでもあるわけで。そんな物をクーラ――表向きにはパン屋の看板娘でしかないような個人が所持するというのも、それはそれで厄介ごとを呼び込みそうな気がしなくもない。というか、どこぞの阿呆が強奪しようとした結果クーラが怪我でもした日には、そいつを半殺しにせずにいられる自信は無い。


 かといって、国王が所望している品を取り込んでしまうというのも、十分に面倒事の種になりそうな話。


「今すぐに決めるのが難しいようなら、ひと晩考えてからでも構わないぞ」


 ディウス支部長はそんな風にも言ってくれるが、


「いえ、お売りしますよ」


 俺の中では、そうするのが一番無難ではなかろうかという結論になっていた。


「……やけにすんなり決めたな。本当にいいのか?」

「ええ」

「まあ、お前さんがそう決めたなら俺にどうこう言う資格は無いか。そうなるとだ、次はその額をどうするかという話になるんだが、これがまた厄介でな。なにせ、相場ってのが存在しないんだからな」

「……そうでしたね」


 たしかにディウス支部長の言うように、これはこれで面倒な話だった。


 通常であれば魔獣の種類ごとに残渣の売値はおおむね決まっているわけだが、大陸喰らいの残渣は希少過ぎるがゆえに、相場というものが存在しない。しかも今回の場合は、過去に例が無いほどのサイズと来たものだ。


 それでも参考になるものがあるとすれば、過去に討伐された大陸喰らいの……んん?


 そこまで考えて、ふと気になることが見つかった。


「あの、フローラ支部長が討伐に参加した個体の残渣は王宮に献上されたんでしたよね?」


 そんな風に聞いた記憶がある。


「ああ」

「なら、なんで今回は買い取りって形なんです?」


 献上と買い取り。このふたつでは大きく意味合いが異なるわけだが……


「そのことか……。お前さん、当時の件についてはどこまで知っている?」

「えーとですね……500人規模の討伐隊で臨んで、その9割が犠牲になったと」

「その半数、およそ250人は王宮が抱えていた精鋭部隊だったということは?」

「初耳です」

「なら、それ以外のメンバーに対しても王宮から多数の魔具が無償で支給されていたことは?」

「それも初耳です」

「討伐できたのはその250人の活躍によるところが大きかったらしくてな。最終的にその250人は全員が命を落としたとのことだ。そんなわけでだ、生き残った連中の総意で敬意を示す意味でも、献上するという話になったらしい」

「そんな事情があったんですね」

「……ひょっとしてお前さん、今回も献上という形にしようと考えてたんじゃないだろうな?」

「……少しだけ」

「……お前さんにとっては、莫大な金を手に入れる好機だろうに」

「実は、海呑み鯨(オーシャンスローター)の残渣を引き取ってもらった時の分が丸々残ってるんですよ」


 額が額なだけに、逆にどうしていいのか困っていて一切手を付けていないままで第七支部に預けっぱなしというのが現状だったりする。それでも日々の暮らし向きにはまったく困っていないわけだし。


「……なるほどな。だが、今回はやめておけ。それをやったら確実に話がこじれる」

「……無理矢理脅し取ったんじゃないか、なんて勘ぐりをされかねないと?」

「ああ。付け加えるなら、あまりに安すぎても同じくだろう。いくら相場が存在しないと言ってもな」

「ごもっともで」


 思った以上に面倒そうな話だった。こんな時クーラだったら……待てよ?


 クーラのことを考えてふと浮かんできたのは、市場での値切り交渉について話していた時に聞いたこと。過去にあったという異世界体験談のひとつなんだが、使えそうなものがあった。


「ちなみにですけど、王宮側が提示してきた上限額ってのはありますよね?」


 王宮側がどう考えているのかまでは読み切れないが、際限無くいくらでも出すというわけではないだろう。


「そこらへん、ディウス支部長はご存じです?」

「ああ。一応は俺が交渉役なんだ。通達にもそのあたりはあったが」

「だったら話は速い。その8割でどうでしょうか?」


 過去にクーラも異世界で似たような件に遭遇したことがあり、当時の知り合いだった名うての商人に相談したところ、そんな助言をされたらしい。


「その根拠は?」

「まず前提として、ここまでの話を聞いた限りでは、マイス王はこちらを尊重してくれているようですし、限度額というのもそこまで低くはないはずですよね?」

「ああ。俺の感覚ではあるが、妥当なんじゃないかと思える範囲だ」

「なら、その8割であれば、俺が吹っ掛けたという印象は付きにくいでしょう。そして、安く買い叩いたとも思われにくい」

「たしかにな」

「そして2割とはいえ限度額を下回らせることができたなら、ディウス支部長の面目も立つ。俺としては、丸く収まるならそれで十分。つまり、全方位にとって悪くないと思うんです」


 これまたクーラから聞いた話の丸パクリではあるんだが。


「……俺の面目はこの際どうでもいいんだが、お前さんは無欲すぎやしないか?」

「そうでもないと思いますけど……」


 むしろ俺はかなり強欲な方だと思うんだが。それこそ、エルリーゼに生きる人間の中でも上位に入るくらいには。


 なにせ、クラウリアに追い付きたいなんていう、あまりにも大それた願望を抱いてるくらいなんだから。


 本気で心の底からそんなことを求める奴なんて、そうそういるものではないと思う。


「……まあ、お前さんがいいと言うなら、こっちとしても文句は言えないさ」

「なら、これで決まりってことで」

「わかった」

「ちなみにですけど、支払いって連盟経由でどうにかできます?結構な額になるでしょうし、いくら王宮でも今日明日で用意するのは厳しそうですよね?こっちは旅の途中なんであまり長くは留まれませんし、荷物が増え過ぎるのも困るわけでして」


 今更な気はするんだが、そこが気になった。まさか異世界式収納に入れるわけにも行かないだろうし。


「そこは問題無い。フローラのところに送金されるように手配しておこう。使うのは主に一部の大商人くらいだが、連盟にはそういう仕組みも存在してるからな。多少の手数料は必要になるわけだが、そのあたりはサービスさせてくれ」

「残渣の売値から引いていただいても構いませんけど……」

「……それくらいはさせてもらわないとこっちの立つ瀬が無いんでな、ここは無理にでも受け入れてもらう」

「まあ、それはそれで構いませんけど……」

「ところで……今も言っていたが、お前さんは旅の途中だったんだよな?」

「ええ」


 たしか、フローラ支部長からの事前連絡でもそんな話が行っていたとのことだったか。


「野暮用でレスタインに行くところでして」


 正確には墓参なんだが、そこまでは言う必要も無いだろう。


「野暮用でレスタインまで行くのかよ……。まあそれはいいとしてだ、この街にはいつまで滞在する予定なんだ?」

「未定ですね。とりあえず、明日1日は間違いなくこの街を回りますけど」


 クーラ所望の包丁を買うというのは、この旅においては3番目に優先順位が高い。ちなみに、2番目はセオさんを訪ねることだったのですでに達成済み。最優先は言わずもがなで、4番目は旅の終わり頃に開催されるとあるイベントだ。


「そうか……」

「何か問題でもあるんです?」


 ディウス支部長はなにやら難しい顔をしているようだけど。


「問題、というわけではないんだが……。こうして残渣も確認できた以上、大陸喰らいが討伐されたことは疑いようもないだろう。だが、一応は現地の調査も必要になるんだ」

「でしょうね」


 どうやらあそこは大陸喰らい(ランド・イーター)的には理想的な生育環境だったらしいわけだし、今後も同じ場所で第二第三の……なんてことが絶対に起きないとは言えないだろう。まあ、あの盆地の養分は今回の個体が根こそぎ吸い上げたのかもしれないが、それでも放置するのはいろいろな意味で怖い。


 それに、第三者による確認もあった方がいいだろうし。


「それでだ、調査が終わるまでの間、この街に留まってもらうことはできないだろうか?」


 つまり、万一に備えたいというわけか。


「具体的な日数はどれくらいです?」


 心情は理解できるし、旅に出て2日目にしてすでに当初の予定はどこへやらだ。それに墓参だけであれば、10日もあれば余裕で済ませられる。もちろんクーラとも相談する必要はあるだろうが、それくらいであればクーラも否は無いだろう。もちろん俺も同じく。


「5日ほど頼みたい。明日の朝イチで調査隊が向かったとして、戻るのはそれくらい先になる」

「それくらいでしたら構いませんよ」


 さすがにひと月ふた月と言われれば話は違ってくるだろうけど。


 ああ、そういえば……


 ふと思いついたことがあった。


「その間なんですけど、日暮れまでに戻って来れる範囲であれば、サーパスを離れてもいいでしょうか?」


 せっかくならば、いろいろな土地を見てみたいとも思う。そしてテミトス大陸の北部であれば、十分に日帰りは可能だろう。


「何かあったなら、フローラ支部長に伝えてもらえればすぐに俺のところにも来ますし、その時はすぐに飛んで来ますんで」

「……そういえばお前さん、寄生体(ウィル・スローター)の魔具を所有してたんだよな」

「ええ。もちろん、それだと困るんでしたらサーパスに留まりますけど」

「いや、それで十分だ。なら、そのように頼む」

「心得ました」




「それでは、俺はこれで失礼させてもらいますね。明日以降も、夕方を目途に顔を出しますんで」

「ああ。気を付けて帰るんだぞ」

「お疲れ様でした、アズールさん」

「ええ。お疲れ様でした。それではまた明日」


 その後は細かいところをあれこれ話し合い、まとまる頃には日はとっぷりと暮れていた。そしてディウス支部長とジェンナさんに見送られてドアを開ければ、


「やっほうアズ君」


 そんな能天気な声がやって来る。


 昔馴染みのほとんどは俺のことを『アズ』と呼ぶし、エルナさんやキオスさんやソアムさんなんかは『アズール君』と呼ぶ。


 だが俺を『アズ君』と呼ぶ奴は、実はひとりしかいなかったりもする。それが誰なのかは言うまでもなく、


「……なんでお前がここにいる?」


 壁に寄り掛かるようにして、そこにはクーラの姿が。


「だってこれ」


 そう指さすのはドアの張り紙で、火急の用事以外では立ち入り禁止と書かれていたんだが、


「いや、それはお前が支部に入ってこなかった理由ではあるんだろうけど……」


 ここにいる理由にはなっていない。


 ちなみに、見たところではひとりきりだったが、そこは大して心配していなかった。


 検証したいからということで、クーラの事情を知るアピスとネメシアにも協力してもらったことがあったんだが、現状で唯一扱える異世界技術を使った場合、正面からあのふたりをどうにかできてしまっていた。


 というかむしろ、一瞬で無力化できていた。


 ちなみにあのふたりの感想としては、


「反則すぎるでしょ、あれ……」

「抗える気がしないんだけど……」


 とのこと。


 それに加えて、非力な人のために編み出されたという護身用の武術(当然ながら異世界由来)の腕前も相当のもので、互いに心色無しでやり合った場合は、これまたアピスとネメシアをあっさりと転がせていたりもするのが今のクーラ。俺もやり合ってはみたんだが、手も足も出なかったというのが現実だったりもする。


 だから陽が落ちた後にひとり歩きをするのは別にいいとして、てっきり宿で待っているものだとばかり思ってたんだが……


「宿で他のお客さんの噂話に聞き耳立てても、話題は『誰かさんの再来』のことで持ち切りだったからさ。君が精神的に参ってるんじゃないかと思って迎えに来たの」

「……よくおわかりで」

「まあそんなわけだからさ。お疲れ様、アズ君」

「ああ。ありがとうな」


 まあ、この機嫌のいい笑みを陰らせずに済んだのは結構なこと。それだけでも、手間をかけた甲斐はあったというものだ。


 背中に感じるディウス支部長とジェンナさんの視線が妙に温かく思えたのは、気のせいだったに違いない。

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