……ぶちのめしてやるから表に出やがれクソ野郎
「おい!そこのガキ!」
ジェンナさんから話を聞き終えて俺なりに考え、これならばどうにかできるかもしれないと思いながらで支部のロビーに戻った矢先、目の前に割り込んで来る姿があった。
大柄な男性で、見たところでは20台後半くらいだろうか。
俺よりも年上ではあるんだろうけど、あからさまに見下してくる目線。
「なんでしょうか?」
ガキ呼ばわりは別にいい。俺も今年で19になるわけだが、歳の割には幼くも見えるらしく、時折言われることだったから。まあ、クーラはそんな俺を男前と言ってくれるわけだし、俺としてもそれならいいかと思っているわけだが。
「お前が『クラウリアの再来』なのか?」
やれやれ……
内心でため息。
また嫌なふたつ名が出てきた。クラウリア本人がこの場にいなくてよかったぞ。
「……一応、そう呼ばれてるらしいですね。俺には不相応だとも思いますけど」
「ははっ、貧相な顔の割には、少しはわきまえてるみたいだな」
「サユーキさん、失礼が過ぎるんじゃないですか?」
そうたしなめるのはジェンナさん。なるほど、この人はサユーキさんというわけか。
「はぁ?俺は、史上最年少の紫なんて言われていい気になってるガキを指導してやってるんだぜ?どこがどう失礼なんだよ?」
いや、別にいい気になってないと思うんですけど。付け加えるなら、その肩書きもできれば捨てたいんですけど……
「だいたいがおかしいんだよ。4種複合の俺が討伐隊から外されたってのに、なんでそんなガキはいいんだよ!?俺は青で4種複合なんだぞ!俺が外されるのはどう考えたっておかしいだろうが!」
「……たしかに、討伐隊は基本的には青以上で編成するというのが連盟の方針です。けれど最終的な決定権は支部長にあるとも説明を受けたでしょう?」
ああ、そういうことか。
わかった気がする。この男、いわゆるところの複合至上主義なんだ。顕著なのはズビーロのクソ3兄弟だったが、無駄に偉そうな手合いはこれまでにも何度か見て来た。史上唯一の8種複合持ちであるクーラはもとより、アピスやネメシアだってそんなことはないってのに。ついでに腐れ縁共も。
「それに……仮に藍や紫だったとしても、今のあなたに許可を出すつもりは無いとも言われたはずですよ」
「だからそれがおかしいんだよ!?あのマシュウが無様にやられた魔獣を殺せば、俺の方が上だってことを示せるじゃねぇかよ!せっかくのチャンスだってのによ!」
いや、それが理由なんじゃないのか?
下手をすればこの大陸そのものが無くなりかねない。今はそんな危機的状況だ。それをマウント取りのチャンスだなんて言うのはさすがにどうだろうか。
付け加えるなら、こんな奴が討伐隊にいたとして、むしろ足を引っ張る公算が高そうな話。
あとマシュウさんを無様とか言うな。あの人が情報を持ち帰ってくれたから、こうして対応を始めることができてるってのに。
「……おい、そこのガキ!俺と勝負しろ!」
今度は唐突にそんなことを言ってくる。俺としては、虹追い人との手合わせ自体は基本的に歓迎だ。ひとつでも学べることがあれば、その分だけクラウリアに近づけるかもしれないんだから。
「なんでそうなるんですか?」
だがそれも、時と場合を考えろという話。今がどんな状況かわかってるのかこいつは……
「うるせぇ!ガキの癖に口答えするんじゃねぇ!俺の方が強いってことを証明してやる!俺は4種の複合持ちなんだぞ!3種のマシュウよりも上に決まってるだろうが!大陸喰らいだって俺の敵じゃねぇんだよ!」
いや、そういう話でもないと思うんだが。もちろん、大陸喰らいを簡単に仕留められるというのならそれは結構なことなんだけど。
「どうせお前のランクだって汚いやり方で手に入れたんだろうが!」
「サユーキさん!いい加減にしてください!」
「本当のことを言って何が悪い?だいたいが、こんなガキが俺より先に紫になること自体がおかしいんだよ!しかも単独型だってのに。どうせ金で買ったランクなんだろ?よかったなぁ?支部の連中が簡単に買収されるようなクズ共で」
……へぇ。
なにやら笑えることを言い出したぞこいつ。
「それにお前のところの支部長は老いぼれたババアなんだってな。どうせ頭のおかしいボケ老人なんだろうが」
……ほぅ。
さらに笑えることを言い出した。
「なるほど、そうでしたか。……そういうことでしたか。……よくわかりましたよ。……ええ、それはもうよくわかりましたとも」
「あの、アズールさん……?」
なぜかジェンナさんが恐る恐ると言った風で名を呼んでくる。まあそれはそれとして、
多分ディウス支部長もこいつには苦労させられているんだろう。あらためて見れば、遠巻きにしている人の様子はふたつに分かれていた。
恐らくは取り巻きかなにかなんだろう。ひとつはこいつと同様に、俺に対して嘲りを向けてくる連中。
そしてもうひとつは、こいつにウンザリしたような目を向けている人たちだ。言動からしても、普段から疎まれているのはありそうな話。それでも止めに入る様子が無いあたり、なんだかんだで腕は立つんだろう。
まあ、だからといって許す気にはなれないわけだが。
「てめぇ……何をわけのわからねぇことを言ってやがる?」
「いえ、大したことじゃないですよ。ところで、サユーキさんは勝負をご所望でしたよね?俺自身、まだまだ未熟な身ではありますが、それでも目指す先というものがありまして。よろしければ胸をお借りさせてはいただけないでしょうか?」
「何をごちゃごちゃと……」
わざわざ下手に出た言い方をしてやったのに、伝わらなかったらしい。だったら言い直すとしよう。
「これは失礼しました。では言い直しましょう。……ぶちのめしてやるから表に出やがれクソ野郎」
どうやら俺の堪忍袋は、そこまで緒が丈夫にできているわけではなかったらしい。
それでも、クーラを連れて来なかったのは不幸中の幸いなのか。
もしもクーラにまで暴言を吐かれていたなら、即座に殴り掛からずにいられる自信はまったくなかったんだから。




