準備運動くらいにはなっていたと願いたかった
「なあ、今何が起きたんだ?」
「知るかよ。サユーキが吹っ飛ばされたのは事実だろうけど……」
「でも、あれってどう見てもサユーキが不意打ちしてたよね?」
「ああ。それは間違いない」
「……サユーキの奴はそれをあっさり防がれて吹っ飛ばされてたわけか」
「うわ……。情けないにもほどがあるわ」
「あのサユーキが子供扱いかよ」
「『クラウリアの再来』か。最年少で紫になったのは伊達じゃないんだな……」
「そりゃそうだろ。最近でも、単独で海呑み鯨を討伐したって話だし」
俺としては別に大したことをやったつもりもないんだが、周囲からはそんな声が上がってしまう。
というかそうやって持ち上げられるのは苦手なんで勘弁してくださいお願いします。
「このガキ……」
なお、当のクソ野郎は無様に吹き飛ばされたはいいが、ダメージ自体は皆無に等しかった模様。
そして、俺を貶めて自分の株を上げようとしていたクソ野郎的には、そんな周りからの声は想定の真逆。さぞや不快だったに違いない。
「もう許さねぇぞ……。おい!お前らも手を貸せ!」
憎々し気に俺を睨みながら立ち上がり、周囲に呼びかける。そうすれば、まるで示し合わせていたように観衆の中から結構な人数が俺を取り囲むように飛び出してきた。その数は……ざっと30人くらいか。
「サユーキさん!?さすがにそれは認められません!」
傍で見ていたジェンナさんがそう抗議するも、
「うるせぇ!こいつが汚い真似するのが悪いんだよ!」
クソ野郎的にはそういうことらしい。
「なあ、審判。お前はどう思う?」
「彼が不正をしていたのは間違いありませんね。妥当なペナルティでしょう」
見事なまでに白々しいやり取り。
「せっかくだ。お前も加われよ」
「へへ、そうさせてもらいますよ」
もう隠す気も無くなったのか、審判までもが参戦してくる。
「待ってください!さすがにこれは見過ごせません」
ジェンナさんの意見は至極もっともだろう。真っ当な感性の人からすれば、さすがにこれは無い。ギャラリーの様子を見れば、そのほとんどがクソ野郎一味に対しては呆れだとか侮蔑だとか怒りだとか。好意的とは反対の目を向けていた。
まさか本気でやるとはなぁ……
俺はある種の感心すら抱いていたわけだが。
ああ、こいつらはクソ野郎とつるんでいるんだろうな。そんな風に思える連中はチラホラと見受けられたわけだが、ここまでなりふり構わずに来るとは思わなかった。
勝つことだけを目的とするならば、数に物を言わせるのは決して悪手ではない。その思い切りの良さは、場合によっては強みになるだろう。
ただまあ、幸か不幸かは知らないが……
「これくらいでしたら問題ありませんから」
俺自身、対多数の対人戦というやつにも随分と慣れていたわけで。
半年くらい前のことだったか。シエロを始めとした新人たちに頼まれて押し切られる形で、30対1での模擬戦をやったことがあった。
それがシエロたちにとっても勉強になることが多かったらしく、その後もたびたび頼まれて断り切れずにズルズルと、というわけだ。
とはいえ……
あらためてクソ野郎一味に目を向ける。数の優位に加え、取り囲んでいるという状況。だからなんだろう。クソ野郎を始めとして、どいつもこいつも勝ち誇ったようにニヤニヤ笑いをしていた。
はぁ……
その様にさらにため息。
シエロたちは、同じ状況でも油断なんてしない。むしろその逆。どうにかして俺を負かそうと必死に知恵を絞り、連携を取り、隙を伺い、力を尽くして来る。予想外を押し付けられ、ヒヤリとさせられたことも少なくなかった。その意味ではあの模擬戦もまた、俺の糧になっていたんだろう。
それに比べてこいつらはなんなんだか……
「ですが……」
「大丈夫ですよ」
ジェンナさんが俺を心配してくれているのはわかる。だが、それは間違いなく杞憂で終わるだろう。なにせ……
「もう決着は付いていますから」
これは冗談でもなんでもない。
このままやり合っても、得られるものは無さそう。しかも宿ではクーラが俺の帰りを待っているんだ。クーラを余計に待たせてまで相手をするだけの価値がこいつらにあるとは、毛の先ほどにも思えなかった。
それに……
口には出さずにおいたが、クソ野郎一味のこと。さらに追い詰められたら、ジェンナさんの首に刃物を突き付けて脅すくらいはやりかねない気もしていた。
だから、そうなる前にさっさと終わらせてしまおう。
「それはどういう……」
「こういうことですよ」
ここに来る前にアリンコほどの大きさをした極小泥団子を形成、『遠隔操作』でこっそりとクソ野郎の下あごに張り付かせてあった。そして、こうして話をする合間に、他の連中にも同様の小細工を施してあった。
あとは……
爆ぜろ。
それらすべてに、脳震盪を起こさせる程度に威力を調整した『爆裂付与』を発動させてやればいい。
「ぐへっ!?」「ぶばっ!?」「げあっ!?」「ばぎゃっ!?」「ごげっ!?」「べびゃっ!?」
そうすれば、汚いという点だけが共通した様々な声を上げ、クソ野郎一味はほぼ全員がまとめてその場に昏倒というわけだ。無力化を目的とした対人戦では中々に有効な手口で、割と多用していたりもする。
だがまぁ……
「てめぇ……何をしやがった!?」
ひとりだけ、難を逃れたのがいたわけだが。これで仕留めきれると思っていたんだが、俺もまだまだ詰めが甘いってことか。
「気絶させただけですが?」
「そういうことを言ってるんじゃねぇ!」
「まあ、そうでしょうけど」
青にまで届いたのは伊達ではないということか。
ひとりだけ昏倒を免れていたのは、サユーキことクソ野郎本人。『爆裂付与』をかました時の感覚からして、反射的に極小泥団子を払いのけたんだろう。それができる程度には経験があり、勘も養われていたらしい。
それなのにどうしてこんなにクズなんだか……
真っ当な虹追い人をやっていたなら、大陸喰らいの討伐隊から外されることもなかっただろう。むしろ頼りにされていたのかもしれないってのに。
「申し訳ないんですが、一応は俺の隠し玉でしてね。そこを明かすのは勘弁願います。さて、これで1対1に戻ったわけですが……今度こそ決めさせてもらいますよ?それとも、次はジェンナさんを人質に取って脅しでもしますか?」
「んなっ……!?」
わかりやすく顔色が変わったあたり、チラチラとジェンナさんに視線を向けていたところからの予想は当たっていたらしい。
本気で心底クズだなおい……。昔の俺に匹敵するんじゃないのか?
まあいいや。こいつにはしばらく大人しくしていてもらった方がよさそうか。
こんな時に色脈への干渉ができれば楽でよかったんだが、クーラから仕組み自体は教わっているものの、未だに取っ掛かりすら掴めていないのが現状。
だから、別のアプローチで行くことにする。こいつの心色に実体型――カギ爪が含まれていたのは幸いだった。
「よっ!」
左手に持ったままだった泥団子を軽く放り投げれば、
「ふざけるんじゃねぇ!」
おちょくられたとでも思ったんだろうか。青筋立てて怒鳴り声を上げて振るわれたカギ爪が泥団子を切り飛ばす。
別に俺はふざけていないんだが。
切り飛ばされた泥団子の飛沫を『遠隔操作』。そこから『分裂』も併用して、カギ爪ごと腕をすっぽりと泥で覆い尽してやり、
「なんだ!?」
さすがに腕を吹き飛ばそうとまでは思わない。だから、
爆ぜろ。
カギ爪だけに効果が及ぶように『爆裂付与』を発動。そうすれば奴の心色であるカギ爪は瞬時に粉砕されていた。
近接用の実態型心色――槍や斧、もちろんカギ爪も――には、それ自体が受けた衝撃が使い手の精神に跳ね返るという特徴がある。一気に粉みじんにされたとなれば、当然その衝撃も大きくなるわけで。
「ぐ……げぁ……」
耐えることができなかったんだろう。膝を付いたクソ野郎はそのまま地面に倒れ込み、動かなくなった。これでしばらくは、満足に心色を使うことすらできなくなったはず。
「あの、アズールさん。いったい何をやったんですか?」
「まあいろいろと。このクソ野郎にも言ったことですけど、詳細の追及は勘弁していただけたら幸いです」
「……わかりました」
「ちなみに、こいつらは全員目を回してるだけなので、手当ても必要ないと思います。放っておいてもそのうち目を覚ますでしょうし。ああ、サユーキだけはしばらくの間、心色の扱いに支障が出ると思いますけど」
こうして無意味な勝負は決着。
本気で無駄な時間を取らされたが、準備運動くらいにはなっていたと願いたかった。




