どこまで俺の人生に影響してくるんだろうかな、クーラは
首尾よく大陸喰らいを片付け、その残渣をぶら下げつつ山を越えてサーパスの街へと帰還。今日だけで会うのが3度目になる門兵さんは馬鹿でかい残渣をぶら下げて空からやって来た俺を見て素性を察したのか、どこか唖然とした顔をしていた。だが、報告を急ぎたいということで通してもらう。
その途中でも珍獣を見るような目を向けられたり、『クラウリアの再来』だとか『史上最年少の紫』だとかが聞こえてきたんだが、そこは見えないふり聞こえないふり気付かないふりで支部に向かい、たどり着く頃には相当数のギャラリーを引き連れる形に。
素知らぬふりを決め込んでいるとはいえ、どうにも居たたまれない。
この残渣が大陸喰らいのもので間違いない。そのことを支部にある魔具で確認してもらうのは、討伐完了を証明する意味でも必要なこと。理屈ではわかっているんだが、それでも気分は複雑だった。
少なくとも、こんなことになるんだったらさっさと取り込んでしまった方がよかったかもしれないと考えてしまう程度には。
「ただいま戻りました」
「……その、お疲れ様でした」
だから、支部の前で待っていたジェンナさんが引きつり顔をしていたのも無理ないことだったんだろう。
「たしかに疲れましたわ」
疲労の大半は心労――サーパスに戻ってからのような気がしなくもないんだが、疲れているのは間違いない。
「それはそれと……これが大陸喰らいの残渣なのはほぼ間違いないかと。ですが、一応確認してもらった方がいいと思ったんですけど……」
「それはそうですが……」
ここに来て気付いてしまった問題がひとつ。
「……入りませんよね、これ」
「……ええ」
俺が引きずって来た残渣の大きさはおよそ5メートル。街にひとつだけということもあり、この支部はかなり大きい。だから支部の入口も相応に大きめではあるんだが、それでも通れそうにはなかったわけで。
「済まないんだが、ちょっと通してくれ!」
野太い声が聞こえてきたのはそんな最中。
振り返れば、人垣をかき分けてやって来たディウス支部長の姿があった。
「支部長?領主様との会談はもう終わったんですか?」
「まだ途中だったんだが、とんでもない情報が入って来たんでな」
「……そういうことでしたか」
そうして俺と残渣を見比べたディウス支部長は大きくため息をひとつ。
「……なあ、アズールよ。お前さん、大陸喰らいの偵察に行くって言ってなかったか?」
そう問いかけて来る様がどこか呆れ気味に見えたのは俺の気のせいなのか。
「……言いましたね」
「なら、そこにあるのは何だ?俺の目がおかしくなってなければ、とんでもなくでかい残渣が見えるんだが」
「……俺にも同じものが見えてますよ」
「そうか……。それでだ、あそこまででかい残渣なんてのは、それこそ大陸喰らい並みの魔獣でも倒さなければ手に入らないと思うんだがな……」
「ですよねぇ……。一応は確認してもらおうと思って持ってきたんですけど、多分大陸喰らいの残渣で間違いないかと」
「そうだよなぁ」
さらにため息をひとつ。何故だろうか?「アズールだから仕方がない」などと言ってくるときのフローラ支部長と妙に被るんだが……
「念のため確認させてくれ。例の大陸喰らいは、お前さんが討伐してきたってことでいいんだな?この残渣がその証拠」
「おそらくは」
「そうか……」
さらにため息を繰り返す。
「フローラからのメッセージにもあったが、本当にとんでもないことを成し遂げた。……いや、成し遂げてくれたみたいだな」
そういえば、フローラ支部長は事前にそんなことを伝えてたんだったか。
俺としては不本意なんだが、結果的にはその通りになってしまったわけだ。……これも全部大陸喰らいのせいではあるんだが。
「……山脈の奥地に発生し、ここまでの残渣を残すくらいにまで成長した個体だ。討伐しようと思ったらどれだけの犠牲が出たのか。俺だって、死を覚悟していたくらいだ……いや、それ以前に討伐することができたのかすらも怪しいところだ。そうなれば、この大陸そのものが無くなっていただろう。だが、そんな魔獣をお前さんはたったひとりで討伐してくれた。感謝するぞ、アズール」
そうしてディウス支部長は深々と頭を下げて、
その後も大変だった。
詳しい情報は後日あらためて公表するということで集まった人たちには解散してもらい、残渣が支部の入口を通れそうにないからということでやむなく壁の一部を壊し、受付に設置してあった魔具で残渣を確認。その結果、間違いなく大陸喰らいのものだということが判明。
ディウス支部長がその旨を世界中の連盟支部に通達後、討伐戦に関して話すことになったわけだが……
「と、こんなところですね」
「……どこまで突き抜けてるんだよお前は」
今回の件に関しては報告書を作る必要がある。だから話してくれと言われたから話したというのに、そんな呆れを頂いてしまうのは理不尽だとも思う。
それに付け加えるなら、俺なんてまだまだクラウリアの影すらも踏めそうにないんだが。
「まあ、アズールさんのおかげで助かったわけですし」
そうフォローしてくれるのはジェンナさん。
こうして話しているのは支部のロビーで、傍らには例の残渣。そしてこの場所にいるのは、俺とディウス支部長、ジェンナさんの3人だけだった。
公にはできないこともあるということで、支部にいた他の人たちにも帰ってもらい、火急の用事でもない限りは今日のところは支部を閉めるとのことで。
まあ、俺としてもその方がありがたかったわけだが。
「それは間違いない。俺だってアズールには感謝してるんだが、それでもなぁ……。あれだけの残渣を残す魔獣を討伐しておいて涼しい顔してるってのはどういうことなんだよ?」
「いや、そう言われましても……」
「記録に残されてる中でも最大なのは2.5メートルくらいだったはずだぞ?過去にフローラの奴が討伐に参加した個体だって、残渣は2メートルくらいだったはずなんだが」
「そうなんですか?」
それは知らなかった。まあ俺が平然としていられるのは、過去に星界の邪竜のそれを見ていたからなんだが。正確なところはわからないが、あれは数十メートルはあったはず。
「そうなんだよ。……ちなみにお前さん、この残渣はどうするつもりだ?」
「……そこまでは考えてませんでした」
持ち帰ったのはあくまでも確認のためだったわけで。
「正直なところ、お前さんがこの場でさっさと取り込んでくれるのが一番楽でいいんだが……」
「ですが支部長、それは……」
「ああ、わかってる。あくまでも所有権があるのはアズールだ。俺がどうこう言えた筋じゃない。それに実際、魔具に加工した方がよっぽど有用だろうしな」
そういえば、これを加工してできる魔具は恐ろしく便利なんだよなぁ。
とはいえ……
実は俺にとってはそうでもなかったりする。
なにせ、クーラ直伝の異世界式収納法で同じようなことができるんだから。まあ、クーラに持たせて食材の管理に使ってもらうというのもアリなんだろうけど。
キンキンキン!キンキンキン!
どうしたものかと悩んでいたところに響いたのは、そんな硬質な音。俺の懐にある鏡の魔具かとも一瞬だけ思ったんだが、微妙に音が違う。
「連盟からですね」
出どころは受付に置いてある魔具。すぐにジェンナさんが対応して、
「……支部長に連絡が入っているみたいです。すぐに確認するように、と」
「……まあ、今回の件に関係してるのは間違いないだろうな。確認してくる。少し待っててもらえるか?」
「あの、何かロクでもない話でもあったんですか?」
執務室に向かい、戻って来たディウス支部長。その様は何やらゲンナリとしたもので、
まさか2匹目の大陸喰らいが現れたとかじゃないだろうな?
俺が思い浮かべてしまったのはそんな展開なんだが。
「いや、ロクでもないというかなんというかな……。大陸喰らいが確認されたことと、討伐されたこと。それはどっちもすべての連盟支部に伝えたのは、お前さんもわかってるよな?」
「ええ」
「当然ながら、この国の王都にある支部にも話は伝わっていた。となれば、そこから王宮に話が行くのも当然のことだよな?」
「ええ」
それはそうだろう。この大陸の存亡に関わりかねない事態。王宮が抱える戦力だって、出し惜しみしている場合ではないはずだ。
「結果的に問題が解決したのは王宮としても結構なことだったわけだが、国王――マイス陛下から連盟に要請が届いてたんだよ。……連盟を通じて、大陸喰らいの残渣を買い取ってもらえないか、とな」
過去にフローラ支部長が討伐に参加した個体の残渣はビルレオ大陸を治める国に献上され、そこから作られた魔具は国宝になっているとも聞いている。つまり、大陸喰らいの残渣というのはそれほどに価値のあるシロモノだということ。
「その交渉役を俺が任されたってわけだ」
「それはまた……」
ディウス支部長がゲンナリしている理由は理解できた。
「ただ幸いなことにな、なんとしてでも手に入れろという話ではないらしい。どうしてもお前さんが手放したくないのであれば、無理に奪うようなことはするなとも厳命されている。まあ、お前さんの功績や実力を考えれば、敵に回すのは国としても得策じゃないってことなんだろう。それに、陛下がお前さんを気に入ってるってのも割と有名な話なんだよ」
「マイス王が俺を!?」
「ああ。過去にお前さんが海呑み鯨を討伐した少し後だったか?当時はまだ即位前でマイス殿下だったが、クゥリアーブでストゥーラのルクード王と会談したことがあっただろう?」
「ええ」
たしかにそこで開催された舞踏会では顔を合わせているし、何故か会談にも同席させられていた。その時には言葉を交わした記憶もあるが……
「その時のお前さんが印象的だったらしい。なんでも、その歳で自分やルクード王を前にしても礼節をわきまえ、萎縮することも臆することなく自然体だったとのことだが。それでお前さんのことを気に入ってスカウトしたが、ルクード王に止められたとも聞いたぞ」
「……そうですかぁ」
冗談だろうと思っていたとはいえ、たしかに会談ではそんなこともあった。ただ、俺が自然体でいられたのは、隣に居たクーラの存在によるところが大きかったんだろう。付け加えるなら、恥をかかせるわけには行かないからと、作法なんかもクーラから叩き込まれていたというのもあるんだろう。
それがこんな形で関わって来るとは……
なんというか……どこまで俺の人生に影響してくるんだろうかな、クーラは。
そんなことを思いつつも、少しも嫌な気分はせずに。むしろ満更でもないと感じてしまう俺も大概だったわけだが。




