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クラウリアが遥か彼方というあたりは切なくもあるんだが

「……ぶちのめしてやるから表に出やがれクソ野郎」

「ちょ……!?アズールさん!?」


 俺が吐き出した本音。真っ先に反応したのは当のクソ野郎ではなくてジェンナさん。このクソ野郎は言動通りに頭も悪いんだろうか?


「……てめぇ、ぶっ殺されてぇのか!?」


 遅れること数秒。ようやく理解してくれたのか、青筋を立てて凄んで来る。


 まあこの程度、鍛錬の一環として師匠から浴びせられた殺気に比べたらちっとも怖くないわけだが。


「いえいえ。これでも長生きしたい方ですよ、俺は」


 何百年か、あるいは1000年以上になるのかもしれない。だが、クーラの旅路が終わる日までは何としてでも生き抜き、寄り添うつもりでいるんだから。


「そんなわけでしてね。格下にしか喧嘩を売らない主義なんですわ、俺って」


 まあ、格上相手にやり合わなきゃならない時だってあるだろうけど、それはそれというやつだ。


「弱い者いじめしかできない。雑魚にしか強気に出れないゲス野郎と言われても返す言葉はありませんけどね」

「俺が雑魚だと言いたいのか!?」

「いや、そんなこと言ってませんから。……少なくとも、口に出しては」

「本気で死にたいらしいな?」

「あの、人の話聞いてましたか?長生きしたいって言ったばかりでしょうが。その程度を理解する知能も無いのでしたら、無理な要求をしたと反省はしますけど?」


 そんな歓談をするうち、怒りで赤かったクソ野郎の顔は赤黒くなってきた。よほど頭に来ているんだろう。……腹が立っているのはお互い様ではあるんだろうけど。


 まあ、楽しいおしゃべりはこれくらいにしておくか。どうせクーラのこと。俺が戻るまでは、2時間や3時間は晩飯を食わずに待ってるんだろうから。こんな奴のせいで遅くなるのも気が引ける。


「そんなわけですので、やり合うのに手頃な場所への案内を頼めますか?」

「上等だ!生きて帰れると思うなよ!」


 そのまま振り返らずに大股で歩いて行く先は多分訓練場か何かなんだろう。


 ここで知らんぷりしてさっさとヤーザム山脈に向かったら、この阿呆はどんな顔をするんだろうか?


 俺の中にある元悪ガキな部分はそんな風に首をもたげないでもないわけだが、さすがにそれは止めておく。間違いなくジェンナさんへの迷惑が上乗せされそうだし。


「あの、アズールさん。あんなに挑発して大丈夫なんですか?」


 そのジェンナさんが心配そうに声をかけて来る。


「……正直、騒ぎを大きくしてしまったことは申し訳ないと思ってます。すいませんでした」


 これは心の底から思っていること。適当にヘコへコして流してしまう方が無難だったのは間違いない。


 それでも、あのクソ野郎がほざきやがったこと――第七支部の皆さんへの侮辱は、俺のメンタルで受け流せる範囲を超えていたわけだが。まあ、俺が精神的に未熟なのも間違いはないだろうけど。


「いえ、そういう意味じゃなくて……。性格はかなりアレですけど、この支部では支部長やマシュウに次ぐ実力者なんですよ、あの人」

「そこはご心配なく」


 人柄と実力が比例するとは限らないわけだし、舐めてかかるつもりも無い。だからこっそりと、会話の合間に保険をかけておいた。それを使えば瞬時にケリがつく。卑怯な手段と笑わば笑え、気付けなかったお前が悪いというやつだ


 まあ、出番が無いなら別にいい。出番があったらそれでもいい。その程度の認識でもあるんだが。


「……随分と自信があるんですね。マシュウから聞いていた印象とは少し違いますけど」

「あの頃と比べたら、多少は腕を上げたと思っていますから」


 マシュウさんとあれこれ話したり手合わせしたりというのはクゥリアーブでのこと。その後にクーラから受けた指導の賜物という側面が強いだろうが、異世界産技術を完全に封印した――いわば表向きのやり方でも、一応は第七支部の先輩方相手に勝ち越せているというのが今の俺。


 それでも、目指す先(クラウリア)が遥か彼方というあたりは切なくもあるんだが。


「……でしたら、少々懲らしめていただいてもいいでしょうか?さすがに私も頭に来ているんです」

「心得ました」




 そうしてやって来た訓練場には、すでにかなりの人数が詰めかけていた。まあ、あれだけ騒げばそれも道理なんだろうけど。


 審判役はその場に居た虹追い人のひとり――自己紹介によれば3種複合持ちの緑ランクらしい――が引き受けてくれるとのことで、適当に距離を取って中央で向かい合う。


「今から土下座して謝るなら、許してやってもいいぞ?」

「……これ以上能書きは要らないんで、さっさと始めませんか?あまり晩飯が遅くなるのも困るんですよ」


 クーラからもそう頼まれてたくらいなんだし。


「ガキが……。おい審判!さっさと始めろ!」

「わかりました。ルールはどちらかが気絶、または降参をした時点で決着。それでいいですね?」

「ああ。構わねぇぜ」

「それでは、双方心色を出してください」


 クソ野郎()()に確認を取る審判役の男。


 そいつがこっちを見る目つきからして……まあそういうことなんだろう。見ればギャラリーの中からも同じような視線がチラホラと。


「これが俺の4種複合、風雷炎爪だ!」


 クソ野郎の右手に現れるのはカギ爪。炎と雷を帯びているようだが、そのふたつが起こすのは反発ではなく共鳴。互いを上手いこと作用させあうことで効率よく威力を高めるというもの。


 その様には素直に感心する。


 前に聞いた話だが、複数の非実体型を共鳴させて相乗効果を引き起こすというのは意外と難しいものらしい。


 心色とは異なるが、クーラから教わった非実体型とよく似た異世界技術に関しても、俺はまだそこまで届いていなかったりする。


「もう謝っても手遅れだからな」

「……それではこっちも」


 俺も同じようにして、右手に泥団子をひとつ顕現させてやれば、


「おいおい、なんだよあの惨めな心色」

「噂じゃ単独型らしいぞ」

「まあ、あんなガキにはお似合いだろ」

「そんなので4種複合のサユーキさんに喧嘩売るとか……」

「どうせ最年少で紫ってのもインチキなんだろう。そうに決まってる」

「同じ虹追い人として情けないぜ」

「サユーキさん。そいつの腐った性根、叩き直してやってくださいよ」


 周囲からはそんな嘲笑が飛んでくる。多分クソ野郎の取り巻きとか腰巾着とかなんだろう。


「ははははっ!わかる奴にはわかるみたいだな。俺が化けの皮を剥がしてやるよ。そうなれば俺の株も上がる」


 はいはいそうですか。


 その後は審判役とクソ野郎が目配せ。だから少しは隠そうとしろよと。


「それでは、試合――」


 審判役が大きく手を上げ、そこで間を取るように言葉を切り、


「おらあぁぁぁぁっ!」

「――開始」


 合図を言い終える前にクソ野郎が動く。


 風と『身体強化』も併用しているんだろう。


「死にやがれっ!」


 一気に間合いを詰め、カギ爪を突き出してくる。


 はぁ……


 その様に内心ではため息を吐かずにはいられなかった。


 俺にバレバレだったというのはアレだが、審判とグルだというのは別にいい。勝つことだけを重視するのであれば。少しでも有利な状況を作ろうというならば。極めて理にかなった考え方とも言える。


 フライング気味に仕掛けてきたのも別にいい。これまたバレバレだったわけだが、似たようなことは俺だって散々やって来たし、月でやり合った際にはクラウリアだってやって来たくらい。それを卑怯と言うつもりも無い。


 この程度かよ……


 ため息を引き出していたのは、そこまでした上で仕掛けてきた不意打ちの中身。


 たしかに速いことは速い。だが、もっと速い相手を俺は何人も知っている。そしてそれ以上に、迫ってくるカギ爪からは何も感じなかった。


 ネメシアとの模擬戦はこれまでに何度も繰り返し、俺の方が勝ち越してきている。けれどそこで向けられる拳には、模擬戦だと分かった上でもある種の怖さがあった。対応を誤れば、あるいは裏をかかれれば、容易に押し込まれてしまうと感じさせられていた。もちろん、アピスや腐れ縁共も似たようなもの。先輩方は言うまでもなくだ。


 だから呆れつつも、左手に渡した泥団子をカギ爪の前に差し出してやれば、


「馬鹿なっ!?受け止めただと!?」


 馬鹿はお前だクソ野郎。


 さらなる内心でのツッコミを引き出してくれやがる。


 こんな泥団子ひとつ。普通であれば容易くぶち抜けることだろう。そして実際にクソ野郎のカギ爪は、()()()()()()泥団子を貫通していた。


 ただ、今は『分裂』を使うことで、貫かれるそばから同じペースで修復しているだけ。そのせいで受け止めるのと近い状態になっているだけのことだった。


 ニヤケ長男とやり合った際にも似たようなことはやったが、俺だってあの頃よりは成長している。


 そして俺なりにあれこれと試してみたところ、異世界技術を使わずに防御するのであれば、これが一番効率に優れていたというわけだ。


「クソっ!なんでこんなチンケな心色をぶち抜けない!?」


 はぁ……


 さらに内心でため息を繰り返させられる。


 驚いたからって、そこで動きを止めるんじゃねぇよと……


 思い出すのは先輩方のこと。


 この状況。ソアムさんだったなら、力比べだ負けるものかと言わんばかりに嬉々として、俺の身体ごと吹き飛ばすつもりで押し込んで来ることだろう。


 タスクさんなら、防がれると同時に消した双細剣を再発現させ、次の攻め手に転化させて来る。


 ガドさんだったら即座に剣を捨て、殴り合いを仕掛けて来そう。


 キオスさんであれば、接触した場所を軸にして転身、死角からの蹴りくらいは入れて来るはず。


 同時進行で多種多数の風を発動させることができるセオさん相手なら、ひとつふたつ防いだところでアドバンテージにはなり得ない。


 トキアさんの場合は、接触寸前で飛槌の軌跡を変えるくらいは容易くやって来る。


 一応は勝ち越せているとはいえ、対峙した時にはどこまでも恐ろしい方々だった。


 だというのに、このクソ野郎はただただ硬直するだけ。まったくもって話にならん。


 だから、拮抗していた『分裂』のペースを瞬間的に最大まで速めてやれば、


「おわっ!?」


 その圧力だけで吹き飛び、受け身も取り損ねて背中から地面に。


 相応の実力があれば許せたのかと問われてもうなずくことはできないだろうけど、この程度で第七支部の皆さんを侮辱しやがったのかよお前は……


 どこまでも無様なその姿は、さらに内心でのため息を追加させてくれやがっていた。

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