気兼ねなく旅を続けられそうなのは実に結構なことだった
準備運動の代わり程度にはなっていたと願いたい無駄な決闘騒ぎが終わり、後のことをジェンナさんに頼んで逃げるように支部を飛び出した俺。正体がバレた以上は時短重視。飛槌モドキに乗って最短距離を一直線で街の東門に向かい、来た時にもお世話になった門兵さんにひと声。そのまま目的の盆地目指して南東方面へと飛槌モドキを飛ばす。
トキアさんの飛槌には、高度、速度、積載重量の相関関係的な制限があったわけだが、それは飛翼や俺の『遠隔操作』にも当てはまっていたらしい。
そして、2年前のトキアさんでさえ高度の上限は100メートルと少し。聞いた話では、今でも800メートルほどが限界なんだとか。
だから2000メートル山脈越えなんてのは、いくら飛行能力持ちでも簡単な話ではない。
マシュウさんは風の心色を併用することでそれを可能にしていたんだろう。
では俺の場合はどうするか?一応はクーラ直伝の異世界式技術で風を操ることはできるわけだが、表向きにはそんな芸当はできないことになっている。
その代わりに使ったのは『爆裂付与』。飛槌モドキの後方に発生させた爆風での加速が『みさいる』方式なんだが、似たようなことを下方に向けて行うことで『遠隔操作』のリソースを使うことなく、高度を確保するというやり口。
ちなみにこれもクーラのアイディアで、なんだかんだで役立つ機会は多い。
まあそれでも習得には苦労もあり、慣れるまでには何度も痛い目に遭っていたんだが。その過程では、最優先でクーラに叩き込まれた異世界式治癒に大いに助けられたんだったか。
そうして山を越えてたどり着いた目的の場所。
「……大陸喰らいってのは、成長するとここまですさまじいことになるものなんだな」
マシュウさんが持ち帰った情報では、2000メートルより上が安全圏。けれど念のためということで2500まで高度を上げ、はるか眼下を眺めて思うのはそんなこと。
広大な盆地を埋め尽くすだけに留まらず、周囲の山地にまでウネウネと蠢き、ところどころには毒々しい色をした何かも見て取れる。それらはすべて大陸喰らいの一部であり、近づけば容赦なく襲い掛かって来るんだろう。
そして盆地の真ん中あたりに見えるのが大陸喰らいの本体。距離があるせいでおぼろげにしか見えないが、目測ではちょっとした塔くらいはありそうな感じ。
はっきりとしているのは、過去に俺がやり合ったニヤケ野郎なんかとは比べ物にならないほどに巨大な存在だということ。聞いた話に照らし合わせても、過去に支部長が討伐に参加した個体――青以上の虹追い人が500人規模で挑み、その大半が命を落としたとのこと――よりもはるかに育ってしまっている。
「さて、やるとするか」
それでも怯んでやるつもりはないわけだが。
ディウス支部長には、偵察ついでに可能ならば仕掛けてみると言ってきた。それ自体は嘘じゃない。
けれど、その結果としてトドメを刺してしまったなら、その時はその時。そして俺としては、ここで仕留めてしまうつもりでいる。
お前は何様のつもりなんだとは思わないでもない。
だが、表向きの範囲――異世界技術のすべてを伏せた形でも、俺の力はすでに隔絶してしまっているんだ。そのことも自覚はできていた。
クラウリアにある程度近づけるくらいには可能性を秘めている。過去に俺をそう見立てていた奴がいたわけだが、それなり以上には的確でもあったんだろう。
心色の扱いに関しては1500年以上の経験を持つクーラから指導を受け、以前は控えていた残渣の取り込みも解禁したことで、俺の虹色泥団子は2年前とは比べ物にならないくらいに成長していた。
「さて……」
戦術はすでに決めてある。安全圏からひたすらに攻撃を繰り返すというもので、早い話が初仕事で大陸喰らいとやり合った際と基本的には同じ。どうせ相手は魔獣。であれば、卑怯なんてのはむしろ誉め言葉だろう。
最初は心色だけを使った表向きのやり口で。それで無理そうならば、諸々の異世界技術も動員するつもりでいる。
もしかしたら反撃があるかもしれない。だから飛槌モドキを大きめの板状に変え、ある程度の厚さも確保しておく。
「まずは様子見だな」
泥団子に2000『分裂』と『追尾』、『爆裂付与』を込めて放り投げて、
……ドゥン。
さすがに2キロ以上も離れていれば、ほどなくして聞こえて来る爆音も遠い。
「……ァァァァァッ!」
聞こえて来る叫び声も同じく。
同様の泥団子を次から次へと放り投げれば、これまた同様に爆音と叫び声も繰り返されて、
「んん?」
しばらくして変化があった。俺の心色である以上、手を離れた泥団子がどうなっているのかはなんとなくわかるんだが、順調に大陸喰らいに命中していたはずの泥団子がチラホラとその前に破壊されるようになっていた。
多分だが、本体が吹き出す礫で迎撃されているんだろう。
そしてそれは言い換えるなら、一定の効果はあったということ。そうでなければ、わざわざ対応なんてしないわけで。
いくらかは撃ち落されているが、その割合はさほど大きくない。せいぜいが1割に届くかどうかといったところ。
だからそのまま泥団子のばら撒きを継続し、体感で10分くらいが過ぎた頃だろうか?
「……やったか?」
ひと際大きな叫び声の後に、おぼろげに見えていた大陸喰らいの巨体が溶けるように消え、蠢いていた緑色も消えて、眼下の色は黒ずんだ土のそれへと姿を変えていた。
無事に撃破できたのであれば、それは当然の結果なんだが……
その後はしばらく様子を見るも、これといって変化は見当たらず。仕留めきれたと確定させるには、残渣を確認するのがもっとも確実。
「……降りてみるか」
だから、ゆっくりと飛槌モドキを降下させる。もちろんのこと、警戒は怠らずに。少しでも異変を感じたなら、すぐに上空に逃げる心づもりをした上で。考えにくいとは思うが、奴が地中に隠れていて、俺が降りたところで「こんにちは」なんてのは勘弁願いたい。クーラのためにも、俺はくたばるわけにはいかないんだから。
「……意外とデカいな」
けれど、そのあたりは杞憂で終わってくれたらしい。降りてみればそこにあったのは、ぱっと見で5メートルくらいはありそうな残渣。支部に戻った後で大陸喰らい由来だということは確認してもらうつもりだが、これだけの残渣を残す魔獣が複数なんてのは、さすがに考えにくい。
「さて」
残渣をリボンで縛り付ける。心の中に入れてしまう方が楽ではあるんだが、当然ながら表向きにはそんな芸当はできないことになっているんだから。
「やることはやったし、帰るか」
空を見上げれば、徐々に日が傾きつつあった。
それでも、日没前にはサーパスの街には戻れるだろう。その後は支部に立ち寄ってジェンナさんに報告して。
今後の予定を大雑把に考えつつ、飛槌モドキを上昇させる。
なにはともあれ――
気兼ねなく旅を続けられそうなのは実に結構なことだった。




